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[19]ローシェンナ

 そんなこんなで、あたしはローシェンナの町とやらに連れて行かれることになってしまった。

 いつもメイドさんの格好してるけど、今回は少しいい服を着せてもらってる。


 サーモンピンクの生地に白いフリルの縁取り、花のモチーフの付いたワンピース。春らしい色だ。すごく滑らかで、着心地もいい。多分、高いんだろうな。

 靴も赤いツヤツヤしたローヒール。セミロングの髪は編み込んで、キラキラした宝石の飾りを付けてもらった。支度を手伝ってくれたのはアズミさんだ。

 なんとなく、おめかしすると心が躍る。――汚したりなくしたりしたら後が怖いけど。


 自室でクルクル回って遊んでいるあたしに、アズミさんは笑顔を向けてくれていた。キリュウにアズミさんと一緒に行きたいって言ったら、部屋の掃除をする者がいなくなるから駄目だって言われた。――三日くらい掃除しなくても死にやしないのに。



 それで、見送りにすんごいいっぱいの人。

 この、城の敷地の中の魔法陣みたいな場所は、翼石ウィングラピスの使用ポートってやつらしい。本来なら翼石ウィングラピスを町で使用する際、このポートからしか飛んじゃいけないっていう法律があるらしい。そりゃあ、いきなり消えたり現れたりしたらびっくりするもん。そういう決まりは必要だよね。


 ただ、皇帝であるキリュウと、その許しのある要人、例えばヤナギさんなんかはその限りじゃないみたい。不公平だけど、役割上急いで戻らなきゃいけないこともあるし、仕方ないみたい。

 前にあたしはそれを知らなくて暴走しちゃったけど、知らなかったということで厳重注意で済んだんだよね。まあ、出た先が木の上だからね。人がいなくてよかった。



 それにしても、一緒に行く人も結構な数だ。ヤナギさんとクルスさんも一緒に行くみたい。イナミさんはお留守番。イナミさんってば、あたしの顔を見るごとに怖い顔をして睨むから、あたしは素早くキリュウの陰に隠れた。

 でも、イナミさんはその見送りの場でぼそっと言う。


「本当にその娘を連れて行かれるのですか?」


 うわぁ、気に入らないって顔に書いてあるよ。

 キリュウはそんなイナミさんににこやかな笑顔を向けたかと思うと、絶対零度の発言をするのだった。


「私の決定に異を唱えると?」


 場が、凍り付いた。


「い、いえ、差し出がましいことを申しました。どうかお許し下さい」


 貫禄のあるイナミさんがすっかり恐縮してしまった。キリュウって怖いなぁ、とあたしはため息をつく。

 キリュウは作り笑顔だけは絶やさずに続けた。


「では、留守を頼む」

「はっ」


 イナミさんはちらりとキリュウの後ろのあたしを見遣ると、再びキリュウに言った。


「……クレハ様、及びユズキ様にくれぐれもよろしくお伝え下さい」


 ん? 知らない名前が出た。

 ローシェンナの町にいる人たちみたいだけど。

 その名が出た途端、ヤナギさんはいつもよりも少しだけ難しい顔をしてた。


「ああ、わかっている」


 そう答えたキリュウの声も、どこか重たく感じられた。

 視察っていうのは、その人たちに会うことも含めてなのかも知れないな。

 ぼんやりとそう考えたあたしに、後ろからクルスさんがささやいた。


「クレハ様とユズキ様は、キリュウ様の従兄弟に当たる方々だよ。ローシェンナの町を領地とする一族でね、まあ、つまりは王族ってこと。粗相がないようにね」


 うわぁ、面倒くさい。それがあたしの本音だった。

 それが顔に出てしまっていたのか、クルスさんは笑った。


「ああ、陛下に粗相ばっかりの君に言っても今更かなぁ」


 …………。


「気を付けます」


 表情を消して棒読みになったあたしに、それでもクルスさんは言った。


「そうそう。気を付けるにこしたことはないよ。何せ――」


 ひどく勿体ぶった物言いに、あたしは眉を寄せた。


「何せ?」


 なんだって言うんだろ。

 でも、クルスさんはその先を言わなかった。


「いやいや、やっぱり止めておこう。君があんまりにも意識すると悪いからね」

「え。そこまで言って止めちゃうんですか!?」


 逆に気になるのに!

 クルスさんは飄々としていて、あははと笑いながらあたしから離れる。またからかわれてるんだろうか、これは。


 そんなあたしとクルスさんを横目で見遣りながらヤナギさんがため息をついてた。そのため息の理由をまず説明してほしかった。

 そんなあたしたちの会話が聞こえてなかったわけじゃないと思うけど、キリュウはそれには触れずに出立を告げる。


「フウカ」


 突然名前を呼ばれてドキリとした。キリュウはいつもいきなりだ。

 そうして手を差し出す。


「な、何?」

「お前は私が連れて飛ぶ」


 ああ、ローシェンナの町へ行くからつかまれってこと。前みたいに気持ち悪くならないといいなぁ。

 そう考えたあたしの心を読んだかのように、キリュウは言う。


「浮遊する感覚を思い浮かべるといい。突然だと思うから余計にズレを感じるのだ」


 なるほど。

 あたしは指輪の輝くキリュウの整った手に自分の手を重ねた。その途端に、強くつかまれる。――まあ、相手が()()だからドキドキするのも癪なんだけど。


 目を閉じて、ふわりと浮き上がる自分をイメージする。

 そして、感覚的に変化があって、ああ、場の空気が変わったと思った。

 

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