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[17]眠りに落ちて

「キリュウのバカ!!」


 あたしは顔を合わせた途端に言ってやった。

 昨日と同じように装飾の少ないラフな格好をしたキリュウは、自室のベッドの上で後ろ手を付いてくつろいでいたけど、あたしの一言にかなり面食らってた。


「バカ?」


 どうやら、そんなこと言われ慣れてない。皇帝なんだから当たり前かも知れないけど。


「キリュウのせいでクルスさんに変な誤解されちゃったじゃない! 内緒だなんて言うから、こっちも上手く説明できないし!!」


 あたしがまくし立てると、キリュウはため息をついた。


「からかわれただけだろう。いちいち真に受けるな」


 全然悪いと思ってない。キリュウが素直にゴメンナサイなんて言うわけがないとは思ったけど、ちょっとくらいの謝意は見せてくれてもいいのに。

 あたしはまだ、色々と言ってやりたい気持ちでいっぱいだった。

 なのに、キリュウは追い討ちをかけるようなことを言う。


「お前のような子供に手を付ける趣味はない」


 ブチ。


「子供って、あたしと歳変わらないくせに!」

「年齢のことではなく、内面が子供だと言うのだ」


 内面が子供。

 言いたい放題だ。あんまりだ。

 ハラワタが煮えくり返って焦げ付きそうになっているあたしに、キリュウは軽く目もとを押さえながら言った。


「それはそうと、勤めを果たせ」


 いやぁ、ムカつく!!

 あたしはキッと睨み付けてやったけど、キリュウはまるで動じない。


 ――考え方を変えよう。

 あたしはもとの世界に戻るためにキリュウに歌を捧げる。要するに、目的と手段だ。

 『高校へ入るため』に『勉強』したっていうのと同じ。

 つまりこれは、あたしの望みのための道筋。キリュウのためにってわけじゃない。あたしのために歌うの。だから、キリュウの態度が悪くても気にしちゃ駄目だ。


 すぅっと深く息を吸い、声を発する。

 スローテンポで穏やかな旋律は、先へ進めば進むほどにあたしの心も落ち着けてくれた。

 閉じたまぶたの裏には、家族の顔がある。友達がいる。何気ない日常がある。

 深みにはまると、感情に声が揺れる。

 だから、あたしはほんの少しにじむ涙を振り切るように歌に集中した。

 ほんの僅かな狂いにも、キリュウは敏感に気付いて問い質されそうな気がするから。


 そうして今日の一曲を歌い上げた。けれど、キリュウは無反応だ。

 あたしは恐る恐るまぶたを開く。

 そうして、そこで見たものは――。


「って、寝てるし!」


 途中までしか聴いてなかったと。あんなに一生懸命歌ったのに!

 ベッドに腰かけた状態のまま上半身を横に倒して眠っている。あんまりにも腹が立つので頬っぺたでも引っ張って起こしてやろうかと思った。

 でも、覗き見たキリュウの寝顔は安らかで、あの高圧的な空気もなりを潜めてる。すやすやと小さな寝息を立てて眠っている。


「……そんなに疲れてたの?」


 思わず声に出したけれど、返答はない。

 以前のような具合の悪さはないけど、疲労困憊みたいだ。キリュウにしてみたら、それが普通なのかも知れない。自室にいる時のキリュウは他人の目がない分、疲れを隠し切れてない。

 あたしは異世界の人間で、キリュウにとっては自分が治める民じゃないから、あたしの前では無理をしないのかな。


 そう思うと、やっぱり起こせなかった。一秒でも長く眠っていていられたらと思う。

 正直に言って、あたしはキリュウみたいな生活は絶対に嫌だ。

 毎日クタクタになって、それでも弱音ひとつ吐けなくって、疲れた顔も見せられないなんて。

 あたしだったら簡単に潰れちゃう。


 だって、たまたま生れ付いただけで皇帝になるしかなかったんでしょ?

 たくさんのものを背負わされて、逃げようもなくて、日々をなんとか生きている。

 そんなキリュウの喜びってなんなのかな?

 国の皆が平和に暮らしているところを見られたら、それがキリュウの幸せになるのかな。


 キリュウ個人としての幸せは、二の次ってこと。

 だとするなら、あたしの歌を聴きたいと言うキリュウの願いごとは、その役割を思えば本当にささやかなものなんだ。

 目的だ手段だとか言わないで、あたしの歌を楽しみにしていてくれるキリュウのために、あたしはもっと心から大切に歌を歌わなくちゃいけない。


 憎らしいことを言わないキリュウの寝顔を眺めながら、あたしはそんな風に思い直した。

 

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