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姉『妹』①

 LV5の薬屋を出てから、しばらくの時が立つ。

 

 だが、ドラが一ドラしかないという現状では出来ることは限られていた。

 いろいろと面白そうな店に入ってみるものの、未だ何も得ていない。


 まぁ、人間という種族が分かってきたってだけで、十分な収穫なんだが。

 やはり、何処か物足りない。


 一年ぐらい絶食していても大丈夫な俺でも、旨そうな匂いがすれば腹が減るし。

 自分の皮膚よりも遥かに脆い剣を手に入れたとしても、そのカッコよさに興奮は出来る。


「ドラ、か」


 それがたくさんあれば欲しいものを全部買えるし、したいことがすべてできる。

 そうだな。


 これからしばらくこの人間界で暮らしてくつもりなら、必要不可欠になることは間違いないだろう。


「そうだな。――稼いでみるか」


 とてつもなくめんどくさい気もするが、興味もあった。

 興味が見事めんどくささに打ち勝ち、俺はドラを稼ぐことを決めた。



 だが、一つ問題点。

 根本的に、俺はドラの稼ぎかたを知らないのである。


 どうしたもんかと考え、そんなことは人間に聞けばすぐに分かるだろう、と思いついた。そして、近くにいた客寄せをしているおっさんに話しかけることにする。


「あー、おっさん。聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「おう。なんだい兄ちゃん」


 客寄せのために張り上げていた声を止め、おっさんはそう気さくに返事をする。


「ドラの稼ぎ方を知りたいんだが、おっさん知ってるか?」


「当たりめぇよぅ。つーか兄ちゃんは知らねぇのかい?」


「まぁ、新参者でな」


「そうかい」


「ああ。だから、教えてくれ」


「はいよ。――ドラの稼ぎ方、だったな。とりあえずこの町には、いくつかのドラの稼ぎ方があるんだが、兄ちゃんはどんな感じにドラが欲しいんだい?」


「……そうだな。簡単でめんどくさくなくて、確実にがっぽがっぽ稼ぎたい」


「ははははははは! 兄ちゃん馬鹿かぁ! んな方法あったらみんなやってるだろぉ!」


 ……確かに。


「いや、でも、んな方法はねぇが、場合によっちゃぁ一気にかなり稼ぐ方法はあるぜ? 兄ちゃん、腕に自身はあるかい?」


「腕? 腕なら、ゼウスにだって勝てる」


「ははははははは! 大した自信じゃねぇか! 神にまで勝てると思ってるとはな!」


『自信』じゃなくて多分本当に勝てるのだが、言ってもどうせこのおっさんは信じてくれないのだろう。

「気にったぜ兄ちゃん! そんなに自信があるなら傭兵ギルドに行きな!」


「……傭兵ギルド?」


「おうよ。この町は、『自由と商業の都プリステンダム』。商業都市って言われるだけあって、他の国との交流もさかんでな、いろんな国の人間たちがここプリステンダムに集まるんだ。でも、ここまで来るのが危険だったりしたら、誰も来なくなって、商業都市としては成り立たなくなっちまうだろ? 傭兵ギルドは、そうなる危険性を少しでも失くすために作られたものなんだよ」


「あー。まぁぶっちゃけよく分からないが、結局そこは何をするところなんだ?」


「いくつかあるが、メインは、この町の周辺に住む危険な怪物を討伐し、安全を確保する、ってことだな」


 怪物を倒すだけでいいのか。

 なるほど。確かに簡単で、俺向きかもしれない。


「まぁ他には、この町に来ようとしてる商人を護衛したり、決められた素材を取ってくる採集クエストってのもあるが、兄ちゃんは腕に自信があんだろ? でっかい怪物でも討伐すりゃあ、がっぽがぽだぜ?」


「そうか。がっぽがぽか」


「おうよ。がっぽがぽだ」


 おっさんは二ィっと歯を見せて笑う。

 なんとも親しみやすい親父だった。


「あー、おっさん。サンキューな。助かった」


「いいってことよ! それより、がんばれよ! 神にも勝てる兄ちゃん!」


「ああ。がっぽがっぽ稼いでくる」


 俺はそう言って、おっさんに背を向ける。

 そして傭兵ギルドに向けて歩き出そうとする、が。


「おい兄ちゃん」


 そんな俺を呼びとめ、おっさんは言った。


「傭兵ギルドの場所は、知ってるのかい?」


「あー。そういや、知らねぇな」


「ははははは! 間抜けだな兄ちゃん!」


 またおっさんは大爆笑する。

 だがこのおっさんに笑われても、なぜだか嫌な気分にはならなかった。


 言葉としては罵倒に入るのに、むしろ何処か温かく、嬉しくもあった。


「傭兵ギルドは、ここからだとそうだな。一度中央広場に戻って、放射線状に広がる六つの街路のうち、三番街路をまっすぐ進んでりゃあ、嫌でも目に入ると思うぜ?」


「三番街路、か。分かった。――サンキューな。おっさん」


「おう!」


 おっさんは何が楽しいのか、俺に笑いかけてくる。

 そんなおっさんの顔を最後に、今度こそ俺はその場を去ることにした。



 おっさんの言った通り、一度中央広場に戻り、三番街路へと出る。

 この三番街路も他の街路同様、夜だというのに賑わっていて、歩くのも一苦労だった。


 めんどくさいので飛んでしまおうとも考えるが、こんな多くの人間の前で飛翔魔法でも使ったら、かなり目立ってしまうだろう、と、止めておくことにした。


 人間にとって飛翔魔法がどれだけ高位の魔法に属するのかは知らないが、未だに一人も飛んでないのを見ると、あまり使える奴はいないのだろう。


 そんなことを考えながら歩き続けていると、ようやく、奥の方に傭兵ギルドが見えてくる。


 おっさんの言っていた通り、『傭兵ギルド』とは嫌でも目に入るものだった。他の建物に比べ、一つだけ場違いなほどにでかいのである。


 何のためにあんなでかいのかが疑問ではあったが、傭兵ギルドまでの距離はあと少し。


 俺はさっさとその距離を歩き切ってしまうことにした。


 と、そんなとき。

 ある少女が、目に入った。

 

 大きな傭兵ギルドとはまた違う、嫌でも目に入ってしまう存在感を持つ、少女。この少女一人だけが、市場を行き交う人間たちとは全く違った存在に思えるほどに異様だった。


 恰好から雰囲気まで、他の人とは重ならない。


 薄汚い布切れ一枚を身にまとい、首には、首輪がはめられている。そして靴すら履くことなく生足をさらけ出し、その足は、傷だらけ。さらに少女は目に涙を溜め、きょろきょろと、何かを探していた。


 人間たちも彼女の異端さには気付いているのだろう。そんな貧相な格好をして泣く少女に、同情の視線を向けている。


 だが、なぜだろうか。


 誰一人としてその少女の元に近寄り、助けようとする者はいなかった。

 少女の周りを囲うように、人のいない空間が出来ているのである。


 関わってもめんどくさそう、と俺はそう思い、他の人間たち同様見て見ぬふりをして、通り過ぎてしまおうと考えた。


 が――動かなかった。


 俺の体は俺の思い通りに動かず、その少女から、目を離すことが出来ないのである。


 もうすぐ傭兵ギルドなのに、こんな所で立ち止まり、少女を見つめている。この場違いな少女を。悲痛な――少女を。


 行き交う人々が立ち止まっている俺にぶつかり、舌打ちをした。


 表向きは、この少女と関わるのはめんどくさい。そう確かに感じている。


 だが心の奥底には、自分でも良く分からない、複雑な感情が確かに存在した。店員さんが脅されているときに感じた同情に近い。だが、確かに違く、もっと深い、体の内から胸を突き刺し、締めつけてくるような。そんな感情が浮かび上がってきた。


 この感情が俺をこの場に留め、少女など見なかったことにすることを妨げているのだろう。


 不思議な少女である。あの小さな体躯の何処から放っているのか、強烈な引力を感じた。

 

 自分の意志で動かないほどに衝撃を受けていた俺の体は、やがてその引力に引き込まれ、必然のようにその少女に近づいていた。

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