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[14]今日から春

 この国では、季節は春夏秋冬、それぞれ三ヶ月ごとに区切られているそうだ。

 気候も魔術によってコントロールされてるんだって。

 ちなみに、あたしが異世界から来たのはみんなには内緒。知っているのは、最初に出会ったハトリおねえちゃんと、ノギおにいちゃん、キリュウと宰相さんたち。だから、この話はアズミさんから聞いたわけじゃない。


 誰から聞いたのかと言うと――。


 

 あたしがアズミさんと一緒に掃除に勤しんでいる時、執務室の扉が開いた。またイナミさん辺りが来たのかなと思った。イナミさんは髭事件があってからあたしを見るとすぐに睨む。面倒な人を怒らせちゃったんだ。

 来たのがヤナギさんだったらいいのにと思いながら振り向くと、どっちでもなかった。


 いたのは、中肉中背に温和そうな顔立ちをした男の人。

 年齢は全然わからない。若いような、ある程度いっているような、不思議な人だった。

 丸眼鏡をかけた顔はとにかくにこやかで、思わずあたしも笑顔になった。

 けれど、その人は窓辺で拭き掃除をしていたあたしに歩み寄ると、とんでもないことを言った。


「君が陛下と一夜を共にしたっていう娘かぁ」

「はいぃ?」

「磨けば光りそうだけど、陛下の好みとしては意外だなぁ」


 ニコニコと、聞き捨てならないことを言われた。


「あの、ちょっとお訊ねしますが、その一夜を共にって、一体どういう――」


 そんなことを訊ね返したあたしが悪かったのか、その人はきょとんとした顔をした。


「どうって、陛下のお手が付いたんじゃないの?」

「お手?」


 おかわり。

 ――って、違うし。

 考えることを拒否したあたしのそばに、アズミさんが慌ててやって来た。


「あ、あの、クルス様、そうしたことではありませんので、くれぐれも勘違いをなさらぬようにお願い致します」


 この人はクルスさんっていうらしい。あたしがぼんやりしていると、クルスさんは更ににっこりと笑って言った。


「これでもね、僕も帝国三宰相の一人なんだ。とは言っても、まだ就任して三年しか経ってないんだけど」

「じゃあ、ヤナギさんやイナミさんと同じですね?」

「うん。あのお二方に比べれば僕なんて、陛下の信頼も吹けば飛ぶ程度なんだけどね」


 あはは、と軽く言われた。


「まだまだこれからじゃないですか。がんばって下さいね」


 そう言ってしまってから、目上の人に失礼だったかな、と思わなくもない。でも、クルスさんは気さくな様子で、そうしたことを気にするタイプじゃないみたいだった。

 面白そうにあたしを見ると、あたしが握っていた布巾を奪い取った。


「よし。ちょっと君の時間を空けてほしいから、掃除を手伝おう」

「へ?」

「そ、そんなことをして頂くわけには……っ」


 アズミさんが焦ってる。そりゃそうだ。クルスさん、お偉いさんだもん。

 でも、クルスさんはお構いなしだった。


「いいからいいから。ほら、さっさと済ませよう」


 そうして、クルスさんは本当に掃除を手伝ってくれた。三人がかりで終えた仕事の最後に、あたしはクルスさんに連れ出されて中庭に出るのだった。なんとなく、送り出してくれたアズミさんが心配そうに見えた。



「ねえ、君――」

「フゥです」


 段々、名乗るのが面倒になって、最近つい省略してそう言ってしまう。


「うん、フゥ君」


 クルスさんは素直にうなずく。


「君、異世界から来たんだって?」


 やっぱり、ヤナギさんたちと同格だと言われた時から、もしかすると知ってるんじゃないかなぁって気になった。


「そうですよ。早くもとの世界に帰してほしいんですけど」


 口を尖らせたあたしに、クルスさんはあははと笑った。


「それは陛下にお願いしてくれないかな? 他の誰かじゃ無理だよ」


 やっぱりか。でも、キリュウがそう簡単にいいよなんて言うわけない。

 しょんぼりとしたあたしを気遣うことなく、クルスさんは自分の好奇心をぶつけて来た。


「ねえ、君の世界の話を聞かせてくれないかな? どんなことでもいいから」


 少年のように目を輝かせている。どんなことでもいいと言われても、何から話したらいいのかわからないのに。

 あたしが戸惑っていると、クルスさんは苦笑してこの世界の季節の話をしてくれたんだ。

 ただ、それはこの世界とあたしの世界との差が知りたかっただけかも知れない。


「……ええと、あたしの世界では、今日から春です、みたいにはっきりと区切られることなんてないですよ。季節やお天気は人間が決めることなんてできません。暦の上では春なのに、いつまでも寒いことだってあります」


 すると、クルスさんはふぅんと気の抜けたような声を出した。


「それは不便なところだね」

「そう、ですかね?」


 それがあたしにとっては普通。当たり前のこと。

 この世界の方があたしには理解できない。

 クルスさんは不意に柔らかく微笑んだ。


「まあ、この国だって季節にズレは生じるんだよ。本来、人が扱えるものではないとでも言いたげにね」


 あたしが首をかしげると、クルスさんは言った。


「そのズレを微調整する部署があってね、魔術師の中でも選り抜きの人材が集まってる。自慢じゃないけど、僕もそこにいたんだ」

「微調整ですか。それも大変ですね」


 でも、微調整できたら地球みたいに温暖化したりもしないのかな?

 あたしがそんなことを考えていると、クルスさんはどこか遠くを眺めるような目をして語り出す。


「ただ、我々が調節できることには限りがある。最終的にはやはり、陛下のお力をお借りするよりないんだ」

「え?」

「三年と少し前にね、雨季が極端に短くなった年があったんだよ。雨はあまりに続いてもいけないけれど、大地や作物には大切な恵みだ。作為的に降らせるにも限度がある。そこで陛下は、触媒として最高級の水龍の鱗を使い、雨を降らせるための術を施された。あの時、大々的な儀式に堂々と臨まれた陛下は、年齢からは想像もできないような風格だったよ」


 三年と少し前。キリュウはその時、一体いくつだったんだろう?

 少なくとも、子供と呼べる年齢だったはずだ。

 それでも、クルスさんはまるで崇めるみたいな口調だった。


「陛下の魔力は、歴代皇帝の中でも一、二を争われる。陛下はね、素晴らしいお方なんだよ」


 あたしはその言葉に疑問を持ってしまった。あんなに性格が悪いのに、とかそんなことではなく。

 だから、思わず言ってしまった。


「それでも、キリュウは失敗したらどうしようって、すっごく緊張してたんじゃないでしょうか? それから、終わったら終わったで、クタクタになってたと思います。そんな顔、しなかったかも知れませんけど」


 あの日見せた、疲れた様子。

 キリュウだって、完璧じゃない。無理だってしてる。

 ほんとはこんなこと言うべきじゃない。がんばって平気な振りをしてるんだから、話を合わせてあげた方が親切だって思う。


 けど、気付いたらそんなことを口走ってた。

 過度な期待が、キリュウを更に疲れさせるように思えてしまったからかも知れない。

 クルスさんは首をかしげてしまった。


「君って変わってるね」


 そう、かなぁ――? 


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