34 闖入者
頭痛辛いです。
はい、という訳で今回も思いついたまま書かせてもらいました。
感想や評価等お待ちしております。
お喋りも束の間、軽食を摂ることに。
メニューは、一口サイズの固いパンを数個。
一般的な保存食で、マルシアではクラックと呼ばれており、おやつとしても食べられているそうだが……全くと言って良いほど美味しくない。
パサパサして口の水分は持って行かれる上に噛み応えがありすぎるのが大体の原因か。
前世のスナックパンがどれだけ美味しかったのか、今痛感させられた。
「……あの、イスビスさん」
「ん? あぁ、おかわりならあるぞ」
「いえ、そうじゃなくて……。 もしかして食料ってこのクラックだけ……?」
この固物体を苦もなく噛み砕いているイスビスは不思議そうに首を捻った。
「そうだが?」
「そうですか……」
半分自棄になって飲み干したスープが恋しい……。
まさか食料面でこんな落とし穴があるとは思ってもみなかった。
心の何処かで、サクッと日帰り出来るものだと思って油断していたのが悔やまれる。
「隊長、アタシの水をどうぞです!」
やり切れない思いでクラックを睨んでいると、キロムがイスビスの隣へ。
水筒をイスビスに勧めている。
「おぉ気が利くな。 ありがたく貰おう」
一口水を飲み込むと、礼を述べてキロムに返却。
何でもないハズの光景なのだが、キロムの表情がやけに嬉しそうと言うか何と言うか……。
ま、気のせいだな。
それよりもこのクラックとやらをどうにかせねば。
極論から言えば、食べたくない。
しかし食べ物はこれだけしかなく、食べなければ腹が減って何をするのにも集中が出来ない。
例えば移動の乗馬。
無意識の内に集中している為か、休憩の際に降りたりするとかなり疲れているのが分かる。
それに、空腹ではきちんとした睡眠は摂れない。
それではさらに自分だけでなく、周りにも影響を与えかねない。
しかし、食べたくない。
「……百歩譲って、もう少し柔らかければな……」
しかし料理経験なんて全くない俺にはそんな方法は思い付かず、《水》でふやかすなんて発想しか出てこない。
それでも少しだけ試してみた。
結果、舌触りが悪くなった。
まずい。
次に《火》で炙ってみる。
結果、表面部分が苦くて仕方ない。
多分火加減を間違えたんだな。
次は《雷》を通してみる。
結果は言うまでもなく《火》と同じような状態。
消し炭になってないだけマシか。
これ以上は無駄と判断し、明鏡止水の境地でクラックを口に放り込み、自分の割り当てられた数を胃袋に押し込んだ。
あぁ苦しかった。
「ご主人様、大分苦労されてましたね。 そんなにジャムが苦手でしたか? それともやはり食感ですか?」
もう冷えてはしまっているが、スープの入った瓶を携えた亜里沙が来た。
今、サラっと重要なワードが聞こえたような……。
「亜里沙」
「は、はい?」
「今、ジャムって言ったか?」
「はい……それが、どうかされましたか?」
キョトン顔の亜里沙も可愛いので鑑賞していたいのだが、今はそれよりも大事なこと。
そう、ジャムがこの場にあるらしいとのこと。
「誰がくれたんだ?」
「キロムさんですが……?」
……神様。
何で俺だけこんな目に……。
一人大地に祈りを捧げているかのような姿勢(要するに土下座スタイル)で打ちひしがれていると、口の周りにジャムをベッタリつけたイスビスが、その口元を拭いながら身支度を整えているのが見えた。
その少し向こうでは、キロムと談笑しながらジャムの乗った最後のクラックを口へ運ぶクォールさん。
「なぁ亜里沙……」
「はい」
「慰めてくれ……」
「はい、喜んで」
俺はテンプレよろしく、《闇》の創造魔法でプライベート空間を創り出す〈間〉を創造。
そこに亜里沙を引きずり込み、しばしの間慰めてもらった。
勿論、人には言えない方向で。
ほんのりと頬を紅潮させた亜里沙は、先程と同じようにキロムの馬に乗っているが、時折こちらに視線を向けてくれる。
こっちからはキロムと万が一目があったらと思うと視線は送れないが、気持ちは通じていると願いつつ行軍を続ける。
イスビス先導で進んでいるが、そろそろ盗賊の根城がある場所に着くと言う。
「さて、あとは近辺を探してみるとするか」
馬から降り、歩きで根城を探す。
周りは高さも疎らな岩山が連なる険しい場所。
ここに城があれば、相当な要塞となるに違いないだろう。
「敵の警戒線が敷かれているやも知れん。 気をつけろ」
たかが盗賊がそんなに頭を使うのか?と疑問に思った矢先、鋭い音が鳴り響いた。
それが警戒線を見張っていた賊による、侵入者発見の合図であると理解するのに時間は要らなかった。
「しまった! 全員、退却!」
イスビスの号令に全員が反応し、来た道を戻る。
しかしそこには賊が三十人程回り込んでいた。
慌てて後ろを振り向くも、そこにも賊が数十人。
いくらなんでも手際が良すぎるぞ、コイツら。
「ふっはっはっはっは! 名将・イスビス将軍もこの程度か。 全く、それでマルシア一の名将なんて呼ばれているのだから期待してみたのに……とんだ茶番だったようだ」
盗賊の人の群れの中から姿を現したのは、頭領と思われる銀髪の男。
顔は布で隠されていて分からないが、その双眸からは力強いものを感じる。
盗賊と対峙するのは初めてだが、直感的にこの男は相当な力があると理解出来る。
それと同時に、何故かその男に懐かしさを覚えた。
「どれ、せめて腕前ぐらいなら見てやろうじゃないか。 皆の者、かかれ」
号令と同時に殺到してくる盗賊に気を取られていると、視界の上の端に何か細長い物体が見えた。
「上から矢が来るぞ!」
いち早く気付いた俺の警告を聞き漏らした者はおらず、全員が弓矢の一斉射を回避。
やはり、この盗賊はかなり訓練されている。
味方の弓矢の攻撃に巻き込まれることなくこちらへの包囲網を縮めてきたのを見て、確信に至った。
「はぁっ!」
斬撃の嵐で盗賊を寄せ付けないイスビスと、その討ち漏らしを淡々と処理するキロムのコンビネーション。
亜里沙が得意の《炎》の魔法で敵の密集を防ぐと、《炎》の大剣を振りかざしたクォールさんが盗賊を穿って行く。
いいなぁ、二人で戦うって。
俺と言えば、右手で刀を振るい、左手で魔法を行使。
一人二役というやつだ。
「――黒い炎、魔王の系譜の者か?」
「っ!」
背後に殺気を感じ、咄嗟に前転。
結果的に、それが俺の命を救った。
頭領の男が長剣で突きの姿勢をしていたのが見えた。
回避が遅れていれば、確実に串刺しになっていただろう。
「やはり避けたか。 だが、それでやっと対等と言ったところかな」
布の下で薄く笑っているのが窺えた。
しかしどこかで見た顔だ。
「ほざけ」
《闇》の〈縛〉を発動する。
「はっ、遅いな」
しかしそれはあっさりとかわされ、長剣を真っ直ぐこちらの心臓を狙って向け、突進して来た。
魔法での交戦は諦め、刀で迎撃。
真っ直ぐ心臓を狙っての一撃を防ぎ、下からの切り上げ、則ち燕返し。
「なら、相討ちだぁ!」
「なっ!?」
回避するか、防いで来ると踏んでいたのが、まさか刺し違える気か!?
俺は首を、頭領は心臓を狙っての一撃。
ここで俺が無理矢理攻撃をキャンセルしても、俺だけが殺されるだろう。
だが、余りにも不自然だ。
何故頭領が、見知らぬ男といきなり刺し違えてでも殺そうとするのか。
今は、それに言及する余裕はない。
二人の間に、血飛沫が舞った。
「っぐぉぉぉ!?」
身体中から激しく脂汗が吹き出た。
痛い、というより熱い。
頭領の長剣は俺の心臓から逸れたのか、少々身体の中心側に剣が刺さっている。
「はぁ……はぁ……」
頭領は、無傷だ。
俺が無理矢理攻撃をキャンセルしたからだ。
「うぐっ……うぅ…………」
剣を抜き、傷口を押さえ、這いつくばる。
それを、頭領だけでなく、遠巻きに呆然と立ち尽くす盗賊の姿もあった。
どうやら戦いの迫力に呑まれて魅入っていたようだ。
「ご主人様っ!」
盗賊の群れの中から亜里沙が凄い勢いで駆け寄って来た。
その目には涙が溜まり、声には絶望が感じられた。
遅れてイスビスやキロム、クォールさんが現れた。
「ご主人様っ! ご主人様しっかりして下さい!」
「う……亜里沙、大丈夫だ……。 急所は、外れてる……」
必死に止血をしようとしてくれるが、中々血は止まらない。
身体がゆっくりと冷えて行くのが感じられる。
「キロムさんっ!」
「わっ、分かったわよ……」
渋々と言った具合に俺の傍らにひざまづいたキロムが、何やら魔法を掛けてくれた。
どういう魔法なのかは分からないが、痛みが治まり、身体が暖かくなって行く。
「……はい、こんなもんでしょ。 これで満足かしら、亜里沙?」
「はい……。 どうもありがとうございます……」
「なんだ、身体が元通りに……?」
どうやら傷を塞ぎ、失われた血液が補われた様子。
亜里沙は優しく微笑んで頭を撫でてくれたので、俺も照れ笑いで返した。
その一連の流れを見ていた頭領は、真っ青な顔をしている。
「……君は、ゆ……右侍……?」
「何で俺の名を……」
頭領は、顔を覆っていたマスクを取った。
すると、そこにはすこぶる甘いマスクのイケメンの男が……?
「安藤……?」
髪色も変わり、幾分か顔も変わっているようだが、その男は間違いなく安藤兄だった。
まさか、こんなところで再会するとは……。
「数ヶ月ぶりか。 なんでまたこんなところで盗賊なんてやってるんだ?」
「数ヶ月ぶり……? 僕達はあのクーデター以来会っていないはず……うぐ!?」
いきなり頭を押さえて苦しみだした安藤兄は、暫く呻き続けた後、再びマスクを顔に戻した。
そして、あの鋭い眼光で俺達を睨んだ。
一体、どうなっているんだ……?
「クォールさん」
「あれは、確かに幻視に似ていますけど……一回術が解けてからまた自ずからかかるなんて有り得ないですわ……」「右侍、来るぞ」
イスビスの注意の換気の後、安藤兄は再び盗賊に攻撃の号令を下した。
「待ちなよ」
怒号や足音で騒がしいハズの戦場なのに、大きい声でもないむしろ落ち着いた声がしっかりと耳に届いた。
それは他の人、盗賊も例外ではなかったようで、全員がその異常な出来事に辺りを見回している。
おそらく唯一、俺だけがその声の主を知っている。
それは、人々から忌み嫌われ、世界を創造した者――魔王だった。
「やぁ半魔王。 また会ったね」
魔王は、何やら真っ赤な怪しい怪しい空間からゆっくりと姿を現した。
まるで、自分の家に帰って来たかのよう。
「もう会えないと思ってたぜ」
「ふん、あまり見くびらないで欲しいな。 衰えたと言っても、全盛期に比べればの話だよ」
全盛期が分からないのでコメント出来ない。
「ゆ、右侍? 本当にコイツが魔王なのか?」
困惑した表情のイスビスの問いに俺が是と答えると、魔王に視線を移した。
どうやら観察をしているようだ。
亜里沙やクォールさん、キロムも思わぬところで凄い者に出会った為か硬直している。
「んじゃま、本題に入ろうか。 半魔王、あの銀髪は君の知り合いかい?」
「あぁ。 ちょっと様子が変なんだが……」
「それを取り除きに来た。 初めは粉砕するつもりだったけど、傷つけないよう丁寧にやらせてもらうよ」
軽く肩や首を回すと、魔王は軽く息を吐いた。
多分、戦闘態勢に入ったのだろう。
安藤兄は、招かざる客の登場に面食らっていたようだが、すぐに我に返り、再び突撃の号令を下した。
魔王に群がる盗賊達。
恐らく、大半の者が、この男を本物の魔王だとは思っていない。
それが、彼らを無謀な戦いへと駆り出させてしまった。
ほら、明らかに空気が変わった。
魔王の周りから高密度の魔力が感じられる。
それでも盗賊達は死への突撃を止めない。
生まれた時点で魔力を持っていない人間に魔力は感知できない。
それが、彼らの最大の不運だった。
そして、そんな彼らの運命を決するかの如く、魔王の双眸が開かれた。