よーへーギルド バトル後
禍々しい雰囲気を放つ廊下をもう一度通り過ぎ、再び傭兵ギルド内へと戻ってくる。
それによって騒がしかったここ受付場は打って変わり、静寂に包まれてしまっていた。ほとんどの傭兵が俺をミレトスの兵士だと思っているのか、関わりたくないといった風に見て見ぬふりをしている。
「ほいよ」
そんな居心地の悪い空気の中、俺は肩に担いでいたジェイクをカウンターに置いた。
「この通り俺が勝ったから、Sランククエスト受けてもいいよな?」
「ほ、ホントに勝ったのですかっ?」
あまり感情の起伏が無さそうな受付さんが、信じられないと言った表情で言う。
「ああ。気絶してんだろ? こいつ」
「そうですか。……分かりました。一度約束したのですから、守ります。アダマス様のカードをお貸し願えますか?」
俺は頷き、ポケットに入れておいたギルドカードを手渡した。
受付さんはそれを受け取ると、何やら色々と書き込み、俺に返してくる。
「これでアダマス様はSランクとなります。SSランクのクエストを除き、全てのクエストを受注することが出来るようになりました」
「あー。無理言って、悪いな」
「いえ。お気になさらず。――では、SSランク目指して、頑張ってください」
俺は二度目となるこの台詞を訊くと、もう一度掲示板へと足を運んだ。
俺が行く先々に人が居なくなり、道が作られてしまうのは何ともやりづらい。
そしてこれからのことも考え、報酬30万ドラほどのクエストを選んで受注を済ませると、さっさと傭兵ギルドから出ることにした。
「ねぇ、セル。良かったの?」
とりあえず町から一度出るために、三番街路北東出口へと向かってる途中、ユーリはそう俺に聞いてくる。先ほどより人は減ったものの、この市場は未だに騒がしかった。三人で並んで歩くとなると、かなり歩きづらい。
はぐれぬようシーナと手を繋ぐユーリに、俺は応えた。
「何がだ?」
「あの、ジェイクって人。あんたを『ミレトスの兵士』だって勘違いしてたんでしょ?」
「あー。多分な」
「いいの? 誤解とかなくて」
「別に必要ねぇよ。あの男に恨まれてようがどうでもいいし、また闘うことになったとしても、どうせ俺が勝つ」
「いや、えーっと。セルの心配してるんじゃなくて……」
「……?」
「あの男、未だにあんたがミレトスの兵士、って思ってるんでしょ? ミレトスの兵士がみんなあんたと同じぐらい強いなんて誤解し続けたら、ミレトスの兵士を倒すこと、諦めちゃうんじゃないかなぁ、って。そう思ったのよ」
「あー。それも、大丈夫だと思うぞ。闘ってて感じたが、あの男の心は強い。圧倒的なまでの力の差を見せつけたのに、少しも怯まなかった。……よほど、ミレトスの兵士に恨みでもあるんだろう」
「そう」
「それに、これを境にもっと修行でも積んだら、あいつは間違いなく人間の中じゃ最強になると思うぞ。俺が人間相手に少しでもぞっとしたのは、初めてだからな」
「まぁ、それなら、いいんだけどね」
人間と戦ったのは今日が初めてだから、実際は良く分からないのだが、これで終わりだろうと思ったのに立ち上がり、睨みつけてくる様には、少しだけだがぞっとした。恐怖したとか負けるとか思ったわけではないが、心の内から、何かが震わされた様な気がしたのだ。あんな思い、歴代最強の魔王と戦った時以来である。
「え、えと、セルにぃ?」
懐かしき先代魔王との激戦を思いだしていた俺に向けて、シーナが少しだけ遠慮がちに名を呼ぶ。
「……なんだ?」
俺がそう素っ気無く応えると、シーナは一度何かを躊躇い、
「……」
言葉を溜め、結局、口を開いた。
「その、セルにぃは……人間じゃ、ないですよね?」
いきなりの質問。背筋がぴきっと氷り、一瞬時間が止まったような気がする。
「……あー。なんで、そう思った?」
「え、えと。今セルにぃが、人間相手に始めてぞっとした、って言ってたから、セルにぃは人間じゃないのかな、って。……それと、セルにぃの魔力は強くて優しくて、何処か、他の人と違ってたから……」
中々に、鋭かった。
神人の掟としては、『人間などの他種族に自分が神人だと悟られてはいけない』という決まりがある。
俺はそれを思いだして一瞬焦ったのだが、別にもう自分が神人だと知られても問題はないのだ。幼い頃神人育成学校の教師によって無理やり覚えさせられたから、体が反応してしまったらしい。
「……そうだな。別に、隠す必要もないか」
「え? じゃ、じゃあ、シーナの言った通り――」
全く気付いていなかったユーリが、驚きの声を上げる。
「まぁな。俺は、人間じゃない」
「じゃ、じゃあ人間じゃないなら、あんたは、なんなの? ……悪魔? で、デビル? デーモン? それとも、サタン?」
「……なんで全部悪魔系なんだよ」
「え? ち、違うの……? じゃあ、何?」
マジでそうだと思っていたっぽいのが気に障るが、まぁそれはいいか。
俺はユーリの問いに応えた。
「驚くなよ? 実は、俺、さ――」
ユーリとシーナの、ごくり、という生唾を飲む音を聞き、俺は真実を告げる。
「――神人、なんだ」
「……?」
「……?」
きょとんとする二人。
声をそろえて言った。
「「……ておーる……?」」
「……」
そういえば。
人間などの他種族に自分が神人だと悟られてはいけない、なんて掟があるぐらいなのだから、人間が神人を知ってるはずもないのか……。
神人の掟はかなり厳しいし、もしかしたら、俺が初めて人間に自分の正体を明かした神人なのかもしれない。
もしそうだとしたら、俺、歴史的重要人物になるのな。
「あーさすがに神人は知らないか。でも、嘘じゃねぇぞ? ホントに、神人って種族はある。まぁ俺は、神人嫌いだけどな」
「……自分の種族なのに?」
「ああ」
「ふーん。まぁでも、あんたがどんな種族だろうと、シーナが優しい魔力を持ってる、って言ってるんだから、関係ないわね。本当は悪魔だとしても、人間として接しさせてもらうわ」
「あーまぁ、そうしてくれ」
「えと。わたしも、全然気にしません。セルにぃは人間じゃなくても、優しいセルにぃですから」
「……そうか」
少しだけ嬉しさを感じたが、俺はそれを隠すように素っ気無く答える。
そしてそうしたところで、ちょうど、自由と商業の都プリステンダム三番街路北東出口へと着いた。