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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[21]続・新たな出会い

 花びらが宝石でできてるみたいに煌びやかな花たち。柔らかな日差しを浴びてきれいに光っているけど、これ、一体どうなってるんだろう?

 指で触れみると、やっぱり硬い。あ、指紋が付いた。

 中には柔らかで瑞々しい花もあるけれど、名前はひとつもわからない。やっぱり、異世界の花なんだと思う。匂いは硬質なものほど弱かった。


 きれいだけど、ちょっと味気ない。

 宝石みたいな花だとしても、あたしには近所の桜や、桐也が植木鉢に植えている朝顔や、お母さんが大事に育ててるグラジオラス――そんな平凡な花がいいよ。


 そんなことを考えると、しんみりとしてしまう。

 垣根を越えて裏を行く。アーチに蔦が絡んでいて、それを見上げると、降り注ぐ光が花びらと蕾を輝かせる。幻想的な眺めだった。


 そうしてアーチを潜ると、不意に微かな音色が聞こえた。笛の音みたいだった。

 その音は澄み渡っていて、春の園には相応しかった。跳ねるように軽快で、伸びやかに心に響く。

 あたしはその音色に誘われるようにして奥へ進んだ。


 アーチの先には、噴水を中心に美しく整えられた場所があった。その噴水の縁に腰を下ろして、あたしに背中を向けたままで演奏を続ける誰かがいる。あたしはしばらく立ち尽くしてその音色に聞き惚れてた。

 知らない曲だけど、好きだなって思った。

 この人の表現によく合っているからだと思う。


 控えめな噴水の音の中、笛の音が止んで、ふぅと力を抜いた演奏者の息遣いが聞こえるみたいだった。

 あたしは思わず拍手をしていた。聴かせてもらった感謝を込めて。

 ただ、誰もいないと思ってたのか、その人はすごく驚いて振り返った。びっくりさせちゃったみたい。


「あ、ごめんなさい」


 とっさに謝ると、その人は不思議そうな顔をした。


「君は誰?」


 どう表現したものか――その人はそう、ゴールデンレトリバーって感じ。

 柔らかそうな金髪に茶色の瞳。年齢は大学生のうちのお兄ちゃんくらい?

 たっぷりとしたフリルのドレスシャツ。あんなのが似合う人も珍しいよね。

 整った顔立ちなんだけど、ほんの少し垂れ目がちだから穏やかそうに見える。近寄りがたさよりも親しみがある。

 キリュウに比べたら、怖さなんてちっとも感じなかった。


「フゥです」


 簡潔に答えると、その人は苦笑した。


「では、フゥ。君はどうしてこんなところにいるのかな?」

「笛の音色につられて、フラフラっと来てしまいました」


 正直に答えたのに、何故かクスクスと笑われてしまった。でも、その笑顔は優しかった。


「そう簡単に迷い込めるような場所ではないはずなんだけれどね」


 その人は立ち上がると、あたしの方へ歩み寄る。手にしている横笛は、プリズムみたいに輝いて、思ったよりも短かった。

 近付くと、細身なのに背が高い。あたしはぼんやりと見上げてしまった。


「まあいいか。フゥにはまるで魔力が感じられないし、害もなさそうだから」


 魔力なんてないですよ。だって、普通の高校生だもん。

 という心の声を飲み込んで愛想笑いを浮かべる。


「そうですか? ありがとうございます」


 すると、その人はふわりと再び微笑んだ。


「フゥの声は優しい響きがするね。とても、心が落ち着く」

「え?」

「笛の音につられてって、音楽が好きなのかな?」

「はい、そうですね」


 特に意識もせずに答えると、その人は嬉しそうに言う。


「そうか。だったら、僕の笛に合わせて歌ってくれないか?」

「ええ!?」

「一度聴いてみたい」


 この世界の歌なんて何ひとつ知らないけど、別に歌うことが嫌だったわけじゃない。

 ただ、あたしはようやく思い出したんだ。


「あの、連れと言いますかなんと言いますか、一緒に来た人たちがいまして、呼ばれたらすぐに戻れって言われてるんです」


 もし遅れたら、キリュウに嫌味を言われる予感しかしない。


「連れ?」


 その人は一瞬だけ眉間に皺を寄せたような気がした。だから、あたしは慌てて言う。


「えっと、とりあえず戻りますね。歌は、また機会があればということで!」


 笑顔を向けつつ手を振って後ろへ下がる。すると、そんなあたしの手首をその人はとっさにつかんだ。長い指は、あたしの手首を一周してもまだ余りがある。

 驚いたあたしに向かって、その人は口を開きかけた。

 そんな時、あたしたちのそばに光が現れた。その光が弾け飛んだ瞬間に、不機嫌極まりない仏頂面のキリュウがそこにいたんだ。


 その怖い顔を見ただけで、あたしはどっと疲れてしまった。すでに呼ばれた後だったのかな。

 けど、その怖い顔を向けられたのはあたしじゃなくてお兄さんの方だった。


「ローシェンナの領主として、皇帝(わたし)を出迎えるつもりはなかったと見える」


 領主? このお兄さんが?

 ぽかんと口を開けているあたしを無視して、二人は険悪な空気を発していた。


「これはこれは従弟いとこ殿。ようこそおいで下さいました」


 うわぁ、白々しい。キリュウの冷やかな目が痛い。でも、この人、怯えるどころか受けて立つって顔に書いてある!

 ん? 従弟?


「ユズキが大喜びであなたを出迎えたはずですよ。それで十分ではありませんか?」

「クレハ、君は相変わらずだな」


 優しそうだったこの人――クレハさんは、キリュウのことが嫌いみたい。キリュウって態度があれだし、無理もな――って、でも、皇帝相手にすごい強気だ。ノギおにいちゃんもひどかったけど。

 クレハさんはくすりと笑った。


「まあ、僕のことはいいでしょう。でも、ユズキは皇妃になれる日を心待ちにしていますからね。期待を裏切らないでやって下さい」


 その途端に、キリュウは更に表情を険しくした。


「私は、ユズキを娶るつもりはない。最初からそう言っている。周囲がどう言ったとしてもだ」


 え、と、ちょっと頭を整理しよう。

 クレハさんはユズキさんのお兄さん。ユズキさんはキリュウのお嫁さん候補だけど、キリュウは認めていない、とそういうこと?


「彼女だけは受け入れない」


 ひどい。あんなに嬉しそうだったのに。

 ヒトデナシだ。

 仲の悪いクレハさんの妹だからかな。


 クレハさんはそのキリュウの発言に顔を歪めた。でも、次の瞬間にはどこかホッとしている風でもあった。あたしの手首をつかむ手から、そんな感情が伝わって来た。

 キリュウはその手を冷やかに見遣る。


「――ところで、この者が何か?」


 何かって、あたしが何かやらかしたみたいな言い方は止めてほしい。

 あたしは思わずキリュウを睨んだ。

 けど、二人はお互いをけん制するために向き合ってる。あたしの方なんて見てなかった。


「いや、フゥとはもう少し時間を共有したいと思ったんだ。とても可愛らしいし」


 可愛らしい!

 うわ、お世辞かな? ……お世辞だな。

 とかあたしが疑っちゃうのは、クレハさんにはユズキさんみたいな妹がいるせいだ。卑屈かもしれないけど、どうしたって本気だなんて思えない。間に受けちゃ駄目だ。社交辞令だ。


 ピクリ、とキリュウの眉が動いた。

 時間を共有すると、あたしがぼろを出して異世界から来ましたとかバラしちゃうと思ってる?

 唐突にパァンと何かが弾ける音がして、同時に光が溢れた。あたしは驚いて目を瞑ってしまった。その次の瞬間には、何故かあたしとキリュウはクレハさんと離れた位置に移動してた。

 キラキラと空気中を舞う光の粒を唖然と眺めていると、キリュウの手があたしの肩に回った。


「この者は私の連れだ。勝手な真似はせぬように」


 ――仲が悪いのは十分にわかったから、巻き込まないでね。あたしは心の中で項垂れながらそうつぶやいた。

 

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