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あ、あれ?
何この空気?
周りもそうだが、父さんもどこか戸惑った表情……。
これ、もしかして地雷だった?
「あのっ、宰相様! 私達も参加します!」
すると隅っこの方で声が上がった。
あの声は、安藤兄か。
やっぱいたんだ。
そして、その行動がこの場にさらなる困惑を呼んだ。
「ふむ……竹中殿の子息殿に、安藤殿の子息殿と姫君か……。 他には?」
この平岩の言葉に困惑、驚愕で飽和していたこの場にさらに驚愕が訪れた。
「さっ、宰相様っ! これらのような若造ごときにこの大役は務まりませぬっ!」
誰か分からないが、反論を唱えた。
あれ、俺敵作った?
しかし、逆に味方も現れた。
「なら私も行こう」
お、お父さん!
ちょっと感動したぜ。
「ほう……。 戦鬼殿が行かれるか」
さっきまで抗議やらの声で煩かったのが、静かになった。
「他には?」
平岩の一言に応えた者はいなかった。
「では、竹中親子と安藤兄妹はここに残り、それ以外はまた召集をかけるので備えておくように。 以上!」
「では、簡単に作戦について説明しよう」
俺と父さんと安藤兄と舞ちゃんと宰相がこの場に残った。
「魔物の軍勢はおよそ、八百と報告を受けておる。 だが、魔物は一匹で人間の兵士十人程と見ておるのが一般的だな。 つまり、人間の軍勢で言うなら八千と同じぐらいだな」
なるほど。
俺達が率いるのは千。
つまり、八倍の兵力を相手にしなければならないってことか。
「それで、だ。 戦鬼殿は問題ないが、他の者は真剣の得物と、鎧がない。 さてどうするか、安い槍ならあるが……」
う、木刀では流石に無理だろうな。
いくらチートがあっても死なないとも限らないしな。
「私の古い装備を貸しましょう」
またまたお父さん!
「なら心配は要るまい。 では明日の明朝に迎えを寄越す故、準備をしておくように」
四人で家に戻るなり、父さんが装備を貸してくれた。
俺は父さんの前に使っていた黒い鎧と、軍功を挙げた際に褒賞として与えられた名刀を。
安藤兄は父さんが、以前に討ち取った敵の将が身につけていたのを持ち帰った赤銅の鎧、そして飾りの少ない野太刀を。
そして舞ちゃんには、父さんが初陣したときに記念で贈られた金の飾りのついた鎧、 そして軍配団扇型の魔法発動の補助をする法器を借りた。
サイズなんかを確認し、得物の具合を観て軽く打ち合う。
そして、安藤兄妹は家に泊まることになり、俺と安藤兄は同じ部屋で寝ることになった。
枕元に、明日着用する鎧や刀を置き、眠った。
思っていたよりも、初陣の機会は早く訪れた。
果たして、戦場とはどんなものなのか……。
とにかく、今は眠ろう。
結局父さんには何も問い詰められたりはしなかった。
この戦に出たかったのかも分からない。
なのに、一緒に来てくれるのだ。
血の繋がっていない子供の為に……。
翌朝、安藤兄とともに起き、風呂に入る。
戦に出る者は、身体を清めて出陣するのが慣わしだそだ。
そして、風呂に入り終わると、居間では枝梨が朝食を作って待っていた。
「どうか、無事で帰ってこれますように」
いつになく神妙な表情と声音で枝梨が言うと、父さんからご飯に手をつけたので俺達も食した。
食後、部屋に戻って鎧を着用。
初めての鎧……元日本人としてはやっぱ心踊るものがあるよね。
「……うし、完璧」
兜の緒を締めて、刀を腰に差し、気合いを入れる。
安藤兄も着用し終わって精神を統一している様子だ。
邪魔しないようにしないとな。
「ちょっと居間行ってくる」
部屋を出て、廊下を歩いていると、亜里沙が部屋から出てきた。
あら、女の子の日じゃなかったのか?
と、亜里沙は俺の姿を認めるなり抱き着いてきた。
ちょっ、なにこのイベント。
初陣前で実はテンパってるのにイベントを被さないで神様!(いるかどうかは知らない)
「絶対……帰って来てよ……生きて、絶対……」
と、亜里沙が小刻みに震えていた……。
思えば、コイツとは長い付き合いだからな(家族として)……仕方ないよな。
俺は亜里沙の良い匂いのする髪を、頭を撫でた。
◇ ◆ ◇亜里沙◆ ◇ ◆
甲冑の、音?
そういえば昨日馬の足音とか聞こえたし、お母さんからも南の戦場に行くって聞いて、もしかしてとは思ったけど……。
あ、隣の部屋から出てきたみたい……。
行く、べきよね。
稽古仲間にも言われたもの。
よーし……!
意を決して廊下に出ると、甲冑を着た右侍が目の前に……。
高鳴る胸と想い……でも、今はそうじゃなくて……。
って何緊張してるのっ。
こういうのは度胸よね。
えーい、ままよっ。
お兄ちゃんの胸の中に飛び込んだ。
そして、伝えたいことを伝える。
「絶対……帰って来てよ……生きて、絶対……」
途中から涙が溢れそうになった。
お兄ちゃんは、正直強いと思う。
大人の兵士にも勝ってるとも思う。
でも、相手は魔物……まだ私と同じ十四歳の子供なのに……。
あ、堪えてた涙が……すると、お兄ちゃんは私の頭を撫でてくれた。
何故お兄ちゃんが行くのかは分からない……それでも、止めることは出来なかった……。
正直、今の姿をお兄ちゃんに見られるのも嫌だったけど、こうせずにはいられなかった。
今は、お兄ちゃんにされるがままにされることにした。 少しだけ、お母さんがお父さんを見送る気持ちが分かった気がした。
◇ ◆ ◇右侍◆ ◇ ◆
思わぬイベントに胸がドキドキだぜ……。
居間へ行くと、舞ちゃんは枝梨に手伝ってもらって鎧を着ていた。
美少女の鎧姿か……前世のエロゲっぽいな。
「あ、右侍さん。 おはようございます」
「あら、ゆーちゃんおはよう♪ いよいよねぇ」
いつもと変わらぬ笑顔の枝梨。
なんか、気遣ってもらってる気がするな。
「もう終わるからね」
「あ、はい」
着付けを手伝ってもらっている舞ちゃんは緊張の面持ちで答えた。
と、枝梨がいきなり舞ちゃんに抱き着いた。
「や〜ん可愛いぃぃぃ♪ やっぱり美少女の甲冑姿って様になるわぁ♪」
「え、え?」
舞ちゃんがどうしていいのか分からずにされるがままになっている。
「ちょ、母さん」
「あら、ゆーちゃんもしたい? しょうがないわねぇ、半分だけよん?」
その言葉を聞くや否や、舞ちゃんは顔を真っ赤にして声にならない叫びを上げて枝梨を振りほどいた。
「いやん♪」
「あっ、ごめんなさいっ」
いや、舞ちゃんは悪くないよ。
勝手に貞操の危機に晒そうとした枝梨が悪いんだし。
何より、俺も被害者になってるのは気のせいじゃないはずだ。
そして何より、何故枝梨は嬉しそうなんだ。
「……はいっ、出来上がり♪」
着付けが終わり、準備も完了と言ったところか。
舞ちゃんは鎧を触り、感触を確かめているようだ。
俺もそうだが、 舞ちゃんもまだこの時は理解していなかった。
戦場に出るという本当の意味を……。
「じゃ、行ってくる」
父さんが亜里沙(結局出てきた)と枝梨に出立の挨拶をし、俺達は軽く頭を下げて玄関を出ると、薄い朝霧の中、馬が四頭。
「親武、ご苦労だった」
と、馬の後ろから小柄な男が現れた。
俺達の程飾りもない甲冑を身につけており、あまり位は高くないのだろうと思わせる。
「へい旦那様。 ご注文通り、朝一で厩から毛艶のいいのを連れて参りましたぜ」
「うむ、見事な馬だな。 我が息子やその友人の初陣を飾るに相応しい。 後は飾りと馬鎧を付ければ大丈夫だな」
「では、外府へ向かいやしょう」
父さんが黒い馬に跨がったのを見て適当に馬を選んで乗る。
俺は父さんと同じ黒い馬(ただし、一回りほど小さい)を、安藤兄は鹿毛を、舞ちゃんは青鹿毛の馬だ。
何とか苦労して馬に乗ったところで気付いたけど、前世で少しだけ乗馬したことある気がする。
確かこうして……。
何となく前世の記憶を駆使すると、馬は前に進んだ。
「む、右侍。 どうやったんだ?」
安藤兄は苦戦しているようで、俺に助けを求めた。
「あっしがお教えしましょう」
親武さんが付きっ切りで安藤兄に教えながら外府まで進んだ。
意外にも、舞ちゃんがあまり苦労せずに乗りこなしていた。
も、もう投稿するペースが……。
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