表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

問一 異世界です、どう生きますか?

 人は言う。

 世界は平凡である。

 普通すぎて退屈である。

 変わらないし、変えられない。

 変化のない日常に青春と言う名のスパイスを求める学生、平凡な日常に恋愛を求める社会人、退屈な日常に娯楽を求める権力者。

 彼らは言う。

「何か面白いことなはないのかな」

 そんな彼らに俺は文句を言ってやりたくなる。

 変わらない日常で何が悪い。退屈な人生でなにが悪い。変わらない人格で何が悪い。一人でいて何が悪い。自分だけの時間を求めて何が悪い。

 最低限度、誰にも迷惑をかけないままに、引き篭もることを目標にしているぼっちは言わせて貰う。

 世の中の社会は多数決や大多数の意見で成り立っているのだから、群れからはみ出る個が生まれるのは必然なのだ。そうして、そんな異端児が弾劾されるのも当然の帰結なのである。

 確かに誰かからの評価を求め、社会において評価されることは素晴らしいことだろう。だけれど、最初から社会を反し、誰にも相手にされず、誰も当てにしないまま一人で正面きって戦う人間を評価の対象に入れても、それはそれで悪くはないのではなかろうか。

 評価を受けない生き方だって、生きるのに必死な人間は、というか生きることで精一杯な人間にとっては十分賞賛に値するのではないだろうか。

 生きることは過酷で、苛烈なのだから。 

 つまりまあ、何がいいたいかといえば、俺は社会は嫌いだけれど世界は大好きだということだ。

 たとえ世界が退屈で、平凡で、何ら変化のないものだとしてもだ。

 いや、この言い方も今では間違っていると言わざる終えない。

 俺は世界が大好きだったし、生きることが楽しかったのだ。たとえそれが、自分のような異物を受け入れてもらえない社会だとしても、あるいはそんな俺を排除、攻撃してくる社会であっても、心を開ける人間が限りなくゼロに近い社会であっても、それらを内包する世界は、矛盾を抱えたまま動き続ける世界は大好きだと肯定したかったのだ。

 





 

 問題、生きる世界が変わりました。生きる人間は変わりません。どうやって生きていきますか?





 




 答え、ニートを目指す。















 真っ白な正方形の部屋は見たこともない幾何学模様の刻印に覆われていた。何世代も昔に使われていたであろう古めかしい神官服に身を包む多くの人々が佇む中、俺はゆっくりと現状を把握していく。

 神官達の中心に立つのは一人の少女。

 辺りを見渡せば俺以外にも、四人の見慣れない同級生の姿があり、俺以外の全員が視線を彼女へと向けていた。

 煌びやかなドレスに身を包む少女は、西洋の城に住まうお姫様のようで、注目してしまうのは無理もないことだろう。

 まあ、俺は大人びた視線を持つ生意気そうな少女なんぞに興味もないので、現状をただ観察しているのだけれど。辺りには武装した兵は少ないが、日本ではあり得ない鎧姿の兵士がいることからして、というか不可思議な魔法陣に神官、加えて姫っぽい人間がいる時点で、ここが日本でも、地球でもないことは既に理解することができていて、俺が気にしているのはそんな現状への不安ではなく、周りの人間の敵意なのだけれど。

 社会からのはみ出し者は人に気を遣う、というよりかは人の振る舞いに注意するという意味で人間観察を怠らない。人の思惑や悪意を読み取る能力に関してだけ言えば達人の領域である。

 そんな俺から見て、一応彼らには敵対心がないことが分かったので、そっと一安心とばかりに少女のほうを向く。

 姫様のような格好をした人物は、値踏みをするように満面の笑みのまま全員を見回し、テンプレ感満載の言葉を投げかけてくるのだった。


「ようこそいらっしゃいました、勇者様」

 周りにいた神官や、兵士が、「おお、ついに」だとか「せ、成功だ」なんて口々に騒ぎ始める。


「ゆ、勇者? 一体どういことですか? それにここは……俺は学校にいたはず……」

 赤崎友あかざきゆうが聞いた。

 彼は、と言うより、この場にいる、恐らくラノベ的な召喚にあったであろう人間は全員、同じ中学の同級生だった。

 赤崎友は、黒髪黒目のイケメンである。その顔とは裏腹に、驚くほど真面目で好青年であったがために、クラスの誰からも(俺を除く)慕われる、学年一のモテ男である。決して羨ましいから慕っていなかったわけではない。


「詳しい事情は国王様が説明いたします。すいませんが、広間のほうにお越しいただけますか?」

 赤崎友は、俺を除く全員の意思を確認するように見渡した。それぞれが納得したように頷いたのを見て、俺達は姫様の後ろについていき、やがて玉座を仰ぎ見る形の謁見室へと通された。

「うむ、よく召喚に応じてくれた、勇者達よ」

(はっ! 何が応じるだよ、強制じゃねぇか、どう考えても)

 厳かに言い放つ王に、若干、というかかなり呆れながら心の内で呟く。

 辺りには全身鎧の怖そうなお兄さんやら、おっさんがいるのだ。声に出すわけにはいかない。

「だがまあ、突然のことで驚いているだろう。だが落ち着いて聞くがいい。きちんと説明は致すゆえ」


 そうして王は、テンプレ異世界を語り始める。

 曰く、魔王が復活し、北の大陸から魔族が侵攻を繰り返している。

 曰く、王国の人間は最後の希望にと勇者召喚に頼った。

 曰く、伝説の書物によれば四人の勇者が災いを振り払う。


 これまたテンプレに当てはめるなら、召喚された人間は五人。

 ならば、必然的に欠ける人間が一人いるはずだ。


「ふむ、心の内で《ステータス》と念じてみるがいい。勇者ならば称号の欄に《勇者》と記載されているはずじゃ」

 俺は王の言う通り、心の内で呟いた。

 

(ステータス)


 心の内を開く感触、ついで頭の中に流れ出る情報の渦。

 それらが統合され、馴染みのある文字になって現れた。


 白野しらの 不知火しらぬい

  

 種族 人間


 性別 男

 

 年齢 15


 《ユニークスキル》 盗視の魔眼Lv1


 《称号》 異世界人 勇者(笑)

 

 色々と言いたいが……

 喧嘩売ってんのかこの称号。

 いや、まあ勇者なんてボランティア、死んでもやりたくないと思う俺だけれど、どうして(笑)なんてつける。向いてないのも、相応しくないのも、分かっているんだからわざわざ挑発してくる必要はないだろう。

 ふざけてるのか? 

 ふざけてるんだよな?


「あ、勇者の称号、ありました!」

 言いようのない不満をぶちまけていると、赤崎が言った。


「うちも、持っとります」

 茶髪でポニテールな少女が続けざまに言う。確か名前は青海泉あおみ いずみ。女子テニス部の部長で、下級生から慕われる人望の厚い美少女だった。同級生という以外、勿論俺との接点はない。

「あ、あたしも!」

 元気の良い声を上げて主張したのは元生徒会副会長、黄緑朱音きみどりあかねだ。どこか抜けていて、頭の悪そうな子なんだが、何故だか人気が高く生徒会に入っていた美少女。勿論接点はない。

「…………んっ」

 元図書委員会委員長、黒眼猫くろまなこねこは頷くだけで意思を伝えていた。無口で、眼鏡が似合う美少女。記憶力がよく、学年テストでは常に一桁に君臨していたはずだ。俺との接点など言わずもがなである。


 まあ、つまり高スペックで、人望や才能に満ち溢れている彼らが、所謂勇者なのだろう。俺はそっと赤崎を《視》てみた。

 すると、何故か彼の情報が目に映し出された。


 赤崎あかざき ゆう


 種族 人間

 

 性別 男


 年齢 15


 《ユニークスキル》 聖剣Lv1 


 《スキル》 剣術Lv3 光魔法Lv3 火魔法Lv3 体術Lv3


 《称号》 異世界人 勇者 


 恐らく盗視の魔眼の効果で、赤崎のステータスが見て取れたのだろう。

 そして、これが勇者と勇者(笑)の違いなのであろう。なんか一杯スキル持ってるしレベルも高い。

 つかスキルって何だよ。

 ゲームか、ゲームなのか!

 まあ、異世界の、異なる法則とでも考えておけばいいのだろう。何でもありだ、異世界だし。

 

 思考のさなか、当然のように全員の視線が俺に集まる。

 彼らの疑わしげな瞳から目を逸らし、肩を竦めながら俺は言った。

「俺には勇者なんて称号はありませんでした。おそらく間違えられたのではないでしょうか?」

 すると、周りからの視線が冷たくなる。

 勇者じゃないと分かれば、騎士や文官の向ける視線は侮蔑にさえ感じられる。でも、それも別に当たり前だと俺は思う。

 人間は誰もがやっていることだ。期待をし、期待を押し付け、勝手に失望し、見捨てる。誰もが有利に人生を進めるために行う基本スキル《掌返し》だと俺は思う。

 すると、国王は少しだけ申し訳なさそうに口を開いた。


「うむ、それはすまぬことをした。だが、そなたにも召喚陣が発動した理由があるはずじゃ。どうかのう、勇者と共にこの国を救ってくれぬか、憎き魔王と魔族共を討ち滅ぼしてのう!」

 

(何を言ってるんだ、こいつは?)

 

 正直な感想として、意味が分からない。

 そもそも、魔族だの魔王だのを倒せと命令していいのはゲームの中だけだと理解していないのか、こいつは。 

 それ以前に、俺は働くことが嫌いだ。将来の就職を考えると頭が痛くなるし、委員会や委員長なんて役職は吐き気がする。例えそれで給料が貰えたり、ある程度の地位が貰えるとしてもだ。なのにどうしてテンプレ勇者の足手まといなんてポジションで、無意味に努力をしなければならないのか、本当に理解ができない。しかも勝手に勇者が魔王を倒しに行くことを決めているし。

 ああ、どれだけ理不尽なんだ、異世界ってやつは。


「待ってくれ、俺達はただの学生だ。剣も握れないし、何の力も持っていない。急に戦えと言われても困る!」

 赤崎が至極当然な意見を言った。どうやら彼は、異世界だ、チートだ、英雄だ、なんて頭の中ファンタジー一色の思考を持ち合わせたテンプレ勇者ではないらしい。

「そうです、それに元の世界で急に消えてしまって、おかんやおとんが絶対心配しとります! 急にこんな拉致まがいなことをされて、戦えなんて無理です! 元の世界に帰してください!」


 訛りのある声で青海が言う。

 これも全うな意見だ。彼らにはそれぞれ、帰るべき場所がある。どうして好き好んで、何も知らない世界に足を踏み入れなければならないのか、納得できていないのだろう。かくいう俺も大いに納得できていない。

 王はそんな彼らの訴えを、受け止めながら言う。

「落ち着いてくだされ、勇者殿。心配せずとも、召喚されたそなた等の存在は切り取られ、こちらの世界にきておる。元の世界に帰る際には、切り取った時間軸に送られるゆえ、元の生活に支障はない」

 

 それを聞いて、青海はほっと息を吐いた。

 おいおい、いいのかそんな簡単に納得して……。

 王の言うことが事実と決まったわけでもないのに、それどころか、そんな都合のいい話があるのだろうか。俺としては十中六七の確率で嘘だと思うのだけれど。

「なら、元の世界に帰して下さい!」

 黄緑朱音が俺の心の声を代弁してくれるかの如く言い放った。

 有難い。

 勇者でない俺はそんな言葉を口にはできないのだから。

 王は凄く残念そうな体を装いながら、口を開いた。

「それはできぬ……」


「ど、どうしてですか!」

 黄緑は言う。


「召喚、転送には莫大な魔力が必要なのじゃ。そなた等の召喚に用いたのは最上位竜の魔石、この世にたった数個しかない強大な魔力を秘めた結晶なのじゃ。だが、案ずることはない。そなた等が見事魔王を打ち滅ぼしてくれたならば、その魔王の魔石を使って転送することができるじゃろう」

 

 つまり、元の世界に帰りたくば、魔王を倒せ、だそうだ。

 当然今の俺には王の言葉が嘘か真かを判断するだけの魔法の知識はない。表情から視てみると、嘘を言っているようには見えないが、それでも一国の王が相手なのだ。ポーカーフェイスくらいはお手のものだろう。


「どうか、この国を助けるために――いや、世界を助けるために、力を貸していただけないだろうか勇者殿。勿論戦いに備えるための協力は惜しまぬ。そなた等が帰還を望むのならば、きちんとした準備を整える。だから、魔王を打ってもらえぬだろうか」


 王の言葉はおそらく誰が聞いても真摯に感じるだろう。

 だけれど、俺は違う。


「……分かりました……俺は元いた世界に帰るために、皆さんを助けるために、戦います」

 なんて、赤崎が言う。

 彼は本当に理解しているのだろうか。王の言葉の意味を。戦うという言葉の意味を。

「おお! 真か、勇者殿! 感謝するぞ!」


「だけど、条件がある!」

 

「条件、といいますと?」


「これは俺が決めたことだ。だから俺は戦うけど、女の子は別だ。皆が戦うのは嫌だって言うんなら、俺が魔王を滅ぼすまで、皆の生活は保障して欲しい」

 王は少しだけ考えるそぶりを見せ、やがて、真っ直ぐと赤崎を見つめていった。

「あい、分かった。そなたが勇者として戦うならば、そなたの要望はできる限り叶えたいと思う。彼女達の身はきちんと保障しよう」

 彼女達ってことは、俺はどうなんだよ、お、れ、は!

「感謝する」

 いやいや、勇者君俺は無視ですか。

 まあ、いいけど別に。勇者も王も共に人間である以上、誰かを切り捨てるの至極当然なのである。さすがに言い過ぎとも思うけれど。

「優が戦うなら、うちも戦う!」

 そう言ったのは、青海だった。

「おお、戦ってくれるか、さすがは勇者殿!」

「あ、あの……それなら、あたしも……その、一緒に……」

 二人と離れたくなかったのか、黄緑も渋々、戦う意を示した。

 これで、答えていないのは俺と黒眼のみ。

「猫ちゃんはどうするの?」

 赤崎が聞いた。

「…………私は本が読みたい、それだけ」

 そっけなく答えた黒眼、そう言えば教室でもずっと本を読んで過ごしていたっけな、この子。

「そ、そっか……えっと、じゃあそっちの、あ~、白野君だっけ……どうするの?」

 どうする、か。

 そんなのは決まっている。

「国王様、先ほど言ったとおり、俺は何の力も持たない、ただ巻き込まれただけの人間です。魔王や魔族と戦うのは不可能です。だからと言って、ただの凡人を城においておくなんて、意味のないことでしょう。皆さんに迷惑もかかる。だから俺はこの城を出て、何とか生活していこうと思っています。できれば、職を見つけるまでの数日間の宿代だけ、頂けないでしょうか?」

 言うまでもなく、勇者でない俺に、この城での居場所は存在しない。仮に王の庇護を得たとしても、周囲は納得しないだろう。

 ならばこの城に、もう用はない。文句はねちっこく言ってやりたいが、何の力も持たない俺はそれもできない。

 だからさっさとおさらばするに限る、情けで金品を頂ければなお良し。


「う、うむ。分かった……こちらにも非がある。数日分の生活費は用意しよう」


(むしろそちらにしか非はないだろう)


「感謝します」

 と言葉だけは言っておく。

 感謝なんてできる訳もない。俺は少なくともこんな物騒な世界に来たいなんて微塵も思わないのだから。

 他の四人も俺の決定に意を唱えるつもりはないらしい。

 俺は彼らとはクラスメイト以外の関係はない。気遣うほどの知り合いでも、心配するほどの友人でもない。制止の声がかからなくとも当然だ。

 だからこそ、俺は勝手にさせて貰うし、彼らの決定に何かを言うつもりもない。

 ただ、浅慮だとは思う。

 彼らは王の言葉を信用しすぎだし、魔王討伐も安請け合いしすぎだ。たとえ今が異常事態で、相手が王様で、満足な思考ができないとしても、退路が立たれ、戦うことが必要になっているとしてもだ。

 俺達は文化的に、魔族だとか魔王なんて言葉を聞けば、必然的に悪よりなんて思うかもしれない。だけど、ここが異世界で、紛れもない現実ならば、一面性の悪は存在しない。絶対的な正義もまた存在しないのだ。

 果たして、魔王とは、魔族とは、王が言う通り、世界を滅ぼすだとか、侵略を繰り返すとか、人間を虐殺するとか、そんな空想的で一方的な悪なのだろうか。

 そうであるならきっと、俺はこの世界を異世界だとは思わない。

 そんなのはただのゲームだ。

 空想だ。

 現実じゃあない。

 まあ、もはや俺とは何の関係もない。

 そもそも人のことを考えれるほど、俺に余裕なんてない。こっちは生きるだけで、社会に溶け込むだけで、神経をすり減らし続けている人間なのだから。


 俺は何の感慨もなく王城を後にした。







 





 ひょんなことから異世界に呼ばれてしまった、哀れな中学生、それが俺、白野不知火だ。

 だけれど、別に悲観しているわけではない。

 寧ろ、召喚なんてものを喜んでいる自分にびっくりしていた。

 王城の作りや、今歩いている町並みからして、中世のヨーロッパ程度にしか発展していないこの世界は、命が軽そうで、暴力が蔓延し、法整備の調っていなさそうなこの世界は、到底好きになれそうにないけれど、俺の願いを叶えるには都合のいい場所だろう。

 幸いにして、ローマの反映をこの目で見つめているかのごとく下水道や道の整備が調っており、それなりに生活水準も高そうに見える。王城は冷房でもきいているのかと思えるほど涼しかった。あれはおそらく魔法によるものなのだろう。そう考えるなら案外生きやすそうな世界だと思えてくるほどに、便利そうな部分もある。

 

 それに、何より俺の野望を達成するにあたってこの世界は都合がいい。

 俺の願いはこちらの世界でも、元の世界でも変わらない。

 ただニートでいたいだけなのだ。

 誰にも迷惑をかけない引き篭もりでいたいのだ。

 毎日毎日、狭い部屋で昼まで眠って、誰かの用意してくれた飯を食い、娯楽をしながら過ごし、また夜になれば寝る。

 そんな生活を送りたいのだ。

 そのために、苦労を重ねるなら、努力を重ねるなら、それは仕方のないことだ。

 

 必要な物は、金、力、家、そして労働力だ。

 安全に過ごすためには、相応の実力がいる。実力があれば、多分このファンタジーな世界では金稼ぎもできるはずだ。そしたら家だって買えるし、奴隷を揃えて家事をやって貰える。まあ、奴隷制があるのかどうかは知らないけれど。


 それにしても、何て安直な考えだろう。

 うまくいくかは分からない。いや、寧ろうまくいかないことを前提にしておいたほうが心が痛まずにすむかも知れない。

 まずは、この王から貰った金を利用して、RPGの基本、情報収集と現状確認を始めよう…………









 なんて、思い立ってはや三日、宿で寝転ぶニートが一人。

 そう、俺である。

 仕方ないね、お金があるし、食事もあるし、寝れるんだから、これはもう定番の明日から頑張るって思っちゃうよね、うん。それに異世界の布団と枕、凄いいい感じ。新鮮な感触だった。


 ああ、でもそろそろお金が心もとない。王様が持たしてくれたのは銀貨十枚。この世界での貨幣は銅貨、大銅貨、銀貨、金貨、白金貨である。

 日本円に換算すると銅貨一枚で約100円程度、銅貨十枚で大銅貨一枚の価値が、大銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚、金貨百枚で白金貨一枚の価値だ。

 今泊まっている宿は一泊二食つきで銀貨一枚、お湯が自由に貰える少し高めの宿だった。個人的には風呂付の宿に泊まりたかったが、値段が倍になるので諦めた。


 さて、そろそろ、金稼ぎの手段を確保しなければならない。

 ぎしぎしと音をたてる階段を降り、食堂へと足を運ぶ。

 A定食を注文し、席についていると、宿で両親の手伝いをする看板娘、ニナが給仕をしてくれた。まあ、看板娘と言うにはいささか発育が足りていないとは思うのだが、美少女、いや美幼女なのは間違いない。

 

「あ、寝てばっかのお兄さんだ! 今日は珍しいね、まだ昼前なのに起きてる~」

 異世界感満載の薄い青色の髪が揺れる。女性特有の甘い香りが、食卓の香ばしい匂いと入り混じって、微かに鼻腔を擽った。

「ん~、ニナちゃんは偉いね、早起きしてお手伝いまでして。俺には到底不可能だ……ニナちゃんもサボりたくなったら休めばいいんだよ、働いたら負けって名言もあるしね」

 おいおい、何で俺はいたいけな少女をこちら側に引き込もうとしてるのだろうか。俺みたいな駄目人間は増えないほうがいいに決まっているのに。

「じゃあじゃあ、ニナが疲れたらお兄さんのお部屋に行くね~」

「おう、いつでも来い、お昼寝し放題だぞ~」

 あれ、これよく考えたら犯罪か?

 十歳にもなっていなさそうな少女を部屋に連れ込む。

 いや、まあ寝るだけだから問題ないね。

「わ~い、じゃあまたね、お兄さん~」

 まあ、本人は喜んでるから別にいいか。

 パンに目玉焼き、ベーコンにコーンスープ、異世界感のあまりない朝食を終える。

 食後に紅茶のようなものを口に含みながら一息つくと、再び睡魔と怠惰が同時に襲いくるが、ぐっと歯を食いしばり目的の場――冒険者ギルドへと向かった。


 ニナちゃんの言うとおり、この三日間寝て過ごしていたが、必要最低限の情報は図書館や宿のおっちゃんに聞いて仕入れている。

 それに、今の俺が唯一頼れるユニークスキル、盗視の魔眼についても調べている。まあ、これはステータスを開いた状態で強く思い浮かべれば理解できたのだけれど。

 

 盗視の魔眼Lv1(next 0/10)

 スキル保有者のスキル発動を見て盗み取る。ただし、相手のスキルが失われることはない。また、盗むための所要時間は使用者の実力、集中力、その他多くの要素によって変化する。

 熟練度に関わらず盗むことが可能だが、盗んだ時点での《盗視の魔眼》以上のレベルの効果を得ることはできない。

 付属効果

 一、他者(無機物でも可)のステータスを覗くことが可能。

 二、瞳を通しての魔法全てを無効化する。

 三、視力が極限まで強化される。

 


 要は、《盗視の魔眼》はまねぶスキルといことだ。実に日本人らしい。

 誰かのスキルを真似るスキル、ただし盗視の魔眼以上のレベルは得られない。例えば剣術Lv5のスキルを盗み見たとしても、盗視の魔眼のレベルが1なら、真似れるスキルのレベルは1までということだ。 

  

 制限はあるものの、チートと言える程度には強力なスキル、こいつをフルに利用すれば、まあ生きていくことくらいはできるだろう。

 うまくいけば、目標である、ニート生活を実現できるかもしれない。


 わくわくを抑えながら歩いていると、冒険者ギルドへと辿り着いた。やけに重層な木の扉を開き中に入る。

 中にはそれなりに人がいて、全身を金属鎧で固めている中年や、皮鎧を着込む青年、中には木刀を持つ少年までいた。割合的に男七割、女三割程度なので、受付嬢の華やかさは際立って見えた。

 俺は数あるカウンターの中で一般新規登録受付、と書かれている窓口に向かった。ちなみに文字を読んだり書いたりできるのは《異世界人》という称号のおかげだったりする。


「すいません、登録したいんですけど」

 年は二十歳少し前といった所だろうか、華やかな営業スマイルと共に受付上は口を開いた。

「いらっしゃいませ、新規登録ですね。こちらの書類に名前と年齢などの必要事項と特技などを書いていただけますか?」

 そう言って、一枚の紙を渡された。俺はそこに名前や年齢、性別などを記した。特技は今の所ないので、昼寝と書いておいた。

 そしてその紙を手渡す。

 受付嬢はすぐに内容を確認し、頬を引きつらせた。だがそれは一瞬のこと、すぐに人当たりのよさそうな笑顔に戻る。


「あ、あの……特技……昼寝ですか……」

 表情は偽れているが、言葉には「正気かこいつ?」みたいなニュアンスが含まれていた。そこは最後まで頑張って隠し通せよ、プロだろあんた。


「駄目?」


「その……剣術とか魔法などが一般的なもので」


「じゃあ別にいいね、特別じゃん、俺だけ」


「……はぁ……ではこれで登録しておきます。ギルドカードが出来上がるまで、ギルドについて説明しますね」

 お姉さんの話を纏めると――

 冒険者ギルドは人々の依頼を仕事として斡旋する場である。ギルドから依頼を受けてこなし、報酬を稼ぐ人間を冒険者と言う。

 登録した人間はギルドの所属となり、身分を保証してくれるが、ある程度、ギルドへの貢献が義務付けられる。

 ギルドは来るもの拒まず出るもの追わずの比較的ゆるい拘束性しかない。

 だけど、命を賭けて仕事に望む冒険者は、縦の関係は緩くとも、横の関係は強いことが多いらしい。


 特徴的な要素として、冒険者ギルドは王都のような広い街なら同じ街に複数存在していて、ギルド同士でも、評価を争っている。

 ギルド、冒険者は共にF~Sまでのランクがあり、こなした依頼の数や試験を通してランクを上げることが可能である。

 つまり、俺の今の所属は、王都冒険者ギルド《精霊の箱庭スピリットガーデン》所属、Fランク冒険者白野となる。


 ニートを目指すと謳いながら、集団に帰属するなんて、我ながら情けないと心から思うが、これはまだ準備段階なので仕方がない。金を稼いだらさっさと脱会するつもりでいるので今は我慢である。

 なんて思考をしていると、受付のお姉さんが無色透明のカードを持ってきた。


「お待たせいたしました。出来上がったカードに血を一滴垂らしてください」

 そう言って針を渡される。

 俺は指を軽く、突いて数滴の血をカードに落とした。カードに触れた水滴は吸い込まれるようにカードに溶け、赤色に染まった。


「これでギルドカードが完成しました。色はランクを表しています。Fランクは赤色ですね、ギルドカードを失くすと再発行に銀貨が必要となりますのでご注意下さい」


「分かった」


「説明は以上です。なお初心者の方は依頼を受ける前に、ギルドの演習所で訓練を受けることを推奨しています。無料ですのでぜひ参加してください」


「ああ、ぜひ参加させて貰う。色々と有難う」


「いえ、シラヌイ様のご活躍を期待しています」

 

 さあ、未来の堕落生活を目指し、歩み始めよう――――当然の如く明日から。


 




 


完結させることだけを目標に頑張ります。


感想・評価などを頂けると作者が泣いて喜びます(誰得)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ