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姉妹 ④

 ――風刃列覇アネモス


 心の中でそう呟き、手をかざす。


 それだけで大気中の風をすべて従え、研ぎ澄まされた刃へと変える。そしてその刃一つを兵士に向け、風の斬撃を与えた。


 最も威力の弱い属性『風魔法』の中でも、最も威力の弱い技『風刃列覇』を選んだのだが、それでも、俺の魔力は膨大すぎた。いかなる装甲と言えど、一撃で粉砕することができてしまうのだった。


 さらに、風魔法の長所であるスピードを無詠唱で活用したため、普通の人間からしてみれば、俺は何もしていないように見えただろう。


 だが現に、放った風刃列覇は強い魔力の込められた装甲を粉々にし、兵士に死なない程度の衝撃を与え、気絶させていた。


「あー」


 俺はぽりぽりと頭をかきながら、嘆息する。


 あっけないな、と。


 闘う前から既に分かっていたが、あまりにも弱かった。あれだけの態度をとるからには奥の手でもあるかと思っていたのに、そんなことはないらしい。


 他の人間たちよりも少し強く、権力を持ってるだけで、人間はこうも傲慢になってしまうものなのだろうか。


 そんなことを思いながら立ち尽くしていると、360度に渡る俺の視界はあの姉妹が俺の元に歩み寄ってくるのを捕えた。


「ねぇ、あなた」


 いきなり兵士が倒れたことで、民衆の視線はほぼ全て俺に集まっているにもかかわらず、気にせず話しかけてくる。中々、気の強い女だ。


「なんで、あたしたちをかくまってくれたんですか?」

「かくまったつもりはねぇよ」


 俺は即座に答えた。

 これは本当のことだ。


「じゃあ、なんで、この兵士をやっつけてくれたんですか?」

「あー」


 なんで? と聞かれると、明確な理由がないから応えずらいが、強いて言うなら――。


「あの兵士に、むかついたからだ」

「……」


 妹の方も含め、姉妹同時に目を丸くする。


「そ、それだけ?」


「まぁな」


「恩人にこんなこと言うのもあれだけど、変わってるんですね。あなた」 


「うるせぇよ。まぁでも、そのおかげで、助かったんだろ?」


「……確かに、そうね。じゃあ……えと。なんていうか……その。あなたが、あたしたちを助けたつもりはないとしても……。あたしたちは、ほんとに、ホントに、助かったから。だから、ありがとう、ございます」


 照れくさそうにお礼を言う姉に続き、妹の方も「えと、本当にありがとうございました」と、丁寧に頭を下げた。


 薬屋の店員さんにお礼を言われた時もそうだったが、お礼を言われるということはむずがゆいが、中々に気持ちのいいことかもしれない。


 まぁ、こんな感情を持ったなんて他の神人テオールに聞かれでもしたら、俺を馬鹿にしてくるだろうがな。


 俺以外の『神人』という種族からしてみたら、神人は神に仕える高等な種族。人間は神の暇潰しに五体を与えられただけの、下等な種族、らしい。


「あー。じゃあなんつーか、俺もう行くから。――これ」


 俺はずっと左手に持っていた白いローブを、二人に差しだす。


「ホントに、いいんですか? 助けてもらったのに、物まで貰って……」


 遠慮してるのか、中々受取ろうとしない。

 そんな姉に向けて、


「いいよ別に。――ほら」


 と、呟き、俺は強引にローブを付きつけた。

 女はそれでもなおローブを貰うことを渋ったが、しばらくローブを付きつけたままでいると観念したのかようやくそれを胸に抱えてくれる。


 その姿を確認した俺は、もうこの姉妹に関わる理由もない。


 なぜ、そんな恰好をしているのか。なぜ、あんな兵士に追われていたのか。気になることはあるが、小さな疑問だ。すぐに忘れる。


 俺は二人に背を向け、傭兵ギルドへと向かうことにした。


 だが、


「――ま、待って!」


 と、そんな俺を呼び止める声。


 俺は反射的に立ち止まり、体を二人の方に向けた。


 瞬間、真剣な眼差しをした女と目が合う。手を握り、緊張しているのが見て取れた。


「なんだ?」


 ただ事ではなさそうな雰囲気を発する女に向けて、そう訊く。


「……」


 女は応えず、代わりに、この寒い中さらけ出している膝を地面に着いた。

 そして両手をも地面につき、遂に、額までもが地面に触れる。


 俺はこの格好を知っている。


 誰かに謝るときや、お願いをするときに取る体勢。


 土下座、という奴だろう。


 兵士を倒していたことで集まっていた視線が、さらに集中し、周りの人々は何事かと騒ぎだした。


「お、お姉ちゃん……?」


 妹も姉が何をしようとしてるのか分からないらしく、そう心配そうに呟いた。

 だがそれすら気にせず、額を地面に付けたまま、女は言った。


「あなた、強いんですよね?」


 覚悟がある奴の、声。


「ああ」


「だったら、お願い。お願いですッ! あたしたちを――守ってくださいッ!」


「……」


 守る。俺が、この姉妹をか? 


 何の恩があってそんなことしなくちゃいけないんだ。


 瞬間的に俺は思うが、そう言うことはできなかった。


「シーナ! シーナからも、お願いしてっ? ――ミレトスには。ミレトスには戻りたくないでしょっ?」


 相変わらず『ミレトス』がなんなのかは、俺には分からない。


 だが『ミレトス』という単語を聞いた途端、シーナと呼ばれた少女の顔色が激変したのだった。何を思い出したのか、唇を震わせ、真っ青になってしまう。


 それはさきほど、あの兵士を見つけた時の表情に似ていた。


「ミレトス、に、……戻、る? ……いや――いやぁぁぁぁぁッ!」

 

 だが、今回はさっきよりもっと酷い。少女は錯乱して耳を塞ぎ、悲鳴をあげ始める。


「し、シーナ!?」


 自分の失言に気付いた姉は、額を地面から離し、慌てて妹を抱きしめた。


「大丈夫。大丈夫だから、シーナ。もう、あんなとこには戻らなくていいの。……ね? シーナ。大丈夫、だから」


 さっきまで普通だった少女が、たった一単語でここまで変わり、未だに怯えている。


「……」


 なんなのだろうか、この気持ちは。


 正直、この姉妹に関わるのはめんどくさい。助ける理由も義理も恩も無いし、限りなく、ただただめんどくさい。


 だがまたも、この少女を見つけたときのように体は俺の意思に逆らい、足はここから離れようとしなかった。


 最強の戦闘種族神人の中でも、圧倒的に強く生まれた俺。


 神人テオールの異端児とまで呼ばれたこの俺でも、今の自分の体を動かすことは敵わなかった。


「ねぇ」


 急に、姉が妹を抱きしめながら口を開いた。


「お願い。あたしじゃ。――あたしじゃ、シーナを守りきれないの。……何でもするから。なんだってやるから。だから、あたしたちを……守ってくださいっ……」


 めんどくせぇよ。

 俺はそう言おうとした。


 自分の思い通りにいかないことが嫌で、そんな只の我が儘で、この姉妹の事情など関係なく意地を張るようにそう言おうとした。


 だが、口を開く寸前。


 ――外道。


 そんな言葉が、頭をよぎったのである。


「……っ」


 俺は――正直強い。


 自意識過剰でもなんでもなく。誰から見ても、明らかに俺は強い。

 でも今の俺は、めんどくせぇ、という言葉を発することすら、できなかった。


「お願い。なんでも、……するから。シーナだけは……守りたいのっ……」


 そんな顔するなよ。そんな顔されて、どうやって断ればいいんだよ。

 無理だ。とかきっぱり言って、ここから去ればいいのか?


 それこそ、無理だ。


 俺は人間を見下しているはずの『神人テオール』なのに。普通の神人なら何にも感じずにやってのけるはずなのに。


 俺には、できなかった。


「……はぁ」


 俺は一度長い溜息を付き、そして、言った。


 頭をぽりぽりと掻きながら。

 厄介なことになったと思いながら。 


 俺は言った。


「分かった、よ。……お前の要望通り、守ってやる。良くわかんね―けど、お前らは、俺が守ってやるよ」


 どうせ、暇だから。暇潰しに利用してやるさ。


 そう心の中で言い訳しながら。

 やってしまった、と微妙に後悔しながら。


 俺はそう言った。


「ホントに、ホントにいいんですか?」


「……ああ」


「迷惑、かけるますよ?」


「いいよ、別に。些細なことだ」


 俺がそう言ってやると、女は泣きそうな顔になる。悲痛な顔ではない。ほっとし、安堵しきった顔だった。


「……ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」


 抱きしめていた妹を離し、女は何度も礼を言う。


「あーもう礼はいい。遠慮されるのは嫌いなんだ。普通でいてくれ」


「そう、なの?」


「ああ。遠慮するのもされるのも、されるのも、めんどくさいだけだ」


「――分かった。じゃあ、もう遠慮しないわね」


 女はそう言うと、泣きそうだった顔を繕い、


「さっさとあなたの家に連れてってくれる?」


 と言った。


「なんだその豹変ぶりは」


「あなたが遠慮しないで良いって言ったんじゃない」


「まぁ、そうだが……。つーかそれより、俺は家なんか持ってねぇぞ?」


 俺の言葉に、女は絶句。


「……ほ、ホント?」


「ああ。家なんかいらんだろ」


 つーかまだ人間界に来てから二日目なのである。


「そ、そういうものなの? 良く分かんないけど……ものすごく不安になってきたわ」


「文句言うな。大丈夫だ」


「楽観的なのね……。あ、もしかして、ドラはたくさん持ってる、とか?」  


「いや、1ドラしかない」


「……」


 またも絶句。


「あー。そんな心配そうな顔すんなって。今から稼ごうと思ってたんだ。宿ぐらいには止まらせてやるよ」


「いや今からって、もう夜よ? どうやって三人分の宿代稼ぐつもりなの?」


「よく分からないが、傭兵ギルドがかなり稼げるって聞いた」


「聞いた、だけ?」


「まぁな」


「あぁ。土下座までして頼んだのに。不安だわ」


 ポツリとそんなことを呟く。


「だ、大丈夫だよぅ。お姉ちゃん。――お兄ちゃんは絶対強くて、優しいから」


 発作的に錯乱していた妹の方は、もう大丈夫なようで、普通に話すことが出来ていた。


「あー。まぁ、優しいかはともかく、強さは心配すんな。一度請け負ったのにお前らを守りきれないなんて、俺のプライドが許さないからな。安心しろ」


「どこからその自信がくるのか分からないけど、あんたシーナに気に入られてるし、馬鹿そうだけど、悪い奴じゃ……無さそうだし。……あたしたちを騙してないって、信じていいのよね?」


「あーまぁ、大丈夫だろ。つーか、騙すって何だ」


「ミレトスの兵士にあたしたちを引き渡して、ドラ貰ったり、あたしたちの、その、か、体目当て、だったり。なんでもするっていったし、そのぐらいなら我慢、するけど……」


「心配すんな。そんな気はさらさらねぇから。お前の体に興味なんてないし」


「……それはそれで、ちょっと複雑だけど。まぁ、でも嘘はいってないみたいね」


 俺がきっぱり断言してやると、女は少しだけ安堵の息を漏らしながらそう呟いた。


「それより、俺、まだお前らの名前聞いてないよな?」


「確かに、そうね」


「じゃあまず名乗ってくれ。なんと呼んだらいいか分からん」


「ええと。まずあたしからだけど、あたしは、ユーリよ。呼び方はなんでもいいわ」


「ユーリ、か。分かった。んで、妹の方は?」


 俺はユーリから目を逸らし、妹に向ける。


「わたしは、シーナです。これからお願いがいしますね。えと――」


「あー。俺は、セルだ。なんとでも呼んでくれ」


「はい。じゃあ、えと、お兄ちゃん、でいいですか?」


「ま、まぁいいけど。名前、聞いた意味ないのな」


「え、えと、じゃあ、セルにぃ、でいいですか?」


「あーまぁ……なんでもいい。好きに呼んでくれ」


「じゃあゴミ虫ね」


 この言葉を発したのはもちろん妹のシーナではなく、姉のユーリである。


「いや」


 なんでもいいと言ったが、さすがにそれは駄目だろう。


 つーか、遠慮しなくてもいいとは言ったが、しなさすぎじゃないか? こいつ。


「……何? あんた。男に二言は無いんじゃないの?」


「たまにはあるんだよ」


「たまにはあるって。だ、ださいわね」


「うるせぇよ。あれだやっぱめんどくせぇから、普通にセルって呼べ。俺もユーリって呼ぶから。それでいいだろ?」


「嫌」


 この野郎。


「なんて、嘘よ。元から、ゴミ虫なんて呼ぶつもりないわ」


「…………」


「あんたは、恩人で……シーナを助けてくれた人なんだから。そんな風に呼べるはずもないじゃない」


「そう、か」


 正確には俺は『人』ではないし、この二人を助けるつもりなどなかったのだが、わざわざそれを指摘する気はなかった。


 それにしても、ユーリはどれだけ妹のことが大切なのだろうか。シーナの命を助けるためならば、自分の命だって簡単に投げ出しそうなぐらい色々と気負っているような気がする。


 そうだな。

 そろそろ、聞いてみるか。


 貧相な服しか着れず、嵌められた首輪に傷だらけの足をしている、理由を。

 変な兵士に追われていた、理由を。


「あー。なんつーか、さ。そろそろ……話してくれ」


 未だ周りの人間たちに奇異の目で見られながらも、それを無視し、俺はそう訊いた。


 それだけで、ユーリは俺の言わんとすることを分かってくれたらしい。ユーリは一度俯き、シーナに「少しの間、耳を塞いでてね」と優しく呟き、そして、話し始めた。


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