新たなる連れ
「お願いします! 私をあなたの旅にお供させてください!」
闘いの直後、冷静になって周りを見てみると、ミシペルの道は崩壊しかけていた。女の起こした地震により地盤は亀裂し、光球により山は抉り取られ、風の刃により、地を深く削られる。
さらに俺が最後に放った雷が絶大な被害を及ぼし、天気を雷の雨に変えるまでに至ってしまっていた。
俺たちは顔を見合わせてさすがにこれはやばい、と互いに悟り、自分たちの治療がてら二人で自然を元に戻すことにしたのだった。
そして数時間後。ようやくその作業が終わり、現在ユーリとシーナ(気絶した親父も)の所に戻ろうとしていると、女は意を決したようにそう真剣な面つきで頭を下げたのである。
「……あー」
「お願いします! 私、なんだってしますから!」
この女と一緒に、旅。
「…………」
……正直、あまり気乗りはしなかった。
「あなたと一緒に旅をし、いつか、あなたに勝てるようになりたいのです!」
「俺を倒すために、俺と旅をする、と?」
「はい」
躊躇なく答える。
……かなり、厄介だ。
「あー、もうめんどくさいから、正直に言おう」
「はい」
「ぶっちゃけ、イヤだ」
「照れ隠し、ですか?」
捉え方がポジティブだった。
「違う。本音だ」
俺はそう訂正してみせるが、
「違います。照れ隠しなはずです」
と、なんか決めつけられてしまう。
厄介すぎる。
というか、このパターンはやばいぞ。いつもの完全に押し切られるパターンじゃねぇか。
……なんとか、断り切らなければ。
「お前あれだろ。うん。今ならまだ遅くない。神界に戻れ。お前ほどの実績を持った神人なら、気の迷いで済ましてくれるさ」
「……いえ。戻りたく、ないです。私は神人の本能にも勝る想いでここまで来たのです。私の意志で、あなたのそばに居たいと、そう思ったのです。今までの私は親や先生方の言いなりでした。そんな私が、あなたに出会って初めて自分の欲求を優先することができたのです。あなたと居ることが何よりも楽しかったから、です」
「…………」
「お願いします。しつこいかもしれませんが、どうか、お願いします。もう、自分の欲求に逆らいたくないのです……」
俯き、真剣にそう言う。
少しの間の後、
「……いえ、これでは語弊がありますね」
と、女は付け加えた。
「――自分の欲求に逆らいたくないのではなく、私では、この欲求に逆らうことが……できないのです。……だからどうか、お願いします。自分勝手かもしれませんが……あなたの旅に、お供させてください」
女は、もう一度頭を下げた。
丁寧で、誠意がひしひしと伝わる姿勢だった。
「そう、か。お前、そこまで」
「……はい」
切実な、想い。
ここまで頭を下げられ、こんなにも泣きそうな顔をされ、率直すぎる彼女の想いを聞いて。それを誰が断れるだろうか。いや、誰も断れるはずがないだろう。
ただ。
――俺を除いてはな。
「だが断る」
「なぜですか!」
「あー。情に訴える作戦で、俺の心が変わるとでも思ったか?」
「そうですか。今まで五度ほどひっかかってくれましたので、あなたなら今回もいけると思ったのですが……。どうやら、いつの間にか学習能力が付いていたみたいですね」
こいつ、絶対俺のこと馬鹿にしてるだろ。
まぁ、今まで五度ほど引っかかったのは事実なんだが……。
「…………」
それにしても、事前にシーナとユーリに会っておいて良かったかもしれない。なんというか、もっと断りづらい状況というものを知っていると、少し余裕が持てるのである。
「本当に、駄目なのですか?」
「あーまぁな。別にお前が嫌いって訳じゃないんだが、なんかお前、毎日闘い挑んできそうだし」
「そうですか。ではあなたのことをこれから、セル様、とお呼びしますので、どうか、お願いします!」
「いやそこは普通、闘いをあんま挑まない誓いとか立てろよ」
「いえ。セル様にはこちらの方が嬉しいかと」
「いや、正直全く嬉しくないんだが……」
「そんなはずはありません。セル様は今、心の中に沸き上がる喜びを必死に押さえつけてるはずです」
「なんかまた決めつけれられてるし……」
「とにかく。……本当に、どうかお願いします。セル様のことになると、私の性格が変わってしまうのは知っていますよね? セル様のためなら私はいくらでも、しつこくなれてしまうのです」
確かに、それは身を持って知っている。
「だからもしかしたら、私、セル様が承諾してくださるまで、一ヶ月、いえ、一年だろうとここにセル様を引き留め、頭を下げ続けてしまうかもしれません」
「…………」
……マジかよ。
そんなはずはないと思うが、良く考えてみるとやりかねないことに気づく。
「それにもし逃げたとしても、地獄の底まで追い回してしまう自信もあります。ホントに、自分でも怖いぐらい、セル様のことになると歯止め効かなくなってしまうのです」
彼女は申し訳なさそうな顔をし、すみません。迷惑、ですよね、と、そう呟いた。
「あーまぁ、なんつーか」
俺は考える。どの選択肢が、俺にとって最も楽な道なのかを。
そしてそれは、想像すれば容易に答えを出すことが出来るものであった。
――明らかに、断った方がめんどくさい、と。
そして、素直にこいつの要件を聞くのが、一番被害が少ないのだ、と。
そう結論付いたのだ。
それにこいつはめんどくさいが――嫌いじゃない。昔から、共に過ごしてきた奴なのだ。こいつがここに来たときからこうなるだろうことは予想していたし、元より、それを無理に断ろうとするつもりはなかった。
俺は頭を掻きながら、覚悟を決めることにする。
「あー分かった。分かったよ」
若干投げやり気味に、言葉を放った。
「ほ、ホントですか」
大人びた風貌を放つ彼女が、無垢な子供のように喜ぶ。そこまで……嬉しいのかよ。
なんだか少しだけ照れくさかったが、それを隠しながら、俺は言った。
「あーでも、一つだけ、約束してほしい」
「なんでしょうか?」
「俺には今、二人の連れがいる。そいつらの面倒を見て、仲良くやってくれ」
「連れ、とは。後ろにいる方々ですか? 三名居るように見えますが」
「あー違う。あの気を失ってる親父は断じて違う」
「そうなのですか。では、女の子二人、ですね」
「ああ」
「それにしても、あの二人は奴隷服を着ているように思われますが、セル様、奴隷でも購入したのでしょうか? もしそうなのだとしたら、軽蔑しますよ?」
「ちげぇよ。あいつらはもう奴隷じゃない。昨日、いろいろあってな。俺が面倒見る羽目になっちまった。服は次の町ですぐ買ってやるさ」
「そうなのですか」
「ああ。あいつらは人間だが……別に、いいだろ? 神人の教えだと、人間は下等な種族らしいけどよ」
「ふふ」
何が面白いのか女は頬を緩め、くすくすと笑う。そして弾んだ声で、嬉しそうに言った。
「セル様は相変わらず、本当に神人らしくないのですね」
と。
「うるせぇよ」
俺はそう素っ気なく言い返してみせるが、女は笑い続けるだけであった。……何がそんな嬉しいのか。全く分からない。
しばらくして女は表情と取り繕うと、話を戻した。
「分かりました。それなら、お安いご用です。教え込まれた人間に対する数々の偏見は、全て捨て去ることにします。セル様と共に過ごす人間が、悪い人間なはずもないですからね」
「そうか。それは、助かる。だが、そんな簡単に割り切れるとは思わなかったな。お前も大分、神人らしくないじゃねぇか」
「そうでしょうか? もし本当にそう思って下さったのであれば、それは、最高の誉め言葉ですね」
「……? 誉め言葉?」
「はい」
にこりと微笑む。
やはり、こいつの考えてることは良く分からなかった。
だがまぁ、別にいいか。今に始まったことではない。
俺は話はもう終わりだろうと判断し、ユーリとシーナの元へ戻ることにした。
「セル様」
だが、そんな俺を止め、背に話しかけてくる女。
背を向けていても姿は見える。そのまま答えた。
「なんだ?」
「野暮なことをお聞きしますが――」
言うのを一瞬渋り、だが結局、続けた。
「――セル様は……私の名前、覚えてくれていますでしょうか?」
「……あー」
「……えと、その、一度も、呼んでくださらないものですから……」
不安げに、珍しく口ごもりながら女は言った。
「安心しろ。さすがに、忘れねぇよ」
俺はそう前置きし、
「――ミエル、だろ?」
と、振り返りながら名を呼んだ。
ミエルは嬉しそうに「はい」と答え、少女のような無垢さを、瞳に宿した。見てるこっちが照れるほどである。
再び背を向けながら、俺は訪ねた。
「あーなんつーか、そういやお前、ホントに俺のこと『セル様』とか呼び続けるつもりか?」
「はい」
「マジか」
「はい。ですが、ずっとではありません。私がいつの日かセル様に勝てたとき、対等に名前を呼び合いたいのです。それまでは私の方が弱い=立場が下ですから、『セル様』と、そう呼ばせてもらいます」
なんとも、極端な考え方だった。
「あれ? ですがこの考え方ですと、私がいつの日かセル様に勝てたとき、私の方が強い=立場が上、となってしまいますね」
どーでも良いことでミエルは真剣に悩み、答えを出す。
「そうですね。では私が勝った場合、セル様のことを『ゴミ虫』と呼ぶことにしますね」
「それは極端すぎるだろう」
そう素早くツッコンでみせるが、聞こえなかったのか無視したのか、綺麗にスルーされてしまった。
俺は長い長いため息を一つ吐く。
そしてなんとなく、これからのことを考えてみた――その直後には数々のめんどくさそうな出来事が脳裏を支配し、俺を憂鬱にさせる。
そんなイメージを振り払いながら、俺は思った。
……なんつーか。
――なんとも……前途多難だよな、と。
のんびりした暮らしを求めて人間界に来たはずなのに、二日でもう、三人も連れが出来てしまった。
このペースで行ったら、一ヶ月後には45人ほどに増えている計算になってしまう。さらに一年で、450人。
……それはもう、うじゃうじゃすぎる。
のんびりの、『の』の字すら見えてこないだろう。
これ以上はなるべく増やさないよう、押しに弱い性格をなんとかしなければと思いながら、俺はミエルと共にユーリとシーナの元へと戻ることにした。
まぁ、なんにせよ。
俺はミエルが憎めないし、嫌いじゃない。
それにミエルは同年代で唯一、俺に話しかけてきた神人だ。
少しの面倒事ぐらい、許容できるかもしれない