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ドラゴンとーばつ

「さて、と」


 町から出るためには身分証明書や手続きなどが居るらしいのだが、めんどくさいので門兵数人をチョップで気絶させ、素早く町の外へと出ることにした。ユーリとシーナからは少し失望の眼差しを感じたが、気にしないことにする。


「確かクエストは、リ・ガロス荒野に住みつくデュオ・ケパレードラゴンの討伐だったよな?」


 城の外でも続く市場から少し離れ、あまり人の居ない草原に出たところで、俺はそう話を切り出した。


 ランプのないこの場は星空以外に明かりがなく、かなり暗い。息を吐けば白くなるほど寒いのにも関わらず、虫は忙しく鳴いていた。


「そうね」


「んじゃ、さっさと行くか。歩いてたらかなり時間かかりそうだし、飛んでくぞ」


「……い、いや、飛ぶって。無理よ。そんなの」


「あー、そうか。じゃあ」


 ――風魔浮(ウーラモス)


 心の中でそう呟き、シーナとユーリの体重をほとんど失くす。それにより重力を受け無くなった二人は、空中に浮遊した。


「わ」

「――!?」


 ――天翼飛翔(ウーラリュクス)。 


 心の中でもう一度呟き、驚いている二人と同じ高さまで飛び上がる。


 市場のランプが地上に点々と明かりを作り出す(さま)が視界に入ってきた。周りに何も光りがない中、それは少しだけ綺麗に見える。


「これで、お前らも飛べるだろ?」


 言いつつ、俺は二人の手を取って固く握った。


「わ」

「――!?」


 それだけで、体が浮かび合った時と同じように驚く二人。だが空中にいることに慣れていないのだろう。あまり上手くは動けていなかった。


「い、いきなり何!?」


「あーいやなんつーか。そのままじゃスピードは出ないから、俺が引っ張ろうと思ってな」


「そ、そう。でも、強く握りすぎじゃない?」


「いや、これからかなりのスピードで飛ぶつもりだから、一瞬でも手を離したらやばいんだよ。……嫌か?」


「べ、別に嫌じゃないけど」


「じゃ、お前もちゃんと握っとけよ」


「……うん」


 ユーリは呟き、両手で俺の手を握った。


「シーナは、別に嫌とかねぇか?」


「えと、全然大丈夫です」


「そうか。――んじゃ、行くか」


 ――防御光陣(アミュンポース)


 俺は空気抵抗を失くすために光の結界を張り、飛び立とうとする。


 が。


「ちょ、ちょっと待って。セル」


 と、ユーリの声。


「……なんだ?」


「行く前に一応聞いとくけど、リ・ガロス荒野の場所って分かるの?」


 ものすごく初歩的な質問。

 そんなの知らない訳ないだろ、と一瞬思うが、考えてみると、誰かに聞いた覚えがない。


「あー。……いや、分からん」

「……」


 ユーリは言葉を呑んで絶句。俺も神人(テオール)の知り合いに言われ続けた自分の馬鹿さを、痛感した。


 だがまぁ、大丈夫だろう。


「ど、どうするの? 一回、町戻る?」


「いや、大丈夫だ。リ・ガロス荒野は何処か分からないけど、デュオ・ケパレードラゴンの居場所は探知できるはずだからな」


「……そう。なら、良いんだけど」


 まぁ、デュオ・ケパレードラゴンが半径千キロ以内に居ればの話だがな。


 思いつつ、


 ――魔探知(プサフノ)


 探査魔法を心の中で唱え、デュオ・ケパレードラゴンの『気』を探る。デュオ・ケパレードラゴンは魔界にも存在する凶暴なドラゴンなので、荒々しい『気』を隠すことなく発しているはずである。一度感じたことのある『気』だし、半径千キロ以内に居るならば、探すのは容易だろう。


「見つけた。南南東、320キロ先だ。――今度こそ、行くぞ」


 俺はぎゅっと二人の手を握りしめ、空中で加速する。そして一瞬で音速を裕に越え、見る見るうちに景色を通り過ぎていった。


 普通これだけ凄まじいスピードを出していれば、空気抵抗で喋るどころではなく、人間の身なら破滅してしまうほどなのだが、先ほど張った結界により害はない。


 シーナが興奮し、嬉しそうに言ってくる。


「す、すごいですっ、セルにぃ。こんなに早く飛んでますっ」


 そんなシーナの笑顔を見ていると、なんだかもっと喜ばせたくなり、


「あーもっと、早くできるぞ?」


 と、そう口走っていた。


「ホントですかっ?」


 俺は頷き、マックススピードまで加速する。


「うわあ~」


 スピードが上がりすぎ、最早景色は見ることが出来ない。面白いほどにめまぐるしく景色が変わり、一瞬見えたものでも、そのまた一瞬後には視界の端にすら捕えられないほどになっていた。こんなスピードを出したのは、久しぶりだった。


 そもそも、俺が全力で魔法を使うなんてことは稀で(本気を出すと疲れる)、生涯を合わせても、両手で数えきれるほどしかないのである。


 そんな俺に『喜ばせたい』って思いだけで本気を出させたのだから、シーナは不思議な少女だ。シーナの笑顔には、中毒性が含まれているような気さえした。


「……セル。あんたも、シーナの笑顔の虜になっていくのね」


 ふと、そんな呟きが後方から聞こえてきた。俺はシーナに聞こえないぐらいの声量で応える。


「なんだよ、それ」


「シーナの純粋無垢な笑顔が見たいってだけで、あたしたちの奴隷仲間はみんなシーナに優しくしていたのよ。今のあんたも、そんなみんなと同じ顔をしていたわ」


「マジか?」


「うん。……マジ。でも、それはしょうがないのよ。あたしたちが反乱を起こした理由の一つとして、シーナの笑顔を守るため、っていうのすらあったんだからね」


「そりゃ、すげぇな。まぁ確かに今の俺なら、シーナの笑顔を壊そう者が居るなら、瞬殺しちまうような気はする」


「……そう。もう、そこまで症状が進んでたの。また、敵が一人増えたわね」


「……敵? 俺がか?」


「そう。あんたよ。シーナの虜一号はあたしなんだから、あんたみたいな新米に、シーナの笑顔は渡さないわ」


 そんなことかよ。と俺は思うが、ユーリは結構真面目な顔で言っていた。よほど、シーナのことが好きなのだろう。


「あーまぁ、別に好きにしてくれ」


 呆れ顔で俺はそうユーリに応えて見せる。


「じゃあ、シーナがあんたに笑顔を向けたら、顔を逸らしてその笑顔を見ないようにすることはできる?」


「それは――」


 どうだろうか。できる、だろうか。


 例えば盗賊が襲ってきて、俺が簡単に潰すとする。シーナは当然俺に感謝し、一切の陰りのない純粋な笑顔を向けてくるだろう。


 その笑顔に俺は顔を背ける、ってことか? できるのか? そんなこと。


 そんなことをしたら、シーナは傷つき悲しみ、俺がシーナのことを嫌いになったとでも純粋な心で勘違いするかもしれない。そして色々と転じて、シーナは俺に笑顔を向けてくれなくなるかもしれない。そんなこと、耐えられるのか?


 俺は自問自答をし、簡単に答えを導き出す。


「……無理、だ」


 俺のプライドはあっさり負け、そう消え入るような声で呟いた。


「はぁ。やっぱりね。でもまぁ、シーナの笑顔は麻薬よりも中毒性が高いんだから、仕方がないわ。シーナと出会ってまだ一日も経ってないあんたですら、これなんだから。……でも、あたしは信じてるわ。シーナが一番好きな人は誰? って訊かれたときに、満面の笑顔で『お姉ちゃん!』って応えてくれることを……」


「……」


 ものすごいまでの愛情だった。姉妹愛を通り越している。


「ちょっとシーナに懐かれてるからって、あんたには負けないんだからねっ!」


 宣戦布告をしてくるユーリ。


『あーまぁ、好きにしてくれ』


 いつもの俺なら、そう答えただろう。

 だが、今の俺にその言葉を発することは出来なかった。


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