のうこら!放課後美少女☆電脳コラボレーション
放課後の教室。
床の上に広がった薄い水溜まりを前にして、呆然と立ち尽くす様子の小さな人影。
静かな鏡面を作る水面には、先ほどから小さな雫ポトポトと垂れ落ちて跳ねている。
2つ結びにした髪を、時計の長針と短針のように3時の方向へ飛び出させた少女は、微動だにせずに自分の足元を見つめていた。
彼女の上履きはじっとりと濡れ、脚にまでかかった水が白い靴下を汚している。
掃除中だった少女の手には、まだ黒板消しが差し込まれたままになっていて、目の前の教卓には横倒しになったクリーム色の花瓶と、ガーベラの切り花が散らばっていた。
陶器の花瓶から溢れた水は教卓の側面を伝って板張りの床に飛び散っており、微かに腐り始めた植物の臭いが辺りに漂っている。
ヤバい……。
どうしよう………。
我に返った少女は、すぐに黒板消しを定位置に戻し、取れてしまった花びらを掻き集めながら、倒れていた花瓶を立て直していた。
彼女は床に落ちた花を摘まむと、オレンジ、黄色、白、ピンク色のガーベラを元通りに花瓶に差していった。
…何本かの花は曲がってしまっている。
少女はそれを見なかったことにして無理矢理差し込み直し、次に曲がった茎を真っ直ぐに戻そうと試みた。…が、
ポキリとそれは途中から折れ、花は再び教室の床に散らばった。
「あ」と思わず少女は声を上げ、がくごと下に落ちてしまった花をしゃがんで拾う。
ガーベラは菊科の植物のため、この1輪の花は、実は小さな花が集まった『頭状花序』という名の集合体であり、一見するとがくに見える部分は『総苞片』と呼ばれる器官だった。
少女は、それを虚しく茎に繋げようと試してみて、
………やがて諦めて、首だけになった花を教卓に置いた。
ブルベ寄りの肌を更に青くさせ、少女はナチュラルに整えられた眉をしかめながら花瓶を両手で抱える。
彼女は急ぎ足で教室を出て、廊下のすぐそこにある流しに花瓶を置くと、
細い受け口に水道の水を勢いよく注ぎ入れ直し始めていた。
ジュォォォォォォォォォォ…………
蛇口が笛のようにピーーーーーと鳴り、少女は花瓶から水道水が溢れる前にキュ!とハンドルを締める。
そして急いで教室に戻ると、ガーベラの花瓶を教卓にそっと置き、次に掃除用具入れに向かい雑巾を取ってきた。
彼女はいったん水の上に雑巾を被せ、しばらく染み込ませた後でそれをワイパーのように左右振った。
すぐに水は飽和状態となり、びしゃびしゃになった雑巾を持って、少女は再び流しへ走っていった。
そして赤い顔をして、力一杯ぎゅぅぅぅぅぅ……と手首をひねっていると、
背後から突然「おい、深瀬?なにやってるんだ?」と男子から声がかかった。
「ひゃ??!」と少女は飛び上がって驚き、慌てて振り返ると、「こ、小林!?アンタがなんでここにいるのよ??」と叫ぶ。
小林と呼ばれた少年は、手に持っていたゴミ袋を足元に下ろし、
「なんでと言われても……」と困ったような顔をしながら同級生の少女のことを見つめ返した。
「…美化委員は放課後、全ての清掃が完了しているか確認する義務があるからだよ。特に男子は怠けて帰ってしまう奴も多いしな。まあ、お前は女子だからキチンとやってくれていると思ったが……たまにズボラな女子なんかは丸く掃くだけで済ませる奴もいるからな。こうやって美化委員である俺が学校の最後に教室を見て回っているんだ。」
「……うちの学校の委員会はなんでこんなに熱心なのよ……。」と少女は呆れたように小さく呟いた。 「保険委員の小荒井さんは、学年全員のインフルエンザ感染歴と予防接種の相関性をチェックしてるみたいだし、図書委員の赤城さんはクラス全員の識字率を調査してるみたいだし……」「いや、識字率はさすがに100%だろ……」「とにかく!アナタ達は、仕事熱心過ぎるのよ。」と少女が言う。
「まあな。」と少年は言った。「うちの学校は昔、生徒会の権力が絶大だった時代があるらしいからな。生徒会長の暴政に反旗を翻した偉い先輩達の血の滲むような努力のおかげで、こうして各委員会が権利を勝ち取ってきた歴史があるわけだし。俺達はそのうえに胡座をかいているだけ…なんて、そんな失礼なことは出来ないよ。委員会は全力で取り組まないとな。」彼は中学校指定の緑色のネクタイを軽く緩め、次に難しい顔をして深瀬 照美の手元を見る。
「おい……、ちなみになんだお前?その雑巾の絞り方は……」
「え」と照美は、チラッと教室の方に目線を送りながら答える。「い、いいからもう向こうに行ってくんない……」
「いや、いや、駄目だ。そんな絞り方じゃ話にならない。ほら、ちょっと貸してみろ。」と、小林少年は一瞬抵抗した照美から雑巾を奪うと、「見てろ」と言って冷たいボロきれをしっかりと握った。
「お前がやっていたのは、素人がやりがちな致命的なミス、いわゆる『横絞り』だ。」
「……は?致命的なの……?」
「そうだ。横絞りだと手首に負担がかかるばかりか、力が伝わり辛いせいでロクに水も絞れないんだ。ほら、こうやって縦に握るんだ。そうすることで深瀬の力は最大限に雑巾へと伝わり、例え非力の女子でも全ての水気を切ることが出来る。」
「そ、そうなの……分かったからもう行っていい?」
「……待て。説明するよりも、実際にやってみた方がいい。ほれ、利き手を上にして、こっちは逆手、こっちは順手。刀を持つようにして……そう!そうだ。で、脇を締める!」
照美は真っ赤な顔をして「ちょ??触らないでよ!!」と叫んだ。
「あ、ごめんごめん。で、雑巾を内側に捻り込みながら、腕を前に押し出すんだ。そう…ぎゅぅぅぅぅぅ………と。うまいぞ!雑巾絞りは胸筋のトレーニングにもなるから、女子には一石二鳥だな!」と小林少年は、照美の平坦めな胸をチラッと見ながら言った。
「おい??セ、セクハラでしょ今の発言!いいの??そんなこと言って!!高幡さんに言いつけるわよ!?アンタ達、幼馴染みでしょ??」
その言葉に「う……」と小林少年が怯むと、
それを見た深瀬 照美は、2つ結びの髪のうち垂直に立った方のおさげと、もう一つの水平に飛び出したおさげとの間に静電気の電磁場を発生させながら、高い声で勝ち誇ったように叫んだ。「照美みたいな美少女に話しかけてるところを見られたら、幼馴染みの高幡さんは何て言うかしらね??!」
「……お前言うほど美少女か……なんか上履き濡れてて汚ないし……」
「おひょ?!」と照美は慌てて体を遠ざけた。「くそ!やはり幼馴染み補正には勝てないか!」
「だいたい、お前、さっきから何を拭いてたんだ?」
と言って小林少年が教室の方向に首を伸ばす。
「ま、待って!!」という叫び声を無視して、彼はズンズンと教室へと入っていった。
……そして濡れた床と、教卓の上の花瓶の中で折れたガーベラを見つめる。
「……お、お前……、まさか、花瓶の水溢した……?」と小林は言い、思わずクラスメイトの女子のスカートから付き出した細い脚と、濡れた靴下両方に視線を向けた。
「はあああああ??!な、な、なに言ってんの?そ、そ、そんな訳ないでしょ!わ、私が来た時はもう倒れてたのよ!!へ、変な言いがかりつけないで!!」
「ま、そういうことにしてやってもいいけどさ……」と小林は言った。「バレたくなかったら黙っておいてやるよ。」
「はあ?だ、か、ら?!私じゃないって言ってるでしょ!変な噂広めたら承知しないからね??キィ~~~!!」と照美は怒りのあまり、高周波の金切り声を上げていた。
「わかった。わかった。とにかく床を拭こう。濡れたままにしておくのはどうかと思う。……で、その靴下も履き替えた方が良くないか?」
「……余計なお世話よ。」
小林は膝を付き、四つん這いになると固く絞った雑巾を広げ床をサッサッ…と拭き始めた。
「しかしあれだな……女子は男子に比べると花瓶をよく落とすよな。」「だから違うって言ってるでしょ…」
彼はその言葉を無視して「女子は力が弱いから長い時間持っていられないのかな」
「……アンタ、幼馴染みがいるからって女子全般を分かったような気になってない?」と深瀬 照美が言った。
小林少年は床と教卓を綺麗に拭き終えると、いくつかのガーベラの花束を均等に整えて、本数が減ったことが分からないように均していった。
照美が「ところで教室の花も美化委員の管轄だったんだっけ?」と言う。
「ああ、そうだよ。う〜ん……やっぱり本数が随分減っちゃったな…次はスターチスにしようかな。終わったらドライフラワーにも出来るし、実はちょっと試してみたかったんだ。水も少なくていいから、こうやって零すこともなくなるだろう。」「そ、そうよ!元々水が多過ぎたのよ!零れたのはほぼアンタのせいだからね!」
「ああ、悪かった。でも花の予算も申請しなきゃならないし、しばらくはこれで我慢してくれよな。……それにしても女子はすぐ零す奴が多くて困るよ」
「……なにを偉そうに…」
「昔、高級漆器の花瓶を割っちゃった女子がいてな?割れたところからちょろちょろと水が漏れて……先生がメッチャ怒って…あれは悲惨だった。」
「だから私は違うって言ってんでしょ?!これは勝手に倒れてたの!」と照美がプンスカ怒りながら言う。
「勝手に倒れるか??……でもほんと、お前、着替えなくていいのか?結構濡れてるみたいだけど……」
「え…?」と言って、照美は自分の体を見下ろす。確かに彼女の制服のスカートは、水がかかってじっとりと湿っていた。
「まあ、盛大に零したものだな…。乾かしてやろうか?」と小林が言う。「掃除用の大型扇風機があるから、それで一気に乾かしちゃえよ。」
照美は、「そ、そそうね……」と赤い顔をして呟いた。
しばらくすると学生服のブレザーごと腕捲くりした小林が、…ヨイショ、ヨイショ…と三脚式の大きな扇風機を引き摺って戻ってくる。オレンジ色の幅広い羽が特徴的なその佇まいを見て、照美は、
「そんな業務用みたいなの勝手に持ってきて大丈夫なの?」と言った。
「ああ。美化委員は月に一度の教室のニス塗りも任されているからな。感謝しろよ?俺達美化委員のおかげで教室はいつもピカピカだろ?」と少年は誇らしげに答えながら、太いケーブルを引っ張り出し、廊下にある三穴のコンセントにそれを差し込んだ。
小さい頃から世話好きだった小林少年は、幼馴染の少女がお内緒したお布団を、何度かドライヤーとサーキュレーターで乾かしてやった経験があったのだった。
そのことを思い出しながら彼は、バチッ!と扇風機の大きなスイッチを押し込み、深瀬 照美の体に向けて一気に最大風力で風を送った。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
ブワン!と彼女のスカートは捲り上がり、少年の視界に、紫色に黒の縁取りの入ったパソシが飛び込んでくる。
慌てて少女は風で膨らんだスカートを押さえ、「うおお??!チカン!ヘンタイ!性犯罪者!わ、わざと狙ったわね??!」と叫んでバチン!とスイッチをひっぱたいて切った。が、その拍子に黒いケーブルに足を取られ、「うお???」と背中側にひっくり返りそうになる。
「危ない!」と小林は叫び、咄嗟に照美の肩を掴んだ。
ガタガタガタ〜〜ン!!
「痛たたた……だ、大丈夫か……?」
彼女を支えきれずに隣の席に激突した小林は、ぶつけた腰を押さえながら立ち上がる。
…………。
彼の目の前には、尻もちをついた女子生徒が「あわわわわ……」といった表情で、顔を青ざめさせており、
再び教卓で倒れた花瓶の口から、ボチョボチョボチョボチョ………と、彼女のスカートのお腹に向かって細い水の柱が流れ落ちているところだった。
縦と横に飛び出した2つ結びの髪には、黄色と赤のガーベラの花が乗っかり、
半ば放心状態の少女の口からは、エクトプラズムが放電しているようにも見えた。
「だ、大丈夫……か……?」と小林少年が言う。
やがて花瓶の水は最後の一滴まで流れ終え、ポチョン…ポチョン…と深瀬 照美の脚の間に水滴が落ちているのを、彼は黙って見下ろしていた。
ハッ?!と照美の顔に生気が戻る。
「ちょ、ちょっとぉ??!こ、こ、このこと誰かに言ったらコロすからね?!」と言って照美が立ち上がる。
すると細い脚の間からビチャビチャビチャ……とお腹の上に溜まっていた水が一気に床に向かって落ちていった。
「……いや、わざわざ誰かに言おうと思わないけどさ……」と小林が呟くようにして言う。
自称美少女の照美は自分の足元に溜まった水溜りを見て「と、とにかく!このことから連想される全てのことは不謹慎だから考えないこと!!分かった??」と高周波の声を裏返らせながら言った。
「こういうのを不謹慎と言うのは………え〜と、言葉の使い方あってるか?」と小林少年が疑問を呈する。「フキンシンというかフシッキンというか……」
「あーーー今言った!!それNGワード!うら若き少女が介護老人のような寝ガティブ·失禁ングをするはずがありません!」ピピーッ!と照美はホイッスルを鳴らす。
「分かった分かった……だからそう騒ぐな。お前の声は高くて耳にキンキンするんだよ……」
「な……?!この森のエルフのような美しく幻想的な声に向かって、よくそんな形容が出来たわね??無垢な少女のようなソプラノと言いなさい!!」と照美はビシィ!!と人差し指の指紋をこちらに見せつけた。
再度、小林少年は彼女の肩幅に開いた足を伝って、ピンク色のゴムが付いた上履きを水が濡らしているのを見下ろして、「お、おう……お前、その子どモラしい、ハイセンス上履きを何とかした方が良くないか……」と、どちらかと言うと本気で心配しているような素振りをして言った。
「これのどこが排泄物?!ほら見て??透明よ、透明!どこらへんが黄色く見えますか??」と叫び、照美は、小林の頭を無理矢理押して床の水溜りに近付けた。
「お、おい??汚ねーな!!」
「汚くないもん!お花の水だもん!ア、アナタ美化委員でしょ?!毎週床にニスがけしてるんでしょ??さっき自慢してたでしょーが!そんなにキレイなら、なんなら舐めなさいよ!」
「いや……それはちょっと……」と小林は言いながら倒れた花瓶を起ち上げた。「まあ、とにかく……その格好じゃ帰れなくないか?帰り道で目撃されたら、それこそ噂が広まるぞ。A組の深瀬 照美は、どおもまだ子どもらしい失敗をしたらしいぜ……、とか。」
「照美のどこが子供だっつーの?!レディーでしょ!レディー!さっき見なかった?ワタクシのあのセクシーなおパソシを!いや、見てたらコロすけど!」
「お前な。そのどこからどー見てもガキみたいな髪型、鏡を見たことがあるのか?それ、幼児のする髪型だろ?縦横互い違いの2つ結びとか幼稚園生かよ??」
「照美のトレードマークになんて失礼なことを??は!!アナタは女子の隠された魅力について、な〜んにも分かっていないのね!いつも髪を結んでいる女の子が髪をほどく時………。男子はその色っぽさにノックアウトされると伝えられているわ!参ったか!」
「いや……その髪型だと言うほど長くもないだろ……。何か違いがあるのか?」
そろそろ会話に飽き始めていた小林少年は、新しい雑巾を持ってきて床を拭き始めていた。
「おいおい小林……?逃げんのか??おい、こっち見ろ!今、照美様が髪をほどいて見せてやる。」
「いや、いいよ……。」
はらり………。
「み、見ろ!こ、こっち向け!照美が初めて男子の前で髪を下ろしてやったんだぞ!ほら、どうだ!本邦初公開!この艶やかでウェーブのかかった漆黒最強ヘアー!」
「なんか、ばっちい表現だな……」
小林は、振り返りもせずに雑巾を絞りに廊下へ出ていき、
そこでもう一人の美化委員、幼馴染みの高幡 芽林に出くわした。
「何やってんのよ小林?ゴミ袋を廊下に置きっぱなしにして?遅いよ、もうこっちはゴミまとめて全部捨ててきたんだからね?」
高幡 芽林は黒く長い真っ直ぐな髪を2つ結びにしていて、その大人っぽい顔の表情をあまり変えず静かに怒りながら、この腐れ縁の少年のすねを軽く足で蹴った。
そして「で……なんで扇風機なんか出してるのよ……」と言う。
「いや、めりん、それがさ…」「めりんって呼ばないでって言ったでしょ?!!私達は委員会が同じだけの赤の他人!どこでゴシップ好きの輩が聞いてるか分からないでしょ?!」と彼女は急に真っ赤になって怒鳴り、そのままそっと彼の耳元に「……真名で呼び合うのは二人きりの時だけだって決めたでしょ………もう、ドキッとしちゃったじゃない。もう……小林は、えちけっとなんだから♡」と囁いた。
「あ、あの……お二人さん……」
「うひゃ??!」と高幡 芽林が叫ぶ。
「いちゃいちゃを見せつけないでもらえまスカ……なんか照美惨めだから……」グスン……と涙目のクラスメイトが寂しそうに呟く。
「い、いつからそこにいたの??」と芽林が言う。
「…て言うか深瀬さん……?スカート、びしょびしょじゃない……」
「は!!こ、これは違うのよ!?これはアナタが想像しているようなことではないわ!!」と叫んだ照美は花瓶の方をチラッと横目に見て「…かびんの……」と言いかけたところで芽林が、
「ちょっと!?ガーベラが折れて数が減ってる!誰がこんな酷いことをしたの!?」と叫んだ。
「あ……」と照美はそのまま黙ってしまい、目を伏せた。
「めり…、いや、高幡?ガーベラはもう茎が腐り始めていたから……そろそろ入れ替えようかと……」
「ひどい!ナニ勝手に決めようとしてるの!私だってこのクラスの美化委員でしょ??お花を入れ替える時は相談してよ!ひどいよ!」
綺麗な顔をした少女の顔がみるみるしわくちゃになり、今にも泣き出しそうになる。
「待て待て待て!泣くな!ほら、次はスターチスにしようかと思ってるんだ!終わったらドライフラワーも作ってやるから!ほら、だから機嫌を直せ!」と小林少年があたふたと腕をぶん回し、照美のことなどガン無視で幼馴染みのことをなだめ始める。
「ス、スターチス?あれ、仏壇のお花じゃないの?」と泣きそうな芽林が言った。
「いやいや!白とかピンクのやつもあるから!仏花専用ってわけじゃないから!可愛いのもあるから!ドライフラワーも作ってあげるよ(リピート)!」
「……歩兎がそう言うなら……」と芽林は呟き、うっかり自分が小林の真名を呼んだことに気付いていなかった。
「……それで……、深瀬さんは…、」と芽林が振り返りながら言う。「オモったよりも子どもラシい、微笑ましいご失敗をされたの……?」と、中央が湿った彼女のスカートを見つめながら言った。
「だ、だから違うって!!確かにこれはそう見えるけど、決してそうではないの!」
「そ、そう…。」「だから粗相じゃないからね?!似て非なるものよ!何ならにおいを嗅いでよ!高幡さんなら構わないから!!」
高幡 芽林は、珍しく髪を下ろした深瀬 照美を観察しながら「いえ……結構です。……御手洗い、ついていきましょうか?」と慈愛に満ちた瞳を向けながら言った。
「ゼッタイ、あなた勘違いしてるでしょ???おい、小林!何とか言いなさいよ!アンタにはこの誤解を解く責任があるわ!真実を知っているのだから!」と高い声を掠れさせながら、少女はゼェゼェと喉を鳴らした。
小林少年が(え?いいのか?)といった顔で、随分と数の減ったガーベラの花瓶に目線を向けながら、表情だけで語りかけてくる。
「う……」と照美は勢いを失い、
……悲しい顔をしながら床に落ちたガーベラの花を拾う高幡 芽林の姿を目で追って、ガックリと肩を落とした。
やがて立ち上がった綺麗な美化委員の少女が、大切そうに花の亡き骸を両手に乗せ、「誰にでも失敗はあるから。」と悟ったような顔をして言った。「このことは私達だけの秘密。小林?分かった?深瀬さんの秘密は絶ぇっ対…誰にも漏らしちゃ駄目よ?」
「ああ分かった。漏らすわけがない。」と小林が胸を張って言う。「幼稚園生や小学校低学年じゃないんだ。漏らすわけがない。」「そーよ、そーよ…!漏らすわけがないじゃない……!」と照美が力強く賛同した。
「高幡?お前こそ我慢出来るのか?女はだいたいがおしゃべりだと相場が決まっているからな。」「失礼ね。幼児じゃないんだから我慢出来るわ!」「私だって我慢出来るわよ!」と割り込んできた照美が頬を赤くして怒鳴る。
2人のクラスメイトはそんな彼女のことを見て、「……」「……」と沈黙した。
「だから!小林!何でお前まで、私がおもわずやらかしちゃった体なのよ?!否定しなさいよ!」
「ああ、モチロン深瀬はその手の失態をシてないよ。そのような誤解がショウじたとオモわれるのであれば、ショウじき憤りを禁じ得ない……深瀬はただ単にスカートが濡れただけだ。原因は……そう、定かではないが……」
「言い方がおかしいでしょ?!」と照美は超音波で叫び、「高幡さん?!違いますからね??こ、こ、これはそう!事故よ事故!誰も悪くないわ!」
「事故……」と高幡 芽林は呟き「深瀬さん……女の子であるあなたが、男子の前で味わった恥辱……美化委員の片割れとして謝るわ……本当に申し訳ない。」と深く頭を下げた。
「なんでお前が謝るんだよ……」と小林は言い、「もう、どうでもいいや。じゃあ後は任せるよ。女子同士で何とかやってくれ。俺はもう帰る。扇風機を使ってもいいぞ。女子同士ならさっきみたく乾かしても平気だろう……」と続けると、彼は疲れた様子で教室を出ていこうとした。
芽林は、照美を振り返り、
「ごめんね。うちの小林が無礼をはたらいて。」と笑顔で言う。「そもそも、こういった無礼は気心の知れた相手じゃないとしちゃダメなのにね!どこの馬の骨とも知れない女の子に、こんな無礼をしちゃダメよ……小林は一体ナニを考えているのかしら……」
「馬の骨って……」
「ごめんね、深瀬さん。いくら小林がそこそこ顔がいい男子だからってさ、好きでもない人の前で、女の子がこんな無礼をされたら嬉しいわけないよね?」
「な、なにを言ってるの高幡さん……」「なにを言ってるんだ、お前は……」「まーたまた!トボけちゃって!………あ、そうそう!ちなみに深瀬さん?今度小林に近付いたら許さないからね?」「今なんてった?」「いや、まあ、こっちの話。気にしないで。あ、そういう私だって偉そうなことは言えないか。小林とは全くの赤の他人ですからねー。」てへ♡と彼女はベロを出して、うっかり者の自分の頭をごっつんこした。
そして改めて、スカートを濡らしたクラスメイトのことを観察すると、
「……でもさ、こんな無礼もあるんだね。ちょっと勉強になったかも。」と呟いた。
「親しき中にも礼儀は必要だと思っていたけど」と言って長い髪を2つに縛った高幡 芽林は、小林少年にこそっ…と「学校で真名呼び違反をするのもちょっとドキドキするね…」と耳打ちした。
……この人達、幼馴染みであることを隠しているつもりなのかしら……
と、照美は静かに考えていた。
完全に取り残された彼女は、2人が共同で扇風機を弄くっているのを見つめていると、
小林が振り返り「もう扇風機は必要ないか?」と聞いてきた。
「……ええ。あともう少し乾いたら1人で帰るから……私のことは気にしないで……」と照美が力無く答える。
「そうね、小林。こういう時は放っておいてあげるのも手よ。何もなかったようにスルーしてあげましょう。」と芽林が言う。
「…そうだな。深瀬は幼稚園生みたく子どモラシくしてたわけではないしな。全くそういうことではなかった。」「じ、事実だけど、その含みのある言い方気になるわ…」と照美が言う。
「そうよ。深瀬さんは決して資金洗浄をするような悪い人ではないと思うの。」「いや、シキンは洗浄はした方が良くないか……?」と小林が言う。
「帰ったらちゃんと洗えよ?」と美化委員は続けて言い、「じゃあな気を付けて帰れよな?」と手を振った。
深瀬 照美は、つられたように何となく手を振り返し、再び誰もいなくなった教室で髪を改めて縦横に結び直した。すぐに彼女のアンテナおさげは微弱な電磁波を発し始め、悲しげな音色をヒュルルルルルル……と鳴らす。
照美はおもむろにスカートの中に手を突っ込むと、紫色のパソシを引っ張り出し、そのままトボトボと流しに向かって歩いていった。
そしてじっとりと濡れたそれを、彼女は小林少年に教わった通り『縦絞り』で絞ると、……おお、本当にしっかり絞れるのね……と感心する。
照美は完全に水気をきったパソシを満足そうに眺め、……ヨイショ♡と可憐に履き直しているところを、
偶然居合わせた新聞委員の天童 近江に目撃されたのだった。
長編も連載しています。
是非そちらの方も覗いてみてください。




