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ギゼルの使者

 熟睡し。

 ――目覚める。

 

 現在の時刻は、正午12時過ぎ。

 昨日同様かなり遅い目覚めであった。


 俺はぽりぽりと頭を掻き、欠伸を一つする。


 ――そのとき、コンコン、と。

 鍵付きの木製ドアが叩かれた。


 そういえば目覚めたときもこの音がしたような気がするが、そうか。

 俺はこの音に起こされたのか。


 と、そんなことを思いながら、部屋の中は俺一人だということに気がつく。ミエルたちは何処に行ったのだろうか。


俺が出るしかないようだった。


 起こされたことによるちょっとした苛立ちとめんどくささに心の中で悪態を付くが、もしかしたらシーナやユーリが入れなくなっている可能性もある。出ないわけにはいかなかった。


 俺はしぶしぶ立ち上がり、もう一度ノック音を聞きながらそのドアへと向かう。


 そしてドアを開けると、そこには――ユーリ、でも、シーナでもなく。

 ――二人の男が居た。


 忘れているだけかも知れないが、俺の記憶には全くない二人である。整った体裁をし、礼儀正しそうな中年の男たちだ。怪しげな風体には見えなかった。


「失礼致します。アダマス様に用があるのですが、いらっしゃいますでしょうか?」

 アダマス。俺のギルドネームであり、昨日ミエルが闘技場に参加するために使った名前だ。おそらく、ここではミエルのことを言っているのだろう。


「いないが。なんだ? あんたら」


「すみません。申し遅れました。私たちはギゼル王の使いでございます」


「ギゼル王の使い? 良く分からんが、そうか。で、ミエルに何のようだ?」


「ミエル、とは、アダマス様のことでしょうか?」


「あーそうだな」


「そうですか。こちらもすぐにあなた様の質問にお答えしたいところではありますが、その前に、ご無礼承知でお聞きします。あなた様はアダマス様とどういった関係なのでしょうか?」


「俺か?」


 なんと応えようとかと考え、


「あいつの、師匠だ」


 と、応えることにした。これが俺たちの関係に一番近い――はずだ。俺の方が強いし。


「アダマス様の、師匠。で、では、あのアダマス様より強いのしょうか?」


「そうだ」


 きっぱりと即答してやる。


「そ、そうですか。――少し、失礼致します」


 男はそう言って俺に背を向け、もう一人の使いと何かの相談をする。

 しばらくすると男は向き直り、話を続けた。


「すみません。あなた様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「セルだ」


「セル様ですか。では、セル様がアダマス様の師匠だということを信じ、要件をお話しします」


 正直堅苦しい話になりそうだったから話を切りたかったが、相手の真剣さに気圧される。やはり、俺は押しに弱いのだろう。


「私たちがここにきた理由なのですが、最近各国で深刻な問題になっている行方不明者続出の件については、ご存じでしょうか?」


「いや、知らん」


「そ、そうですか。では、説明させていただきます」


「あー。頼む」


「今から約一年前からでしょうか。全世界規模での行方不明者が多発し始めたのです。行方不明者は何の脈絡もなく消え、時には一国が丸々一晩で消えてしまうこともありました。そして一年間で被害はみるみる内に増えていき、やがて、国の代表が集まる世界会議が行われるまでに深刻な事態になってしまったのです。警備強化を義務づけ、人が突如として消える原因を全国家で捜索し始めたのですが、その原因は中々見つかりませんでした。何にせよ、目撃者がゼロなのです」


「そうなのか?」


「はい。それで本題なのですが、実は私たち『闘争と軍事の都ギゼル』は、遂に、その行方不明者続出の原因を掴んだのです。それは大規模の、大国家規模で行われる、『人攫い』でした。既に被害者数は数十万にも上ると言われておりますが、その全ての人たちが巧みに攫われていたのです。目撃者がゼロな理由も簡単なことでした。誰でも、いいのです。奴隷として使えるのであれば、攫う相手は誰でもいいのです。だから誰かに見られでもしたら、迷うことなくその人も攫う。目撃者もろとも全員攫っていけば、当然目撃者はゼロとなります。そして、攫われるだけならまだ救われるのですが、この事件は正に非人道的でした。攫われた人たちは、数十万人の人たちは――全て、奴隷にされてしまっていたのです」


「……奴隷、か」


 俺は男の言葉を反芻し、呟く。


 好きな言葉ではない。

 むしろ、嫌いだ。


 シーナやユーリに出会ったことにより、大嫌いになったかもしれない。


 命令され。働かされ。

 ただそれだけの存在。


 そんな人間が数十万にもいるなど――考えられなかった。


 どれだけ悲惨なことなのだろうか。

 考えたくもなかった。


「はい。そしてその無理矢理捕らえられた人たちは、ただ奴隷として働くだけではなく、時に商品として扱われていたそうです」


「……そう、か」


 呟きながら、俺はなんとも気持ちの悪い感情が、心の中を渦巻くのを感じる。


 人が人を従え。

 人が人を売る。


 いい話じゃない。

 いい話なはずが、ないのだ。


 虫ずが走るほどに惨く、哀れな話だろう。


 俺はこの二日間で人間にはいろんな奴が居ることを知り、人間を面白い種族だと思った。

 様々なルールがあり、生きるために働く。


 何かを売って、何かを買う。

 面白いと思ったし、上手くできてると思った。


 それなのに。

 人間が使うためにドラがあり、ドラを稼ぐために物があるのに。


 人間あってこそのドラであり、物であるのに。

 人間まで売り物なのか、と。物、なのかと。


 その衝撃は大きかった。


「そして、その犯人――いえ、これは犯人なんて生易しいものではありません。その、首謀者は――」


 言葉を溜め、


 ――ミレトス、だったのです。


 と、そう重々しい口調で男は言った。


 ミレトス。


 シーナとユーリの故郷であり。

 シーナとユーリを支配していた国。


 なぜだろうか。――いや、分かってはいるのだろう。


人間が人間を従え。

 人間が人間を売る。


 それを聞いたときは、ただ俺の中で暗い感情が広がり――それだけだった。


 だが今、ミレトスがそれを行っているのだと聞き、一番近い感情で言うならば怒りだろうか。その感情が俺の心を支配し始めたのだ。


「ミレトスが国全体で行う犯罪、人攫い。ギゼルにも被害はありました。ですから勿論、ミレトスを糾弾し、捕らえられた人々を解放させなければなりません。ですが、相手はミレトス。いくら私たちの国が『軍事の国』と呼ばれていようと、ミレトスには、圧倒的戦力を持ったミレトスには、敵わないのです」


 ここまで話を聞き、ようやく、こいつらが何を頼みに来たのかを悟る。


「つまりお前らは、昨日の闘技大会で『強さ』を見せつけたミエルに、ミレトスを倒す手助けをして欲しいってことか。――それで俺がミエルよりも強いのなら、俺の協力も欲しい、と」


「お察しの通りです。セル様。どうか私たちに協力して頂けますでしょうか? 報奨金は満足のいくほどに弾むはずです」


「……あー」


 めんどくさい。


 ――だが、断ることなどしなかった。


 分かりやすい悪、ミレトスを憎み。


 自分に近い人間を不幸にさせた、ミレトスを憎み。

 それはただの偽善なのかも知れない。


正義の気持ちなどこれっぽちも持っていないのに、自分に都合の良いように悪を憎む。

 それは偽善であり、只の我が儘なのかもしれない。


 だが偽善でありながらも、その憎悪と憤怒は偽物でないのだ。


 たった二日。

 たった二日だが。


 ――俺は思っている以上に、シーナとユーリに感情移入してしまっているのかも知れなかった。


「……分かった」


 苦渋の決断――ではなく、あっさりと決め、俺は応える。


「そうですか。それはありがたいです。ですが、試すようで申し訳ありませんが、あなた様の強さをお見せして貰ってもよろしいでしょうか? アダマス様の力が未知数故、あなた様の力も、計れないのです」


「…………」


「すみません。お気に障ってしまいましたでしょうか」


「いや、別にいい。見せてやるよ。俺の――力」


「そうですか。ありがとうございます」


「その前に、あんた。世界地図は持ってるか?」


「いえ。今はお持ちしていませんが……」


「そうか。なら、ここからミレトスまでの行き方は分かるか?」


「はい。それなら」


「じゃあそれを頭の中で明確に思い浮かべろ」


「……? 分かりました」


 男は俺が何をしたいのか分からないようで、もの問いたげな顔をする。が、とりあえず従うことにしたらしい。


 俺はそんな男に対し上級精神干渉系魔術を使い、男の思い浮かべるミレトスまでの道順を俺の頭にインプットする。そしてそれを絶対に忘れぬよう、頭の中でプロテクトを掛けておいた。


「もういいぞ」


「あの、セル様。今あなたは、何をしていたのでしょうか?」


「記憶のごく一部を貰っただけだ。気にするな。――それより、俺の力の証明だが――」


「はい」


「――俺が今から、ミレトスを潰してやるよ」

 

 そう言って、ギゼルの使者が止めるのも聞かず、部屋を飛び出した。


 無謀だとか何とか言ってる声が後ろから聞こえくるが、そんなものは無視だ。

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