バトル後
後ろには、空中に浮く気絶中の親父。
すぐ近くにはシーナとユーリ。二人とも俺の魔法で飛んではいるが、まだ慣れないのか上手く体を動かすことは出来ないらしい。
俺が急に目の前に現れ、驚きつつも近寄ろうとしているのだが、中々それが出来ていない。そんな二人に向け、「あーまたせたな」と、俺は片手を上げながら言った。
それに対し、
「ま、またせたじゃないわよっ!」
と、ユーリが怒りをぶつけてくる。
「いきなり闘い初めてっ! もう目で見えないぐらいすごい闘いでっ! あたしたちは放っておかれてっ! ……待ってるしか、なくて。……ホントに、ホントに……怖かったんだからっ!」
「そう、か。……悪かったな。ホント」
俺は頭をぽりぽりと掻きながら、謝る。
「それに、あんたが死んじゃったらどうしようって……不安だったのよ? あたしたちは、あんたに守られてるんだから……」
「心配、してくれたのか?」
「う、うるさいっ!」
「まぁ、それはありがたいが、俺は簡単には死なねぇよ」
「そんなの、分かんないじゃない! やられ気味だったし!」
「…………」
まぁ、確かに、やられ気味だったよな。吹き飛ばされたし、腕粉砕されたし……。
俺がミエルとの激闘を思い出していると、シーナの方も控えめに意見し始める。
「えと、その、セルにぃ。わたしも、すごく心配しました。セルにぃはものすごく強いですけど、でも、相手の女の人も、すごく強い魔力だったから……」
そういえば、シーナは魔力を感知できるんだったな、と俺は思い出す。
それがなぜかなのは、まだ知らないが。
「セルにぃ。その。あんまり無茶は――しすぎないでくださいね」
シーナは言って、控えめにはにかんだ。
そしてそれに便乗するように、ユーリももう一度口を開く。
「そうよ。あんたに居なくなられたら、ホントに困るんだからっ!」
無茶したつもりもないし、無茶するほどの相手はこれからそう現れないだろう。だが、それをわざわざ反論するつもりもなかった。
その後もユーリの怒りと文句に付き合い、しばらくすると、怒鳴り疲れたのか怒りも静まってくれたようだった。
そしてその時を見計らったのか、沈黙が訪れぬようシーナが俺に訊いてくる。
「えと、セルにぃ? その綺麗なお姉さんは、誰ですか?」
と。
今の今まで誰もミエルについて触れていなかったのだが、シーナのお陰で、ようやくミエルの話題へと移ることが出来る。
綺麗なお姉さんと呼ばれ、両手を頬に当てながら照れているミエルを横目に、俺は答えた。
「あーそいつは俺が、神界に居たときの知り合いでな」
「しんかい、ですか?」
「ああ。神人の世界。神界だ」
「そう、ですか。――で、でも、セルにぃっ」
いきなり声を荒げる、シーナ。
「どうした?」
「えと、そのお姉さんとは、さっき、闘ってませんでしたかっ?」
珍しく、シーナは糾弾するように言う。
「……あー」
俺は頭を掻きながら、思った。
そういや、そうだな、と。
いきなり現れ、俺と死闘を繰り広げていたその相手が、普通に隣に居る。知り合いだと分かったとはいえ、不思議かもしれない。いやむしろ、俺の知り合いだからこそ、色々と不思議なのかもしれない。
「なんつーか、闘ってはいたが、別に敵な訳じゃないんだ」
「そう、なんですか? えと、じゃあセルにぃは、敵じゃない人と、周りが壊れちゃうぐらい激しく闘ってたんですか?」
「まぁ、そうなるな」
「そ、その、セルにぃっ。思ったことを、そのまま言っても良いですかっ?」
もう一度声を荒げる、シーナ。
「あー別に良いが。なんだ?」
「えと……えと……。せ、セルにぃは、その――ば、馬鹿なんですかっ?」
きゅっと目を瞑り、手を握りしめ、意を決したように言うシーナ。
そしてその直後、
――ぐさり。
と、何かの効果音が聞こえてきた。おそらく、俺の胸に突き刺さった言葉というナイフだろう。そのナイフは止まることなく進み続け、心臓中央部でようやく勢いを失う。だが破壊力はむしろ倍増し、今度は心臓をミンチにすべく回転し始めたのだった。
十歳ほどにしか見えない、少女に。
いかにも人見知りし、自分の意見を言うのが苦手そうな、少女に。
可愛らしく、人の悪口など到底言いそうもない無垢な、少女に。
――馬鹿なんですか、と。
生まれてこの方、俺は馬鹿なんじゃないかと幾度となく思い、悩んできただけに、この言葉は重かった。
「…………」
だが、言葉だけに反応し、打ちのめされたのも一瞬のこと。
今回の闘いについては、俺に全く否がないことを思い出す。
めんどくさいからと闘いを拒み続けていた俺を無視し、無理矢理壮絶な闘いにまで発展させたミエルに否があるだろう。さすがに。
そう思い、私が悪かったのです、と弁解してくれることを期待し、俺はミエルの方を振り返ってみた。
――が。
「…………」
なんというか。
…………。
「ふふふ」
期待通りになど、なりえなかった。
――ミエルは、なんと、笑っていたのである。
お腹を抱えて、嬉しそうに――大爆笑。
「セル様が。セル様が、小さい女の子相手に馬鹿と言われていますっ」と小言を漏らしながら、大爆笑。
「セル様を馬鹿だと思っていたのは、私だけではなかったのですねっ」と今の俺には酷すぎる言葉を吐きながら、大爆笑。
……。……。
『てめぇの所為だろうがぁぁ!』と叫びそうになったのは、言うまでもない。
だが俺はそんなことはせず、クールに、第二の行動を取ることにした。
「いや悪いシーナ。さっきのは嘘だ。実はこいつ敵なんだ。かなりの悪者で仇敵でな。うん。こうしている間にも攻撃してきそうなほどに質の悪い奴だ。ラスボスだ。世界の敵だ」
俺は早口でそう言ってみせる。
「そ、そうなんですか?」
「ああ」
「…………え、えと、えとっ。……そ、そうとも知らず、わたし、馬鹿、なんてっ。――セルにぃっ。その、ご、ごめんなさいっ」
「あーいやいい。謝んなくていいから、取りあえず、こいつから逃げるぞ。シーナ」
そう言ってシーナに手を差し出すと、迷うことなくそれを取ってくれる。
「ユーリも」
そしてユーリにも手を差し出すと、やや訝しげな目をしながらも、結局俺の手を取ってくれた。
風魔浮の効果が残る二人の手を強く握りしめ、俺は限界突破する勢いでどこかへ飛んで逃げようとする。
――が、そのとき。
「ま、待ってください」
と、制止の声。ミエルは続けて言った。
「すみません。冗談です、セル様。私が悪いと、ちゃんと説明しますから」
「正直、俺には冗談に見えなかったんだが?」
飛び立つことを中断しながら、俺は答える。
「そうですか?」
「ああ」
「正直な話、確かに、セル様のおっしゃる通り冗談ではなく本気で笑ってしまったのですが――」
「……おいこら」
こいつ、前にも増して俺のことを舐めてやがる。……いや、前もこんなもんだっただろうか?
「心配しないでください。私がセル様に迷惑を掛け、無理矢理闘わせてしまったことは自負しています。お二人の誤解を解かなければならないのが私だと言うことも、お二人を心配させてしまったのが私だと言うことも、分かっております。だからどうか、せめて、セル様の名誉を守るためにも、私にすべてを説明させてください」
いや、別に名誉とか気にしていないし、名誉を失ったとも思っていないんだが……。
まぁ。
「そこまで言うなら、頼む。ミエル」
断る理由もないだろう。
俺は言いながら、シーナとユーリの手を離した。
「はい。ありがとうございます」
言って、ミエルは丁寧に頭を下げる。
そして頭を戻すと、早速、シーナとユーリに向けて話し始めた。
自分が、誰なのか。どういった経緯を持って、ここまで来たのか。なぜ、俺と闘っていたのか。俺と、どんな関係なのか。
いらない話いらない話いらない話を混ぜに混ぜ、軽快に、とは到底いえないペースで話していった。