とある神人(テオール)
ようやく新キャラ登場です。
※視点が変わります。
神人。
神に作られし高等な種族。
神の命にのみ忠実に動く、戦闘種族。
そんな私たちの種族が与えられた役目。
それは魔界、天界、人間界。この三界の力関係を均等に保つことであった。
すなわち、強くなりすぎた勢力。世界を滅ぼすほどに強くなり過ぎた勢力を、潰せばいいのである。
私たち神人は、それを行うことに何の疑問も抱かなかった。
それはしょうがないこと。そう神に作られてしまったのだから。
私たちはそれに不満を持たなかったし、むしろ命を与えてくれた神に、私たちを創造してくれた神に、感謝をしていた。
だが、何処にだって例外という者はいる。
神人の中にも――居た。
全てがおかしく。
全てが――異端。
何処を取っても、何をさせても、神人と言える要素など存在し得なかった。神人という種族に収めておくには、あまりにも大きすぎる器を持っていた、一人の男。
彼はそんな異端児だった。
だがどれだけ彼が異端であろうとも、名目上は列記とした神人。
彼は他の神人同様成長し、神人育成学校に通った。
教える前からなんでも出来てしまう彼。教える前から既に教員の実力を超えてしまっていた彼。
その存在感はあまりにも異質で、大人たちはみな彼に恐怖した。
そしてそんな彼の異質さは、ある事件により瞬く間に第四の世界神界へと広がり、やがて神々すら彼を恐れた。
彼がいずれ、神々を滅せてしまうほどの力を持ってしまうことに。
神の命をまるで聞かない異端児であることに、神々は恐怖した。
だけど、そんな彼と同級生だった私は彼を怖いと思ったことは一度もなかった。
今考えると子供だったから、彼の異質さに気付いていなかっただけかもしれないが、少なくとも私にとって彼は恐怖の対象ではなかった。
ただ、私は彼をかなり意識していた。
彼がいるから、私はいつも二番だったのだ。
どんなに頑張っても。どんなに辛い訓練をしても。どんなにいい成績をとって教師に誉められても。
何もしていない彼に、一つとして勝てるものはなかった。
――悔しかった。
私も十年に一人の逸材と言われていたのに、彼には全く歯が立たなかったことが。彼との前に、大きな大きな壁を感じてしまったことが、悔しかった。
悔しくて、何度も彼に戦いを挑んだが、それでも勝つことは敵わなかった。
だけど、どれだけ力の差を見せつけられようと、彼の存在が遠くなっていくのを感じようと、私は彼に勝つことを諦めなかった。悔しさを糧に、絶対に諦めなかった。
でもやっぱり、諦めないというだけでは何も起こらないのだろう。やはり、私が彼に勝つことなど一度もなかった。
しまいには、彼に決闘を申し込んでも「あー、……めんどくせぇ」の一言で断られてしまうようになってしまったのだ。
むかつきはしなかった。
私が弱いのが、いけないのだから。
だけどそれでも
例えきっぱり断られたとしても、諦めることは出来なかった。
私は最早――彼に依存していたのかもしれない。
彼に少しばかりの敵意を向けるとともに、いつしか私は彼を目標とし、彼に憧れていたのだ。認めたくはなかったけど、それは確かな事実だった。
そんな私の挑戦が何年も続き、めんどくさいと言われてもしつこく挑戦し続け、どれだけの月日が経っただろうか。
私たちがもう大人と言える年齢になった頃。
――私の挑戦は、呆気なく終わった。
勝ったわけではない。
諦めたわけでもない。
彼が、神々に追放されたのだ。
理由はただ彼が怖かっただけ。
彼が何か悪いことをしたわけでも。神に敵意を向けたわけでも、ない。
それなのに彼はただ強すぎるというだけで、神界から追放された。
私は彼がその理不尽さに、反発するだろうと思っていた。
だけど、そんなことはなかった。
私は忘れていたのである。
彼がものすごく、めんどくさがり屋だということを。
神を倒す実力がありながら神に反発しようなど思わないことも。わざわざ力で誰かを屈服させ、従えようとしないことも。全てめんどくさいだけ。
彼の実力があれば望んだことが全て叶うはずなのに、ホント、彼は異端児だ。
それが彼の良いところでもあるのだけど、今回は私にとって悪いことでしかなかった。
彼は追放されてすぐ「別に良い。わざわざ反論するのもめんどくさいしな」と、簡単に出て行ってしまったのだ。
人の気も知らないで。
私も付いて行きたかったが、神人である私の理性が、それを拒んだ。『無断で神界から出ることは神の意思に背くことと同等である』、という掟に気圧され、付いて行くことなど出来ようがなかった。
だけど彼が神界から出てゆき、数年がたった今、私はやっと、あることに気付いた。
彼をおかしな神人だと思い、おかしな神人だと彼に言い。
彼の異質さに憧れ、彼の異質さを目標にし。
ずっと彼を異端児と捉え、自分は普通の、ちゃんとした神人だと――思っていた。
だけど、それは違うのだと。
私は普通の神人なんかじゃないのだと。
彼を追い求めるあまり、いつしか私も、彼と同じ『異端』になっていたのだと、気付いてしまったのだった。
普通の神人は、神への忠義心で一杯。
軽い気持ちでふと、神の意に反すること思うことすら、あり得ない。
生まれた時から神にそう設定されているのだろう。事実、彼と会う前の幼き私もそうだった。
だけど、どうだろうか。
彼がいなくなってからの私は、毎日神界から出ていくことを考えている。
積み上げた地位を全て捨て、神の意に逆らってまで私は彼にもう一度挑戦しに行きたいと思っている。
そしてその想いは日に日に強くなってゆき、彼に依存していた私は、薬がキレた者のように苦しみ、他のことなど何も考えることが出来ないほどになっていた。
私が神人であるという事実と、神人育成学校で教え込まれた理性により、なんとかそれらに耐えることが出来ていたが、もう、限界だった。
――私は遂に、神界を飛び出したのだった。
優等生で通っていた私の、いきなりの逃亡。
教師たちは驚きながらも私を追い、「今ならまだやり直せる。戻る気がないのなら、君に武力を使わざるを得ない」と、説得を始めた。
戻る気などなかった。
だからと言って、捕まる気もなかった。
私は心の中で両親と、目の前に居る教師たちに謝り、生まれて始めて、彼以外の生き物に敵意を向けた。
戦闘態勢を取り、数人の教師たちと対峙する。
教師たちも私の確固たる意志を読み取ったのか、説得を止め、武力行使で私に襲いかかってきた。
相手が教師でしかも複数となれば、苦戦――悪ければ負けてしまうとも思っていたが、その心配はなかった。
いつかもう一度彼に挑戦する時のために、毎日毎日血のにじむような努力をしていた私は、驚く程に強くなっていたのだ。
彼意外とは闘う相手がいなかったから実践経験に乏しく、私は自分の実力がどれほどになっているのかが全く分からなかった。だから、自分が強くなっているという事実は素直に嬉しいことだった。
どうせ彼は訓練など一度もしていないだろうから、もしかしたら勝つことだって出来るかもしれない。そんな淡い期待も、持つことが出来た。
なんなく教師数人を最小限のダメージで気絶させ、私は遂に、魔界と天界の狭間にある神界。分厚い結界に覆われ、並みの魔力では視界に捕えることすら敵わない神界から、出ることができたのだった。
生まれて初めての外界。
それは感慨深くもあり、不安でもある複雑な感情だった。
私は神界から逃亡してすぐ、まずどうしようかと考え、何よりも先に彼の元へ行きたいという自分の欲求を、優先することにした。
浮遊魔法で空を超高速で飛び続け、彼の魔力を探す。何の訓練もしていない彼に勝てないのは悔しかったが、探査魔法には少し自信があった。
時間軸が世界によって違うから正確には分からないが、一日目で魔界を全て周り終え、その間に突っかかってきた魔族を殲滅する。次に向かった天界も一日で全ての場所を探知し終え、そして現在。人間界へと着いていた。
私は集中するために目を瞑り、感覚を研ぎ澄ます。
「全ての魔力よ、知となり我が元へ集え。魔探知」
そして詠唱を開始し、探査魔法を唱える。
私の探査魔法では半径五、六百キロが探査可能だが、飛び回りながら範囲を広げていけば、ここ人間界も今日中に全て見回ることが出来るだろう。
――と、そう思い、私が空を飛び立ってから数分後。
無視などできようがない膨大な魔力を、簡単に探知した。
あの人はあれでも『気』を隠してるつもりなのか、それとも、隠すつもりすらないのか。
前者であるなら、私が勝つ可能性など皆無になってしまうが、後者であるならば、彼は馬鹿だ(確か彼は馬鹿だったような気がする)。人間にだって魔力を探知できる者はいるのだから、その中であんな『気』を放ち続けたら、いずれ人間界全体が恐怖に怯えてしまうだろう。魔王など簡単に倒せる実力を持っているのだから、少しは自重して欲しいものだ。
だけど、彼が本当に『気』を隠すつもりが無いのならば、私の勝機はますます上がる。
彼を見つけたことで爆発的に上昇した心拍数を落ち着かせながら、私は、彼の元へ向かうことを決めた。