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親父

 ――そして、早一時間後。


「それとですね。聞いて下さい。シーちゃんユーちゃん」


 三人はなんかものすごく仲良くなっており、ミエルなんか既に二人をシーちゃんユーちゃんと呼び始めている。


 あまり重要な話などない中の微妙に重要な話はもう終わったというのに、未だに三人は話し続け(基本的に話しているのはミエルだけだが)、今など最早、世間話になっている。


 さすがに見かねて、俺は止めようとしたのだが、


「セル様は黙っててください」と、理不尽に怒られてしまった。


 ……なんというか。

 今の俺は全くと言って良いほどやることがないので、青空を見上げ、ぼーっとしているだけである。


 三人の会話を耳に挟みながら、焦燥感は募るばかりだった。


神人(テオール)には『地球一周マラソン』という、毎年神人育成学校で行われる行事があるのですが、セル様、すごいんですよ?」


「すごい、って。ぶっちぎり優勝でもしたの?」


「いいえ、違います。セル様はこのマラソンに出るのがめんどくさいと言って、出ようとしなかったのです。――と言っても、やはり、全校生徒が参加させられるこの競技を、欠席することなどできません。教師総掛かりで、無理矢理参加させられてしまったのです。ですが、セル様はそれでもなお、マラソンに出たくはありませんでした。――だからといって、セル様、どうしたと思いますか?」


「ど、どうしたんですか?」


「驚きますよ? セル様はマラソンが始まるとすぐ、参加神人全員に攻撃を開始し、全員を負傷させてしまったのです。参加者がいなくなれば、この行事自体が中止になるだろう、と、それだけの理由で、です」


「ほ、ホントなの!? それ! セルってやっぱ馬鹿馬鹿じゃない!」


「はい。ホントなのです。恥ずかしながら、そのときこの行事の生徒代表をしていた私もやられてしまったのが、苦い思い出ですけどね」


「さ、災難だったわね。それは」


「はい。セル様と話せる神人が私しかいなかったものですから、なぜか私の監督不届きとも言われ、責任の何割かを負わされてしまったのを覚えていますね」


「えと、その、ミエルさん。一つ聞いてもいいですか?」


「大丈夫ですよ。シーちゃん。なんでしょうか?」


「えと、神人さんたちは、そのとき何人ぐらい居たんですか?」


「そうですね。一千人ほどだった思います」


「せ、千人ですか。すごい、数です」


「はい。すごい数です。それだけの神人を一人でやっつけちゃうのですから、本当に、馬鹿げた強さなものです」


「セルにぃ、すごい、です。……で、でも、そんなに多くの神人さんと闘っていたら、マラソンをやるより疲れちゃいそうです」


「そうなのですよ。シーちゃん。そこがセル様の馬鹿で、面白いところなのです。いくら幼き頃のセル様と言えど、地球一周など造作もないことですのに、それがめんどくさいと言って、普通の方が考えたらもっと大変なことをしようとするのです。勉学でしたらいつも一番で、私など勝ち目がないほどに頭が良いはずですのに、なんのためにその頭脳があるのやら。本当、頭の構造が気になる方です。なんといいますか。なんでもできるセル様にも、弱点があるのだなと。どんな天才でも、できないことはあるのだなと。それが良く分かる、本当に見ていて飽きない方でしたね」


 ミエルは言って、海を連想させるような青い瞳を細め、目尻を下げ、愛想の良いほほえみを見せる。


「…………」


 ……なんというか。


 こんな具合に、世間話――というよりも、話していることのほとんどが、俺の幼少期の話題なのであった。


 勿論、早急に止めたい気持ちがはやりもしたのだが、シーナもユーリも興味津々なのが何とも止めずらかった。


 それに最初の方は多少気恥ずかしかったりもしたのだが、今ではもう、開き直って聞き流すまでにメンタルが追いついている。


 あーそういやそういうこともあったなーって感じだ。


「……はぁ」


 俺はなんとなく一つため息を付き、思う。


 それにしても。

 こいつは俺を誉めているのか、馬鹿にしているのか、どっちなのだろうか、と。


 当然それはただの疑問であり、考えたところで俺には分かるはずもないのだが、おそらく、どちらかの可能性もあるし、どちら共の可能性もあるのだろう。昔から厄介で分かりづらい相手だったが、俺の知っているミエルの性格を考えると、その推測は正しいような気がした。


 と、そのとき。

 全く持ってなんの脈絡もなく。

 俺は視界の端に、浮遊するとある物体を捕らえたのである。


 広大に広がる草原――その空中に漂うにはあまりにも場違いな物体、なぜ今まで気がつかなかったのだろうかと思うほどに、目立つ物体を、だ。


「……あ」


 俺はそれを見つけた直後、思わず間の抜けた声を発してしまう。


 あまり思い出したいものではなかったので、一瞬見て見ぬふりをすることも考えたが、あれも俺たちの闘いの被害者なのである。


 仕方がない、と、雑談する三人を放っておき、その――完全に忘れていた『親父』の元へと、飛び寄ることにした。

 


親父には外傷こそないが、浮遊したまま気絶している。いきなり始まったあまりの激闘に、頭が付いていかなかったのかもしれない。


 だがまぁ、一発でこぴんでもすれば、目ぇ覚めんだろ。


 俺は楽観的にそう考え、極力力を入れないように心がけながら、中指で親父の額を弾く。

 ――ッッぱこんッッ!


「ぎょぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」


 中身の詰まっていない乾いた音と共に親父は奇声を上げ、空中で数メートルほど吹き飛ぶ。


 やばい強すぎた、と俺は一瞬焦るが、血も出ていないし、まぁ大丈夫だろう。数センチほどのこぶ出来たぐらいだ。


 案の定目覚めてくれた親父との距離を詰め、俺は言う。


「起きたか」


「あ、え? あぇ?」


 親父は寝ぼけてるのか、状況が全く把握できないのか、珍妙な声を発しながら忙しく首を左右に振る。


「こ、ここは、何処だい?」


 俺のことを覚えているのか、気絶したショックで忘れてしまったのか、微妙に鼻水を垂らしながら聞いてくる。


「ミシペルの道」


「そう、かい。じゃあ儂はなんで、空に浮いてるんだい――って儂そういえばなんか浮いとるぅぅぅぅぅっっっっっっ!?」


 やはり状況が全く把握できていなかったのか、もう一度気絶しそうなほどに驚き始める。


「あー落ち着け親父。あれだ。あんたを浮かしたのは俺だ」


「に、兄ちゃんが?」


「ああ。覚えてないのか?」


「えーっと。儂は、仕事でプリステンダムまで行って、次の仕事場がギゼルに決まって。それで、どうしたんだっけか?」


「俺が知るかよ」


「……あ、あーそうだ思い出した思いだした。ギゼルまで行こうとプリステンダムを出たところで、儂は嬢ちゃん二人に呼び止められて、馬車に乗せてもらえませんか、って言われたんだったな。それで、儂はどうしたんだっけか? 確か、普通に嬢ちゃんと兄ちゃんと、ミシペルの道を走行していたと思うんだがなぁ」


「…………」


 どうやら俺とミエルとの闘いは、脳が自動的に削除したらしい。


 まぁ覚えていないのなら、それはそれで都合がいいのかもしれない。わざわざ説明するのもめんどくさいし、それに完全に覚えていないのであれば、説明したところで信じてはくれないだろう。


 ――だが、まぁ、あれだ。


 親父が俺たちの繰り広げた激闘を忘れていようが、正直どうだっていいんだが。

 少なくとも、親父の商売道具である馬車をぶち壊してしまった(魔法で直そうとも思ったのだが、元の形と馬車の原理を知らないのでそれは叶わなかった)ことには、後ろめたさを感じている(壊したのはミエルの魔法だが)。


 そしてそれを、親父が覚えていないことを良いことに黙っているつもりはないし、丁度金は有り余っている。弁償ぐらいは、しても良いかもしれない。


「なあ親父」


「なんだい? 兄ちゃん? 儂は、なんで浮いてるんだい?」


「あーまぁ、そんなことはどうでもいいんだが、これ、やるよ」


 俺はポケットから札束を無造作に取り出し、その全てを差し出す。


「――!? い、いきなりなんだい兄ちゃん!? なんでこんな大金を!?」


「なんつーか。覚えてないだろうが、あんたの馬車、壊しちまったからな」


 言って、地上で粉々になっている馬車を指さす。


「に、兄ちゃんが、あれを壊したのかい?」


「正確には俺じゃないんだが、まぁそんなようなもんだ。悪いな。これで新しいのでも買ってくれ」


「ほ、本当に、いいのかい?」


「ああ」


「そう、かい。――で、でもよぉ、こんないきなり大金を出されてもなぁ」


 親父は申し訳なさそうな顔をしながら、呟く。


 金を受け取ることに遠慮し、いきなり大金を差し出してくる俺を、警戒しているのかもしれない。中々受け取ろうとはしなかった。


 が、やはり、金は欲しいのだろう。

 ちらちらと視線を札束に移し、手をわなわなとさせている。


「遠慮とか、すんなよ。別に俺はドラとかいらねえから」


 このままだといつまで経ってもドラを受け取ろうとしないような気がしたので、俺はそう後押しをしてやる。そしてその効果があったのか、親父は恐る恐る、俺の差し出した札束に手を向けた。


 ――が、その手が札束に触れる直前、親父は手を握りしめ、そのまま下に降ろしたのだった。


「いや、やっぱりそれは貰えねぇなぁ。兄ちゃん」 


「あー。……なんでだ?」


 俺は訳が分からず、そう訪ねる。


「そうだなぁ。儂にそれをくれるぐらいなら、一緒にいた嬢ちゃん二人にたくさん服を買ってやりな。そっちの方が、正しいドラの使い方だよ」


「…………」


 親父の言葉を脳内で再生しながら、俺はちょっとした衝撃を受ける。


 この親父は、そんなことを考えていたのか? と。

 金を貰うことに遠慮したわけでも、俺を警戒していた訳でもなく、俺たちのことを、シーナとユーリのことを、考えてたというのか? と。


 もしそうなのだとしたら、俺はこの親父に対する『めんどくさい奴』という評価を、見直さざるを得ないかもしれない。 


「……だが、あんた、これからどうすんだよ。あの馬車でドラ稼いでたんだろ?」


「そりゃぁ、そうだがな。なにも、仕事はあれだけって訳じゃない。探せばたくさんあるもんだよ。そろそろこの仕事にも飽きてきたところだしな。こりゃぁ丁度良いやぁ」


 親父は言って、いきなりケラケラと笑う。

 問題ない、と、俺をそう安心させるために、わざと楽観的に笑っているように見えた。


「本当に、いいのか?」


「いいさ。儂はこれも、運命だと信じることにするさ。でも、その代わり、嬢ちゃんたちにはちゃんと良い服買ってあげるんだぞぉ? 兄ちゃん」


「そうかよ」


 呟き、俺は親父から視線を逸らす。親父と比べて、自分の小ささを感じたような気がしたからだ。


 ――それにしても。


 俺はまた、不思議な人間に出会ってしまったものだ。


 今日出会ったばかりの何の接点もない相手のために、職を捨てる。大金を手に入れる機会すらも捨て、良いことなど何もないはずなのに。


 ――何が、この親父をそうさせるのだろうか。


 天界で出会った天使たちとは根本的に違う、思いやり。

 義務的なものではない、温かみ。


 やはりこれは、人間だからこその行動なのだろうか。


 何度も思うことではあるが、本当、人間にはいろんな奴がいるものだ。一人一人同じような人間などあり得ないから、たくさんの奴に会えば会うほど、自分の知らないものが見えてくる。自分の持っていないものが、見えてくる。


 人間には力こそないが、天使や悪魔なんかよりも、よっぽど緻密にできているのかもしれない。人間を下等と評する無機質な神人(テオール)なんかよりも、よっぽど高度な生き物なのかもしれない。


 俺は自分も神人(テオール)であるということを棚に上げ、そんなことを思った。


「あーだが、駄目だ」


「な、何がだい?」


「あんたがドラを受け取ってくれないと、俺の気が済まないんだよ」


自分の方が小さいと感じてしまったことが悔しくて、俺の方がでかい奴なのだと対抗するかのようにそう言ってやる。こんなことを思ってる時点でみみっちい気がしなくもないが、それはまぁいい。


「せめて、あの馬車を買ったドラぐらいは弁償させてくれ」


「だ、だけど兄ちゃん。儂はこの期に別の仕事を探すことにするから、馬車はもういらんよ?」


「それでも、だ。馬車を買わないんだったら、新しい仕事を見つけるために使え。新しい仕事を見つけるまでの生活費に使え。このままあんたが路頭に迷いでもしたら、俺の後味が悪いんだよ」


「で、でもよぉ……兄ちゃん、本当にいいのかい?」


「ああ。あの馬車がどれだけの値段だったかは知らないが、あんな乗り物ぐらいじゃ大した値段もしないだろ。逆に、受け取って貰わないと困る。ちゃんと、あの二人には服買ってやるからさ」


「そう、かい」


「ああ。だから、つべこべ言わずに受け取れ」


 俺がそうぶっきらぼうに言ってやると、


「……兄ちゃん」


 と、親父は呟き、少しだけ目を潤ませた。


「――良い奴、だなぁ。……両手に花を持てるのも、分かる気がするなぁ。兄ちゃんなら、儂も安心してあの二人を任せられるよ」


 言って、親父はきょろきょろとシーナとユーリの姿を探す。

 任せられるとか。なんだお前は。あの二人のなんなんだ。


 そう俺が思うのも、束の間。 


「ってなんか三人になっとるぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっ!?」


 と、大げさに驚く親父の声が耳に響いてくる。

 うるせぇよ。


「に、兄ちゃん。あんた。儂の知らない間に一人増えてるじゃないかッ! しかも、べっぴんさん! ――も、モテモテだなぁ兄ちゃん! なんか、羨ましくなってきたなぁ。嫉妬するなぁ。女の子に囲まれて、その上、あんな大金まで持ってるなんて……。うん。儂、やっぱドラ貰うことにするッ!」


キレのある感じに断言する親父。


 …………。

 なぜだろうか。


 今になって、この親父にドラをあげるのがもったいないと感じるようになってきた。


 むしろ、禿げ頭にでこぴんをあげたい。


 先ほどの一発で三センチほど膨らんだのだから、もう一発で六センチほどになるだろう。


 おでこが六センチ出っ張る親父。

 横から見たら、かなりシュールで面白いかもしれない。


 いやまぁ、三センチでも十分面白いんだが。


「ほら。くれっ。兄ちゃん。ドラくれぇぇ。モテない儂にはどうせドラしかないんだよぉぉ」


 空中で犬かきをして必死に俺に近づき、しがみ寄ってくる親父。……うざったいな。


 やはり、この親父に対する『めんどくさい奴』という認識は、覆さなくても良いのかもしれない。


 ――だが、まぁ。

 俺がこいつをどう思うと、こっちが悪いのは本当なのである。今更、ドラをあげないわけにもいかなかった。


 未だうざったくしがみついてくる親父を手で退けつつ、俺は言った。


「分かったよ。やるから。その馬車が何ドラしたか言え」


 ありがとうなぁ、兄ちゃん! と親父は前置きし、視線を宙に泳がしながら馬車の値段を考え始める。


「えーっと、そうだなぁ。あの馬車は確か特注品で、頑丈な上に荒れた道だろうと平気で走行できるようにしてもらったからなぁ。うーん。買ったのはずいぶん昔だからうる覚えなんだが、70万ドラだったような気がするぞ?」


「70万ドラ、か。そうか」


 人間界に来てからまだ日が浅い俺であるからにして、ドラの価値観が未だ良く分からないのだが、意外とするな、と、そう思った。


 そしてそんなことを思いながら、俺は持ち金を計算し始める。


 確か、リトリュウスドラゴンを倒した報酬で30万ドラ。

 リトリュウスドラの赤眼4つを売り、一つ十万で40万ドラ。


 そして三人の宿代食費代を合わせ、マイナス一万ドラ。


 計、69万ドラである。

 いや、確か最初に1ドラを拾っていたから、69万1ドラである。


「…………」


持ち金の計算を終え、数瞬後、俺はようやく気がついた。


 馬車ぐらい買えるだろうと踏んでいたのに。

 あれだけ余裕ぶって、弁償させてくれ、と言っていたのに。

 かっこよく、ばっとドラだけ渡すつもりだったのに。


 た、足りねえッ! と。

 9999ドラ足りねえッ! と。


 そう、気がついてしまったのである。


 表情にこそ出さないが、焦る俺。

 どうしたもんか、と。

悩む。


 そして悩んだ末。

 ――でこぴんさせて気絶させてしまおうか。

 そんな名案が浮かび上がった。


 ――が、さすがに却下だ。

 体裁を装うつもりもないのだが、それはあまりにもダサすぎる行動だろう。


 70万も持っていないということを素直に告げることにも抵抗があるから、仕方がない。


突如として舞い降りた最終手段という名の策を、実行することにした。


「あー親父」


「なんだい? 兄ちゃん」


「それは、間違ってる」


「な、何がだい?」


「その馬車は、70万じゃないはずだ。本当は69万なんだろ?」


「え? い、いやぁ。そんな中途半端じゃぁなかったような気がするがなぁ」


「いや、気がするだけだろう。69万なはずだ」


 きっぱりとそう言い切ってやる。


「そ、そうだったけかぁ?」


「ああ。そうに違いない」


 いかにも自信ありげに腕を組みながら、断言。


「うーん。いまいちはっきりとは思い出せないが、そこまで断言されるとそうだったような気がするなぁ」


「ああ。そうだろう。69万なはずだ」


「ま、まぁ、儂としては正直どっちでもいいんだが、兄ちゃんがそこまで言うなら、69万だったことにするかなぁ」


「そうか。じゃあ、弁償するのは69万ドラで良いな?」


「ん? ああ。別にいいぞぉ? 兄ちゃん。儂は一万ドラぐらい気にせんよ」


 よし。

 作戦成功。


「…………」


 ――なの、だが……。 

 終わってみてようやく気づいたが、これはこれでかなりダサかった。


 なんてことを思いつつも、そんな心を悟られないよう、


「ほら」


 と、結局札束全てを取り出し、親父の胸に押しつけた。


「に、兄ちゃん。これ、さっきと同じ量ではないかい?」


 親父はこれが俺の全財産だと思ったのか、中々受け取ろうとはしなかった。まぁ、シーナとユーリに服を買ってやると約束したばかりなのだから、当たり前と言えば当たり前かもしれない。


「大丈夫だ。他にもまだあるから」


 これは別に嘘ではない。ちゃんと一ドラある。


「そう、かい。じゃあ、遠慮なく頂戴させて貰おうかな」


 親父は言って、札束に手を伸ばす、が、またも手を止め、続けた。


「だ、だけど、あの二人にはちゃんと服買ってやってくれよ?」


「ああ。分かってるよ」


 相変わらず、同じことを繰り返す鳥頭親父だった。


「そ、それから、兄ちゃんたちが不自由な生活を送ることになったら、遠慮なく儂に言ってくれよ? すぐ、このドラを返すから」


「ああ。だが、その心配はない」


「そうかい。そりゃ、すごい自信だなぁ、兄ちゃん。でも兄ちゃんがそう言うと、本当に心配がないように思えてくるよ」


「そう、か」


まぁぶっちゃけた話、ドラなど昨日みたいに簡単に稼ぐことが出来るだろう。自信がないわけがない。いざとなったら、俺もミエルも飯ぐらいしばらく食べなくても大丈夫だしな。


「それで、これからなんだが」


 俺は一段落付いたと、話題を変える。


「あんたは、何処に行くつもりだ? ギゼルか?」


「そうだけど。なんだい? 兄ちゃん」


「あーなんつーか、俺らもそこ行くっぽいから、ついでに送ってやろうか? 馬車壊しちまったしよ。俺が飛べば、多分数分でギゼルまで着く」


「そりゃぁありがたいお話だなぁ。だけど、遠慮しとくよ」


「なんでだ?」


「兄ちゃん、馬車は壊したけど馬は助けてくれたんだろう? だったら儂は、あの馬と共にゆっくりと行くさ。急ぐのは、好きじゃないんだ。のんびり屋なもんでねぇ」


「そうか。なら、もう地上に降ろしてやるよ」


「頼もうかな。兄ちゃん。でも、その前に、シーナちゃんとユーリちゃんにお別れさせてもらおうかな。あの二人を見てると、元気だった頃の娘を見てるようでねえ。うん」


 過去を思い出しているのか物思いに老け、少しだけしんみりとした顔をする親父。


「あー」


 一瞬聞くことを躊躇ったが、こいつに遠慮する必要もないだろう、と、触れてはいけなそうなことを訊くことにした。


「もしかして、あんたの娘、死んじまったのか?」


「いや、儂に娘なんかいないぞぉ? ただ言ってみたくてなぁ。はっはっはっはっはっは」


 ――ッッすぱこんッッ!


 反射的に親父の額を指で弾いていた。


 先ほど同様、気持ちが良いぐらい中身の詰まっていない音を奏で、親父はもう一度吹き飛ぶ。


 だがまぁ、仕方がない。反射は仕方がないんだ。


 生き物なら誰もが有している能力だ。脳で考える前に脊髄が勝手に判断し、親父にでこぴんしていたまでなのだ。俺は何も悪くないだろう。


 と。

 心の中で言い訳しつつ。


 俺は遂に気絶してしまった親父の側へと飛び寄り、本当に六センチ出っ張ったデコを見て、吹き出しそうになる。


 そして最後の慈悲として、宙に浮かしていた馬と親父を地に降ろし、草原に寝かしてやった。シーナとユーリに別れの言葉を言わせてやることはできなかったが、まぁ、許せ。親父。


 縁があれば、また何処かで出会うだろうよ。


 なんだかんだ、俺はこの親父が嫌いじゃなかったよな、と、締めくくるようにそう思いながら、俺はミエルたちの元へと戻ることにした。


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