20 別離と覚醒
今回は長めです。
それから、襲撃や妨害などを受けることなく城壁まで進むことが出来た。
「後は、城壁を抜けるだけね。 待ち伏せもなさそうだし、一気に行きましょ」
とは言っても、俺のしたように壁をすり抜けることは出来ないので、必然的に壁を越えるか門から出るかの二択。
壁の高さは大体の目測で五メートルぐらいで、登るとなると少々無理がある。
なので、門を見張る兵士がこちらに通じているのだと勝手に推測したのだが、梨絵さんはそれを根底から覆す答えを持っていた。
「さ、壊すわよ」
と、あっけらかんと、さも当然のように言った。
「あの、確認ですが。 何を壊すんですか?」
「壁よ」
「……」
疑いの余地は無かった。
しかしここは街から離れ、空地や廃墟の目立つ地区。
なら、手っ取り早いという点では評価出来ないこともない策ではある。
出来れば実行には移しては欲しくないが。
「あんまり穴が大きいとすぐ気付かれるでしょうから、小さめにするわ」
梨絵さんは月の光を反射する銀槍を構え、息を整えた。
「せぃやぁぁぁぁぁぁっ!」
目にも留まらぬ突きの嵐の後、壁にはぽっかりと穴が開いていた。
それも、人が四つん這いになれば抜けて行けそうな大きさのものが。
流石は馬鹿力。
「さ、安藤くんからさっさと抜けて行ってちょうだい」
「あ、はい」
促さるまま、安藤兄は穴の向こうへと消えて行った。
次は予想通りと言うべきか、俺で、その後は亜里沙、梨絵さんの順に城壁を突破した。
「後は、適当に壁の破片で穴を埋めれば……完璧ね」
無理矢理詰め込んだだけだが、穴が開いたままよりは多分マシだろう。
「じゃ、隠れ家まで案内するわね」
「そうはさせんぞ」
俺達の前に立ちはだかったのは、黒いローブを纏った一人の男だった。
「誰だ!」
「くく……。 忘れたか? 反乱の時にいた魔獣使いさ」
え、と……俺が死んでた時の話か。
「何? またあの犬を私にイジメさせる気? 動物虐待は好きじゃないんだけど」
「女。 お前には借りがあるからな。 たっぷりお返ししてやんぜコラァ!」
おびただしい魔力の放出と共に、男の足元から首が二つ付いた狗が這い出て来た。
大きさは、人が四人は乗れそうなぐらい大きい。
そして口元の牙は獰猛さを表し、四つの赤い眼は殺気を孕んでいる。
典型的な魔獣だ。
「安藤くん、右侍と亜里沙をお願い。 コイツは私がやる」
「……右侍は、大丈夫だと思います」
「なら亜里沙ちゃんを専守してくれるかしら」
安藤兄は壁のように亜里沙の前に立ち、俺は刀を抜いて梨絵さんの助太刀に行けるように油断なく構える。
そして、梨絵さんは魔獣と飼い主の男と正面から向かい合った。
「……容赦はしないわ」
「ほざけ。 ウベル!」
愛狗の名を叫び、戦闘の火蓋は切られた。
「はっ!」
距離を詰め、牙で噛み砕こうこうとする狗に鋭い突きを一閃。
それを後退してかわした狗は、右の首から濃密な魔力を帯びた炎を吐いた。
梨絵さんは横っ跳びでそれを避け、左の首に迫った。
「ぅぅぅらぁっ!」
「っ!?」
槍を突き出す瞬間、梨絵さんの死角から飼い主の男がダガーを突き立てて強襲した。
予期せぬ奇襲に梨絵さんは魔獣への攻撃を中断し、転がることで飼い主の一撃を辛うじて回避。
「……ちっ。 思ったよりやるみたいだな」
「ふん。 一回返り討ちにされてるのに、よく上からモノが言えるわね」
二人は一見、軽口を言い合っているようだが、実際はお互いに隙を探しているのがよく分かった。
余裕が無くなっているのは梨絵さんの方だと言うのも。
「……何故私達を付け狙うの?」
「あ? そんなもん決まってんだろ。 前にお前にぼこぼこにされたから、そのお返しだ」
「あら、随分ご執着ね。 また返り討ちにされたいの?」
「馬鹿め。 ウベルに噛み殺されかかったクセによ」
「あれは運が悪かったのよ」
「まぁいい……ここで仕留める!」
再び狗が突進する。
だが、梨絵さんは動けない。
先程一度だけの戦闘でバテたのだろうか。
いや、それはない。
梨絵さんは世界的にも名を馳せた戦士だ。
なら、外傷以外で考えられるこの異常なまでの弱体化の原因は……。
「はっ! ウベルの毒がまだ活きてやがるぜ!」
「うっ…く……!」
腹の辺りを押さえ、梨絵さんは片膝を付いて動けない。
しかし狗は迫る一方。
このままでは、梨絵さんが喰われる。
だが、俺はここで魔法を使うべきなのか?。
助けたところで、俺を前と同じ様に接してくれるだろうか。
そんな疑念よりも先に、心の奥底から沸き立つ憎悪のような感情が俺を駆り立てた。
「《闇》……〈縛〉!」
刹那、狗の足元から黒い帯が伸び、狗を地面に縛り付けた。
狗は激しく抵抗するが、より強い力で締め付けると大人しくなった。
「な…………!」
飼い主は呆気に取られていた。
「……これは!」
梨絵さんは、目を見開き、ゆっくりとこちらを向いた。
「……右侍、あなた……」
あぁ、これで嫌われ者だ。
これからは、一人で迫害に恐れ震えながら諸国をそれとなく流れる生活でもするのだろうか。
それとも、捕まって異端として惨たらしく殺されるのだろうか。
何にせよ今の俺がすべきことは、この狗と飼い主の処理だ。
それには、《闇》魔法を創造しないとな。
すると、普段の自分からは想像もつかないぐらい、惨い殺し方をいくつも思いつく。
例えば……爆発とか。
梨絵さんを殺そうとし、毒を入れて弱らせた罰だ。
このぐらい惨たらしいぐらいが丁度いいか。
「《闇》、〈爆〉!」
目標は、狗の心臓。
放った魔力を目標へと集約、発散。
理屈は簡単だ。
だが、そこまで繊細に魔力を操ることの出来る人間など、この世の中には皆無だろう。
昔に読んだ魔術書には、そのようなことが記されていたのを思い出した。
「やめろぉぉぉ!」
飼い主の絶叫。
だが、俺はそれに耳を貸さずに、狗の心臓に集約した魔力を……弾かせた。
「…………!」
飛び散る魔獣の体、そして体液。
辺り一面が黒い液体で覆われ、静寂が訪れた。
「ひ、ひぃ!」
まず、動いたのは俺。
刀を右手に携え、ゆっくりと飼い主へと一歩踏み出した。
飼い主はすっかり怯え、腰を抜かしてその場にへたりこんでしまった。
だが、容赦なんてしない。
「《闇》、〈爆〉」
対象は飼い主の心臓。
魔力を瞬時に送り、即座に発散させた。
断末魔すら上げられない早業。
梨絵さんや安藤兄は声も出せずに呆然としている。
「梨絵さん」
「え、あ……何、かしら?」
「失敗したらすいません」
まだ目の前で起きた出来事についていけてないのか、少し返事が上の空に感じた。
「……《闇》、〈癒〉」
俺の手から吹き出る禍々しい霧が梨絵さんを包み、少しの時間が経つと、霧は霧散した。
梨絵さんの見た目に変化はない。
「……なにこれ」
梨絵さんが自分の胸に手を当て、幾度か深い呼吸をすると、俺の方に視線を向けた。
「成功、みたいですね」
「あの魔獣の猛毒を、魔法一つで治しちゃうなんて……」
またしても呆然となる二人。
亜里沙だけが表情も変えずに成り行きを見ている。
俺は、いつの間にか激しい目眩と吐き気に襲われていた。
何故、自分が魔獣や飼い主へあそこまでの凶行に走ったのか、全く分からない。
何か自分ではない者が、乗り移っていたような感覚……。
「右侍、大丈夫か?」
亜里沙を伴って、安藤兄が俺の所まで来た。
すると、手が差し出された。
「……何だ?」
「掴まれ。 それとも休むかい?」
「……あぁ」
手を引っ込めると、安藤兄は梨絵さんの方に身体を向けた。
「……大丈夫、ですか?」
残った亜里沙が、そっと背中を撫でてくれた。
幾分か気分が楽になったが、まだまだ移動は出来そうにない。
「すまない……。 くそ、魔法で消耗したのか……」
「分かりません……。 ただ、お二方には警戒されるやもしれませんね……」
それは、今となってはどうしようもないことだった。
信じたい気持ちはあるが、昔の逸話なんかには、《闇》魔法を使う者はどれだけ善良であっても殺されたり、追放されたりとろくなことにはならないという記述があった。
例え、天児というやつでも、それは変わらないだろう。
ならどうするか?
寝首を掻かれるのは避けたい。
なら、一番は今すぐ逃げることだ。
しかしそれを採用する気にはならなかった。
何故だろう。
「右侍……」
「……はい。 何でしょう」
「私達がおんぶしてあげるから、隠れ家まで行きましょう?」
すっかり元気になったのであろう梨絵さんは、笑顔でそう提案した。
俺に、異論はなかった。
「まだなのか?」
「まだ」
安藤兄は短く答えると、再び走りに集中した。
かれこれ一刻近くは安藤兄の背中に密着している気がする。
いや、正確には一度休憩はあったのだが。
「そろそろのハズよ?」
亜里沙をおんぶしている梨絵さんが修正。
森の中は景色が殆ど変わらない為、飽きてしまったのが正直な感想である。
「ほら、あの大木の根っこ」
よくよく目を凝らしてみると、木の根本に穴がある。
それも自然な大きさの。
「ここが入口。 やーっと帰ってこれたわ。 枝梨も喜ぶわよ」
枝梨。
凄く懐かしい響きだ。
あの日の朝以来の再会になる。
不安と期待を胸に、根っこの穴に入ろうとしたとき、嫌な気配が俺の頭にちらついた。
「……危ないっ!」
突如、火の雨が降り注いだ。
たちまち辺り一面は、森を喰らう燃え盛る火の海と化した。
言うまでもなく、魔法での奇襲。
「右侍! 大丈夫か!?」
炎の壁の向こうから安藤兄の言葉が聞こえた。
「大丈夫だ! そっちは大丈夫か!」
問い返すと同時に、兵士に包囲された。
しかし、その姿は今までとは大きく異なっていた。
燃え盛る火炎の中を通って来ても、何一つ変わらない外装。
それだけで、耐熱か魔法を無効化することができるのだと容易に分かった。
これらから、重装歩兵と表現するのが一番正しいのかもしれない。
「……貴様は、竹中 右侍だな? 平岩様並びに、銀槍様の命により、抹殺する」
八人程の重装歩兵が一斉に剣を抜いた。
待て……。
今、何て言った?
平岩と……梨絵さん?
何故俺を殺すんだ?
いや、いくらなんでも手際が良すぎないか?
ならコイツらは出鱈目を吐かしていやがるのか?
でも……平岩が手配をして、梨絵さんが俺をここまで連れて来て……。
まさか、あの魔獣遣いも仕込みだったのではないか?
俺が《闇》魔法を使うのかどうかを試したのではないか?
そして、《闇》魔法を使ったからこの人気のない森の奥に連れて来て抹殺……。
安藤兄も、協力者……?
「死ね!」
「くっ……」
まだ言うことを聞かない身体を投げ出し、なんとか剣による一撃を避けたが、次の一撃は厳しいだろう。
「はっ! 天児ともあろう者がはいつくばってやがるぜ」
重装歩兵達は俺の命を弄び始めた。
剣などの殺傷力の高いもので、ではなく蹴りによって、だ。
「く……そ、やめ……うごっ!」
鋭い蹴りが、俺の腹を襲った。
炎が囲んでいて熱いはずなのに、冷や汗が吹き出た。
「まだ喋れるのか。 生意気なガキは嫌いだぜ」
「そこまでだ」
ゆらりと、炎が揺らめき、その間から梨絵さんが現れた。
いつもより、ずっと険しい表情で、だ。
「銀槍様!」
「お前達は下がってな。 私がコイツを殺る」
意識が朦朧としてくる中、梨絵さんを睨みつける。
「おぉ恐い恐い。 流石は゛闇の天児゛ね。 でも、睨むだけでは人は殺せないわよ?」
嘲る梨絵を、尚も睨む。
片目は閉じてしまったが、もう片方の目に全ての魔力を込めた。
創造……《闇》…………〈痛〉……。
「っ!? っうぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
突如梨絵は片目を押さえ、悶え苦しみ出した。