神人VS神人
馬車に乗りたいです。
自由と商業の都プリステンダムを出て、先日と同じように上空をだらだらと飛んでいると、シーナがそう控えめに言った。
別に金はあるし、時間もある。魔力を使わなくていいのなら楽でいい、ということで、今現在、『ミシぺルの道』を馬車を借りて走行している。この馬車は『闘争と軍事の都ギゼル』に直行らしいから、目的地は自然とそこで決まりということになった。
「いいねぇ~、兄ちゃん。両手に花で」
ふと、馬車を運転している親父が振り返ってそう俺に話しかけてくる。
「あー」
俺はなんと答えていいか分からず、頭をぽりぽり掻きながらめんどくさそうな顔をしておいた。
つーか、それにしても、この親父はさっきから良く喋る野郎だな。この馬車に乗せてもらってからずっと何かを喋り続けているような気がするほどだ。『両手に花』。この言葉はもう四回ぐらい聞いている様な気がする。もう反応するのもうんざりになってきたところだった。
だがまぁ、それでも、この親父と話しているシーナやユーリは楽しそうだから、別に文句を言うようなことはしなかった。こんな揺れまくって遅いだけの馬車の何処が楽しいのだかは分からないが、シーナはずっとテンション上がりっぱなしだし、その姿を見てるユーリも幸せそうだった。
二人とも喜々した表情で、心底楽しそうに会話をしている。
そんな二人の姿は、微笑ましくていいのだが――。
なんつーか……。
揺れすぎだろ、この馬車。
――酔った。
マジ、初めて酔った。
なんだこの気持ち悪さは。さっきから瀕死寸前だろうと全回復する魔法を掛け続けてるのに、ちっとも治らない。何処が悪いんだかが、全く分からないぞ。
「いいねぇ、兄ちゃん。こんな可愛い女の子二人を連れて旅なんて。両手に花だねぇ」
シーナとユーリと話していた親父は、またも俺に話を振ってくる。
うるせぇぞ親父。何回目だよ。
「……あー」
心の内に微妙ないらいらがこみ上げ、吐き気がする。気持ち悪ぃ……。
「けど兄ちゃん。駄目じゃねぇかぁ。こんな可愛い女の子にこんな貧相な服着させちゃあ」
黙れ親父。
このやり取りは宿のおばさんともやったし、お前とも三回ぐらいやっただろうが。鳥頭が。
普段なら別に、そんな気になることでもないのだが(めんどくさいにはめんどくさいが)、今は親父の一言一言が煩わしくて仕方がない。
発達しすぎた聴覚が発せられた音全てを受け取り、それが吐き気のするみぞおち辺りにぐわんぐわんと響く。
今まで病気とも怪我とも無縁だった俺にとっては、これは結構堪える感覚だった。
下手したら、生まれてから今までで味わった苦痛の中で、最大級の苦しみかもしれない。……というか、思い返してみれば、俺って苦痛を味わったことがないような気もする。並みの攻撃じゃ痛くも痒くも無いし、神級の攻撃だろうと、俺には避けれてしまう。
……だがまぁ、あまりにも力を持ちすぎた所為で、疎まれも恨まれも羨ましがられもして、めんどくさかったんだがな。
本当、何の因果があって、野心も何もない、只毎日を適当に過ごしたいと思ってる俺がこんな力を持って生まれたのか……。生まれてきてから何十回と思ってきた疑問だが、未だに分からなかった。
少し気になりもするが、俺はいつものようにどーでもいいやと結論付け、酔いに対抗する手段を考えることにする。
回復魔法は解毒から復活魔法まで一通り掛け終えたのだが、酔いには効果がないらしい。誰かに酔いの止め方を聞く方法も浮かんだのだが、奴隷であった二人は乗り物に乗ったことすらないだろうし、運転手の親父に聞くのは、俺のプライドが許さなかった。
どうしたもんか。
苦悶の表情を決して出さないように、顔に無表情を貼り付け、どんどん増幅する吐き気と胃のもどかしさに耐える。そして、がたごとと揺れる馬車の外を覗き見てみた。
ミシぺルの道はそこそこに整備された道路一本が果てしなく続き、その周りは大草原に覆われている。さらに奥方は右を見ても左を見ても、長くなだらかに連なる山脈。寒いのにも関わらずそこには緑が生い茂っており、真っ白な入道雲、群青色の空がそれを一層際立たせていた。
――この景色を眺めていれば、もしかしたら酔いが鎮まるかもしれない。
と、俺はそう閃く。
そしてそれを実行しようとした――刹那。
遥か山奥に、米粒程度の飛来する物体を視界に捕えた。
鳥かなんかだろうと一瞬思ったのだが、それは急速にこちらに近づき、人間ほどの大きさがある生き物だということに気がつく。加えて、微量の闘気が俺に向けて発せられていることにも気がついた。
「――親父、止めろ!」
相手が何物かは分からないが、俺にここまで気配を悟らせず、あそこまでのスピードで飛来できるとなると、只物ではないのだろう。
シーナとユーリには三重の結界が張られているからおそらく心配ないが、この親父はそうもいかない。
別にこいつがどうなろうと知ったことではないのだが、俺の所為で死なれても後味が悪かった。
相手の狙いはどうせ俺だろうし、馬車から下りることにする。
俺は親父が馬車を止めたのを確認すると、扉を開けて飛び降り、馬車から少しだけ離れる。
そしてそうしたところで、さっきまで俺の視力だろうと米粒程度にしか見えなかった相手が、急激に目の前に現れた。
金髪碧眼、芸術的にまで滑らかで、色白の肌をした女。
その女は、長い髪をふわりとなびかせ、優雅に地上へと舞い降りる。
俺のよく知っている、女だった。