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まだまだこれからチートがでてきます。
感想なんかも書いて下さるとありがたいです。
乱戦と言うに相応しい状態になった演習場で、対峙するたった二人の周りの空間だけ、まるで切り取ってきたかの様に静かだった。
そしてその静寂を破ったのは同時。
俺は袈裟切りの構え、安藤は喉元への突きの構えで一気に間合いが詰まる。
安藤の方が得物にリーチがある分有利で、俺は袈裟切りを中止し、安藤の木刀を払う動きに切り替える。
そして激突。
激しい鍔ぜり合い。
先にアクションを起こしたのは安藤。
一旦後ろに下がったので、追撃の為に追う。
防御の姿勢にあるのを見て、体重を乗せて木刀を振り抜く。
しかし、手応えはなく、木刀は空を切った。
その時点で、俺は安藤の罠にかかったと自覚した。
恐らく並の男なら、ここまででもう次の瞬間には地面に這いつくばっているだろう。
俺も、恐らく安藤もそのビジョンを思い描いた。
しかし、何故か木刀はやって来ない。
よく見てみれば、安藤の木刀はゆっくりと俺の肩口ににじり寄ってきている。
所謂、スローモーションというやつだ。
俺はその木刀の描くだろう軌道から身をずらし、安藤のがら空きの横っ腹に木刀を突き立てた。
そして、安藤の身体はくの字に曲がり、そのまま後ろに倒れ込んだ。
安藤との決着がついたところで、俺は自分の身に起きたことを理解出来ずに立ち尽くした。
確かに、俺は安藤に誘われるがままに一撃を空振りさせられ、返しのカウンターをもらって倒れるはずだった……。
しかし、現実には(恐らく有り得ない速さで)安藤に反撃(というより先制攻撃)をしたのだ。
全く経験したことのない、まるで人外な……。
待てよ、これはまさかチートってやつじゃないか?
既に魔法に関しては常識外れのチートを確認済みだが、こう言った身体的なチートは初めてだ。
もしかして、こんな感じで元々チートが俺に備わっているのだが、条件を満たしていないから発現していないだけなのか?
だとすれば理屈は分からないでもない。
魔法は普段でも使うことがあるので生れつきチートが発現していたが、今のスローモーションは俺が初めてこう言った危機を迎えたから発現したのだろう。
なら、極端なことを言えば常に極限まで危機的な状況で過ごしていればどんどんチートが発現するんじゃないか?
まぁ嫌だけど。
そんなことしたらチートが発現する前に精神が参ってしまいそうだが。
「邪魔だガキィ!」
「へ?」
目の前にこん棒。
そしてスキンヘッドの同類っぽそうな筋肉男。
そしてここは白兵戦とは言え戦場。
まぁ、詰まるところの話、吹っ飛ばされた。
スローモーションになるんじゃないのか?なんて思いながら意識を手放した。
「……ん……」
ぼやける視界に映る景色にやがて焦点が合い、ここが家だと気付いた。
そして、枕元のランタンに光が灯っているのを見る限りもうすっかり夜だとも気付く。
ゆっくりと身を起こすと、頭に激痛が走った。
手を当てると、包帯が巻いてあった当たり、そこそこの怪我なのだろう。
まだ平衡感覚がぼやけているので壁に手を突きながら居間に戻ると、枝梨と亜里沙がいつも飯を食べるテーブルの席に座っていた。
そして、俺から声をかける前に枝梨が気付いた。
「あぁっ、ゆーちゃぁぁんっ!」
席を飛び出し、俺に抱き着いた枝梨。
ちょっと気絶していただけだろうにこの始末。
それと、俺から見ると少し身長差があるので恋人が抱き着いているみたいな構図になっている。
そしてお腹と胸の間辺りに、柔らかい膨らみがこれでもかと言わんばかりに存在を強調してくる。
と、豊満な身体を離したところで枝梨の手が俺の頭へと伸びた。
「母さん、ちょ、頭撫でると……」
いつもの癖で俺の頭を撫でようとした枝梨をなんとか抑える。
「あっ、ごめんごめん。 ついうっかり」
その後に可愛らしく、てへっ、とは言わなかったが容易に脳内再生が出来た。
うん、おいしいです。
「ホントに心配したんだよぉ? お父さんがグッタリしたゆーちゃんを担いで帰ってきたんだもん。 お母さんが気絶しそうだったんだからね」
本当に心配してくれてたのだろう、目が少し赤い。
「ったく、どうせ舞い上っちゃってボーッてしてたらやられたんでしょ? 情けなっ」
……自分に起きたことが理解出来なくてボーッてしてたのは否定できないが、この言われようには苦笑しか出ない。
しかし、怪我して気絶までしたんだから優しくして欲しい、なんて女々しいことをこの義妹に言っても仕方がないことは十分過ぎるぐらいに分かっている。
その証拠に、彼女も目が赤い。
「もう起きてて大丈夫なの?」
「あぁ、多分ね。 あれ、父さんは?」
俺を運んでくれたという家主がいない。
「……お兄ちゃんを殴ったっていう傭兵崩れに対して、危険行為による失格を主張するとかなんとかって言って出てったわ」
亜里沙はため息でも吐くかの様にそう言った。
普段、稽古中などは厳しい父だが、こういった親バカ且つ愛妻家な一面があるのを久しく忘れていた。
前にも街で亜里沙がゴロツキにけっこう強引なナンパをされた時、たまたま近くにいた父が公衆の面前で愛刀を抜いて切り掛かったときは本当に大変だったらしい。
一緒にいた父の部下の半数が父を抑え、残りでゴロツキを抑えたとか。
またある時には、枝梨が変態に出くわした時に詰め所に連行されたその変態の首を密かに撥ねようとしたこととか、今回のこととか。
まぁとにかく家族愛の凄まじい人だ。
戦場では容赦ない鬼みたいな活躍をするのだが。
「とりあえず、腹減ったな……」
と、同時に腹が鳴った。
「じゃあ何か簡単に作るから待っててねん」
いつもの明るいテンションになった枝梨が台所に向かった。
必然的に亜里沙と二人っきりに。
「もうご飯て食べたのか?」
「とっくにね。 母さんはお兄ちゃんの側から離れたくないって言うから、私もお兄ちゃんの部屋で食べたわ。 父さんは向こうで食べるっぽいけど」
向こう、と言うのは外府で、という解釈で間違ってないと思う。
どちらにせよ、採点をして合格者を発表するのは明後日なのだから父さんも仕事が詰まっているはずだ。
ちなみに結果に関して言えば、合格は絶望的だと踏んでいる。
合格するには、白兵戦ぐらいフルで戦えるのが基本だと聞いた。
そして俺は不注意で気絶、もしかしたら途中棄権扱いだったのかもしれない。
まぁなんにせよ、初陣はお預けになりそうだ。
それと引き換えにと言うべきか、新しいチートと、ライバルを見つけることが出来たのだから結果オーライとすることにしよう。
「はーい、お待たせ〜。 お母さん特製の元気スープだよ〜」
良い匂いのするカップを受け取り、一口。
「うまい」
「良かった〜。 まだまだあるからいっぱい飲んで元気つけてね」
正直なところ、もっと肉とかそういったものを食べたかったが、武将の妻でもある枝梨の判断だ。
きっとこういうものから摂取するのが良いのだろう。
なので特に文句もなくスープを頂く。
「ん、お代わり」
「はいは〜い」
空になったカップを枝梨に渡すと、ニコニコと笑いながら嬉しそうに返事をして台所へと戻って行った。
そして言葉にこそ出さないが、亜里沙も安堵したように俺の方を見ていた。
そしてその日俺は、スープの温かさを感じた後、家族の暖かさを感じながら床に就いた。