12
お昼になった頃、俺と亜里沙は馬車で墓地を離れた。
亜里沙によると、ここは王国から少し離れた山間の土地で、隣国との緩衝地帯らしい。
何故こんな所に亜里沙がいるのかは分からないが、いつ軍が来て接触するかも分からないので、馬車を走らせて王国側へと向かう。
俺が御者兼用心棒として馬を操っており、荷車の中に亜里沙が座っている。
正午からしばらく経ってから、検問所が見えてきた。
恐らく国境だろう。
「亜里沙、国境だ。 どうする?」
馬を停めて後ろに問いかけると、すぐに答えは返ってきた。
「降りるわ。 茂みに荷車を隠して、馬は国境と反対側に放しましょう」
相変わらず敬語か……。
とりあえず今は気にせず、茂みに入り、馬を緩衝地帯側に向けて放った。
そして、検問所裏の茂みから慎重に進む。
でも、こういうのは大概何かしらの罠があるはずだ。
《分析》を駆使して罠を探すと、やはり落とし穴がいくつかと、鈴のついた糸が張られていた。
ふむ、ここは魔法創造だな。
例えば……《無》属性魔法の〈固定〉なんかどうだろう。
鈴を固定することで、糸に触れても振動が伝わらずに音が鳴らないという寸法だ。
早速実行してみることにした。
「……うし、固定完了」
あとは頑張るだけだ。
亜里沙に、後ろから付いてくるように言い聞かせてあるので、その辺の心配はいらないはずだ。
「行くぞ……」
とは言っても、いざ罠を目の前にすると、流石に緊張するな……。
と、言ってても解決はしないな。
俺は一瞬の逡巡をしてしまったが、意を決して糸をまたぐ。
少しだけ糸に触れてしまい、冷や汗が出た。
しかし、音は鳴らなかった。
「よし、亜里沙。 イケるぞ」
小声で亜里沙に合図を出すと、躊躇いがちに足を糸の上に通らせた。
緊張の余りに、足が糸に思いっ切り引っ掛かり、大きく糸が揺れた。
「っ!!」
それでも、鈴は鳴らなかった。
安堵の息を吐いて、罠の犇めく道なき道に足を進ませた。
国境の検問所を超えて、俺達は腹が空いたことに気付いた。
そういえば、殺した兵士は食料を携帯していたかもしれないな……。
精神が安定していないことを理由に、すべきことをしていない自分の迂闊さに全力で舌打ちをした。
しかも今は亜里沙が一緒で、記憶を失っている状態。
余計な負担や心理的なストレスを感じさせないようにしなければならないのが今の俺の義務だ。
言葉にこそ出さないが、亜里沙も辛いハズだ。
「腹、減ったな」
「え、あぅ……はい……」
亜里沙が恥ずかしそうに顔を俯いてしまった辺り、俺のデリカシーが足りなかった証だろうか。
と冷静に自己分析してみたり。
「何が食べたい?」
「えーと、甘い木の実が食べたい、かな……あの、無理には、いいです」
「いや、大丈夫」
《分析》を駆使して木の実を調べていく。
あの黄色い実か。
「はい、どうぞ」
魔力を木の実まで伸ばし、まるで人の手の様に操り、木の実を四つ程手元にまで運んだ。
よって、半分の二つを亜里沙に手渡した。
亜里沙は驚いた顔をしているが、特に気にせずに俺が食べ出したのを見て、同じ様に食べはじめた。
「おいしい……」
「ここら辺にはたくさん成ってるみたいだから、もう少しもらっていくか」
魔力を再び伸ばし、果物をまた四つ程手元に運んだ。
水は、俺が生成した《水》属性の魔法で作って飲んだ。
「ごちそうさまでした。 こんな美味しい食事はいつぶりだろう……」
まだ食べていない木の実を手元で弄びながら遠い目をしている亜里沙はとても不憫だった。
昨日の夜に、久しぶりに見た亜里沙は、記憶の中の彼女よりもかなり痩せていると思った。
それは、明らかな栄養不足からなのだろうとも思う。
「あの、お名前を聞いてなかったので、教えてもらえますか……?」
そういえば、亜里沙に言われて気付いた。
まだ名前を教えてなかったな。
「俺は、右侍だ。 呼び捨てで構わない」
「分かりました、右侍」
うむ、義妹ながら物分かりが良くて助かるものだ。
「さて、王国までどんぐらいかかるかなぁ」
「えっと……一週間は堅いかと……」
…………ちょっと、鬱になりそうになった。
◇ ◆ ◇亜里沙◆ ◇ ◆
検問所裏を抜けて、街道を歩いている。
私は空腹を我慢することに、ひたすら気を入れていた。 隣を歩く人にお腹の音を聞かれたくない一心で、だ。
何故かこの人は、私の頭痛を治しただけでなく、世話を焼いてくれる。
そして、流れで一緒に王国に戻ろうとしている。
ご飯もくれるし、お水も冷たくてキレイなのを欲しいだけくれる。
凄くいい人だ。
さらに、泣いてしまった私に優しく頭を撫でてひざ枕までしてくれた。
それでしかも、襲われた訳でもないし。
……どうせ王国に戻っても奴隷になるだけなんだし、この人に貰われたいかも……。
魔力をものすごい上手く使ってるし、もしかしたら凄く高名な傭兵か魔法士なのかも。
そういえば、名前を聞いてなかったから、聞かないとね。
「あの、お名前を聞いてなかったので、教えてもらえますか……?」
「俺は、右侍だ。 呼び捨てで構わない」
「分かりました、右侍」
右侍……?
噂で聞いたことのある名前じゃないけど、聞き覚えがある、懐かしい響きだ。
でも、思い出せない……。
「さて、王国までどんぐらいかかるかなぁ」
右侍の呟きに、私もふと考えた。
そして、ちょっと鬱になった。
「えっと……一週間は堅いかと……」
右侍は頭を抱えそうな勢いで苦い顔をした。
私も、きっと苦い顔をしていたと思う。
ため息だけはしっかり吐いた。
◇ ◆ ◇右侍◆ ◇ ◆
一週間以上か。
これは思ったより辛いな。
馬かなんかが居ればなぁ……。
そうだ、作ればいいのか。
チートって便利。
ということで、《闇》属性の創造魔法で馬を創ろう。
「悪い、亜里沙。 ちょっと離れてくれ」
亜里沙を下がらせ、馬を想像して創り上げた。
「わぁ……」
思わず声を上げた亜里沙。
俺も思わず声を上げそうになるぐらいの出来だ。
大型の真っ黒い馬(全属性魔法遮断の馬鎧装備)が前脚で頻りに地面を鳴らす。
ちょっと、気性が荒いのかもな。
でもこういうのって、俺とかだけが意志を通わせたり出来るって設定がいいよね。
でもどうすればいいんだろう。
「あの、この馬に乗って王国まで行くんですよね?」
「ん、あぁ。 その方が早いし楽だし」
その時、亜里沙の瞳には決意が宿っていた。
何を言い出すのかと思えば、とんでもないことを言い出した。
「私を、右侍の奴隷にして下さい」
落ち着け俺。
まずは深呼吸だ。
「……すまない、もう一度頼む」
「私を右侍の奴隷にして下さい」
記憶喪失の義妹を奴隷に?
「何故、だ?」
俺には、亜里沙を奴隷にする必要性があまり感じられないのだが。
尤も、亜里沙には何か考えがあってのことだろうが。
「……これを見てくれますか?」
彼女は薄汚れたワンピース状の服を捲り上げた。
白の下着に一瞬目を遣ってしまったが、その上の臍の横に奇妙な紋様があった。
「これは……?」
服を元に戻した亜里沙は、悲しそうに唇をきつく噛んだ。
すぐにでも唇が破けて血が出そうな程、だ。
「公認の……奴隷の証です……」
声色は、ひたすら悔しそうだった。
ここまで負の感情の強い亜里沙を、俺は見たことがなかった……。
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