エピローグ
そして今現在、その宿の目の前だ。
「ミエル」
「なんでしょうか?」
「お前、シーナとユーリに、俺がミレトス潰しに行ったこと言ったか?」
「いえ。言ってません。ちょっと出かけてきますとだけ言って、宿を飛び出してしまいましたからね」
全然ちょっとだけじゃありませんでしたが、とミエルは苦笑する。
「そう、か」
俺はミエルのその言葉に少しだけ安心し、特に思い入れもない宿の扉を開ける。
――刹那。
「え、えッ!? ちょ、ちょッ見ないでッ!?」
「あ、セルにぃですっ」
と、二人の声がする。
右にユーリ。
袖がないシャツを着用し、サイズが小さいのかファッションなのか、おへそは丸出し。下に履いているズボンも股で切れ、かなり短い。奴隷だった頃の傷なのか、露出した足には生傷が絶えなかったが、それでも尚その足は綺麗だった。露出度が結構高く、微妙に目のやりどころに困る服装である。俺が急に入ってきたのを見て、ユーリはあたふたと露出部分を隠そうとしていた。
そして左にシーナ。
ふわふわと膨らんだ素材をした赤い服を上半身に纏い、その下に、上とお揃いでふわふわのフリルがたくさん付いた真っ赤なスカートを、履――こうとしていた『所』だった。つまり、履いていない。諸に縞々のパンツが見えてしまっていた。いや、シーナのような小さい女の子のパンツを見たからなんだ、って話なのだが、さすがに俺に見られて焦るならまだしも、シーナは嬉しそうにするだけで、動揺の欠片も見せないのである。子供だから仕方がないのかもしれないが、さすがに俺を信用しすぎだろう。
なんて思っていると、
「ふふっ。セル様? いつまで見てるのですか? セル様が全世界公認のドMロリコンだということは承知していますが、さすがに凝視しすぎですよ?」
と、ミエルに指摘され、俺は閉め出されてしまった。
反論する暇さえ貰えなかったのだが、この二つだけは言わせて欲しい。
俺は断じて、ドMロリコンなどではない、と。
そして。
俺は断じて、凝視などしていない、と。
しばらくして。
ようやく俺は中に入れて貰えた。
ユーリは露出の少ないちょっと地味な服に着替え、シーナは先ほどの服を着終えていた。
丸机の周りに置かれた四つの椅子。その内の三つをユーリたちが占拠していたので、俺は残りの一つの席に座る。右にユーリ。左にシーナである。
「……馬鹿セル。急に入ってこないでよ」
椅子に着席した俺に向けて、少しだけ頬を膨らませながらユーリは言い放つ。
「……無茶言うな」
「ノックぐらい、してくれればいいのに」
「……あー。今度からそうするよ。悪かったな。つーか、あれだ。そんなに見てないから気にすんな」
「嘘。食い入るようにして見てたじゃない」
「んなわけねぇだろ。俺は結構紳士だぞ」
「何言ってんの。あたしより、シーナのパンツに目がいってたくせに」
「ば、馬鹿野郎」
そんなはずはない。
あるはずが、ない。
断じて――ないのだ。
…………。
というか。
もし本当にそう見えていたのだとしたら、マジでやばいぞ。
無意識だったって事だろ?
「セルにぃは、えと、私のパンツが見たいんですか?」
ふと、そうシーナが上目遣いで訊いてきた。
……かなり、パンチのある質問だ。
「あーいや、別に見たくはないな。見ても、あれだ。なんとも思わない」
「……そう、ですか」
寂しげにシュンとするシーナ。
……なんで悲しそうなんだよ。その反応はかなり対応に困るぞ。
と、俺は焦りつつ、とりあえずこの話題を変えようとする。
「あーそれより、お前らいつの間にそんな服買ったんだ?」
「ふふふ、セル様。話を逸らそうとしてますね?」
しかし、そうミエルに指摘されてしまう。
「……うるせぇよ」
「正直、女の子二人の恥ずかしい姿を見て『ぐへへ』とにやけていたセル様には少し引いてしまいましたが、仕方ありませんね。たまにはセル様の味方をするのもいいかもしれません。話題を逸らさせて上げましょう」
「色々言いたいことはあるが、とりあえず俺は『ぐへへ』なんてにやけてないからな」
「やはり突っ込まれてしまいましたか。そうですね。セル様のおっしゃる通り、たまには、ではありません。私はいつでもセル様の味方ですよっ」
……やべえ。
話が噛み合ってねえ。
そんな自意識過剰なことツッコンでねぇよ。
むしろ聞き落としてたぞ。
「あー、別にお前がいつでも味方とかは、どうでも良いんだが――」
「――どうでも、いいんですか? セル様。……そう、ですか」
急に悲しげな声を出すミエル。
さすがに今のは失言だったと俺は焦るが、ぐすん、と口ではっきりと泣き真似をしている辺り、真面目に悲しんでるわけではないのだろう。
というか。
なんか話が逸れ過ぎだ。
と、そう思った直後、話を逸らすのが目的だったからいいのか、と俺は思い出す。
「それで、話を戻しますが」
「いや戻すな。このままでいい。――つーかお前、悲しんでたのやっぱ演技かよ……」
ケロッと素に戻るミエル。
いえ、と首を振った。
「本当にショックでしたよ? ですがもう慣れていまいましたからね。セル様が亀のように鈍くひどいということは」
「悪かったよ」
亀のようにひどい、の意味は良く分からなかったが、ぶっきらぼうに謝っておく。
ミエルは、はい、と微笑むと、機嫌が良くなってくれたのか、それで先ほどの質問ですが、と話を変えた。
「シーちゃんとユーちゃんの服、セル様が寝ている間に買ってきてしまったのです」
「あんた、起こそうと思っても中々起きてくれなかったからね。置いてっちゃったのよ」
ミエルが説明し、ユーリが補足する。
「そうだったのか」
「はい。もしかしてセル様、一緒に買い物したかったのでしょうか?」
「いや、別にそんなことはないが」
「嘘は良くないですよ? セル様」
「嘘じゃねぇっての」
「そうですか」
「ああ」
俺はそうきっぱり応えてやると、ミエルが何かを言う前に今度はシーナが口を開いた。
「えと、セルにぃ。今日のお姉ちゃん凄かったんですよ? 次々に服を買っていって、ホントに楽しそうでした」
「そうなのか?」
「はい。そうなんです」
シーナは嬉しそうに応える。そしてそれに同調するように、ミエルも言った。
「ふふふ、そうですよね。ユーちゃん、ものすごくはしゃいでいてとっても可愛かったです」
「な、何言ってんのよ二人ともっ! あたしは、べ、別に……普段通りだったわよ」
ユーリは納得がいかなそうに、顔を背けながら反論する。
「でも、お姉ちゃんがあんなに楽しそうにしてるの、わたし初めて見たよ? セルにぃとミエルさんが何処か行っちゃった後も、ずっと買って貰った服を着回して――」
「シーナ! もうっ。余計なこと言わなくて良いのよっ」
「余計な事じゃないよぅ。お姉ちゃんのこと見てるだけで、わたしまで楽しかったもん」
「そ、そうなの?」
「うんっ」
シーナはえへへと笑みを浮かべ、ありがとね、お姉ちゃん、と呟いた。ユーリはシーナの笑顔が見れたことが嬉しいのか、頬緩め、もう何も言わなくなる。
なんとも、仲の良い姉妹だった。
シーナは俺とミエルに対してはまだ遠慮している節が見当たるが、ユーリと話しているときは本当に楽しそうなのだ。
ユーリに対してだけ本当の自分を出している、ということに俺は少しだけもどかしさを感じていたが、やはり、遠慮されることが嫌いなのだろう。
「ふふっ。それで二人とも、こんな時間に着替えていたのですね」
ふと、姉妹の微笑ましい姿を眺めていたミエルが言った。
「えと、そうです、ミエルさん。――ミエルさんが買ってくれたたくさんのお洋服を着て、遊んでいました。――ね? お姉ちゃん」
「そ、そうよ」
仕方なく、といった感じにユーリは呟く。
そして、少しだけ真剣な表情になりながら、
「そう――だけど……あんたたちは、何処に行ってたの?」
と、突如の切り返し。
俺は咄嗟にミエルに思念を送った。
『分かっているとは思うが、ミレトスに行ったなんて言うなよ?』
『勿論です。セル様』
瞬間的に思念を送り返してくるミエルに安心し、俺は応えた。
「あーまぁ、色々あってな」
「色々? 色々って何よ」
「まぁ、色々は色々だよ」
「何? もしかして、言いづらい所にでも行ってたの?」
「……はい。実は……そうなのです。セル様の名誉のこともあってとっても言いづらいのですが、やはり、隠し事はいけませんよね」
ミエルはそう前置きし、申し訳なさそうに言った。
「実はなのですが。セル様が突如、『夜の町リスメント』の一角……娼婦街へと、行ってしまわれたのです……」
…………。
「私はそれをなんとか止めよう思って追いに行ったのですが、もう、手遅れだったようで……」
……手遅れって、何がだ。
「しょ、娼婦街。娼婦街って――あんた」
ユーリが明らかに軽蔑の視線を向けてくる。
一方シーナは、娼婦の意味が分からないようだった。
――確かに。
――確かにミレトスに行った、とまでは言っていないが、もっと違う言い方があっただろう……。
そう思いながら、さすがに俺は何か言ってやろうとしていると、
「ふふっ。二人とも、さすがに冗談ですよ」
と、急にミエルはおどけて見せた。
そこまでならまだ良い。
だがミエルは、間髪を入れずに言ったのだ。
……びびる、一言を。
「本当は、ミレトスに行っていたのです」
「…………あー」
……。
……ま……。
…………マジかよ……。
………………勿論です、とか言ってたくせに。
……こいつ。
……………………言いやがったよ。
『おいてめぇ』
俺は怒気を込めながら、思念を送る。
『なんでしょうか?』
悪びれることなくミエルは返答した。
無言で睨んでみるが、効果はないらしい。
『お前、なんで普通にバラしてんだよ。あまりにも簡単に言いやがるからびびったぞ』
『私、セル様を。あのセル様をびびらせることが出来たのですか? それは、とっても光栄ですっ』
『…………』
『……いえ。すみません。ふざけて話すときではありませんでしたね』
ミエルがそう思念で呟いたの同時期。
ユーリが、ミレトス……? とその言葉が中々理解できないかのように呟き、シーナがその言葉に怯え始める。楽しそうだった二人の表情は一変していた。
『お前、マジでなんのつもりだよ。ミエル』
『二人に、ミレトスはセル様が滅ぼしてくれたのだと教えようあげようかと思いましてね』
『それをしたら、二人はもっと俺に遠慮するようになるだろうが。俺が勝手にしたことなんだから、恩なんか感じられたくないんだよ』
『それは、セル様の気持ちでしょう? セル様はシーちゃんとユーちゃんの二人が、どんな気持ちでいるか考えていますか?』
『…………』
『二人はおそらく、今でもミレトスに怯えています。生まれたときから支配され続けていたのです。例え私たち二人と共にいようと、不安が拭えるはずはないのですよ。私やセル様などには分かりようのない感情なのかもしれませんが、ミレトスの恐怖は心の傷となり、二人を蝕んでいるはずなのです。もしかしたら、二人が普通でいられるのも、普通に笑っていられるのも、私たちと共にいるからなのかもしれません。もしかしたら、一人でいるときに数日前までの境遇をはっきりと思いだし、苦しんでいたのかもしれません。裕福に生まれてきた私などが、想像していいものではないのでしょう。私の想像など遙かに上回るの気持ちなのでしょう。ですが私は、そう思いますよ? セル様』
ミエルの軽い独白。思念により伝えられたため、それは一瞬で頭に入ってきた。
二人は、今も苦しんでいるのだろうか。と、俺は考え始める。
生まれたときから奴隷と定められ、物心が付いた頃にはもう働かされる。どんな気持ちなのか、確かに俺では分からない。分かりようがない。
だが、したいこともできず、欲しいものも貰えず、ただ働かされる。
俺には想像でしか分からないが、それはそんな俺の想像を遙かに超える辛さなのだろう。
もし俺だったら、一日命令され続けるだけでブチぎれてしまう可能性すらある。
辛さの加減は本人にしか、体験した本人しか分からない。だが、辛いという決定的事実は、例え俺が考えたとしても分かり切っていることなのだった。
そういえばユーリは確か、シーナという存在がいなかったら、自分は壊れていたかもしれないと言っていた。シーナが、ユーリ自身の自我を保ってくれた、と。
もしかしたら、今もそうなのかもしれない。
シーナの前だから笑い、シーナを不安がらせないために負の感情を押さえ込む。ユーリは今が楽しいとも言って見せたが、本当は辛いのを我慢し、強がっていただけなのかもしれない。
そしてもしそうなのだとしたら、逆も――シーナの方も姉を想い、姉を心配させまいと笑っているのだろう。
奴隷だったのだから。
ひどい扱いを受けていたのだから、人間不信にも暗い人間になってもおかしくないのに、至って普通に自我を保つ。
それはどれほどに大変で。
どれほどに、強い精神が必要なのだろうか?
俺は自問する。
が、分かるはずがなかった。いくら考えても、分かる気がしなかった。
ただ、俺だったら。
たまたま膨大な力を持って生まれただけの俺だったら。
壊れること望み、楽になる道を選んだだろうと、そう思った。
「どうゆう、こと? ねぇミエル! み、ミレトスに何しに行ってたの」
ようやくミレトスという単語を理解したユーリは、血相を変えながら立ち上がり、問い詰める。シーナは椅子に座りながら、血の気を失い始めていた。
俺は二人に遠慮されたくないから、と。
恩を感じられたくないから、と。ただそれだけの理由で、何も話さずにいようとした。
だがそれはミエルの言う通り、俺の気持ちであり、ただの自分本位なのだろう。
この二人を見れば分かる。
たった一言。
ミレトスと聞いただけで、ここまで変わってしまう。
ふっきれているはずがなかった。――恐れていないはずが、なかった。
簡単なことなのだ。
ミレトスが滅亡したと知れば、二人はもう恐れる心配も必要も無くなる。
それだけのこと。本当に、ただそれだけのこと。
だが俺には、そのことすら気づけなかった。
「ね、ねぇッ! ミエル セル 何か言ってよ!」
黙り込む俺たちに向け、ユーリは我を忘れてきつく声を張り上げる。
だがそれでもミエルが黙り込んでいるところを見ると『セル様から言って下さい』という暗示なのだろう。できるならミエルに言って欲しかったのだが、俺は重い口を開くことにした。
「あー、俺たちは、だな」
ミレトスを滅ぼしてきた、と。
なるべく感情を込めず、淡々と告げた。
ユーリは目を見開き、青白くなりつつあったシーナの顔にも、驚愕の表情が映し出される。
「……え? ……え…………。滅ぼした、って。……あの、ミレトスを?」
「ああ」
俺がミレトスに行ったとなれば、薄々それに感づいている可能性もあったのだが、全く頭にはなかったらしい。
「で、でも――え? 二人で?」
「まぁな」
「私はほとんど何もしていないのですけどね」
「う、嘘よ。からかってるんでしょ? ミレトスが――滅びるはずないもん」
いくら俺の強さと知ったとしても。ミエルの強さを知ったとしても。
二人がミレトスに与えられた恐怖は強大なのだろう。幼き頃から圧倒的な存在であったミレトスは、いつしか恐怖の代名詞となり、無くなることのない普遍的なものとなっていたのかもしれない。
「……馬鹿野郎。さすがに、こんなことでからかうほど無神経じゃねえよ」
「……で、でも、そんな……いきなり、信じられないわよ」
「まぁ、確かにそうかもな。じゃあ――」
俺はユーリに手をかざし、精神干渉系魔法を掛ける。それによって俺の見たものが映像となり、ユーリの頭に伝わった。中々言葉を発しないシーナにも手をかざし、同じ事をする。今頃、俺がミレトスの城壁を破壊し、不死兵を飲み込み、王を倒して奴隷を解放したところが見えている頃だろう。
「い、今のは?」
「俺の記憶の一部だ」
「……記憶の、一部」
「ああ。これで、信じてくれたか?」
「…………」
ユーリは応えない。シーナも、変わらず黙ったままだった。
「お前は――お前とシーナは、ミレトスが世界で一番強いと思っているのかもしれないが、実際はそんなものだ。今見た通り、本当は大したことないんだよ」
「……そう、なの? ホントにホントに、そうなの?」
「ああ。ミレトスはもう滅びたし、あいつらは――弱い」
「……そう、なの」
「ああ」
「そう、なんだ。考えたこともなかったな。ミレトスが弱いなんて。……あたしたちは怯え続けて。だけど一回だけ立ち向かって、もっと怖くなって。あんなに――あんなに怖かったのに……そんな、簡単に……」
支離滅裂に言葉を紡ぎながら、ユーリはいきなり涙を零す。
それを必死で拭おうとするが、あふれる涙が止まることはなかった。
「……あ、あれ? なんでだろ。ミレトスが滅びて、嬉しいはずなのに……笑ってやりたいぐらいなのに……なんで……?」
止まらない涙はこぼれ落ち、木の床に染みる。
その姿を見て、やがてシーナも感情を抑えきれなくなったようだった。
「お姉ちゃんっ」
と、立ち上がり、俺を通り越してユーリに抱きつく。
「シーナ。あたしたち――あたしたち、ね。もうミレトスに怯えなくても、いいんだって」
胸に顔を埋めるシーナを全身で包み込み、ユーリは言った。
「……うん」
「あたしね。ホントは怖かった。シーナを守ろうって頑張ってたけど、ホントはずっと……怖かったの。……セルがいても、ミエルがいても――ずっと、怖かった」
ユーリはシーナを強く抱きしめ、自分の弱さをさらけ出す。
「……うん。お姉ちゃん、頑張ってた。無理も――してた」
「……そう。ばれちゃってたんだ……。あたしって、ホントに弱い姉だったんだね」
「そ、そんなこと。――そんなことないよっ、お姉ちゃん」
シーナは呟き、さらに強くユーリの胸に顔を埋める。そしてくぐもった声で続けた。
「お姉ちゃんは優しくて強くて、いっつもわたしの自慢だったもん」
「…………」
「いつだってわたしの味方をしてくれるお姉ちゃんが、大好きだもん」
「……シーナ」
ユーリはその名を呼び、自分の胸に埋められた頭を撫でる。
そして、あたしも大好きだよ、と小さく呟き、もう一度大粒の涙を流し始めた。
今まで閉じ込めていた分だけ。
無理をして、シーナを守ろうと気を張っていただけ。
今になって感情が暴発しているのかもしれない。
ミレトスが滅びたことで閉じ込めていた全てが緩み、色々と箍が外れたのかもしれない。
普段のユーリからは考えられないほどに、涙を零し続けていた。そしてシーナは小さい体でそれを受け止め、一緒になって泣いていた。
俺とミエルが間に入り込む隙など微塵も感じられず、二人の繋がりが計り知れないものであると、改めて思い知る光景だった。
そしてどれぐらい泣き続けただろうか。
やがて、ユーリは我に返る。
シーナの髪に埋めていた顔を上げ、こちらを向いた。
表情は、俺の知る強気なユーリに戻っていた。ひとしきり泣ききったことにより、色々と清算し、吹っ切れたのかもしれない。
「……ねえ。セル」
「なんだ?」
「……何回目になるか分からないけど、ホント、ありがと、ね」
「あー」
俺が勝手にやったことなのだから礼はいらない、とでも言おうと思ったのだが、昨日ユーリが何度でも礼は言い続ける、と言ったことを思い出し、それをやめた。感謝されるのはむずがゆいが、嫌いではないのだ。
「あんたって、そ、その――見かけによらずというか、意外とというか――その。――や、やっぱなんでもない」
何かを言いかけて止めたユーリに、目を赤く腫らしていたシーナは堪えられなくなり、くすっ、と笑う。
「お姉ちゃん、意地っ張りだよぅ。セルにぃのこと、優しいって思ったんだよね?」
「ち、違うわよ! 何いってんの! こんなロリコン、優しいわけないじゃない!」
必死で声を張り上げてみせるが、ユーリも目を赤く腫らしているので、威厳というか――言葉に威力がなかった。
――が、言葉自体がかなり心外なのは事実である。
優しいわけない、ってのはまぁ別にいいんだが、
「俺はロリコンじゃねぇっての」
一応そう訂正しておく。
ユーリはどうも俺をロリコンだと勘違いしているらしいが、そんなはずはないのだ。
また何かユーリに反論されても面倒なので、そうなる前に「つーか、あれだ、二人とも」、と話を切り替える。
「何?」
「何ですか? セルにぃ」
「何でしょうか。セル様?」
「いや、普通に考えてミエルは入ってないんだが……まぁ、いいか。なんつーか、さ。大丈夫だとは思うが、これを機に――」
「遠慮はするな、でしょ?」
「えと、嫌いなんでしたよね。セルにぃは」
「遠慮するのも、されるのも、ですよね。ふふふ。めんどくさがり屋のセル様には、ぴったりの言葉です」
俺が言おうとしていたことを、次々と三人に言われる。
微妙なやりきれなさを感じると共に、俺の考えなど読まれている感じがして格好が付かなかった。
「あー。まぁ、そういうことだ」
俺は頭をぽりぽりと掻きつつ、そう呟いた。
「大丈夫よ。セル。あんたには感謝し続けるつもりだけど。いつか絶対、恩は返すつもりだけど。遠慮だけは、しないから。嫌いなんでしょ? ――だったらしないわ。返せるところから、少しずつ恩を返していかないとね」
「わたしも、セルにぃが嫌いなことはしないです。したく、ないです。……えと、たくさん迷惑掛けちゃうかもしれないですけど、これからも、お願いしますね。セルにぃ」
「ふふふ。セル様。私も、遠慮はしませんよ? 絶対に絶対に絶対に絶対に、遠慮はしません。安心して下さいね?」
ミエルには遠慮される理由などないし、逆に少し遠慮というものを覚えて欲しい気もした。
だが、ミエルにいきなり遠慮などされても、気持ち悪いだけなのかもしれない。
何事も恒常。なんだかんだ、変わらないことが楽なのである。
そんなことを思いつつ、この三人と過ごす未来を想像し――そして、一人勝手にげんなりする。だが、それと同時に、不思議な気持ち。初めての、感情。何を期待しているのか、妙な高揚感を感じていた。
――めんどくさいかもしれないが、退屈はしないだろう、と。
そう思ったのだった。