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[12]お疲れさま

 その日はクタクタになって部屋に戻った。立派な部屋だけど、あたしが使っていいって言った。

 他のメイドさんたちは違うところにいる。もしかして、長時間接するとあたしがボロを出すと思って隔離されてるだけなんじゃないかと思えた。


 ベッドに仰向けに倒れ、足を投げ出すと、何かを踏んでいる気がした。手で探ると、そこにはセーラー服があった。このちょっとほつれた箇所――間違いなくあたしのだ。

 ここにセーラー服があるってことは、ハトリおねえちゃんが持って来てくれたんだろう。きっと、あたしを心配して様子を見に来てくれたんだ。


 でも、会わせてくれなかった。会いたかったのに。

 キリュウのやつ――。

 沸々とハラワタが煮えくり返るけれど、あたしはそのまま睡魔に負けてしまった。



 そうして、その翌日もあたしは掃除に明け暮れた。

 何で昨日磨いたばっかりのところをまた磨くのか、意味がわからない。三、四日後で十分なのに。

 それから、昨日は一度に教えても覚え切れないだろうということで執務室だけだったけれど、今日はキリュウの私室まで掃除させられた。


 緑がかった青が綺麗に調和した部屋。テーブルなんかの家具は装飾的で白くて、それが引き立って見える。もう、何ここって言いたくなるようなゴージャスな眺め。皇帝の部屋なんだからこんなものなのかな? 比べようがないからわかんないけど。


 そんな部屋の中で、透明のケースに入った宝石たち。アズミさんが言うには、その宝石はすべて触媒なんだって。キリュウがいつも宝石ジャラジャラなのは触媒を身に付けて、いつでも魔術を使えるように備えているということらしい。悪趣味だと思ったら、ちゃんと理由があった。


 私室の隣は寝室で、やっと終わったと思ったのにまだ次があるなんて……。どうせ寝るだけなのに、なんでこんな広い部屋がいるんだって文句のひとつも言いたい。

 そうして文句タラタラで掃除をしていると、ここにもサイドテーブルの上に大事に飾られた触媒があった。


 それは手の平に乗るような透き通った水晶の花で、その清らかさに目を奪われる。多分、とても貴重な品なんだろう。その辺りはアズミさんが掃除してくれた。絶対にこれにだけは粗相しちゃいけないって。

 確かに、あの花は儚げで、簡単に壊れてしまいそうだ。

 掃除に一日がかりってどうかと思うけれど、何せ細かいところまで掃除するので、気付くと日が暮れてる。


 ようやく解放されたあたしは、アズミさんにお礼を言って部屋に戻った。あたしの部屋は、キリュウの私室がある最上階の真下だった。だから、戻るのはすぐだった。

 ただ、部屋に戻ったら、キリュウにはやっぱりひと言物申さなくちゃいけない気がした。


 ハトリおねえちゃんに会わせてくれなかったことも文句を言いたい。

 それから、もとの世界に戻るためには具体的には何をしたらいいのか。

 思えばそのことをちゃんと訊けていない。

 あたしはまだ諦めたわけじゃないから、ちゃんと目標を持っていなくちゃいけない。

 

 だから、あたしはもう一度部屋を出て階段を上った。そうして、キリュウの部屋の扉に手をかける。

 鍵はかかっていない。アズミさんが言うには、この部屋は鍵じゃなくて、キリュウの許可のある人間に対してだけ開くように設定されているらしい。だから、掃除をするあたしとアズミさんは入れる。

 魔術で制限しているんだろうけど、指紋認識プログラム的なものかな?

 あたしは中に入るととりあえず扉を閉めた。


 私室にキリュウの姿はない。ただ、キリュウは神出鬼没だ。急に現れたり消えたりする。だから、今いないからと言って諦めてはいけない。いつ戻って来るかわからないんだから。


 あたしは念のために寝室の方も覗いてみた。

 けれど、やっぱりそこにもキリュウの姿はない。まだ仕事をしているみたいだ。

 具体的に皇帝の仕事ってなんなのか、あたしにはよくわからない。玉座にふんぞり返ってるだけではないと思うけど――キリュウは態度がでかいから、実はふんぞり返ってるだけなのかな?


 あたしはそんなことを考えながら寝室にいた。

 サイドテーブルの上のあの水晶の花が淡い光をまとっている。常に明かりが灯っている室内でも、その光は色あせることなく存在を示していた。

 気が遠くなるくらいに神聖で、眺めているだけで心が洗われるような花だ。だからこそ、キリュウもこれを大切に愛でているんだろうな。


 どれくらいその花を眺めていたのか、正確には覚えていない。サイドテーブルの横にひざを付き、ぼうっと魅入っていた。

 時間も忘れるくらいに。

 そんな時、横の方でドサ、という音がした。あたしは驚いて首を横に向けたけど、突然現れてベッドに突っ伏しているキリュウの方がよっぽど驚いた顔をしていた。


「お前、そこで何を……」


 キリュウは体を少しだけ浮かせると、眉間に深いしわを刻んで顔を歪める。最初は、自分の部屋にあたしがいつまでもいることが不愉快なのかと思った。けど、よく見るとキリュウの様子が少しおかしい。ベッドに倒れ込むようにして現れた。誰もいないと思って油断していたみたい。

 要するに、気を抜いてしまった。気を抜いたら、倒れた。

 つまり――。


「少し話があったから待ってたんだけど、もしかして、具合悪いの?」


 キリュウは苦々しい顔をした。

 いつも偉そうで、力に満ちている。少なくとも、周りにはそう見せなくちゃいけない。こんな姿を誰かに見せたくなかったはずだ。


「少し……疲れが出ただけだ」


 短くそう言う。

 倒れるくらいに疲れるって、なんなんだろう。玉座に座ってふんぞり返ってるだけじゃこんな風にはならない。――皇帝って、ハードなお仕事なんだ。あたしは少しだけ悪かったなと思い直した。

 ハトリおねえちゃんに会わせてくれなかったとか、もとの世界に戻る方法とか、今だけは自分のことばかり言えないような気がしてしまった。あたしはしょんぼりとしてつぶやく。


「ごめん、また今度にする」


 キリュウからの返答はなかった。まぶたも下りて、浅い呼吸が聞こえる。まだ意識はあるのかも知れないけれど、あたしの相手をするゆとりはないみたいだ。

 キリュウも、あたしの世界なら多分まだ高校生だ。国を背負って立つような歳じゃない。同じ年頃だっていうのに、少し可哀想な気がした。

 元気になったらまた偉そうにふんぞり返るんだろうけど、こうもつらそうに弱っているところは見ていて楽しいものじゃない。せめてゆっくり眠れたら、と気付けばあたしは自然と歌を口ずさんでいた。


 賛美歌の優しく、伸びやかな旋律。

 歳の離れた弟に、よく子守唄を歌ってあげた。それと同じだ。子守唄だけはあたしじゃないと嫌だってぐずるくらいに、弟はあたしの歌を好きでいてくれた。

 あたしが今できることなんてこれくらいだけど。これでも合唱部だったんだからね。

 下手ではないはず――。

 

 イメージ的に選曲は『アメイジング・グレイス』です。

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