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[10]プリマテス

 イライラがようやく収まった頃には、ベッドの上には羽毛が散乱していた。

 ――ちらりとそれを見遣り、さささ、と払う。証拠隠滅だ。


 そうして、髪を手ぐしで整え、ヤナギさんが来るのをベッドの端に座って待つ。それにしても、あたし、いつまでこの格好なんだろう?

 ルームウェアじゃ外に行けないよ。セーラー服はハトリおねえちゃんのところだし、どうしようかな?

 ため息混じりにあたしが考えていると、ドアがノックされた。


「はぁい」


 ヤナギさんだ。ノックしてくれた。

 やっぱり、キリュウと違って紳士だ!

 あたしは当たり前のマナーに感激しつつ扉を開く――前に開いた。


「朝食を運ばせた。食べながらでいいので聴いてほしい」


 ヤナギさんの後ろで、メイドさんのような格好をした大人しそうな女性がトレイを手に微笑んでいる。


「ありがとうございます!」


 やった。ご飯だ!

 ご飯にあり付けた!


 テーブルの上に置かれた朝食は、一見してホテルの朝食みたいだった。

 バスケットに盛られたパン。ふんわりとしたオムレツ。少量のサラダ。透き通ったとろみのあるスープ。別の器に分かれた蜂蜜とオリーブオイルっぽいものが添えられている。多分、パンに付けるためのものだ。


 メイドさんらしき人は、テーブルにそれらをセッティングしてくれた。ティーカップに一杯分だけお茶を注ぐと、ポットを横に添えて置いた。

 白いテーブルクロスの上は、一瞬にして華やぐ。

 メイドさんはヤナギさんに一礼すると去った。ヤナギさんはあたしに食べるように促すと、テーブルの向いに座る。


「いただきます!」


 両手を合わせて食べ始めたあたしに、ヤナギさんは静かに言う。


「君の今後のことなのだが――」


 うわ、割と大事な話みたい。あたしはもごもごと口を動かしながらうなずく。


「キリュウ様が、『タダ飯食らいを置いておくつもりはない。とりあえずは働かせろ』と仰るのだ」


 ブ、とスープを吐き出しそうになる。あたしは両目を瞬かせてヤナギさんを見た。

 けれど、ヤナギさんの表情はよく読めない。


「確かに、それもそうだ」


 右も左もわからない可哀想な女の子に、この世界の住人はどうしてこう優しくないんだろう。

 不服そうな目をしたであろうあたしに、ヤナギさんは真顔で言う。


「それで、その仕事なのだが」


 はいはい。

 あたしはやさぐれた心で返事をする。


「何をしたらよろしいんでしょうか?」


 微量の皮肉を込めて言うと、ヤナギさんはそれをさらりとかわして答えた。


「キリュウ様の身の回りのことを」

「はい?」

「主にキリュウ様の寝室、執務室の清掃だ」

「……」


 ちょっと嫌な顔をしてしまった。そんなあたしに、ヤナギさんは苦笑する。


「皇帝陛下の私室だ。侍女たち羨望のポジションだというのに」

「え? いつでも代わりますよ」

「そう簡単に言ってくれるな。何故、キリュウ様が君にこの仕事を割り振ったのだと思う?」


 何故。

 そう問われると、少しどきりとした。

 もしかすると、これは特別扱いなのだろうか。

 あたしでなければいけない理由なんて、思い当たらない。

 いつもひどい態度だけれど、キリュウはあたしのことを本当は心配して――なんて、天文学的にあり得なかった。

 返事の遅かったあたしに、ヤナギさんはあっさりと言う。


「君はこの国の文字が読めない。つまり、重要機密をうっかり目にしたところで、その内容が漏洩する危険性が少ない。……そう仰られていた」


 うわー。ほんとだー。

 すんごい納得してしまった。


「指導係を付けるので、早く仕事を覚えてくれ」


 そういうヤナギさんに、あたしは素朴な疑問をぶつけた。


「あの、字が読めないのってなんて説明したらいいんですか?」


 記憶喪失じゃ通らない。記憶喪失って、日常に関することは忘れないらしいから。

 すると、ヤナギさんは言った。


「君の世界は随分識字率が高いのだな。文字が読めない人間は、こちらではそれなりにいる。特に、非魔術師である者たちだが」


 幼稚園児だって平仮名くらいなら読める。あたしにとって当たり前のことが、この世界では通用しない。それを改めて実感した。


「田舎から出て来たとでも言えばいい」

「……故郷はどこって訊かれたら?」

「田舎過ぎて恥ずかしいから教えないとでも言ってごまかしてくれ」


 なるほど。

 あたしはじぃっとヤナギさんを見た。ヤナギさんは不思議そうに眉間にしわを寄せる。


「どうした?」

「ん、ヤナギさんも魔術師ってやつなんですか? ハトリおねえちゃんやキリュウがそうなんでしょ?」


 ヤナギさんはため息をついた。


を付けないか。……そうだ、三宰相の一人である私ももちろん魔術師だ。この国の要職には魔術師でないと就けない。魔力の質が重要なのだ」

「ふぅん」


 ヤナギさんはサイショーってやつらしい。何それ?

 わからないけど、知ったかぶりしちゃった。


「現皇帝キリュウ様以上の魔力を持つ者は存在しない。詠唱さえも必要としない、触媒を光へと昇華させる最高位『プリマテス』――」


 またしても何それ?

 きょとんとしたあたしに、ヤナギさんは丁寧に説明してくれた。


 ノギおにいちゃんが言っていたように、この世界の魔術には触媒という魔術のもとになるアイテムが必要で、力のある魔術師ほど、そのアイテムを完全燃焼させて強い魔術を使えるらしい。普通の魔術師なら、使用後の触媒は色が抜けたみたいに真っ白になって残る。


 優秀な『ホノレス』と呼ばれる魔術師なら、触媒は灰のようになって散る。

 そして、最高位『プリマテス』が使用した触媒は、光になって消えるのだそうな。

 そういえば、キリュウはいつもやたらとキラキラしてる。


 その『プリマテス』は王族で、この素質が皇帝の条件であるらしい。

 ヤナギさんいわく、キリュウは案外すごい人だということ。

 

 メイドさんじゃなくて「侍女」にしたかったのですが、フゥの知識で行くとメイドさんとしか書けなかったという(笑)

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