21 謝罪と絆、誓い
「な、何だ! 貴様、一体何をした!? むぐあぁぁぁぁ!?」
掴み掛かってきた兵士の目を睨むと、またしても目を押さえて絶叫を発した。
それを自分達では処理出来ないと判断したのか、苦しむ梨絵と兵士を連れて去って行った。
俺を火炎の最中に残して。
あぁ……目が霞む……。
「――――!」
誰かが駆け寄って来る気配を感じる。
止めを刺しに来たのだろうか……。
「――――――」
浮遊感を感じた後、俺の意識が途切れた。
目が覚めたと自覚すると同時に、それは訪れた。
「痛っ!?」
左目に凄まじい痛みが、断続的に襲い来る。
それに堪えかねて、つい大声を出してしまった。
「起きられました……?」
それに当然ながら気付き、俺を覗き込むかのように顔を出したのは、亜里沙だった。
「ここは……?」
「同じ森の中ですが、先程の位置からは相当遠い場所です」
木々の間から月明かりが差し込んでおり、まだ夜なのだと分かった。
「そうか……。 ところで、森にこんな寝心地の良い場所があるのか」
すると亜里沙は顔を赤らめ、黙ってしまった。
ん?
まさか……。
「……膝枕?」
正解だったようで、小さく、ゆっくりと頷いた。
何だか、急に嬉しいような恥ずかしいような、そんな思いに口元がつい緩まってしまうのを必死に抑えた。
しばらく無言の時が続き、落ち着いた頃合いには、既に亜里沙は眠っていた。
頭上でこっくりこっくりと揺れていた。
そういえば、どうやってあの火炎の中を脱出したのかは分からないが、明日聞いてみるか。
そう思いながら、今度は逆に亜里沙に膝枕をしてあげた。
そして、亜里沙の頭を撫でながら、自分の一番の疑問について考察する。
何故、あの時俺は《闇》属性魔法を使ったのか。
俺は、《闇》以外にも《水》は少なくとも使えたのにも拘わらず、だ。
強い固定観念がそうさせたのか。
では、それは一体誰がどのように俺にそう思い込ませたのか。
梨絵か?
いや、魔法は使えないはず……。
同じ理由で安藤兄も却下だ。
では……亜里沙?
思えば、何故あんなにもタイミング良く亜里沙があそこにいたんだ?
まるで、俺が生き返ることとそのタイミングを知っていたかのように。
俺と父さんを殺したのは……亜里沙?
では何故、今こんなに無防備な寝顔を晒しているのか。
俺が殺せないと踏んでの演技?
なら、それは正解だ。
俺には殺せない。
もしかすると、奴隷契約も偽りで、別の何か特別な契約だったのか?
とにかく、疑問は尽きない。
明日、真偽を確かめる為に問い質してみるか。
次に目を覚ました時には既に日は昇っており、正午近い時間帯だった。
「うっ……」
目眩と、左目の痛みが激しい。
我慢出来ない程ではないが、厳しい状況に違いはない。
「おはようございます、ご主人様」
木の実を両手に抱えた亜里沙が目の前に現れた。
「あぁ、おはよう」
「あの……昨日の……」
昨日?
あの襲撃のことか?
「膝枕……ありがとうございます」
なんだ、そのことか。
考えてみれば、それもそうか。
「いや、気にしなくていいよ」
「でも、私は奴隷なのに……」
「本当に奴隷なのか?」
「へ?」
亜里沙は間の抜けた顔をした。
惚けているのなら、大した演技だ。
「昨日の襲撃、裏で糸を引いていたのは、君なんじゃないのか?」
「な、何をおっしゃっているんですか……?」
少し、怯えた表情に変わった。
「僕に《闇》属性魔法を使わせて、予め伏兵を用意していた平岩達に僕を売った……」
「では何故、私はご主人様を助けたのでしょうか?」
「本来、あそこで梨絵が僕に止めを刺して終わるハズだったのに、不測の事態が起きてしまった。 そう、梨絵が戦闘不能に陥ってしまうという誤算。 だから君は、彼らとのコネクションを保つ為に僕と一緒にいる……」
亜里沙は、今にも泣き出しそうな顔をし、口元をきつく結んでいる。
「……殺したいなら、かかってこいよ。 俺に、お前、亜里沙は殺せないけどな」
俺は両手を広げた。
多分、凶器の一つや二つは持っているだろう。
しかし亜里沙は動かず、両手で顔を覆い隠し、その場に泣き崩れてしまった。
それから、亜里沙が泣き止むまで俺はその場に立ち尽くすことにした。
まだまだ昼の日差しは弱まらず、外套姿では少々暑い。
顔を流れる汗を拭い、ため息をつくと、再び目眩が俺を襲った。
それも、一瞬で意識を刈り取るような強いもの……。
俺はまたしても、簡単に意識を手放してしまった。
「……ん」
短期間に何度も寝ては起きてを繰り返している為、最早デジャヴュに感じる光景。
森の中、仰向けの体勢だ。
「……亜里沙はいない、よな」
あんなことを言った後だ。
きっと怒っているに違いない。
俺は、亜里沙のことを疑っていた。
だが、それは間違いだったのかもしれない。
今頃になって、自分の勝手な妄想から作られた憶測で亜里沙を苦しめてしまった。
まだ俺は混乱している。
そしてストレスも無意識下に溜まっていたのを、吐き出してしまった。
「……起きられましたか? あの、しばらくは横になったままがよろしいかと……」
恐れながらも、必死に尽くそうとする亜里沙に申し訳なさと、哀れみに似た感情が沸き上がった。
「亜里沙。 ごめん……俺、どうかしてたよ……」
「いえ、そんな……」
気まずい雰囲気になるが、亜里沙はそれを感じさせないかのように振る舞った。
「あの、朝とは違う実を持ってきたのでどうぞ……」
怖ず怖ずと木の実を俺に手渡し、偶然にもその手に触れた。
「あ、す、すいません……!」
パッと手を離そうとするが、俺はその手を掴んだ。
そして、ジッと亜里沙の目を見詰める。
「俺は、お前のことを信じるよ」
「は、はい!」
まだ、謝り足りないが、今はそれだけでも伝えたかった。
亜里沙は、また変わらぬ態度で俺にかいがいしく世話を焼いてくれた。
「さ、て。 体調も回復したし、何処へ行こうか?」
あれから数日、すっかり体調も回復したので、街へ行って生活しようという事になった。
当面の目標は、俺の出生についての謎の解明と、魔法を使う時の変容の理由を探ることに決まった。
そういう訳で、かなり遠いが、マルシア公国の街かまだ近場にあるグユという街の集まり(国ではない)に向かうことに決めた。
「グユに行くとなると、方角的に一度デミア王国に寄って行く必要がありますが……」
「今はデミアには戻りたくないしな……。 マルシアに行こう」
決まるや否や闇から馬を呼び出し、俺が先に乗り、次に亜里沙を乗せて疾走させる。
「それじゃ、いざ新天地へ」
まだ枝梨達の無事が確認出来ていないが、今の俺にはどうしようもない。
力の使い方も分からない上に、梨絵に裏切られたのだ。
今しばらく、時間が必要だった。
俺は、必ず枝梨達を見つけて必要ならば救い出し、この一連の出来事の黒幕に復讐してやる。
改めて俺は心に誓った。
それは、まだ暑い日の午後の出来事だった。
とりあえず、第一部・完と言ったところです。
次からは、いろいろありすぎて疲れた右侍くんにはノビノビ(?)やってもらおうと思います。
感想を下さい 泣
ではでは。