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問四 続、誰と出会いたいですか? 

 同気相求。

 あの少女との出会いを、巡り会わせを表現するならば相応しいといえる言葉ではあるのだけれど、彼女の方が厳しい世界に身を置いていたという意味で、辿ってきた道は数段過酷で苛烈だったことは容易に想像できる。

 だけれど、そんなどんぐりの背比べというか、五十歩百歩というか、些細な程度を比べる意味なんてない。

 絶望の容は人それぞれなのだから。

 果たして、俺は何を期待して、何を思って、彼女を助けようとしたのか。いや、助けるなんて上から目線で、一方的で、理不尽な行為を指し示す言葉で表すのは間違いだ。

 あの時、どうして彼女の側に立とうとしたのか、あんな強行で独りよがりに没頭したのかと問われれば、まあ、それはもう、理由付けもなんてするまでもなく、何となくで、そうしたかった、ただそれだけなのだろう。

 情けないことに人は理由を持って行動の要因を肉付けをしたくなるが、本心からの行動に理由なんてものは必要ない。

 そんなことを考える前に体は動いているし、決心を固めているのだから。



 では改めて問おう。

 異世界です、人間関係はリセットされました。さて、誰と出会いたいですか?


 

 


 答え、同族(美女、美少女に限る)
















 ユニークスキル。

 この世界において、誰もが修練を積めば得られるスキルとは違い、秀でた才能をさらに昇華させた者のみが得られる至高の力だ。

 到底使いこなせているとは言えないが、今の俺はそれに縋るしかできない。


 剣王Lv1

 剣、またはそれに類推される獲物を持つとき、常人を越えた圧倒的武技を振るうことができる剣系上位スキル。

 一、秘剣技発動。

 二、高速思考。

 三、万剣掌握。


 それらの加護は、戦闘に関してただの素人な俺を達人の領域へと昇らせた。

 剣呑だった雰囲気が凍りつく。波紋のように広がる殺気だけが痛いほどに肌をさする。

 音は失せ、感情は消え、己の存在そのものが剣と一体化したかのような感覚が体を支配していた。


「この先には誰もいない、二人は必死に追跡をしたが運が悪く逃してしまった。だが致命傷を負った魔族はおそらく生きてはいないだろう、そう報告してくれるだけで剣を交える必要はなくなるんだけど、どうよ?」


「はっ……殺気出しながら言う台詞がそれかよ……どうやらただのガキじゃなさそうだな……」

 筋肉冒険者、もといゲインが警戒したように声を発した。その表情にはどこか嬉しそうな笑みが薄っすらと浮かんでいた。

 どうやら戦う気満々のようである。

 勘弁して欲しい。

 俺は早く宿に帰って、まったりと昼寝をしていたいのだ。

「いや、筋肉じゃなくてそっちの会話できそうなお兄さんに提案してるんだけど」


「んだとてめぇ! 誰が筋肉だ、ぶっ殺されてーのか!」


「うるさいですよ筋肉……残念ですが貴方の提案は呑めませんね……死体だけでも回収しないと私達は役立たず扱いされてしまいますし。それにしつこく生き残ってくれていたら、最近活発になって行動している魔族どもが何をしようとしてるのか糸口が掴めるかもしれません。私は王都に住む冒険者として、みすみす魔族を逃して王都を危険にさらす訳にはいかないんですよ」

 

 全くもって正論だ。

 完全に悪役は俺の方である。

 そういえば冒険者ギルドでも魔族討伐の依頼が提示されていたな。北の魔族領から相当数の魔族共が王国の付近へと侵入してきているらしい。勇者召喚といい、魔族の行動といい、かなりめんどくさそうな一件に首を突っ込んでしまったなと、後悔の念が一層湧いてくる。


「まあ、分かっていたけど無茶なお願いだよな……」

 

「ええ、ではそこを退いて貰います」


 そう言うと、魔法使い、ヒースは瞬時に臨戦態勢に入った。

 彼の体から、正確には掲げた右手から光が漏れる。

 気とは違う淡い光。それは魔眼を使用しているおかげではっきりと瞳に映った。

 どこか幻想的で、儚い光。今が戦闘という得意な場面でなければ、異世界の神秘に俺は感嘆の声を上げてしまいそうだ。

 浮かぶ幾何学模様。それが何か俺には理解できないが、感覚で、あるいは昔見たアニメの映像で、魔法が発現する前段階だと思う。

 そういえば俺は魔法と言うものになじみがなさ過ぎる初見で魔法使いと戦闘するなんて、我ながら無茶をするものだと自分を罵ってやりたくなる。

 でも、古今東西魔法使い相手の対策は一つと相場が決まっているのだ。

「うおおおおおおおおおおっ!」

 俺は吹っ切れたように雄叫びを上げ、即座に魔法使いとの距離を詰める。

 名付けて、魔法が怖けりゃ使わせなきゃいいじゃん作戦。

 魔法使いは接近戦に弱いと相場が決まっている、はず。

 だが、俺の進路を阻むようにゲインが、いや筋肉が立ちふさがる。

 まあ、そうくるよな。

 二対一だし、仕方ない。

 今さら方針を変えたって自滅だ。なら、このまま速攻で筋肉を倒す。んで、魔法の発動を妨害してやる。

 加速する思考の中、自己に言い聞かせるように俺は真っ直ぐ前を見据える。

 

 最速で、最善の一撃を、今っ!


 筋肉と俺の射程が重なる刹那、気を足元で爆発させ加速した速度、体重を乗せた刺突を放った。

「ぐっ!」

 筋肉が持っていた大剣で俺の突き出した剣を軽く払う。

 金属がぶつかり合うときに生じる耳障りな音が鳴った。筋肉が軽く振っただけの剣は激しい衝撃を俺の右手に伝えた。

 だが、その巨剣ゆえに、微かに対応が遅れたのか、俺の剣が浅く肩口を抉った。

 

 それにしても、どんなバカ力だよ、こいつ! ちょいと剣が触れ合っただけで手がいてぇ……。

 筋肉達磨はだてじゃないな。

 すぐに筋肉が攻勢に転じる。俺の身の丈ぐらいはありそうな大剣を天に掲げると、見た目に似合わず流麗な動きで大上段に剣を構える。

 剣王の持つ能力、万剣掌握によってありとあらゆる剣を使いこなせる俺だが、今手に持っているのは刃渡り一メートルに満たない長剣だ。反りがなく、斬ることよりも叩き裂くことを重視した耐久力のある剣ではあるのだけれど、男の持つ大剣を受け止めることには不安しかない。

 正面から受ければ間違いなく剣が駄目になる。今獲物失うことは得策じゃない。まともに打ち合えば確実に不利だし、力比べで勝てるわけもない。

 そこまで思考加速により判断した俺は大剣が振るわれる前に、筋肉との距離をさらに詰めた。懐に潜り込み、怪力に任せた剣撃を放つことを許さない。

 十全に刃が振るえない超近接戦闘ならば力よりも手数が光る。

 幾度となく剣を交える内に、筋肉の体には微かな傷をつけることには成功した。不利な状況下で、それでも大剣を振るい対抗してくる筋肉の技量はたいしたものだが、こちとらこいつとは比べ物にならない化物を相手にしてきたのだ。そう簡単には遅れは取らない。

 悪くない状況。

 だけれど、俺は焦りを隠せ切れない。

 逆に、筋肉の表情には笑みが浮かんでいた。

 今の状況は俺が有利だ。

 ただし、相手が一人だけならばの話だが。


「天を裂き、荒れ狂う乱風。切裂け、エアリアルブーメラン!」

 んだよ、その中二な魔法はっ!

 普通の目では見ることができないであろう風の刃が迫るのを俺は魔眼を持って捉えていた。

 いや、見えてはいるがやばい。

 速いし、喰らえば十分死ねそう。

 剣で受け止めるか。

 うん、剣が耐えられるかわかんない以上、ここは避ける。

 俺は迫る風の刃から逃げるように筋肉から距離を取る。

 だが、危機は簡単には去ってくれないらしい。

 ブーメランと言う名に恥じないどころか、明らかにブーメランの性能を超えている風の刃は、勢いを増して俺を追尾してきたのだ。


「ちょっ! 追尾性能つきとか聞いてないぞ!」

 高性能にもほどがあるぞ!

 不可視の刃を必死になって避ける俺。 

 傍からみると奇妙な踊りを踊っているように見えて実に滑稽に違いない。

 だが、そんな俺の無様な姿を見てヒースは驚愕していた。

 まあ、不意打ち気味に発動した見えない刃を避け続けているのだから当然といえば当然なのだろうけれど。実はチートのおかげで見えているなんて相手にはわからないだろうし、そのまま警戒して何もしてこなければ御の字だな。

 迫る死の刃。

 避ける俺。

 迫る大剣。

 避ける俺。

 うん、回避はそこそこ得意らしい。日頃から逃げ回るのには慣れていたおかげなのだろうか。


 と言っても、このまま避け続けるだけじゃ、体力切れで確実に負け、それなら――


 俺は意識を全身を包む気に向ける。

 今まで使っていた気による身体能力強化。それにさらに意識を向け、もう一つのユニークスキルを発動させる。

 

 気力制御Lv1

 

 正直まだまだ謎のスキルで、今できることは全身の強化に回していた気を武器に込めることぐらいだ。

 だけれど、この状態でなら、風の刃を受けれる……はず。

 気を得て鈍く光る刃にて、風を受ける。

 振り上げた剣閃が、風を裂いた。


「う~死ぬ……まじで死ぬ……帰りたい……」


「貴方……本当に何者ですか……魔法を剣で切裂くとは……」


「動きは完全に戦闘慣れしてない……なのに剣を持ったら別人のように強くなりやがる」


 驚嘆する二人だが、こっちは結構ギリギリなんだぞ。

 それに単純な剣術は明らかに筋肉の方が上だ。チートスキルの補正と思考加速で有利に立ち回れているからこその互角なのである。

 

 鳴り響く金属音。交差する二振りの剣閃が空気を裂き、大気を振るわせる。

 どれも死に直結しそうな攻撃ばかりで神経の休まる暇もない。


「どうだ、もう満足だろ。怪我する前に帰れ。つか、帰って下さい、マジで……」


 お互いに決定打を持たない状況が続く。

 大剣の攻撃は鋭いが避けられないほど速くはない。

 魔法は風以外に水の刃や弾丸もあったが、魔眼で視認できるおかげで避けれるし、剣で弾くこともできる。俺の剣撃は筋肉を浅く傷つけるが、ヒースの回復魔法がすぐさま発動して瞬くまに回復してしまう。

 そうして、戦いは泥沼の膠着状態へと突入した。










「っはぁ……はぁ、ほらもう満足だろ……」


 戦いが始まっておよそ三時間。

 終に決着のときは訪れる。

 およそ、俺が予想していた通りの結末で。


「くっ……ざ、残念ですが……魔力切れのようですね……」


「く……はぁ、はぁ……お前、男女、これだから普段から鍛えてねえ貧弱野郎は……なさけねぇ……」


「貴方だって、肩で息をしているくせに……」


「んだとぉ……俺はお前と違って前線で戦ってんだよ……お前もさっさと槍持って手伝いやがれ……」


「いえ、引きましょう……もともと私達は急増のパーティでろくに連携できてません。魔法との連携ですら満足にいかない今、それなりに槍術の心得があるとはいえ、足手まといになるだけでしょう。勿論回復魔法も使えません。これ以上戦えば、傷だらけの筋肉と魔力切れの私では余りにも苦しい戦いになる」

 冷静に戦況を分析したヒースが言う。

 だが、俺が平然と立っていることで、正確には必死に平気そうに振舞っているおかげで肝心なことに気づいていない。

 限界なのは俺のほうだ。

 筋肉のバカ力で俺の剣はもうボロボロ、気を纏わせて隠しているが限界だ。体力だって限界だし、筋肉だって悲鳴を上げている。スキルで実力の差を隠しながら戦ってきた俺は、目立った怪我を負っていなくても限界なのである。

 それに何より左手がやばい。一発まともに筋肉の剣を受け止めたときに、俺の筋肉が切れる音がした。たった一発受けただけなのに、バカ力にもほどがあるだろう。左手は支えくらいにしか、もう使えないだろう。

 そして打ち込んだ筋肉は俺の左手の現状を知っている。だから、二人がかりなら、と考えているのだろう。 


「それに、もう魔族の女は生きていないでしょう。あの傷です、逃げ延びたとして三時間も経過すれば、こんな森の中で助かる術などありません。魔物に食われたか、その男が匿っていたとしても安らかな眠りを与えたにすぎません。まあ、つるし首にされて、見世物にならなかっただけ、あの女も幸せだったでしょう」


「はっ! ゴミに同情か?」


「まさか、ただ事実を述べているだけですよ」


「まあ、そう言うことだ。不慮の事故にあったと思って帰れ。厄介な魔物に出会って見逃したって報告すりゃ、まあ許されるんじゃねーの?」

 俺が何となくでそう言うと、ヒースが不機嫌そうに言った。


「それこそまさかですよ……うちのギルマスは怖いですから……帰ったら絶対お仕置きです……それこそ、相当に機嫌でも良くないと、見逃して貰えません」


「そっか、悪かったな」


「全くです……まあ、今回は不慮の事故にあったと思って諦めます。帰りますけれど、見逃して貰えますよね?」


「当たり前だ、こっちだって疲労困憊なんだぞ全く……っと、おい筋肉、これやるよ、悪かったな」


 そう言って、俺は最高状態で確保できていたヒリング草の束を筋肉に投げ渡した。


「あん? 何だよ、施しのつもりか?」


「んなんじゃねーよ、俺のわがままにつき合わせちまったからそのお詫びだ。残念ながら貧乏なもんで金はない。そいつで我慢してくれ」


「お前も強がってやがるが、左手、逝っちまってるだろ!」


「心配無用だ、俺にはこれがある」

 そう言って盗んだばかりの回復魔法を発動させる。


「ちっ! んなもんも持ってやがったのか、食えねぇガキだな」

 ま、ほんの少し前に使えるようになったばかりなんだがな。不慣れで、戦闘しながらじゃ使えなかったし。

「ま、奥の手は隠しとくもんだしな」


「糞がっ! 次はぶっ殺す!」


「勘弁してくれ……」


 そう言って、二人は去っていった。

 運がいい。

 魔族を、それもハーフを庇ってこの程度で済んだんだ。

 おそらくさっきの少女が死んでいるものと思って、その上で俺が死体にひどいことをするなと主張する偽善者に見えたからこそ、二人は見逃してくれたのだろう。

 確かに、少女の負っていた傷は致命傷で、普通の治癒魔法や薬では助かることなどない。それが分かっているから、魔族を庇う少年ではなく、死体を庇う少年だったからこそこれほどまでに対応がぬるかったのだ。

 全く持って、運がいい。


 激闘のすえ、疲れきった体に鞭を打って、洞窟に戻った。

 そこは何処までも静かで、微かに聞えていた少女の寝息も、今は存在していなかった。


「ほらな、言っただろ。誰もいないって」


 悲鳴を上げる筋肉の痛みが、ぽっかりと明いた空白の心に、苦痛だけを刻みつけていた。


「ほんと、何やってんだろうな俺は……」


 そうして俺は、重たい足を動かし、街へと向かうのだった。

 滴る水滴の音だけが、物静かな洞窟に空しく響き続けていた。






 




「お疲れ様でした。ヒリング草が三束、ポイゾナ草、月光草も非常に品質がいいですね。量も質も十分です。買取には少しだけ色をつけさせて貰いますね」

 そう言って、にっこりと笑む受付嬢リシア。

 うん、美女の微笑みはいいものだ。たとえそれがただの営業スマイルだとしても、疲れた俺の心を微かに癒してくれそうだ。


「有難うございます、リシアさん……」


「随分とお疲れのようですね。初めての依頼で張り切りすぎちゃいましたか?」


「まあ、そんな所です……風呂入って帰って寝たいですね……」

 かなり力のない声で俺は言った。


「シラヌイ様は何だか年寄りみたいな子供ですね」

「ストレートな悪口ですね」

「いえいえ、大人びているって意味ですよ」

 なら最初からそう言えよ。

「おっと、失礼しました」

「心を読まないで下さい」

「口に出てましたよ」

 マジでか。

 どうやら予想以上に疲れていたらしい。


「もうギルド自慢の大浴場には行かれましたか? ギルドの関係者は無料で利用できますので、お金を払ってまで公共浴場に行く必要はありませんよ」


「ええ、利用させて貰ってますよ」


「浴場のあるギルドは王都でもうちだけなんです! レイお爺様の発案で、設置の資金もあの人がほとんど負担したんですけどね」

「中々分かってるじゃねーか、あの糞爺」

 風呂はいい。

 日本人で風呂が嫌いな奴など存在しないのだ。


「あ、でも覗きは駄目ですよ? うちは可愛い子が一杯いますけど、皆男の人よりも強いですから、死んでも文句言えませんし。当然私も命の保証をしませんし」

「覗きなんてするわけないじゃないですか、命は大切にしろって教えられていますので」

 透視しようとしたのは内緒だ。

 俺だってまだ死にたくはない。

「ふふっ、良い心がけです」

 そう言って片目をパチリと閉じて笑むリシアさん。

 そんな笑みを見せ付けられると命を捨ててでも覗きたくなるんだぞ、気をつけてくれ、全く。

「では、これが報酬です。ご確認ください」

 そう言って、清算を終えたリシアさんが俺に金の入った袋を渡してくる。軽く銀貨の枚数を数えて、大体間違いがないと判断すると、視線を上げてリシアさんにお礼を言っておく。

「有難うございました、では今日はこれで」

「はい、お疲れ様でした。私も今日はお仕事お終です、可愛い新人に交代するとしましょう」

「そうなんですか、お疲れ様です」

「ふふ、ではまたお会いしましょう」

 そう言って、カウンターの奥へと去っていくリシアさん。

 彼女を見送って、俺もギルドに備え付けられた浴場へと向かった。

 古代ローマの公共浴場とは違い、混浴ではないのが不満ではあるが、現代の銭湯にも負けないほどに管理されたこの空間が俺は嫌いじゃない。洒落ているというか、なぜ存在するんだといいたくなる暖簾を潜り、脱衣所に入ると、奥から声が聞こえた。

 どうやら先客がいるらしい。

 どうせなら、一人でゆっくりしたかったが、仕方がない。

 湯気に塗れたドアをそっと開けると、二人の男と視線が合う。

 一人は赤髪でかなり鋭い眼光を持つ男だ。確か訓練場でバカみたいに騒ぎながら剣を振っていた奴だな、生理的に受け付けないとかんじたことは覚えている。

 もう一人は青髪で、やる気のなさそうな瞳をした男。さっきの男とは違い、仲良くできそうな気がした奴だ。まあ気がしただけで、多分仲良くなんてできないと思うけれど。

「ども」

 軽く会釈してから、かけ湯をし、体を拭く。残念なことにシャワーはないし、シャンプーもない。お湯が溜められている場所からすくって、タオルで体を拭くぐらいしかできないのは不満ではあるが贅沢は言えない。

 まだ、湯船に入っているわけではないが、汗と一緒に疲労感を流してくれているような錯覚を覚えた。


「おい、おめぇー新人だよな! しかも、あのレイ爺ちゃんの弟子の! うわー、何かチョー弱そうだな、貧弱な体してるしよう!」

 そんな至福を味わっていると、湯船に浸かっていた赤髪の男が馴れ馴れしく話しかけてきた。


「シラヌイっす。後、俺は糞爺の弟子じゃないんで」


「ああ、俺はガイアだ。ガイア・コンシアス、よろしくな期待の新人! いや~でも意外だな、こんなガキんちょが爺ちゃんの弟子だなんてよう!俺なんて、何回も弟子にしてくれって爺ちゃんに頼んでたのに、お前なんかに先越されちまうなんてよう! これは、あれだ。お前は俺のライバルに決定だな!」

 年はそんなに離れてないろ、お前。

 後慣れなれしいというか、普通に失礼だろ。

 初対面では敬語を使えと教わらなかったのか。そんなんじゃあ、面接であっさり落とされちまうぞ。高校受験で失敗するタイプだなこいつは。

 あと、勝手にライバル認定すんな。めんどくさい。金もらってもごめんだぞ、糞ガキ。いや、年齢的には多分年上だろうけど。

「だから弟子じゃないですって……」

 だがどうやらこのガキは人の話を聞かないらしい。

 聞いてもいないのに、出身地だとか、得意技だとか、必殺剣だとかバカっぽい話を遠慮無しに言ってくるガイア。

 勘弁して欲しい。

 こちとらコミュ障なんだ。人の話は目を見て、目で聞きましょうなんて小さい頃に教えられたが実戦できたことが未だにない繊細な中学生なんだぞ。年下を気遣え、全く。

「そのバカに言葉は通じない。めんどくさいから無視が一番だよ、シラヌイ……」

 ひどく気だるげな声で、もう一人の男が言った。

 俺がガイアの言葉を流しつつ、湯船へと侵入すると、口を開くのもめんどうだと言わんばかりに、青年は簡潔な自己紹介だけをした。

「俺はディ・アークス。ディでいいよ……まあ、よろしく……」

「ども、よろしくです」

「ちょっ! 誰がバカだよディ! 俺みたいに頭よくって、強くて、完璧なやつなんて滅多にいねーんだぞ!」

 発言がバカっぽい。そんな台詞で文句を言うガイア。

「声がうるさい……頭悪そうな顔してんだから黙っててよ、ガイ……」

「んだよ、いつも澄ました顔しやがって! クール気取ってかっこつけのつもりなのかよ!」

 言い争う二人は無視だ。

 俺は湯船に肩まで浸かる。

「つぁああああ、極楽……」

「「爺みたいだな」」

「ストレートな悪口だな、疲れてるんだよ」

 そう、俺が言うとガイアがにんまりと笑みを浮かべた。気持ち悪い。

「んだよ、疲れてんのか! ならよ、俺が最高の癒しをお前に与えてやるぜ!」

 何故か俺に近づくガイア。

 何だ、こいつ。

 気持ち悪い。

 まさか、そっちの人間なのか?

「俺はノーマルなのでお引取りください」

「ああ? 何言ってやがる? いいか、よく聞けよ? もうすぐ、夕刻の鐘が鳴る。そんでもって、これは俺の調べた極秘情報だが、受付嬢のリシア、アリス、それに冒険者の憧れクルーシア姉さんもこの時間帯に入浴してから帰るんだよ。お前も見たことあるだろ? バーニーガールの超セクシーなお姉さんを。それに受付嬢の美しさを!」

 嫌な予感がする。

「だからどうした?」

「そりゃああれだよ、おめーっ!  美女達が入浴してるんだぞ? それも皆絶世の美女なんだぞ! 股間についたもんが飾りじゃねーなら、行くしかないだろ?」

「んじゃあ、俺はそろそろ上がりますね」

 冗談じゃない。 

 死にたいなら勝手に一人で死んでくれ。

 俺はそう言って立ち去ろうとした瞬間、がしりと俺の肩を掴む手が二つ?

「まあ、待てよ……めんどくさいけど、譲れないことってあるよね?」

 ディ、お前もか……。

 やっぱり仲良くなんてできなさそうだよ。

「新人、先輩の言うことは聞かなきゃ駄目だよな?」

 ガイアがにんまりと笑いながら言いやがる。殴っていいでしょうか。

「「さあ、行こうか、新世界へ!」」

 ああ、何て理不尽なんだよ、異世界って奴は……。



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