[20]新たな出会い
「着いたぞ。目を開けるといい」
キリュウの偉そうな声を耳が拾う。そうして、あたしは言われるがままにまぶたを開く。
その途端に、あたしは声も出せないほどにびっくりした。
そこは、ひと言で言うなら夢の園だった。
色とりどりの花たち。咲き誇る大輪の花もあれば、小さく可憐な花を数多く付けている枝もある。まるで工芸品かと思うような不思議な質感の花。キリュウの寝室にある水晶の花はないけど、それでも十分すぎるくらいにきれいで見惚れてしまう。
「うわぁ……」
ようやくそれだけをつぶやく。感動を表したあたしに、キリュウは意外そうに目を細めた。
「ん? この庭が珍しいのか? 城の庭園よりも手狭だろうに」
「そういう問題じゃないし。それに、今まで城の庭園なんてゆっくり見せてくれたことないじゃない」
あたしがそう言い返した時、高く澄んだ声が飛んだ。その声は、この夢の園にぴったりだった。
「陛下!」
声の主は、イメージを少しも裏切らなかった。
年齢はあたしたちと同じくらいかな。ふわふわの、腰の辺りまである金髪に、ブルーグレイの瞳。うっすらとピンクに染まった白い肌。花びらのような唇。レースたっぷりの純白のドレス。
あたしはその可憐さに驚いてしまった。この花園さえもかすむほどの存在感。この場所のすべては、彼女のために存在するって錯覚してしまいそうだった。
それくらいの美少女だったんだ。
彼女はキリュウの正面に急いで歩み寄ると、優雅にドレスの裾を持ち上げてお辞儀した。
「ようこそお越し下さいました。お待ち申し上げておりましたわ」
再び上げた顔は、幸せそうに微笑んでた。すごくきれい……。
なのに、キリュウの目の冷ややかなこと。数歩前に出ると、彼女に言う。
「ああ、変わりないか?」
素っ気な――。
それでも、彼女はその短い言葉を噛み締めるように、ふわふわの髪を揺らしてうなずいた。
「はい! 陛下が国を治めて下さっている限り、大事などございません」
「そうか」
だから、素っ気ないんだって。
こんな可愛いコにも愛想振り撒けないなんて、キリュウってどうなってるんだろ。
あたしは難しい顔をしてしまっていたのかも知れない。あたしの肩をトントンと叩く指があった。振り向くと、クルスさんがいた。こっそりと、小声であたしに説明をしてくれる。
「あの方はユズキさま。陛下の従妹君だ。出かけに聞いたはずだよ?」
そういえばそうだったかな。
「あんなに可愛いのに、キリュウって素っ気ないですよね。従妹だったら尚のこと、もうちょっと優しく接してあげればいいのに」
あたしがそうぼやくと、クルスさんは面白そうに笑っていた。
「そう簡単なものじゃないよ。色々とね、事情があるんだ」
「事情?」
首をかしげると、あたしの上に急に影が差した。なんだろうと思ったら、背後に長身のヤナギさんがいた。
「クルス、あまりベラベラと喋るな」
厳しい声に、クルスさんは首をすくめる。
「すみません、つい」
ヤナギさんはため息をついた。
「部外者のあたしが聞いちゃいけないことですか?」
「いや、いけなくはないのだが、知りたいのならば直接キリュウ様からお聞きした方がよいということだ。家臣の我らの口からではなく、な」
「そうですか」
気になるような気もするけれど、頼み込んでまで訊ねることでもないかな。
それよりも、背後に控えるたくさんの人の方があたしには気になった。どうしても落ち着かない。あの人たちはキリュウのお世話係であって、あたしには関わりのない人たちなんだけど。
当のキリュウは機嫌が悪そうな仏頂面のまま、それでもめげないユズキさんにおざなりな返事をしてる。何か、この屋敷の使用人らしき人たちがキリュウにペコペコしているけれど、キリュウはそっちに目を向けていない。
――変なの。
「ねえねえ、ちょっとだけこの庭を見て回ってていいですか?」
あたしはヤナギさんにそう訴える。
「ん? 呼ばれたらすぐに戻って来られる範囲までならな」
それでもいいや。この空気があたしには窮屈だ。きれいな花でも眺めていたい。
「わかりました。じゃあ、そういうことで」
どうせ、あたしの居場所くらいキリュウには手に取るようにわかるわけだし、あたしだって人様の家をうろうろしたりするつもりはない。ちょっと離れられればそれでいい。
春の日差しにウキウキと心を躍らせながら、あたしはそのお屋敷の庭を一人歩くのだった。
久し振りに感じる開放感だった。




