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受付

 俺とミエルはこういった雰囲気にはなんとも思わないのだが、人間の、それも女の子であるシーナとユーリにとっては怖いところなのかもしれない。


 闘技場の門を潜ると、そこには赤い絨毯、高い天井から吊された淡い光を放つ照明器具、壁一面に広がる、人間と悪魔が闘う絵画、鎧を纏い前を見据える銅像の数々――といったものが多く置かれたロビーがあり、そこには屈強な男たちがたくさん居た。さらに、その誰もが近づきがたい雰囲気を放ち、闘いに向けて気持ちを作っていたのであった。


 それまでは楽しそうに会話を続けていたシーナとユーリも、ここではしゃぐ度胸があるはずもない。ミエルの手を握り、黙り込んでしまう。


「では、セル様。私は受付を済ませてきます。シーちゃんとユーちゃんをお願いしますね」


 ふとそうミエルは言って、二人の手を離す。そして、端に置かれた受付へと向かっていった。


「ねぇ、セル」


 その姿を見送ると、ユーリが話しかけてくる。


「なんだ?」


「ミエルはここにいる誰かと、闘うのよね? その、大丈夫、なの?」


「あー。問題ないだろ。『強そう』と『強い』は全く違う。周りの奴らは自分を必死に『強そう』に見せているだけだからな」


「そう、そうよね。ミエルは見かけによらずすごく強いし、大丈夫よね。なんせ、セルよりも強いんだから」


「……あー言っとくがな、ユーリ。俺は、ミエルに負けたことないからな?」


「セル。嘘は男らしくないわよ?」


「嘘じゃねぇっての」


「本当なの?」


「ああ。ミエルに訊いてみろ」


「そうね。後でそうするわ」


 ユーリはそう言い終えると、それからはもう黙り込んでしまった。シーナも一向に口を開く気配はない。やはり、この場に圧倒されているのだろう。


 さきほどのユーリとの短い会話ですら誰もしていないのだ。

 会話などしずらい状況下であるということも、分からなくはない。

 ミエルが受付を済ませるまで、そのまま黙って待つことにした。



 十数分後。



「セル様。受付を済ませてきました」


受付場から、小走りに戻ってくるミエル。


「今日中に戦えるのか?」とりあえずそう俺は訪ねた。


 ここの闘技大会は毎日行われているらしいのだが、その日にエントリーしてその日に参加出来るのかどうかが、少し心配だったのである。


「はい。本当は今日の闘技大会に参加することは難しかったのですが、ドラはもうないのですよね?」


「ああ」


「ですから、無理を言ってお願い――ではなく、受付さんの視覚と記憶を操作し、対戦表を少し弄らせて貰いました」


「あーそうか」


 無表情に言いつつも、内心で小さく安堵する。これで後はミエルが勝てば、シーナとユーリを野宿させることも、夕飯を抜きにすることもなくなるのだ。


「ランクは最上級であるS、時刻は七時半からにさせて貰いました」


「七時半、か。まだ、結構時間あるな」


「そうですね。今は四時半ですから、三時間ほどあります」


 本来なら今の時間にユーリたちの服を買って上げられればいいのだが、なんにせよ、ドラがない。今になって、あの親父に全額渡してしまったことを悔やんでしまう。


 せめて一万ドラでも手持ちに残しておけば、三時間ぐらい何とかなったのかもしれないのに、本当、俺には計画性というものがなかった。


「悪いな。ユーリ」


 脈絡もなく謝る俺。


「い、いきなり何よ? セル」


 まぁ当然なのだが、不思議そうにユーリは聞き返してきた。


「ドラがあれば今のうちに服を買ってやることも出来るんだが、全部馬車の親父にあげちまったからな。少しでも早く、奴隷服なんか脱ぎたいだろ?」


「まぁ、それは、そうだけど。でも、仕方がなかったじゃない。このぐらい全然我慢できるわ。……それにむしろ、あのおじさんに弁償もなにもしなかった方が、あたしは軽蔑したと思うわよ?」


「あー。そうか」



「そうですよ。セル様。他人に全財産を渡すなんて、普通簡単にできることではありません。『この人なんにも考えていないだけなんじゃないか』、と思ったことは秘密ですが、それに、です。あの方の馬車が壊れてしまったのは私の責任なのです。私が現れ、壊してしまったのです。ですからセル様が謝る必要はないですし、私が謝るべきなのですよ」


 一部心外な部分もあったが、真面目な口調で言うミエル。


「み、ミエルも、別にいいって、そんな。あたしたちは買って貰う身なんだから、贅沢なんか言える立場じゃないのよ。むしろ、あたしみたいな奴隷と一緒に居てくれるなんて、感謝しなきゃいけないの。ねえ? シーナ」


「そうです。ミエルさん。その――それに、服なんかよりも、私はミエルさんに会えて良かったです」


 シーナとユーリの言葉。ミエルはそんな返しが来るとは思っていなかったのか、驚き、やがて愉悦の表情に変わる。


「……二人とも、優しいのですね。まだ出会ったばかりですが、私も本当に二人に出会えて良かったです。幼い頃からずっと人間は下等な種族なのだと教え込まれていたことが、馬鹿らしく思えてしまうほどに、です」


 ミエルは穏やかに微笑み、それにしても、と続ける。


「元から勝つもりですが、これで絶対に、負けるわけにはいかなくなりましたね。賞金で二人に好きなだけ可愛い服を買ってあげたいです」


「奴隷服以外を着るのは初めてだから、はしゃいじゃうかもしれないけど、期待してるわね。ミエル」


「はい。――是非、期待していて下さいね」


 ミエルはそう答える。


 そうしたところで。

 一段落付いたのだと、俺は口を挟むことにした。


「あーあれだ。試合が始まるまでの時間だが、お前、俺との闘いで疲れてるだろ? 万が一負けでもしたらあれだから、一応寝て休んどけよ」


 もし負けでもしたら、今日は飯抜きで、さらに野宿である。俺の防御壁があるから野党の心配はないが、女の子二人に野宿などさせてしまえば、いよいよ本格的な甲斐性なしになってしまうだろう。


 そう思って言ったのだが、セル様が私の心配をしてくれるなんて、と必要以上に喜ぶミエル。


「そうですね。では、セル様の言う通り、私は休ませていただくことにします。私の魔力はセル様と違って無限にある訳ではありませんから、本当はさきほどの闘いで半分以上も消費してしまったのです。体の方も節々が痛み、かなり疲れてしまっています。さすがセル様、そこまで気づいてくださるなんて」


「…………あー」


 口ごもる、俺。

 そこまで考えてはいなかったのだが、わざわざ訂正するのもめんどくさいかった。別に悪いように勘違いされてる訳ではないのだし、このままでいいか、と、そう俺は考える。


「じゃあ、あれだ。とりあえずここ出るか。こんなところじゃ、心が安まるはずもないからな」


 三人とも俺の言葉に賛同し、ここ闘技場内ロビーから出ることを決めた。


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