22 新天地と二人
第二部開始です。
路線的には第一部とは違うテイストでお送りしたいと思います!
感想、要望などもお願いしますね。
ではどうぞ!
豊かな水源と、豊穣の大地を持つこの国は北方の大山脈を除いた、三方のあらゆる勢力から付け狙われてきた歴史を持つ。
しかし、その相次ぐ侵攻を食い止めて来たのが、マルシア公国の精鋭・マルシアージュ騎馬軍。
元々の現地語でマルシアは栄光を意味し、マルシアージュは栄光あると言った意味があることに由来しているらしい。
今尚、この軍団に入ることは国民にとってこの上ない栄誉なんだそうだ。
以上がこの国の概要。
入国時に見つけた、国の歴史を記したレリーフを読んで簡略化するとこんな感じ。
今俺達は夕方の街を歩いている。
国でも有数の大通りの一つで買い物することが目的だ。
あれから数ヶ月過ぎ、このマルシアへやって来たのは季節も変わって少し涼しい日の昼過ぎで、簡単に入国が出来た。
入国してすぐに安くて安全性のなるべく高い宿を借りて、今に至る。
既に日用品はあらかた揃ったので、次に服を見に行くことにした。
流石に、亜里沙も服は一枚しか持っていないのは可哀相過ぎるしな。
「……どれが服屋なんだ?」
人出が多過ぎて、店が分からない。
日用品なら、適当に流れ着いてもあるものだが、前世程服に需要がない(やや高価なものだから)と言うのが原因だ。
なので地方の街では服屋が無くても、それはごく普通のことでしかない。
「あの、向こうにある店はどうですか?」
隣を歩く亜里沙が指差したのは、露店ではなく、建物の店。
看板のような者には布が掛かっている。
「よし行ってみよう」
人の波を掻き分けるように店へとたどり着くと、果たしてそこは、洋服屋だった。
早速店内に入ると、店員は二人で、客は五、六人。
客は全員いい身なりをしていると言うよりは、武装をしていた。
そこから傭兵か冒険者であることが容易に予想出来る。
多分、この店は生活の服というよりは冒険中なんかでも使える強い服を売っているのだろう。
並べられた生地はどれも強靭そうだ。
「いらっしゃいませ。 どのような服をお望みですか?」
店員の内の一人、見た目的に二十代前半の若い女性が声をかけてきた。
「えと、この子の普段着になるものを二、三着と外套を。 あと、俺の普段着になるものも二着欲しい」
「かしこまりました。 では先に採寸だけさせて頂きますのでこちらへ」
案内されたのは、店の奥。
身体測定なんかで見たような器具が並んでいる。
促されるまま、俺と亜里沙は採寸を終えた。
ちなみに、亜里沙のバストは八十六……ゲフンゲフン。
「ではデザインですが……どのように致しますか?」
「えー……と。 流行りのもので」
正直この世界の衣服に関する知識はあまりないので、こうとしか答えられない。
種類ならいざ知らず、デザインについてはお手上げ状態だ。
亜里沙はと言うと、しっかりいろいろ細かいところまでオーダーしている。
流石は年頃の女の子だ。
「では、こちらの水晶をお客様がお預かり下さい。 この水晶には特殊な仕掛けがございまして、こちらが赤色に染まりましたらお越し下さい。 代金はその時でよろしいので」
なるほど、魔法とは便利なものだ。
「これ、持ち逃げされたらどうするんですか?」
「実は、魔力を帯びた水晶は高値では売れませんので、そのようなことをしても仕方ないかと……。 それと、窃盗等の罪は厳しく罰せられるので」
「そうなんですか。 しかし水晶を連絡代わりに使うなんて、これが普通なんですかね」
感心していた俺は、次の一言で凍りつくことになる。
「いえ、当店は王族も御用達の知る人ぞ知る名店ですので」
王族、御用達?
それってつまり……。
「お会計なのですが……全部で四十九万二千ルディアになります。 それでは、またのお越しをお待ちしております」
宿屋に戻ってきた俺は愕然としていた。
遥々デミアから持ってきた財産をすべてこの国の通貨であるルディアに換金した。
既に宿屋に一月分は払い込んであるので、それを差し引いての残金は…………一万三千ルディア。
物価が日本とあまり変わらないので、そのまま円に換算してもらってもいい。
そして洋服代が約四十九万……。
このままでは破産である。
多分、あのタイミングでやっぱ止めると言うことも出来たのかもしれないが、あまりの額の大きさに衝撃を受けていたので宿屋に戻るまで大した思案が出来ていなかったのが悔やまれる。
さて、どうやってこの危機を乗り越えるか……。
「あ、あの……私があそこにしようって言ってしまったので……すいません、すいません」
目に見えて落ち込む俺に物凄い罪悪感を感じているのだろう、土下座を繰り返している。
「いや、亜里沙は悪くないよ」
「いえ、すべては私の責任です……。 かくなる上は、陰館で荒稼ぎして参ります!」
陰館とは、所謂風俗である。
「だめ」
「何故ですか……?」
「亜里沙にそんな危ない真似はさせたくないから。 まぁ任しといてくれ。 元から、傭兵かなんかにはなるつもりだったし」
俺は亜里沙の頭を優しく撫で、土下座をやめさせ、また街へと繰り出した。
もちろん、亜里沙も付いて来た。
その顔が赤かったのはスルーしておく。
この数ヶ月で変わったことがある。
まず、亜里沙はもう前の亜里沙には戻らないと分かったこと。
あの日以前の記憶も改竄されていて、それには手が付けられなかった。
さらに、その記憶すら食われていたのが判明した。
一体誰が何の目的でこんなことをしたのかは一切分からないままどころか、余計に分からなくなった。
今、亜里沙は枝梨達のことも覚えておらず、ただ物心付いた時には俺といたという記憶になっている。
そして……俺と亜里沙は主人と奴隷でありながら、恋人でもある。
告白したのは亜里沙からだった。
多分、主人に告白する奴隷なんて彼女ぐらいのものだと俺は思っている。
実際に主人と奴隷がどういうものなのかを目の当たりにしたことがあるからだ。
それはさておき、彼女とはまだ恋人らしいことはあまりしていない。
まだ数回ハグをしたぐらいだ。
手も握ったことはない。
相手は奴隷なのだから嫌がっても拒絶は出来ない。
だが、そうはしたくない。
俺も、彼女に恋してしまっているのを自覚しているから抱いた想い。
いや、それが普通なのかもしれないが、彼女には特別な想いを抱いているのは確かだ。
「……どうかされましたか?」
気付けば、彼女の顔を見詰めていた。
それに気付いた亜里沙は少し嬉しそうな、でも恥ずかしいと言った表情を浮かべた。
「いや、腹が減っただけだ」
正直、彼女を意識し過ぎて空腹なのかも分からないぐらい胸が高鳴っている。
「そうですか」
それを知ってか知らずか、亜里沙は柔らかく微笑む。
その表情に、またしても胸が高鳴ってしまう俺だった。
青春を満喫していると、目的の場所に到着。
「これは……ギルド連合ですね」
ギルド連合とは、簡単に言えば登録制で仕事をこなしてお金を得るという場所だ。
ここで傭兵と冒険者の違いについてだが、あらゆる国に渡って旅をしながら依頼を受ける者を冒険者と言い、土着して依頼を受ける者を傭兵と呼ぶ。
また、傭兵はある程度の実力があれば、国の依頼なんかも受けることが出来る。
対して冒険者も、国を渡って依頼をこなして有名になると、いろいろな国の依頼を受けることが出来る。
どちらが良いと言うこともなく、個人のやり方それぞれである。
また、どこかで連合に登録しておけば、他の街や国でも連合の依頼があれば受けられる。
その都度の登録は必要ないということだ。
「……思ったより綺麗なとこだな」
中はてっきり酒場になっていて、喧嘩なんかが所々で発する騒がしいところだと思っていたが。
「ここは複合型の連合ですから、酒場は上の階なんかにあるのでは?」
「複合型?」
「はい。 戦闘が伴う危険のある依頼だけを纏めた戦闘型と、物資なんかを調達する依頼が集まった商会型。 あとは少しマイナーですが、交渉などを代理する交渉型や家を建てたりする依頼が集まる建築型など……様々です」
通りで窓口がたくさん有るわけだ。
となると、あの剣の描かれた旗が飾られているのが戦闘型かな?
「あの、戦闘型の登録をしたいんですが……」
「はい、ではこちらに必要事項を記して下さい」
受付の女性は二枚の紙を取り出した。
「あの、彼女は……」
戦闘には連れて行かないので要りません、と言う前に亜里沙はさらさらと紙に名前や性別なんかを記入していく。
「はい、私は書けました」
「おい亜里沙!」
ビクッと体を一瞬縮こませたが、すぐに拗ねたような顔をした。
「なら、依頼中に私がナンパされて他の殿方とイチャイチャしてもよろしいのですか?」
そんなことはしないだろうし、逆にナンパした方が無傷ではないと分かってはいるが、彼女の言いたいことは分かってしまったので反論はしないことにした。
「……分かったよ」
すぐに俺も紙を書き上げ、受付に渡した。
「……確かに受理致しました。 登録の証を作成するので、少々お待ち下さい」
そう言うと、受付の女性は窓口の奥に姿を消した。
「……わがままになったな」
「申し訳ありません」
一見、責め立てている言葉だが、俺にそんなつもりはなく、彼女もそれを分かってくれている。
謝ったのも形式だけだ。
この奴隷と主人という身分が面倒で仕方ないと言うのが正直なところ。
奴隷は主人に口答えや命令の拒否が出来ない。
だから、彼女の本当の気持ちを知ることが出来ない。
それが煩わしい。
「お待たせ致しました、こちらが登録証です。 依頼を受ける時だけでなく、連合系列の店で割引等に使える場合もありますし、身分証明にもなりますので、肌身離さずお持ち下さい」
渡されたのは、先ほどの自筆のサインと性別が彫られた金属製のカードだ。
出来立ての為か、仄かに温かい。
「では、ご武運を祈っております」
無事に登録も済んだので、宿屋で夕飯を食べて風呂に入って寝るだけだ。
この世界にお風呂があって良かったと心の底から思った。
ここ数ヶ月、まともに風呂に入った記憶はほとんどない。
なので思う存分堪能しようと思う。
「…………私のことも存分に堪能して下さいね?」
「っ!? な、何をいきなり言い出すんだ!」
「多分、ご主人様はお風呂を楽しみにしていらっしゃると思ったので……」
そんなに分かりやすかったのだろうか。
と言うより何より、鼻血が溢れ出すところだった。
妄想でアウトってどんな生殺しだ。
「ば、ばかやろう! からかうな!」
「申し訳ありません」
ぺろっと舌を出しながら謝罪をされても、許せるわけ……しかない。
周りに人が居て恥ずかしかったが、亜里沙の頭を無言で撫でて彼女にも羞恥心を与えて反撃し、帰途についた。