30 魔王の存在意義
感想、評価等おねがい致します。
「……そうか。 対策はこちらが練るとしよう。 とりあえずは待機していてくれ」
マルシアの街に戻った俺は、早速イスビスの所にクォールを伴って出頭し、事の一部始終を説明した。
相手が上級貴族であるため、処罰は厳正な議論を重ねて決定するらしいとのことだが、クォールの身柄は国が預かるという形を取ることに決まった。
そこまでは良かったのだが……。
「何故俺がクォールさんを預かるんですか?」
「あの家はそのためのものだ。 訳ありだったり身寄りのない者を養うためのな」
だからあんなに家が大きいのか。
部屋数からしてどこと無くおかしいとは思っていたのだが。
「それでは、我は報告に行ってくる」
その言葉を最後に、俺達は役所を出て家に戻った。
可愛い顔をした鬼の待つ家に……。
気分は十字架を背負ったキリストに通ずるものがあったような気がする。
結論だけ言うと、俺は正座をさせられている。
膝の上には亜里沙の小さな頭。
説教責めの後、疲れたのか安心したのか俺の膝枕で熟睡。
これが今回の罰だ。
ルイルは仕事でいなかったので助かった。
「……随分と好かれてますのね」
俺の隣に上品に座ると、しげしげと亜里沙の寝顔を見ている。
「恋人兼奴隷ですからね」
「あら、珍しいですわね。 奴隷と対等に接していらっしゃるの?」
「えぇ。 俺には奴隷とか言われても、なんかしっくり来ないと言いますか」
前世は人権とか平等と言った制度や権利が普通だった訳で、身分社会なんて全く以って初めての体験だ。
デミアでも奴隷と関わり合ったことは無きに等しいのも一因か。
「よっぽど田舎にでも住んでいらしたのなら、納得ですけれども……そうでもなさそうですわね」
視線をこちらに移し、俺を観察するように全身を見回す。
「……どうして、そう思うんですか?」
「勘ですけど……あなたは普通ではありませんわ。 言うなれば、魔王」
「魔王?」
ここに来て新ワード。
魔物だけでは飽き足らず、魔王か。
「はい。 あの時は言いませんでしたけど、あなたは"天児"並の能力を有していますわ。 そしてあの《闇》……正しく魔王そのものですわね」
俺が、魔王……それは正しいのかもしれない。
人を殺すことに恐怖を感じないからだ。
むしろどう惨たらしく殺そうか考えてしまうぐらいだ。
「なら、俺がその魔王だったらどうします?」
「それはありませんわ」
「何故です?」
「魔王は今、父の中に居ますもの」
◇ ◆ ◇イスビス◆ ◇ ◆
右侍の報告を受け、議会の指示を仰ぎ、イスビスは即座に監査団を立ち上げて出立していた。
現在は頼れる相棒のキロムを始めとする、十人程度の規模で荒野を渡っているところだ。
キロムも、悪徳奴隷商に捕まっていた経歴を持っており、我に救い出され武術を教え込まれた。
そうして今は、我の隣で仕事をしている。
「ルバスめ……やはり罪を隠していたか」
我が独り言を呟くと、隣で手綱を執っていたキロムが律儀に聞き咎めたようで、ムッとした表情になった。
「やはり老いぼれ議会の追及が弱いからですよ。 上級貴族って地位だけでなんにも他の貴族と変わらないのに……」
キロムは元奴隷ということもあってか、身分社会には抵抗感と言うか、嫌悪感のようなものを感じている。
「あいつらは自分の保身の為に波風を立てたくないだけだ。 元々必要以上に仕事などするつもりはないさ」
「だからこそ、アタシ達が動く訳ですよね?」
最近は事務仕事が多かったこともあってか、今回の出撃(監査だが)には非常に興味を持っている。
身体を動かしたいと愚痴を漏らして彼女にはいい気晴らしなのかもしれない。
「確認だが、これはただの監査、調査に過ぎないということを忘れるなよ?」
「もちろん!」
非常に心配だ。
「イスビス隊長……あれは……」
隊員の一人が、砂埃が吹き荒れる荒野の前方を指差す。
その先に居たのは、ルバスだった。
「一体何故……しかも一人か?」
マントを纏っており、馬に乗って佇んでいる。
もしかしすると、急いでクォールを追って来たのか?
いや、いくら何でも一人で来るハズがない。
「ルバス殿! クォール殿はこちらで保護している故、我々と共に街まで来てもらえまいか!」
少し遠くにいるのと、風音で声が聞こえにくいかもしれないので大声を出すが、ルバスは動かない。
聞こえなかったのかと思い、もう一度叫ぼうとしたところで異変は起きた。
隣で人が落ちた音がしたのでそちらを見ると、隊員の一人が落馬していたのだ。
視線を先程と同じ所に戻すと、ルバスはいなかった。
「!? 一体どこにっ……!?」
瞬間、人の気配を後ろに感じた。
「ぬ……ぐ……」
振り返ろうとするが、その前に意識が飛んだ。
その瞬間を以って、イスビス監査団は全滅した。
◇ ◆ ◇右侍◆ ◇ ◆
「なんだって!? って、魔王がどんな存在なのか分からないんですけど」
「言うなれば、歴史の変換点になる存在ですわ。 世界大戦を巻き起こしたり、大災害をもたらしたり……」
やはり面倒かつ迷惑な存在なんだな、魔王は。
「何でそんな奴がお父さんに宿っているって分かっていて放っておいたんですか?」
「魔王は、人そのものを宿り木として寄生し、やがて全てを食い荒らして乗っ取るんですの。 例え、殺しても近くにいる人間が喰われるだけで、根本の解決にはなりませんの……」
つまり、復活するまで放っておくことしか出来ないのか?
「国は、知っているのか?」
「ほんの一握りの上層部は、恐らく……。 しかし混乱を恐れて何も出来ていないのが現状だと思いますの」
知らない間にエライコトになっているみたいだ。
魔王の存在を知ったと思ったら、すぐに復活するかもしれないらしいとは。
「対抗策がないなら、しょうがないですね……。 でも、魔王自体は倒せるんですよね?」
「倒すと言うより……身体をバラバラにすることで封印するだけですわ」
身体をバラされても生き返るとは。
流石は魔王と言ったところか。
俺も似たようなものか、首を切り落とされて生き返ったんだし。
「……!」
「どうしました?」
いきなり明後日の方に視線を遣ったクォールに問い掛けると、彼女は震える唇で言葉を紡いだ。
「父……いえ、魔王が近くに来ました」
瞬間、地震が起きた。
街はいつも通りの賑わいに包まれ、平和な午後の時間が流れていた。
そこに突如、《闇》の槍が降り注いだ。
何十本にも及ぶ槍は、街を破壊した。
逃げ惑う人々を尻目に、一人の男が悠然と街の大通りを歩く。
しかし、その男は見るからに普通の人ではなかった。
右手は血の朱に染まり、左手にはヒトの心臓が握られていた。
男は、心底嬉しそうにソレを口に放り込み、味わった。
そして――咆哮した。
「……これは」
地震が止み、外に出ると、街のあらゆる場所が破壊され、瓦礫と化していた。
そして、大通りから聞こえる悲痛な悲鳴と獣のような咆哮。
俺は刀を持ち、大通りへと向かって走り出した。
連合は、大通りに面している。
急がねば。
亜里沙には後で謝って許してもらおう。
「お前は……ルバス」
「ルバス? あぁ……この身体の名前かぁ。 俺様は」
「魔王、だろ?」
「分かっているんなら話は早い。 "天児"、一緒に来てもらうぜぇ?」
構えられた右手は血に染まっている。
人を殺した証だ。
「悪いが、お前には用はない」
しかし、魔王の右手から《闇》の槍が発射されたことによって強制的に戦闘になる。
「正当防衛成立ってことで!」
刀を引き抜き、《闇》を解放。
距離を縮め、魔王に一撃を繰り出す。
「なっ!?」
あろうことか、魔王は右手一本で俺の一撃を受け止めた。
《闇》の炎もその肌を灼かない。
「ふははは! 良いことを教えてやろうかぁ、《闇》は魔王を祖とするのだ。 つまり、《闇》では俺様には傷一つつけられん!」
瞬間、左腕がうなり、俺の腹を貫いた。
「がはぁっ!?」
身体が痙攣し、俺は成す術もなく意識を無くした。
また……負けた……死ぬ、のか……。
『あーあ、また派手にやったなぁ』
『す、すいやせん……ついテンション上がっちまって……』
『穴も塞いだし、内蔵も再生させたから、後は意識が戻るまでの辛抱だ』
『蹴ったら起きるんじゃねーんですか?』
『バカ。 それだからお前は半殺しが出来ないんだ』
『す、すいやせん……』
『まったく……。 ん、目が覚めそうだね。 シン、飲み物と食べ物の用意を』
『へい』
「ん……ここは……」
目覚めると、いつしかの黒い空間だった。
腹には鈍痛が走り、これが現実であると認識。
「良かった、起きてくれて」
声のした方を振り返ると、たった一つ置かれた玉座に足を組んで座る男が一人。
容貌は日本人に近い。
しかし、目は人のそれではない。
「お前は……」
「僕からすれば三度目だが……君は二回目からしか覚えてないのかな?」
人の顔は覚える方だが、この世界で黒髪を見た覚えはない。
「……君が死を迎えた時、僕は君を死から生還させて来たんだよ?」
「…………二年半ぐらい前の話か?」
「そう、思い出してくれたみたいで何よりだ。 君に掛けられていた呪いや封印から解放したのも僕だよ」
生憎、呪いや封印というものが掛けられていたという事実があるのかも知らない。
どうも話が分かりにくい。
「……記憶だけは喰われたままか。 まぁいいさ、力は戻っているみたいだし」
「記憶が喰われたまま?」
「そうさ。 幼少期の記憶がごっそり抜け落ちていると思うんだけど」
……言われてみれば、思い出らしいものは全く見当たらない。
「まぁそれも良いとして……。 ここに君を呼んだ理由を説明しよう」
「まず、お前は何者だ?」
「おっと失礼。 僕は、"世界を調和する魔王"だよ」
「は?」
全く魔王という言葉のイメージとは結び付かないのだが。
「それも後で説明しよう。 まず、君は"天児"である以上は"勇者"として魔王を倒す使命が与えられる。 でも、君はそんなことを言われたことはないだろう?」
「あぁ」
「実は、現在"天児"は二人存在しているんだ。 誰だと思う?」
「俺と……」
「今のデミアの王さ。 今、彼が"勇者"として訓練をしているよ」
そうは言われても顔すら知らないしな。
言ってみれば赤の他人。
「それで? 俺に何の関係があるんだ?」
「王は、君の顔を知っている。 だから、次に王に会った時は首をぶった切りされるよ」
「……俺悪いことした?」
「いや、これにはちょっとした理由があってね。 その説明は、この酒とつまみを頂きながらにしよう」
盃と料理の盛られた皿を持って現れたのは、ルバスの身体を持った魔王、つまり俺の腹に穴を開けた張本人だ。
「彼には、君を気絶させて連れて来いと言ったんだが……そういう結果になってしまった。 ほら、謝れ」
「す、すいやせんでした……」
へこへこと頭を下げると、盃と皿を置いて空間から出て行った。
「話の続きだが……君達一般人の考える魔王とは、一度死んだ人間が生き返れば、それが魔王なんだ」
「俺も含まれるのか?」
「そうなるね」
"天児"改め魔王にクラスチェンジってか?
「それで、あのデミアのクーデターの原因なんだけど……。 王国の上層部が"天児"を一国に二人も抱え込むのは危険だと判断し、片方の"天児"を抹殺しようとしたんだ。 でも、前国王はそれを拒否し、妥協案として呪いと封印を君に掛けさせた。 しかし、小規模の反乱に乗じて刺客を放ち、前国王と君を抹殺した。 こうして上層部は予てよりの伝承通りに一人の"天児"に魔王討伐の任を与えたって訳さ」
……話の辻妻は合っているな。
こんな潜在能力を持った存在が二人もいたら、確かに扱いにくいと思う。
それでも、殺されたことに関しては全く納得していないが。
「……で、"世界を調和する魔王"とは何かについてだが、君は魔王をどういう存在だと思っている?」
「迷惑」
「……もうちょっとオブラートに包むなりして欲しかったんだけどな……」
魔王は頭を抱えて呻いた。
「だって魔王だし」
「まぁいいや……。 では何故、魔王が存在していると思う?」
「んー……。 分からん」
何故と聞かれるとは思わなかった。
いるから、としか答えられない。
「正解は、君ら人間を異世界の存在から護る為だ」
「はぁ?」
いきなり異世界の話を混ぜられても理解に苦しむばかりだ。
「魔王の復活によってこの世界は何度も危機を迎え、そして魔王が封印されて救われて来た。 でも実際は、魔王が身を呈して異世界からの侵攻を防いだからこの世界は続いている」
当の魔王がそう言っても、あまり説得力はないのだが。
「……まだ信じてなさそうだね。 丁度侵入者が現れたみたいだし、一緒においなよ」
俺の答えを聞く前に、魔王は俺の手を取った。
すると視界が揺れ、空間がぼやける。
やがて何も認識出来なくなり、次に視界が正常に戻ると、どこかの霧深い樹海のような場所に居た。
「大丈夫かい?」
「……あぁ」
一瞬だけ車酔いの様な感覚に陥ったが、すぐに回復した。
その証拠に、自力で立つことが出来た。
「んじゃ、付いて来なよ。 面白いもんが見えるぞ?」
魔王に促され、樹海を歩く。
時折聞こえる鳥の声と、樹海を歩く足音以外に音がない。
雰囲気的には魔物とか居そうなんだが。
「ここ、魔物が強いから人間は入って来ないんだ。 それこそ、"勇者"でもない限りはね」
まさか、ここで"勇者"と会わせようとしているのか?
刀も持っているが、まだ腹が痛む。
「ここに何があるんだ?」
「……見えた。 あれだ」
歩みを止め、視線で俺にも見るよう促す。
視線の先にあったもの。
それは、扉だった。
「なんだ、コレ……」
大きさは、あまり大きくない。
縦は二メートル、横幅は一メートル程度の黒い扉。
「俺達はコレを、"冥府の門"と呼んでいる。 ハッキリ言って、この大きさは珍しいな」
「どういうことだ?」
「ここから出てくる奴は、人型に近ければ近い程強い。 だから、この扉を創って来た奴は相当なものだと思う。 ……ご本人が来たみたいだ」
「珍しい。 この世界の住人なら、近寄りすらしないこの霊域に人が二人も」
現れたのは、一見普通の人間の男だ。
しかし、その雰囲気は人のソレではない。
本能が俺に警鐘を鳴らした。
死ぬかもしれないから逃げろ、と。
「……"魔王"に、"天児"か。 相手に不足なしっ!」
男は突然魔王に襲い掛かった。
「《闇》、〈戟〉!」
魔王は落ち着いて魔法を詠唱。
真っ黒な戟が現れ、それ振るって男に応戦する。
男は丸腰のハズだが、魔王は押されている。
演舞のような攻防が続き、やがて力比べが始まった。
「魔王、今回の戦も楽しみにしているぞ?」
鍔ぜり合い(?)になった瞬間、男はにんまりと笑った。
それは、生まれながらの戦闘狂の顔そのものだった。
「貴様だけでも始末しておけば、幾分か楽になる。 《闇》、〈縛〉〈激流〉!」
地面から突如現れた影の帯が男を捕らえ、《闇》の魔力の激流が容赦なく襲い掛かった。
巻き込まれた辺りの木々は全て薙ぎ倒され、地面はえぐられ、魔力の流れる轟音が響き渡った。
「…………」
正直驚きで声も出ない。
あれだけの攻撃を受けても、男はかすり傷程度しかダメージを負っていないのだから。
「ふぅ……。 流石の俺でも危なかったぜ、これは」
男は肩を回したりして身体を解すと、今度は俺を見て笑った。
「さぁーて、"天児"君はどうかなー?」
反射的に刀を構えた。
それを開戦の合図としたのか、突撃。
どうも俺の腕じゃ打ち合えそうもない。
ここは、《闇》〈痛〉!
「っ!?」
男は突撃を中断し、身体を走る苦痛に悶え始めた。
「……ぬぅ、あぁぁぁぁ! って言うと思ったか!」
しかし、俺の中で芽生えた希望は打ち砕かれ、男は突撃を再開させた。
「せやぁ!」
刀で迎え撃つ。
噴き出した《闇》が男の身体を灼く。
だが、またしても男はより強力な反撃を以って俺を吹き飛ばした。
見た目はただの正拳突き。
その実態は、《炎》を拳だけに集約した濃密な一撃。
物理法則に従って吹き飛ばされた俺は、大木に全身を叩きつけられた。
「がはっ」
血を吐き、苦しい息で近付いてくる男を見るので精一杯だった。
魔王は、遠くでへとへとになっている。
おいおい、何バテてるんだよ……。
「ふん、もう一人の"天児"の方がよっぽど強いんじゃないか? こんなに魔力の扱いが雑だとは思わなかったな」
「……げふっ」
腹を軽く蹴られた。
また、僅かながら吐血。
「………………興味なくなった。 魔王と帰りな」
男は心底つまらなさそうに呟くと、踵を返して扉の所へ戻って行った。
扉の中に入ると、扉は虚空へと消えて行った。
残されたのは、倒れ伏した哀れな"魔王"と"天児"と呼ばれる男二人だった。