36 怠惰と呪い
お久しぶりです。
書き方変わってますが、そこは慣れて頂きたいと思います。
「ここから出しなさいっ!」
通された部屋の中は牢になっており、鉄格子の中に人が数人。
大概は壁にもたれ掛かっていたり、地面に寝転んでいるのだが、鉄格子に掴み掛かって来た少女だけは元気に叫んだ。
右侍はその少女に見覚えがあった。
「……ルイル?」
フードを被ったままで顔が少し見えるぐらいなのだが、声と言い雰囲気と言い、何となく彼女がルイルであると感じられた。
すると少女は初めて右侍の存在に気付いたようで、フードを脱いだ。
「右侍! 何でここにいるの!?」
「まぁ俺だけじゃないんだけどな」
イスビスを初めとするメンバーに目を遣る。
キロムは初対面かもしれないが。
「ルイル、任務は……」
「ご覧の通り、失敗ですよ。 いきなり道中にコイツらに襲われたんですから」
イスビスの問い掛けに、ルイルはふて腐れた表情で首を横に振った。
後ろに転がっている男女は依頼を受けた傭兵ってとこか。
思いがけない再会が二回もあるとは思わなかったと右侍は嘆息した。
「右侍、知り合いか?」
「あぁ。 何とか、解放してもらえないか?」
「勿論だとも。 今夜の事を始める時にでも解放しよう。 それにしても……世間は狭いね」
その言葉に右侍は大いに同意した。
「それで、姫はどこだ?」
本来の目的である姫の姿を探すが、それらしい人物は見当たらない。
安藤兄も鉄格子の向こうを見渡し、ようやく見つけたようだ。
「彼女だ」
指差された方を見れば、一番奥でぐったりと寝転んでいる人間が居た。
「姫……痛ましいお姿で……」
「いやぁ、彼女は非常な面倒臭がりでしてね。 どうやったらあそこまで芯のない人間に育つのか知りたいぐらいですよ」
何と言うか、また一癖ありそうなお姫様であろうことは予測される。
絶対絡みたくないと右侍は思いつつも、そうなるであろうと諦めのため息を漏らした。
「……慎也殿。 我々はここに残る故、姫をこちらに渡して頂けまいか?」
「構いませんよ。 志加野」
あっさりと提案を受諾した安藤兄は、志加野に姫を連れて来させた。
因みに、イスビスの指示でルイルは大人しくしていた。
暴れられたら、折角の安藤兄の厚意を踏みにじる結果になりかねないという思惑である。
「姫、ご無事で何よりです。 これより我らが姫の身辺の警護を担当致します」
「……あっそ。 それより寝たいわ」
「ははっ! 慎也殿、どこか横になれそうな場所はないか?」
「んー……この隣の部屋なら簡易ベッドはあったと思いますけど」
「では姫、参りましょう」
「歩くの、嫌。 ここに寝るわ」
……恐ろしいぐらいの面倒臭がり、そして無気力。
見た目はお姫様らしく、上品なのだが。
長くふわっとしたブラウンの髪に、眠そうな垂れ目に黄色がかった瞳、そして……ナイスバディ。
クォールさん並……いや、もしかするともっと大きいかも?と右侍が紳士的な目線を送っていると、背筋が一瞬凍った。
「ご主人様。 鼻の下が伸びていらっしゃいますが?」
冷たい無機質な警告に従い、俺は居住まいを正す。
「……右侍、姫をお連れしてくれ。 我は慎也殿と話がある故」
「分かりました」
因みにキロムはイスビスと共に話に参加し、亜里沙とクォールさんは鉄格子を挟んでルイルとお話中。
とにかく、ルイルの無事も分かって良かった。
「さ、姫。 こちらへ」
「嫌。 ここに座るのも隣で座るのも一緒じゃない。 なら歩く労力が掛からない分こっちが良いわ」
困ったことに、お姫様を無理矢理引っ張って行くわけにはいかないし、かと言ってイスビスの命令を無視することも出来ない右侍はつい頭を抱えそうになった。
「……それでは、あなたがここに留まりたいと主張したとイスビスさんに証言して下さい」
「嫌よ、面倒臭い」
もはや常套句である姫の一言で右侍は今度こそ頭を抱えた。
「……お願いですから、こちらへ」
「しつこいわね。 じゃあ運んで行ったらいいじゃない」
どうやら自分からは動く気は微塵も無いらしい。
姫が自分で言ったので、お言葉に甘えて運ばせてもらうことにした。
「あら、本当に運ぶんだ。 それとも年頃の女の子を触りたいだけかしら? 随分積極的な雄犬だわ」
「誤解を招く発言は控えて頂きたいのですが……」
苦笑を交えながらお姫様抱っこをする。
いつの間にか会話の止んだ後ろの亜里沙とルイルからの視線はスルーさせてもらう。
その様子を見てクォールさんも微笑んでたりする。
目は全く笑ってないのだが。
「さ、行きますよ」
姫の身体はかなり華奢で、腕なんかすぐに折れてしまいそうだという印象を抱いた。
亜里沙やルイルなんかも華奢なことは華奢なのだが、それとはまた違った病的な細さだと感じらる。
言うなれば、栄養不足なのではないだろうか?
しかし、それでは何故こんなにバストが……?
「ねぇ、あの子達ってあなたの奴隷?」
思いがけない不意打ちに、俺の思考が停止した。
あてずっぽうで言っているようには見えない。
「……そうですが」
「多分、いい子達ね。 大事にしてあげなさい」
同じぐらいの年齢のハズなのに、何故こんなに彼女は達観した表情をしているのだろうか。
これが、貴族の世界で育った少女なのか。
クォールさんと言い、大人び過ぎているような気がする。
「そうそう、私の名前知ってるかな?」
「えぇ。 フィリス姫ですよね?」
「ふふ……あなたも呪われちゃったわね」
「? 一体どういう意味で?」
まさか、魔法を発動していたとでも言うのだろうか?
「……言葉の綾よ。 本当に呪われたりしないわ」
隣室に入り、フィリス姫を椅子代わりになる岩に座らせた。
気怠そうに首を傾けている様子がまた眠たそうに見える。
「何故、名前を呼ぶと呪われるのですか?」
「あら、まさか神話をご存知ない? なら話してあげますわ、貴族の家に生まれ落ちた呪い、"フィリス"を」
人間が言語を得て、文明を築き始めた時代のある貴族の一家に可愛らしい赤子が生まれた。
その子は、女の子にも拘わらず、幼少から他の男兄弟よりも武力も知力も大いに優れていた。
一家は、その子を跡継ぎにしようと一層の教育を施した所、その子はそれを全て吸収し、その学識は学者にも負けず、国一番の兵との決闘にも勝利した。
しかし、彼女が家を継いでから数日後、一家の人間が皆殺しにされており、さらに彼女の身体からは一匹の大蛇が出現し、どこかへ行ってしまった。
そして、残された彼女の身体は死体と言うよりは抜け殻となっており、人々はその姫が大蛇の化身であったとして恐れ、フィリスの呪いであるとして語り継がれている……。
そのため、貴族の家に才気溢れる女の子が生まれた時は、幽閉するか殺してしまうのが習慣になっている。
「……とまぁこんな感じかしら? 実際、私には名前がないのよ。 フィリスも通称でしかないわ」
「そんなことが……」
病的にまで白い肌と、細すぎる(胸は除く)身体は幽閉されて暮らして来たのが原因ということか。
「ま、この世界では女に生まれた時点で半分負けが確定してるみたいなものなのは承知してるわ」
「でも、とても武術が出来るとは……」
「試してみる?」
その細腕では腕立て伏せ一回も出来なさそうだが、やけに自信に満ちている。
その美しい瞳からも強い意志を感じ……られないが、ともかくはったりではなさそうである。
「では、お手柔らかに」
「ふっ」
姫は立て掛けてあった木刀を得物とし、鋭い突きを繰り出した。
その見た目からは到底想像もつかない鋭さだが、右侍の目に掛かれば、避けるのはさほど難しくない。
「やるじゃない」
カウンター狙いで突っ込んだ所、右侍の目の前に突如膝が出現。
思わず反射的に斜め前方へ前転してその攻撃をかわす。。
「今の避けられるんだ? 私は自信あったんだけどなぁ」
彼女には悪いが、相手が悪かったと言わざるを得ないだろう。
「伊達に傭兵はやっていませんよ」
「あなたはただの傭兵なんかじゃないわ」
もう戦いは終わったと言うことなのか、こちらに近付いて来てジロジロと観察をされた。
よもや尻尾が生えているわけでもないのでそれを甘んじて受ける。
「……気は済みましたか?」
コンッ。
「隙あり、ってとこね」
いきなり姫は右侍の頭を木刀で軽く叩いた。
どうやら、右侍の負けであるらしい。
「したたかですね」
「ふん、フィリス姫もこれぐらいずる賢かったんじゃない?」
木刀を元あった場所に戻し、椅子に座った。
「……座るのも面倒になってきたわぁ。 ちょっと借りるわね」
それだけ言うと、姫は右侍の太ももに頭を乗せた。
つまり、膝枕だ。
「……どうしたらいいですか?」
「さぁ? 頭でも撫でたらいいんじゃない?」
そう言うので、早速姫の頭を撫でてみる。
姫というだけあって、髪の毛は傷みもなくさらさらしている。
やはり髪は女の命という言葉は本当なのだろうか。
「如何でしょう?」
「……」
どうやら眠ってしまったようだ。
起こすのは気が引けるので、頭を撫でつづけることにした。
「…………で、いつまでのぞき見しているつもりなんだ?」
右侍が呼び掛けると、石室の出入口の所から亜里沙とクォールさんが申し訳なさそうに現れた。
「お気づきでしたか?」
亜里沙が少しだけ罪悪感を含んだ表情で頭を下げた。
クォールさんは未だに微笑んでいた。
勿論目は笑っていない。
「ルイルはもういいのか?」
「えぇ、それより姫はお休み中かしら?」
「はい、つい先程から」
クォールさんの問いに答えると、何か言いたそうな表情を見せた。
「……あの」
「私、神話の研究をしてるって言ったと思うんだけど……フィリス姫の話も研究したことあるのですが……。 実はそれは実話だったのです」
思いがけないクォールさんの言葉に右侍は言葉を失った。
「実際に、その忌み子を産んだ一族の者に会ったことがありまして、その時に聞きました……。 かつて凶月凶日と呼ばれる時に生まれた子供は必ず禍を巻き起こすという伝承がありました。 一族もただの伝承だと高を括っていましたが、実際に事件が起きてからというものの必ず凶月凶日に生まれた子供は殺すことになったそうです」
「じゃあ、彼女は……」
膝枕で眠る姫に視線を落とすと、とても幸せそうな顔をして寝息を起てていた。
「何らかの事情で生きている忌み子、ですわね」
右侍はなにやら、また面倒事に巻き込まれた予感に駆られた。