29 傷と親子
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「おいお前ら。 助かりたいなら、取引をしよう」
その言葉に、クォールが慌てて叫ぶ。
「な、何でもいいから早く助けて!」
「喚くな」
左目をクォールの崩れ行く全身の内の目に合わせると、絶叫して膝をついた。
それを見て、誰も反論異論は出来なくなった。
「いいか? まずは俺のこの手枷と足枷を外してもらおうか」
すると即座に、鍵が投げられた。
左目を逸らしていても、誰も襲い掛かっては来ない。
「……よし。 次は、俺を街まで連れて行ってもらおうか」
「そ、それは……出来ない……」
用心棒の一人がそう言ったので、みせしめに〈痛〉で嬲って気絶させた。
気付けば俺は、随分と苛立っていた。
自分の迂闊さと弱さに、だ。
「さぁ、早くしないとこの女が溶けて無くなっちまうぞ?」
しかし、誰も反応しない。
女も、苦しそうに息をするだけでもう叫びもしない。
「……止めた」
俺は魔法を解いた。
すると、先程まで溶け出していた女は何事もなかったかのように元に戻っていた。
いや、元々何も起きてはいなかったのだ。
俺の《闇》魔法の幻術を使ったに過ぎない。
誰もがその光景に呆然としているのを尻目に、俺は荷車を降りて用心棒達の間を通る。
それを遮ろうとする者もいなかった。
「なんじゃこりゃ……」
周りを見渡すとここは、広大な敷地を持つ巨大な邸宅だった。
「おや、客人かね?」
その余りの大きさに絶句していると、馬車の方から声が聞こえた。
「誰だ?」
「このマルシアの上級貴族、ルバスだ。 客人ならこの屋敷に招待しよう」
何故ここに連れて来られたのか、この目の前の男とクォールにどういう関係があるのかは分からないが、いざとなれば魔法で切り抜けられるだろうと思い、招待を受けることにした。
うずくまったまま動かないクォールに一瞥くれて、邸宅へと入った。
そこは正しく、男にとっては楽園だった。
出迎えに来たのは、最早全裸に近い服装をした美女二人。
薄い布を胸に巻き、意味を為さない程短いスカートという出で立ち。
「「お帰りなさいませ」」
「うむ、今日は客人がいる。 もてなしてやってくれ」
「分かりました」
一人がルバスが上着を脱ぐのを手伝い、もう一人は奥へと消えて行った。
二階の吹き抜けの廊下からも同じ様な格好をした女性が何人も……。
「客人よ、良かったら名を申してくれるかな?」
「竹中だ」
下の名前は、明かしたくなかったので苗字だけを言うと、ルバスはそれ以上は追求しなかった。
「では竹中殿、貴殿には使命を与えよう。 あの庭先ではいつくばっていた女を殺してきてくれ。 別に犯しても構わぬ」
「何故だ?」
「何故、か。 使えんからだよ」
「何?」
「あいつは私の娘だ。 他にも十人近い兄弟姉妹がいるが、あいつだけ出来損ないなのだ。 折角使ってやっているのに、仕事も出来ずに情けなくて殺してやりたくなる」
通された居間らしき所には、既に数々の料理と酒が用意され、広々とした二つのソファーにはガーター等の下着姿の女性が四人待機していた。
その時確信したのは、彼女達はやはり皆奴隷だったということ。
「……あんたは何を求めて暮らしてるんだ?」
「女と金だ。 さて、座り給え。 交渉と行こうか」
「一体何の?」
「竹中殿が私に売る命の値段だ。 私は……竹中殿に一億ルディアの値段を付けよう」
「残念だが、金じゃあ俺は買われない。 それに、前提が間違っ……って……い、る……」
ルバスの目が妖しく光り、吸い込まれる様な錯覚に陥る。
これは一度経験した……ような……。
「……ふぅ。 手間がかかるぜ、この野郎。 クォールの幻視まで解きやがって。 まぁいい。 お前が新しく俺様の手駒になったんだ。 がっぽり稼いで、ばっちり美人を連れて来るんだぞ」
「はい、ルバス様…………」
目の光りが消えた少年にそう命じると、ルバスはソファーに座り、いつものように楽しんだ。
狂ったようにあらゆる欲に溺れて……。
◇ ◆ ◇クォール◆ ◇ ◆
私は猛烈な吐き気に見舞われていた。
部下の用心棒は、あの少年の謎の魔法に倒れた仲間を介抱している。
私が指示したからだ。
とにかく、自分の行いを途切れ途切れの記憶から振り返ると、人さらいの真似事をしていた。
あの少年も、だ。
何故こうなってしまったのか、その原因は明らか。
一家に伝わる秘法、幻視を父にかけられてしまったことだ。
しかし、何故幻視をかけられてしまったのかが分からない。
ただ、幻視をかけられる数日前から父がおかしくなったのは分かっている。
元々は下級貴族の家だったのに、いきなり奴隷商を始め、私も手伝わされそうになった。
そうして、それ程贅沢でもなかった家に大きなお金がどんどん入って来た。
やがて上級貴族に格上げされ、父さんの方針で兄さんや弟はそれぞれ地方の公爵として独立させられ、姉さんは名家へと嫁がされて行った。
唯一残った私は、反感を抱きつつもここに残って用心棒の頭として暮らしていたのだが……ある日突然、幻視をかけられた。
それはもうどれだけ前の話なのかは分からない。
でも、何か口論をしている時から記憶がない。
「あ……ぅ……」
身体の変調は全く収まらない。
まるで地獄だ、と思った。
「ひっ!?」
誰かが近付いてくる気配と、部下の悲鳴。
多分さっきの少年だ。
吐き気を堪え、僅かに頭を上げてみれば、果たしてその少年だった。
中で幻視をかけ、私を始末させる気なのね、父さん?
最後まで自分の手は汚さないのね……。
さっき目が合った時、幻視が解けているのが分かったから、もう利用価値はないってことね?
でも、私はあまりにも汚れ過ぎたんだわ……もう、許されない……。
◇ ◆ ◇右侍◆ ◇ ◆
うずくまったままのクォールはこちらを一瞬だけ見遣ると、諦めたように頭をまた地に戻した。
「くそ、姫をお守りしろ!」
部下の用心棒全員が立ちはだかった。
随分慕われているな、と感心しながら両手を挙げた。
「俺は、操られてなんかいない。 だからちょっと話をさせてくれ」
しかし、尚も動かない彼ら。
その対峙を終わらせたのは、クォールだった。
「君は……幻視を跳ね返せるって言うの……?」
苦しい息の中、ゆっくりと立ち上がった彼女は意外そうに尋ねた。
俺は頷いて肯定をあらわすと、じっと目を覗き込まれた。
「……本当みたいね。 目が生き生きしてるもの」
「しかし……」
部下はまだ疑いを持っているようだが、上司には逆らえず、すごすごと引き下がった。
「俺は、公国で人事に関する仕事をしている。 そこであなた達を保護した上で、国に報告させてもらう」
奴隷商は、国によっては重罪であり、マルシアも重罪として扱っている。
不正の証拠を手に入れた以上は報告するのが義務だ。
それに、魔法を使って人を使役することも罪になっている。
「そうなのですか……。 私は、父に改心してもらえるなら、罪として罰して欲しくはありません」
「弱ったな……。 俺から口添えしてみるから、それでいいかな?」
「はい……お願いします」
「じゃ、街まで案内してくれ」
全員の移動となると馬車だけでは足りない様な気がしたが、部下は屋敷に残り、俺がクォールを処断した体で動いてくれるそうだ。
よって、帰りはクォールと二人っきりになった。
馬を一頭借り、俺が手綱を持って出発した。
「……なんだ?」
広々とした荒野に差し掛かったところで、大人しく御されていた馬がいななき、足を止めた。
一応ランタンを持っているが、見る限り異変は分からない。
「恐らく、魔物だと思います……。 私が行きます」
怖じけづく馬から降り、背の大剣に手を掛けた。
まだクォールも魔物の正確な位置を掴んではいない様子。
「……右手、すぐそこ!」
魔力で魔物を検知すると、既にこちらに猛烈な勢いで迫って来ているのが分かった。
それ故の警告。
クォールはそれに反応して、大剣を引き抜いた。
瞬間、剣に描かれた炎の模様から火が噴き出し、一振りで魔物を焼き尽くした。
しっかり剣を振り抜き、また背に大剣を背負い直すと、何事もなかったかのように戻ってきて馬に乗った。
「……その大剣……」
「今流行りの属性剣を、ちょっといい鍛冶屋に打ってもらっただけですよ」
性能が良ければあんな派手なことも出来るのか。
俺も刀に魔力を込めて作ってみようかな?
「……ところであの魔物は何だったんだろう?」
結局姿は見ていない。
しかしクォールは首を横に振った。
「暗かったので、結局どの魔物かは分かりませんでしたわ」
ちょっと気になりつつも、馬を進めた。
駄馬でもないのに、走れども走れども荒野から景色が変わらない。
確か街の周りに荒野なんか無かったと思うのだが。
あと、怒りが無くなって思ったが、クォールには敬語を使おうと思う。
長幼の序ってやつだ。
「あの、そろそろ休憩しませんこと? 馬も疲れてますわ」
クォールにそう言われて気になったことが一つ。
「街まで、あとどのぐらいかかります?」
「この調子なら……半日程度でしょうか」
俺は考え得る最悪の予想が的中していた。
眠っていたのは数時間ではなく、一日から数日ということになる。
家に帰れば可愛い顔をした鬼に説教される……。
「そうですか、とりあえず馬を休めるとしましょう」
試したいこともあるので、一旦馬を停めた。
涌き水の出る場所に馬を停め、俺はクォールが馬の世話をしているのを見計らって岩陰へ。
刀を取り出し、一息つく。
今から試すのは、俺の魔力を刀に付与すること。
あの属性剣のように仕上がれば成功だが……。
「……お、上手く行ったか?」
魔力を伝染させ、刀に馴染ませると、いとも簡単に《闇》を帯びた。
イメージ的には振るうと、あの炎の様に燃やし尽くす感じだ。
早速、試し切りがしたくなったが、生憎周りに魔物の姿は見えない。
なら、クォールと切り合ってみるか。
「どこに行ってらしたんです?」
戻ってみれば、岩の上に体操座りをするクォールに出迎えられた。
見ようによっては拗ねているようにも見えなくもない。
「ちょっと用事がありまして。 それより、腕に覚えがあるなら切り合ってみます?」
すると、クォールは上品な顔に似合わない好戦的な笑みを浮かべた。
「いいですわよ? 我が剣技をとくとご覧あれです」
言うなり、クォールは岩を蹴って剣を背から素早く引き抜いた。
不意を突く先制攻撃。
「せあぁぁっ!」
気合いと共に振るわれた大剣は炎を激しく噴き上げて迫ってくる。
俺は慌てずに刀を抜刀、鋭く一閃。
「「え?」」
しかし、次の瞬間には二人共が、思わず声をもらしてしまった。
俺の刀に宿る《闇》が、炎と大剣、さらにはクォールを飲み込んでしまった。
「うわわわわ!?」
慌てて刀を鞘に戻し、空中から自由落下するクォールを受け止めた。
「う、うぅ……」
良かった、大事には至ってないようだ。
地面に刺さった大剣も傷だらけだが、折れてはいない。
「クォールさん、大丈夫ですか?」
「……あれ、私……?」
「一瞬気を失っただけですよ。 怪我もしていないです」
「そっかぁ、負けちゃったのね……」
残念そうに呟くクォール。
美人の悔しそうな顔も様になるものだ。
「すいません。 まだ手加減出来てなくて……」
「いいのよ。 ……あなたの《闇》は、純粋なあなたの魔力よね?」
「…………えぇ」
何故こうもすぐにばれるのか。
「あなた、凄い魔法騎士になれるわ。 私、"炎姫"がお墨付きをあげますわ」
この人も二つ名持ちの傭兵か。
「ありがとうございます」
「……一つ、隠してたことがあるの。 聞いてくれるかしら?」
「なんでしょうか?」
お姫様だっこされたままのクォールは急に改まったので、真剣に次の彼女の言葉に耳を傾ける。
「実は、父の私設部隊がもう私達を包囲してるの。 残念だけど、ここで一緒に死んでもらいませんこと?」
その言葉が合図となったのか、武装した兵士が何十人となく姿を現した。
「……なるほど」
ナメられたものだ。
こんな人数で俺を殺せると思っているのか。
「私は……やはり父には逆らえません……。 せめて、あなたの手で私の首を切り落としてはくれませんか?」
「すみませんが、少し眠っていて下さい」
兵士の殺気が増したことを感じ、クォールを魔法で眠らせた。
「……小僧、投降すれば命は助かるかもしれんぞ」
先頭に居た兵士が口を開いた。
俺は《闇》を込めた刀を抜いて、答えとして拒否を表した。
「構わん、やれ!」
兵士の号令により、四方八方から兵士が殺到する。
クォールを肩に担ぎ、片手だけで刀を振るう。
すると噴き出した《闇》が兵士を包む。
《闇》は兵士を内と外の両方から喰らい、飲み込む。
その異様な光景を見てしまった、まだ俺の攻撃範囲外にいる兵士の動きが止まった。
近くに居た兵士は腰を抜かしてへたれ込み、俺の《闇》に飲まれるのを待っているかの様だ。
「……さっきまでの威勢はどうしたんだよ」
「あ、悪魔だ……いや、魔王だ……」
軽く挑発するが、誰も応えない。
譫言の様に何やら呟く者がいるぐらいか。
これが、"天児"の力ってやつなのか。
こんな力を持っていながら、俺は一度殺されているのだ。
嗚呼、とても腹立たしい……。
「〈爆〉」
刀を振るうのも億劫になり、片っ端から兵士の心臓を潰していく。
無性にイライラして、もっと目の前の虫けら共を苦しませて殺したくなった。
俺は、また一つタガが外れたようだ。
「うっ!?」
足元に居た一人の兵士の心臓を潰す寸前で固定した。
思った通り、あまりの激痛に身もだえし、声すら出せない。
「お前が大将か?」
投降を提案した兵士を見つけて話掛けた。
「そ、そうだが……」
明らかな怯え。
戦意は微塵も感じられない。
「もう帰れ。 これ以上は無益だろ?」
「う、あ……う」
「帰れ」
苦しませていた兵士を解放。
刀を納め、クォールを担いだまま馬に乗って俺はその場を去った。
それを邪魔する者はいなかった。
「……ここ、は?」
眠りから覚めたクォールは、自分が担がれているとは流石に気付いていない様子。
「馬の上で、俺に担がれてるんですが」
「……逃げられたのね、私達」
「えぇ。 少々殺生をしてしまいましたが」
一度馬を停め、休憩することにした。
クォールの話では、あともう少しでマルシアの街に着くそうだ。
「……何故私を殺さないの?」
神妙な面持ちのまま、クォールが呟いた。
もしかすると独り言だったのかもしれないが、俺は答えることにした。
「殺す理由もないですから」
「……」
彼女の表情は変わらず、沈黙が場を支配した。
確かに、俺がただの傭兵だったら感情に身を任せて彼女を殺していたかもしれない。
だがしかし、俺はただの傭兵どころか"天児"なのだ。
あれぐらいで危機とは呼べない。
だから、少しぐらい不満に思っても殺したいなんて思わない。
「……っ!」
一瞬目を離した隙に、クォールは胸元から小刀を取り出し、自らの喉を切り裂こうとした。
どうにか俺が間一髪で小刀を弾き飛ばし、自害を阻止した。
「何をしているんですか」
「私にはもう生きる資格などありません……。 今、結果的に父に逆らう格好になってしまいました。 何一つ自分を貫けずに、おめおめとは生きて行けません……」
クォールの頬を涙が伝う。
俺は彼女の事情を知らない。
しかし、力になってあげたいとも思った。
マルシアの街のある丘はもうすぐそこだった。