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よくじつ

 現在時刻は午後0時35分。


 一晩だけ借りた宿で、俺は大分遅い目覚めを迎える。


 時間にしたら約12時間ほど眠っていた計算になるのだが、正直まだ寝足りなかった。


 というのも、俺は先日久しぶりにベッドの上で寝たのである。


 今まで宿を借りる事すらめんどくさかった俺は、別に寝るのぐらい何処でもいいやと毎日野宿だった。いつも何も無い荒野にただ寝そべるだけで、ごつごつの岩が当たると結構ウザかったりもしていた。


 だが先日使ったベッドはごつごつどころか、ふわふわしていたのである。


 ベッドに包まれる心地よさには、抗いがたい引力があるとすら思えるほどだった。


 元々自分の欲求には滅法弱い俺であるから、その『引力』にどんどん引き込まれ、起きるに起きれなくなってしまった、ってわけである。まぁ、起きる気がなかったとも言うが。


 そんな俺が今現在やっと目覚めた理由は、単純だ。


 普通にユーリが起こしてきた。


 曰く、『ミレトスの兵士』が数人巡回しているのを窓から見かけたらしい。


 木の床に無機質な机が一つあり、並べられた二つつのベッド(ユーリとシーナが一つのベッドで寝ていた)。それだけしかいない質素な宿舎を一度眺め、一つ欠伸をする。そして寝癖のある髪を掻きながら、ユーリに向けて言った。


「あー、そうだな。ユーリ」


「なに?」


「この町、出てくか」


 別に『ミレトスの兵士』を迎え撃ってもいいが、何より俺がめんどくさかった。


 それに『ミレトスの兵士』の目当てはシーナとユーリだろう。倒してもここに居ることが割れていれば、さらなる援軍を送ってくる可能性が高い。そうなったら、もっと面倒なのである。見つかる前にさっさととんずらするのが、最も労力を使わないで済む方法だろう。


「そうね。それがいいかもしれないわね。……でも、行く当てはあるの?」


「ない」


「……い、言い切ったわね」


「別に行く当てなんかいらんだろ。適当に飛んで、着いた町が目的地。それでいいじゃねぇか」


「……まぁ、そうね。特に目的がある訳でもないしね」


「んじゃ、そうと決まったらさっさと行くか」


 俺はそう言うと、早速この部屋から出ることにする。


 特に持ち物などないし、昨日シーナにあげたローブ以外、服も一枚しか持っていない。着替える必要もなく、そのまま借りた部屋から出て一階の受付へと向かった。


 相当がたがきているのか、宿の階段は一歩降りるごとにみしみしと音を奏でる。段差が急なので、中々に降りにくかった。 


 シーナとユーリも無事一階まで降り、宿屋のロビーまで来ると、俺は宿主であるおばさんに向けて言った。


「あー。おばさん」


「なんだい。出て行くのかい?」


「ああ」


「そうかい。またいつでもきなさいな」


「まぁこれから他の町に向かうわけだが、縁があったらな」


「それじゃ、あたしはその縁に期待するよ」


 おばさんはそう言って、ふくよかな顔でほほ笑む。親しみやすいおばさんである。


 俺はそんなおばさんに一日だけだが世話になったことを思い出しつつ、この宿から出ていこうとした。

 ――が、


「ちょっとお待ち」


 と、おばさんの声。


「あんた。その二人の嬢ちゃんは連れなのかい?」


「ああ。そうだが?」


 俺は振り向き、応える。


「女の子にそんな貧相な服着せて。男ならもっとまともなもん着させてやんなさいな」 


 俺は二人の格好を見て、そう言えばと考え始める。


 確かに、シーナにローブを一枚与え、二人の首輪を外してやったりはした。だが、それ以外は基本奴隷服に裸足なのである。さすがに、女の子二人にこんな格好をさせるのは駄目なのかもしれない。


 ――というか、今まで俺はこんな貧相な格好をしている二人を連れ歩いていたのか、と。

 周りの奴らはどう思っていたのだろう、と。急に気になり始める。


 首輪は外してやったし、奴隷に見えていないんだとすれば……。


 甲斐性なしの男、とかか?


「……あー」


 元々周りの評価など対して気にする俺ではないのだが、それはかなり屈辱的だった。


「そうだな。次の町行ったら好きな服買わせてやるつもりだ」


 このおばさんにも甲斐性なしと思われてはたまらないので、俺はそう見栄で言って見せる。


「そうかい。それならよかったよ」


「ああ」 


 おばさんはもう一度ほほ笑んだ。


 俺はそんな温かみのあるおばさんの笑みを記憶に残し、今度こそここから出ることにした。おばさんも俺を止めようとはせず、宿から出る直前まで、終始その笑顔のままであった。


 そして宿から出て扉を閉めると、相変わらず人の多い市場が、目の前一帯に広がった。反対側の店が見えないほどである。今は昼間で太陽が出ていることが関係しているのか、幾分か夜よりも活気があるように思えた。


 そんな市場の喧噪を少しだけ眺め、立ち止まっていると、ユーリが俺の名を呼んだ。


 ユーリの顔を見て、なんだ? と俺は応える。


「えーっと、その。ホントに、……服買ってくれるの?」


「あー、まぁな」


「……あたし奴隷服以外着たことないから、テンション上がってたくさん買おうとしちゃうかもしれないわよ?」


「ドラは結構あるんだし、別にいい。そんぐらい」


「……そう」


 ユーリは普通に納得したかと思うと、すぐに表情を変え、


「――それは、す、すごく、楽しみだわ!」


 と、そう興奮気味に言った。


「そんな嬉しいのか?」


「あ、当たり前でしょ? ミレトスの王女とかがいっつもオシャレできれいな服着てるの見て、あたしもいつかああいうの着てみたいなぁ、って小さいころからずっと思ってたのよ。きれいな格好するのは、……その。女の子の憧れだから。……ましてや、あたしは奴隷服しか着てこなかったわけだしね……」


「あーまぁ良く分からんが、とにかく、欲しい服は買ってやるから安心しろ」 


「ありがとね! ホント、楽しみだわ! あんたに会ってから一番あんたを『使えるっ!』って思ったわね」


「お前、今さらっと聞き捨てならない事言ったぞ」 


「気にしない気にしないっ」


「……あー」


 駄目だ。


 なんか今のユーリはテンションが上がりすぎていた。嬉しいという気持ちがバンバン伝わってくるだけだから別に嫌ではないのだが、今のユーリと話すのはめんどくさい。


 俺はそんなユーリを無視し、シーナに話しかけることにした。


「シーナも、服いるよな?」


「え、えと。わたしも欲しい、ですけど……。その、お姉ちゃんが好きなだけ買って、余ったドラで少しだけ買ってもらえれば、わたしは十分です」


「シーナは、ユーリみたいにきれいな服とかに憧れないのか?」


「……えと、わたしも憧れますけど、でも、わたしは自分がきれいになるよりも、お姉ちゃんがきれいになってくれる方が嬉しいですから」


 シーナはそう言って恥ずかしそうに笑みを浮かべる。


 この言葉をユーリにも聞かせてやりたかったが、ユーリの意識はもう完全に服を買ってもらうことにあるらしい。俺達の会話など聞こえていないようだった。


 それにしても、ユーリのシーナへの愛情もそれはそれは大きかったが、……そうか。


 やはり、シーナもユーリのことを同じぐらい好きなのだろう。


 兄弟はいないから良く分からないが、大した姉妹愛じゃないか。


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