闘争と軍事の都ギゼル
その後俺は三人の元へと戻り、しばらくすると、ようやく三人の長話は終わってくれた。
そして退屈そうに待っていた俺に対し三人は口々に詫びると、すぐに、目的地である『闘争と軍事の都ギゼル』へと飛び立つことにした。
シーナは馬車が相当気に入っていたのか、珍しく少しだけ不満そうではあったが、馬車は壊れてしまったのだと話すと簡単に納得してくれた。歳の割(年齢知らないが)に、かなり聞き分けが良い子である。
そしていざギゼルへと行こうと飛び立とうした――が、俺はまたも目的地の場所を知らないことに気がつく。今度は魔力を探知する相手もいないし、また適当に飛び続ける羽目になりそうだ、と俺は嘆息したのだが、喜ばしいことにその必要はなかった。
なんでも、ミエルは魔界、天界、人間界の全ての地図を覚えているのだという。
今居る場所も、ギゼルの場所も分かると言っていた。
やはり神界一の優等生なだけはあり、かなりの博学である。
そしてミエルの案内の元、俺はシーナを、ミエルはユーリの手を引きながらギゼルへと飛び立ち、数分もせずに目的地へと着いたのだった。
『闘争と軍事の都ギゼル』
という看板が城壁に大きく取り付けられ、俺たちを迎える。
『闘争』という名を持つだけはあるのか、それはいかにも屈強そうな禍々しい看板であり、歓迎されている感じでは全くない。城壁の外で展開される市場や、畑を耕し農業にいそしむ人たちも、俺たちをじと目で見ている感じで、歓迎している風ではなかった。
だがまぁ、特に躊躇うことはない。俺は町の中へと入ることにした。
そしてプリステンダム同様、門兵気絶させ、なんなく巨大な扉を潜ろうとした――のだが、なんつーか。闘争とは別の名、『軍事』。この言葉もふさわしいほどに、門兵が倒された後の対応が迅速だったのである。
――俺は今、門番を背に、大量の兵士たちと対峙しているのだった。
しかもその隊形には全くの無駄がなく、何層にも渡り俺を半円状に取り囲んでいる。おそらく俺が背にしている扉の奥にも、兵士たちがいるのだろう。背後からも闘気がひしひしと感じた。そして兵士は前方、後方だけには飽きたらず、城壁の上から弓を引く者までいるのだった。
「貴様! 何者だッ!」
おそらく隊長なのであろう一人の兵士が、完璧な隊形から一歩踏み出し、俺にそう叫んでくる。
こいつらを蹴散らすことは簡単なのだが、それをしたならば、この町にはかなり居づらくなってしまうだろう。なるべくなら、それは避けたかった。
どうしたもんか。
と。
そうミエルに訪ねようと、俺は横を向く。
が。
「……マジかよ」
てっきり俺について来ていると思っていたミエルの姿は、そこになかった。
シーナとユーリの姿も見えず、なぜ気がつかなかったのかと、自分のアホさに一つ盛大なため息を付く。
そしてそうしたところで。
『セル様』
と、ミエルの声。
離れたところから思念を送って来ているのだろう。脳内に直接響いてきた。
『なんだ? ってか、なんでお前急にいなくなってんだ?』
『すみません。ギゼルは世界的にも有名な軍事国家なのですから、無理矢理中に入ろうなど猿でも考えないことだと思っていましたもので。まさか、セル様が……』
『…………』
……俺が猿以下ってか……。
『つーか。なんで俺を止めてくれなかったんだ?』
『そんなことは決まっています』
ミエルはそう前置きし、
『面白そうだったからですっ』
と、喜々した声で言った。
『…………あー』
ちくしょうが。
ギゼルまであいつのお陰で辿り着けたから、少しは見直していたのに、すぐこれか……。
「貴様ッ! 答えろッ! 貴様は完全に包囲されているのだッ! 状況をしれいッ!」
少しだけナーバスになっている俺に対し、そうもう一度怒鳴りつけてくる兵士。
うるせぇよ、と、ちょっとだけいらっときたのだが、急いで自制する。
『セル様。すみません。さすがにこれはちょっと冗談が過ぎていましたね』
急に、脳内に謝罪の言葉が響き渡ってくる。
『……あーまぁ、もう別に、慣れてるから気にしねぇよ』
『そうですか。さすがセル様、人が大きいですね』
いえ、人ではないですから、神人が大きいですね、でしょうか。
と、ミエルは付け加え、くすくすと微笑する。
そして真面目な口調に戻り、言った。
『それで、状況はどのような感じなのでしょうか?』
『あー。完全に全方位から囲まれてるな』
『間違っても、倒したりはしないで下さいね?』
『分かってるよ。……それで、どうしたら良い?』
『そうですね。一つだけ案があります』
『なんだ?』
「貴様ッ! 後10秒以内に答えぬと、無条件で攻撃を開始するぞッ!」
『あーミエル。早く言ってくれ』
『時間がないようですね。でしたら、私が言った言葉を何も考えず、そのまま口に出して下さい。私は、セル様の聴覚にリンクさせて貰いますね』
『ああ。分かった』
『ではまず。俺はこの国の闘技大会に出場するために来た者だ、と言って下さい』
「俺はこの国の闘技大会に出場するために来た者だ」
間一髪。
兵士が攻撃命令を出し切る前に、俺はそう言った。
「闘技大会に参加、だと?」
『そうだ、と言って下さい』
「そうだ」
「じゃあなぜ、貴様は門兵を倒したりしたのだ?」
『門兵に、「お前みたいな柔男が、名誉ある闘技大会に出場できるはずねぇだろ。もし嘘じゃねぇんだったら、この俺を倒してから通りな。どうせできねぇんだろうけどよ!」と、面白いぐらい三下の台詞を言われたから、つい、な。と言って下さい』
『……おいおい、そんなんで大丈夫なのか?』
『問題ありません。ギゼルの兵士は、闘技大会に参加する戦士たちに強く出ることが出来ないのです』
『あー。そうなのか?』
『はい。人間界の中では大きな方であるギゼルの闘技大会に参加するためには、ギゼル側から招待されるか、ギルドランクS以上が必要です。大事な客である訳ですし、その強さは折り紙付きです。それを分かっておりますから、ギゼル側としてはなるべく敵には回したくないのですよ。それにもう一つの大きな理由としては、です。この国の経済のほとんどが、毎日行われている闘技大会によって支えられているのです。闘技大会に参加する戦士たちが泊まる宿でしたり、闘技大会を見るために金を払う市民でしたり、王族の中には、多額に投資する者もいます。闘技大会がこの国で行われなくなったら、それはもう一大事になってしまうのです。毎日行うほどの参加人数を集めなければならないので、尚更参加者が優遇されるのですよ』
『……そうなのか』
思念により一瞬で伝えられたミエルの言葉に俺は相づちを打ち、ミエルが言っていた台詞を兵士に向けて放った。うる覚えだったから全て同じではないが、ニュアンス的にはほとんど同じだっただろう。
「そのような、ことが」
兵士は神妙な顔で頷き、
「それはとんだご無礼を……」そう頭を下げた。
そして顔を上げると、では、当然お持ちしているとは思いますが、一応招待状か、Sランク以上のギルドカードの方をお見せ下さい、と、急に丁寧な口調に変わって言った。
『セル様。今からそちらにワープし、偽造招待状をお渡しします。それでなんとか凌いで下さい』
『あー、いや、大丈夫だ。俺そういや、Sランクなんだよ』
『そうなのですか? いつの間に』
『まぁ昨日いろいろあってな。つーわけで、後は大丈夫だ』
俺はミエルにそう思念を送り、ポケットからギルドカードを取り出した。
そして、一歩手前に出ている兵士に近づき、それを手渡した。
「アダマス様、ですか。確認いたしました。お騒がせしてすみません」
兵士はそう言うと、引き上げるぞ! と、完璧な隊形を作り上げていた他の兵士たちに向けて声を張り上げる。
そして綺麗に整列したまま、寸分の狂いなく全ての兵士が足を揃え、撤退していった。
巨大な門番の前、俺一人が取り残される。
『ミエル。乗り切ったぞ』
『そうですか。それはよかったです』
『ああ。――んで、お前たちはどうやってここに入ってくるつもりだ?』
『そのことについては心配はいりません。私は神界を抜け出す前、念のために全世界への入国券や、あらゆる招待状を偽造してきましたからね』
『そうか。――ってあんなら最初から俺にも使わせろよ』
『いえ。そうしようと思ったのですが、それでは何の面白味がないことに気づいたもので……』
『いや、入国に面白味とかいらないからな』
『いえ。いります』
……断言されたし。
『……それに、俺はなんら面白くなかったからな』
『いえ。嘘はいけません。セル様。本当は震え上がるほどに面白いはずです。なんせ、私が面白かったのですからね』
『…………』
最早反論する気さえ起きなかった。
急にだんまりした俺に何を思ったのか、ミエルは少しだけ焦りながら言う。
『だ、大丈夫ですよ? セル様。私はセル様がMだということを知っていますからっ』
『いやお前、なんのフォローしてんだよ……』
それに、俺はMじゃない。…………多分な。
思いつつ、嘆息。
ただ入国するだけでこれとは、本当に前途多難である。
『すみません。セル様。またも冗談が過ぎてしまいましたね。私、どうしてもセル様と会話をしていると歯止めがきかなくて……』
またも急に謝罪してくるミエル。
いつものことではあるが、ミエルは引き際というものをよくわきまえている。他人の感情に敏感であるから、俺が本当に怒るところまでは絶対に踏み込もうとはしない奴なのである。
だからなのか、ミエルからは今までこういった扱いを受けていた俺だが、ミエルにキレたことなど一度もなかった。むかつく、という気持ちが一日続いたことすらない。
めんどくさい。
だけど、憎めない。
嫌いになるなど、以ての外。
そんな奴だった。
そしてそれは、今も変わっていないのだろう。