33 規格外
おはようございますこんにちはこんばんは、伊村 希人です。
風邪を患い、時間に余裕が出来たので本日最新話を更新いたします。←
みなさんも健康には気を付けて下さいね。
いつも通り感想や評価等をお待ちしております。
最後尾でへこたれていた俺を見て憐れんだのか、クォールさんが横に来てくれた。
「ねぇ、あなたはあの後一体何をしていたんですの?」
「……ルバスの姿をした男に、魔王の許へ連れて行かれました」
深夜の荒野は静かで、不気味な雰囲気を醸している。
月が出てきたので、時折遠くで魔物同士が争っている光景も見られた。
「そうですか。 ……先に言っておきますけど私はもう、あの屋敷には戻りませんわ」
「何故ですか?」
「私はあの屋敷を相続するつもりはありませんもの。 兄にでも便りを送ってみますわ」
事実、クォールさんは堅苦しい世界が嫌いだと言う。
貴族間の晩餐会、タイト過ぎるドレスを着飾っての舞踏会、そしてやがては訪れる政略結婚。
特に最後の政略結婚については、自分の好きでもない相手と暮らし、後継ぎを産まなければならないのだ。
そんなことは想像するだけで背筋が凍るような恐怖を感じるらしい。
「そうですか」
「で、魔王と会ってどうなったんですの?」
「えーと……」
どう説明すべきなんだろうか。
とりあえず、起きた出来事をありのまま話してみよう。
荒唐無稽にも程があるが。
それでも、クォールさんは口を挟まずに聞いてくれた。
「……それは驚きですわね」
「どういうことですか?」
「休憩になったら、一つ神話を聞かせてあげますわ」
そう言うと、手綱を操って馬を前に進めて行った。
神話、か。
次の休憩は、岩場のオアシスだった。
相変わらずキロムは俺には一切ノータッチ。
年の近い亜里沙とずっとお喋りをしている。
「……妬いてますの?」
「いや、そんなことは……」
「今は私が隣にいますわ」
丁度椅子になりそうな高さの岩に座って馬が水を飲むのを見ていると、クォールさんが隣に腰を降ろした。
岩があまり大きくないこともあり、クォールさんの身体が密着しているのが何とも嬉し恥ずかしいシチュエーション。
「ありがとうございます」
苦笑いしながら答えると、クォールさんは感心したような表情に。
「やっぱり、本当に好きなんですわね」
と呟いた。
「何がですか?」
「……別に、ですわ」
これ以上は聞いても答えてくれなさそうなので、潔く追及はしないことにした。
「あの、神話って……」
「あぁ、そうでしたわね。 ではお話しましょう、この世界の創造について」
神話のタイトルは、神と破壊。
遥か昔にある力の衰えてきた神は、この世界を創造した。
理由は、静かに隠居をする場所が欲しかったから。
そこで神は、楽しみが欲しいので生き物を創った。
この世界の移り変わる季節や、その景色を見て神は隠居を楽しんだ。
権力抗争の渦中から脱して隠居しただけに、その喜びもひとしおだった。
しかし、神はやがてまた寂しさを覚えた。
動物達はよく懐き、言うことを聞いてくれる。
しかし、かつての生活のように、言葉を交わしていないことに気付いた。
そこで、自分達神々と同じ様な姿形をした動物のつがいを創造し、言葉を教え込んだ。
やがてその話す動物は『ヒト』という名前を与えられ、繁殖を始めた。
ヒトの数も多くなり、暮らしに充足を感じ始めた神に一つだけ不安があった。
ヒトは自分達を模して創ったのだから、自分達と同じく負の感情を感じたりするのではないかと。
果たしてその不安は的中した。
あるヒトの集団が暮らしに不満を覚え、反抗を起こした。
神は、あまり働かず、昼間から仲間と話をしているだけで、朝から夕まで働いた自分達からはその日に採集した木の実や動物の肉の一部を奪われる。
その理不尽に、怒りを覚えたのだ。
神は、自らは衰え動けないでいる為、最低限の食べ物だけを恵んでもらっていたに過ぎないと主張した。
しかし、反抗は収まらず、怪我人まで出てきた。
神は穏便に事を運ぼうとしたが、ここで思わぬ事態が起こった。
反抗をしていたヒトが、神がかつて自分が居た世界の軍勢を連れて来たのだ。
逃亡者でもあった神は、この危機を脱することは出来ず、軍勢に殺されてしまった。
その軍勢を指揮していた神は、ヒトにはその神は魔王という恐ろしい魔神であったと吹き込み、その神を奉らないように仕向けた。
そして、その神が新たな世界の主となり、治めた。
「……これは私の推察が入ってるんですけどね。 本来の設定は大罪を犯した神が、自分の逃げ場としてこの世界を創造したんですの。 そこで自分の軍団を創造しようとしてヒトを創ったけれども、正義に目覚めたあるヒトが裁きの神に事の次第を話し、行軍が始まる前に裁きの神がその神を討ち取った。 というのが一般的なのだけれども……それではこの世界の歴史とのつじつまが合わないんですの」
「歴史……?」
「この世界は何度も世界が滅びそうになってはギリギリで持ちこたえ、再生を繰り返して来たんですの。 これも推察に過ぎないんですけれど……滅ぼそうとしてきたのは神々ではないかと私は考えているんですの。 では、何故裁きの神がこの世界の主ならば、神々はその裁きの神を脅かす必要があるのか、ここでまた疑問が生まれてきますの。 それは、神の住まう世界では裁きの神が最上位にも拘わらず、下位の神々が攻め寄せてくる理由が分からないんですの。 神の世界では権力絶対主義ですから、自分より上位の神に手を出すことはありえませんわ」
熱く語るクォールさんは心底楽しそうだ。
「えー、と。 結論を言ってもらえますか?」
「簡単に言えば、その創造主たる神がこの世界の主なのです。 死んではいなかった、もしくは生き返ったか」
「つまり……」
「あなたの会った魔王はこの世界の創造主であり、その戦った男は、侵攻しに来た神なのですわ」
何故か俺には、その推察だらけの説が妙に腑に落ちたように思えた。
「……何かいる」
何かが、自分の意識領域に違和感をもたらした。
人間ではない、何か。
「……そこだ!」
右手前の大きな岩場に魔力弾(ただの魔力の塊)を飛ばすと、轟音を立てて岩が崩れ去った。
その後ろから、赤い人型の魔物が三体。
「レッドオーガ!? それも三体だなんて……!」
クォールさんが慌てた様子で叫んだところを見ると、多分それなりにヤバい奴なのだろう。
「二人とも下がれ!」
「イスビスさん!」
俺が品定めをするかのようにレッドオーガと言う巨人を見ていると、剣を抜いたイスビスが三体の内の一体に突っ込んで行った。
それもかなり切羽詰まった様子で。
「コイツらの注意は俺が引く! 全員一旦逃げろ!」
その言葉にいち早く反応したキロムは亜里沙を連れて逃亡。
クォールさんも馬の方へ走り出そうとした。
「ちょっと、早く逃げないと命の保証はありませんわよ!?」
「先に行ってて下さい。 後でイスビスさんと追い掛けますから」
クォールさんは何か言いたそうだったが、馬に乗り、キロムが逃亡したのと同じ方向へと馬を走らせて行った。
さて、魔物戦は二度目か。
一度目が規格外過ぎたので、こういう魔物との戦闘の具合も知りたい。
「右侍!? 何をしている、早く逃げろ!」
イスビスは何とか二頭とやり合うのが精一杯のようで、三頭目の攻撃時は無理せず回避している。
一般よりは腕が立つであろうイスビスでこの苦戦だ。
そしてこのレッドオーガとやらはこの荒野に於いては強い方に分類されるに違いない。
と、冷静に分析していると、三頭目がこちらに向かって来た。
イスビスが俺に逃げるよう叫んでいるが、自分の腰に差してある刀に手をかけた。
「せぇいやぁ!」
気合いの声とともに、《闇》の炎を纏った刀身をレッドオーガの腹に滑らせ、そのまま貫通。
銅から上を寸断されたレッドオーガはそのまま身体が分離し、絶命した。
その瞬間、仲間の敵討ちでもしたいのか、残りの二頭がイスビスを無視して俺の方に突っ込んで来た。
「……魔王、その力を少し借りるぞ」
刀を振るうと、巨大な黒い炎が立ち上る。
「《闇》、〈包〉!」
空いている片手をレッドオーガに突き出し、握り込む動作をする。
すると忽ち、黒い炎が二頭のレッドオーガを包み込み、数秒で灰すら残さず燃やし尽くした。
血糊すら蒸発させた黒き炎を纏った刀を鞘に戻し、呆気に取られたままのイスビスさんの許へと歩み寄ると、ようやく我に帰ったようだ。
「その刀……相当な業物のようだな」
「えぇ。 何でも、前の"天児"が使用していたとか」
イスビスは無言で刀を見詰め、納得したように頷いた。
「あながち嘘でもなさそうだな。 昔に同じようなことを言って贋作を掴まされた奴を知っているが、それとはまた違ったものみたいだ」
レプリカって奴か。
しかし所詮は偽物なのだろう。
この刀は妙に魔力に馴染みやすいような気がする。
「……よし、キロム達を追うとしよう」
レッドオーガの牙を手に入れ、馬に乗ってキロム達を追った。
残った一頭のレッドオーガの死体も一応焼滅させておいた。
先程のオアシスからやや離れた小高い丘のような所に彼女達は避難していた。
「キロム、大事ないか?」
「はい隊長! 亜里沙殿も無傷です!」
やはりというか何というか、俺には目もくれない訳で。
クォールさんと亜里沙が遅れて駆け寄って来た。
「本当に無傷なんですわね。 まさか星六つのレッドオーガ相手にここまで余裕だなんて……」
「ご主人様ならきっとご無事だと信じてました」
二人の出迎えを嬉しく思いながら馬を降りた。
「ミラードラゴンに比べれば、結構余裕だったよ」
「え……今なんて……?」
驚きの声を上げたのは、クォールさん。
「いや、ですから、ミラードラゴンに比べれば余裕でしたよと……」
信じられないといった面持ちのクォールさんとは対照的に、亜里沙は当然とでも言いたげな顔をしている。
「あの、何か変なこと言いましたか、俺?」
「あなたってやっぱり規格外ですわね……。 星十のランクの魔物を殺してただなんて……」
「あの、ランクって……なんです?」
「それは我が説明しよう」
キロムに剣を預けたイスビスが横槍を入れた。
「ランクとは、連合が発表している魔物の強さや危険度を表したものだ。 弱いものは星一つ、それから段々と危険度が増していき、最終的には天災に値する危険度のものを星十二のランクで表される。 星十のミラードラゴンは小さい街なら一つぐらいは簡単に粉砕できるぐらいの強さで、星六つのレッドオーガは正規軍を組んで討伐するランクの魔物だ。 一般的な魔物の討伐依頼は大体が星二つから星六つぐらいの幅で存在している。 それ以上となると、各連合の長の推薦も必要になる。 おっと、話が逸れたな。 とにかく、さっきのレッドオーガは場合によっては国の軍が動くぐらいの危険度を持っていると言うことだ」
それ程危険な魔物を、俺は瞬殺したのか。
それも三体も。
「そういう訳で、君は凄まじい存在なのだよ。 マルシアの街でも実は噂になっているぐらいだしな」
きっと尾鰭も付いているのだろうが、それで身元がばれなければ問題はない。
あまり目立つような行為はしないことだな。
「流石はご主人様です」
よそ行きの態度の亜里沙に一抹の寂しさを覚えながらもその言葉には笑って応える。
「ということは相当な報奨金とか貰ったりするんじゃありませんこと?」
流石は貴族生まれ。
よく分かっていらっしゃる。
「普通に暮らす分には、多過ぎるぐらいの報奨金を我らが国からも払わせてもらったが……何に使ったのだ?」
まさか浪費でもしていると思われているのだろうか?
急にお金が増えれば使ってしまうのはある意味自然の摂理なのかもしれないが。
元々は高すぎる服の代金を支払う為に始めた傭兵業だったハズが、いきなり危険度の高すぎる魔物を殺して大金が転がり込んで役人になり、こうして任務を行っている。
今分かったことと言えば、俺は完全に出世コースを辿っているであろうこと。
一介の傭兵で過ごすつもりだった俺にはもったいないぐらいだ。