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 そうしてその晩、あたしは大人しく眠ることにした。


 昨日の今日でキリュウのところに行っても、また話ができない気がした。

 キリュウはなんだかんだ言っても忙しい。それは間違いない。だから、時間を空けてもらおうと思ったら、あらかじめ言っておかなくちゃいけない。

 あたしはそのことに気付いて対策を練り直すことにしたんだ。


 ようやく使い方もわかって慣れたお風呂に入る。こうした時は、あたしも気が休まった。

 この世界に来ている間、あたしはやっぱり失踪扱いになっているんだろうか。ニュースで顔写真とかが公開されて、山や川に捜索の手が入って、家族が泣きながらインタビューされている映像を想像してしまった。


 あたたかい湯船に浸かりながらぶるりと身震いする。

 やっぱり、急がなきゃ駄目だ。

 明日こそ、ちゃんと断りを入れて時間を作ってもらおう。

 そう決意して、お風呂から上がった。

 ボタンひとつで体が乾かせる装置に慣れてしまうと、家に帰ってからドライヤーを使うのが面倒で仕方がないと思ってしまいそうだ。


 さらりと乾いた体に、胸もとにリボンがあるだけのシンプルなルームウェアを着込む。これは部屋に用意してくれてあった。そういえば、この部屋って誰が掃除してくれてるんだろう?

 ――謎が増えた。

 

 そうしてあたしがバスルームから出ると、部屋の中には別の人間の気配があった。ベッドで脚を組みつつふんぞり返っているキリュウが、唖然とするあたしにぼやく。


「随分長い湯浴みだな。いつまで待たせる気だ?」

「はいぃ?」


 ここはあたしの部屋。借りているだけだけど、あたしの部屋。

 バスルームの扉の前で立ち止まったあたしに、キリュウは不敵に笑う。


「この城の中に、私が立ち入りできない場所などない」


 キリュウは、今までに見たどんな時よりもラフな格好だった。豪華なガウンを一枚はおってはいるだけで、宝石の類は指輪とピアスくらいだ。あれが王冠なのか、額にいつもある大きな青い宝石もない。随分身軽だ。就寝前というところだろうか。


「できたとしても、モラル的に女の子の部屋には入らないものじゃない?」


 一応そう言ってみたら、鼻で笑われた。


「私の部屋には堂々と入って来たくせに、それを言うか」


 それを言われちゃうとね……。あたしは諦めてため息をついた。

 よく考えてみると、これは好都合なのかも知れない。もとの世界に返る方法を話したい。

 あたしは、キリュウのそばまで歩み寄る。


「それで、あたしに何か話があるの? あたしも話ならあるよ」


 すると、キリュウは小さく笑った。


「お前の話は、もとの世界に帰るためにはどうすればいいかということだろう?」

「ふぅん。わかってるじゃない」

「他にないだろう。誰でもわかる」


 あっさりと言う。ほんとに可愛くない。

 あたしはムッとして腰に手を当てると、上からキリュウを見下ろした。


「じゃあ、そっちは何? あたしになんの用?」


 どうせ、ろくなことを言わないんだろうと思った。

 けれど、キリュウは真剣な目をしている。あたしはその意外な表情に驚いてしまった。


「歌を――」

「え?」

「歌を聴きに来た」


 歌。


 昨日は疲れ果てていて、ろくに聴いていなかったと思ったけれど、そうでもなかったんだろうか。


「のどを潰すほどでなくていい。一曲だけ所望する」


 キリュウは、あたしの歌を思いのほか気に入ってくれたみたいだ。そのことが、あたしは少し嬉しかった。キリュウはお世辞でもう一度聴きたいなんていう人間じゃないから、これは本心なんだと思う。

 ただ、嬉しいけど、素直に喜ぶだけじゃいけない。

 あたしは拳を握り締めてはっきりとした口調で言った。


「そうしたら、もとの世界に帰してくれる?」


 すると、キリュウはスゥッと目を細めた。けれど、あたしは引けない。


「そっちのお願いを聞くんだから、あたしのお願いも聞いてくれなきゃ不公平でしょ」


 強気で言い放ったあたしに、キリュウは不意にクスクスと笑う。


「そうだな。異界の門への鍵と釣り合うほどの働きができたのなら、認めてもよい」


 あたしはキリュウがあっさりとそんなことを言うとは思わなかったから驚いた。でも、皇帝のキリュウが嘘やいい加減なことを言ったりはしないと思う。

 だから、あたしはがんばれば帰れるんだって希望を持った。顔が自然と喜びに綻んだ。


「うん、約束だよ!」


 キリュウは小さくうなずく。


「どの曲がいい?」


 とりあえず訊ねると、キリュウは迷わず言った。


「昨日、一番初めに歌った曲を」

「了解」


 あれは賛美歌。英語の歌詞にあの柔らかな旋律は、あたしも好きだ。

 すごく心が落ち着くし、穏やかな気分になれる。

 キリュウにとってもそうだったのか、訊ねる声は穏やかだった。


「あの歌詞にはどういった意味がある?」

「さあ? 忘れちゃった。あたしの国の言葉じゃないから」


 これは英語ってやつで、実は学校で習ってるっていうのは内緒だ。あたし、英語の成績悪かったんだもん。

 和訳も見たことあるけど、覚えてない。


「国によって言葉が違うのか? それは不便だな」

「そうなの。ここへ来て言葉が通じたことだけが救いかな」


 あたしはそれを最後に、深く息を吸った。そうして、最初の一音から滑り出すようにして歌う。

 伸びやかに、清らかに、今はこの歌を歌い上げることだけを考えた。

 キリュウは、柔らかな面持ちでまぶたを閉じて聴き入っていた。冠のないキリュウは、普段よりもどこか穏やかに感じられた。

 

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