表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/23

第9話 太陽の匂い

 古めかしい木造の家は、温もりの匂いがしました。



 入っても良いのでしょうか?



 わたくしのような者が。



「狭い家でごめんなさいね」



 母親がわずかに頭を下げます。



「とんでもありませんわ」


「それじゃあ、上がっておくれ」


「はい」



 母親がカイルと共に家に上がっていきました。立ち止まっているわたくし。その肩にマコトの声がかかりました。



「ノクティア、上がろう」


「……そうですわね」



 裕福とは言えない庶民的な家。だけど眩しく映るのはどうしてでしょうか?



 玄関で靴を脱ぎました。床の感触が、やけに柔らかく感じられました。そのままダイニングへと歩きました。掃除が行き届いており、綺麗な室内です。レンガの家とは違う、木の匂い。



 壁際の小さな暖炉を見て、ああ、ここなら大丈夫ですわ、と胸の奥がほどけました。



 母親がすぐ手前のキッチンへと行き、カチャカチャと食器を洗っています。



 わたくしは近寄って尋ねました。



「あの、お名前は?」


「私はイレーヌさ。お嬢さん、とりあえず、テーブルに座って座って」



 見ると、カイルがすでにテーブルの椅子に座っています。振り返り、輝いた目でわたくしを見ていました。隣の椅子を引き、バンバンと叩きます。



「お姉ちゃん、隣に座ってよ!」


「分かりましたわ」



 カイルの隣に腰掛けるわたくし。マコトが対面の椅子を引き、腰を下ろしました。



「お姉ちゃん、名前は?」


「わたくしは、ノクティアと申します」


「そっか! ノクティアお姉ちゃん、楽しみにしていてくれよな。母ちゃんのシチューはすっごく美味いんだ!」


「そうなのですね。それはとても楽しみです」



 イレーヌがオボンを持って来て、三人に紅茶を出してくれました。小さな湯気が上がっています。ハチミツが入っているようで、甘い香りがしました。



「それじゃあ今からご飯を作るから、待ってておくれ」


「あ、ありがとうございます」


「母ちゃん早く早く!」


「カイル、ちょっと待っていなさいね!」



 母親が意気込んでまたキッチンへと戻って行きました。カイルがカップに手に持ち、ふーふーと息を吹きかけて紅茶を口に運びます。わたくしも同じようにしました。



 温かい。



 カイルが無邪気な顔で聞きます。



「どうやって魔法を斬ったの?」


「慣れ、ですわ」


「うっそー! 慣れると斬れるのかよ! ノクティアお姉ちゃん、俺も斬れるかなあ?」


「それは……できませんわね」


「どうしてだい? お姉ちゃんは斬れるのに!」


「色々あるのです」



 わたくしは人差し指を立てます。



 カイルは不思議そうに首をかしげました。



「お姉ちゃん、見慣れないけれど、この町には初めて来たの?」


「はい。ついさっき、到着しました」


「もしかして、旅の者?」


「そんなところですわ」


「じゃ、じゃあさ、今度俺が町を案内してあげるよ! すっごいんだぜこの町。魔法力車(まほうりょくしゃ)があってさ!」


「魔法力車とは?」


「魔法使いが運転する車のことだよ! 空を浮くんだ! 今度一緒に乗せてやるよ!」


「うふふ、凄いですわね」


「ああ、凄いんだ! ちょっとお金はかかるけれど」



 カイルは興奮したようにご当地名物を口頭で案内してくれます。



 笑っている自分に気づいて、驚きました。



 やがてイレーヌが食器に盛られたパンとシチューを運んできます。他にも野菜の漬物が食卓に並びました。シチューの甘い匂いに、ぐーっと間抜けな音が響きます。



 わたくしとカイルがマコトの方を見ると、彼はお腹を手で押さえていました。



「はははっ、兄ちゃん、そんなに腹減ったのかよ」


「マコト、はしたないですわ」


「はしたないって言われてもな……」



 恥ずかしそうな笑いを浮かべている勇者。笑いでごまかすつもりのようです。



 まあ、いいです。



 イレーヌがマコトの隣に座り、四人で昼食となりました。



「それじゃあ、食べておくれ」


「「いただきます」」


「いただきまーす」



 スプーンを持って、シチューを口に運びます。



 あら、とても美味しい。



 イレーヌが恐縮したように、



「すまないね、こんな食べ物しか出せなくて、お嬢さんたちの口に合うかどうか」


「とても美味しいですわ」


「美味いです」



 マコトがパンに手を伸ばし、千切ってシチューにつけます。そして口に運びました。



「お嬢さんたちは、どこから来たんだい?」


「えっと、少し遠くから」


「少し遠く? ふーん、目的地は?」


「それは……」



 言いよどむわたくし。代わりにマコトが答えました。



「この町に引っ越してきたんです」


「そうかい!」



 イレーヌは目を輝かせました。



「あんたみたいな人が近くにいてくれたら、心強いよ。なんなら、アパートも紹介しようかい?」


「いえ、そこまでは」



 わたくしは右手を掲げて遠慮しました。



「ふーん、だけど、いつまでもいてくれ良いんだからね」


「ありがとうございますわ」



 目を伏せます。



 ここにいては、いけない気がしました。



 空気が少し変わりました。



 カイルが吹き飛ばすように笑顔を作ります。



「ノクティアお姉ちゃん、今日は泊まって行けよ」


「え?」


「俺、お姉ちゃんと同じ部屋で寝る!」


「……いいのですか?」



 わたくしはイレーヌに視線を向けます。彼女は鷹揚に頷きました。



「かまわないよ! 是非是非、泊まっていってくれるかい? 主人が帰ってきたら、言っておくさ!」



 わたくしはマコトに目配せします。


 静かに頷く彼。


 わたくしは自然と笑みがこぼれました。



「何から何まで、お世話になります」


「いいっていいって、お姉ちゃん! 気にすんなよ」



 その日の夜。



 カイルと同じ部屋で、二つの布団が並べられています。



 ちなみにマコトは客室に泊まっています。



 ランプの灯りだけが照らしていました。



 先ほどまで、少年と一緒にアドラという戦争のボードゲームをしていました。彼は疲れたようで、いま隣ですやすやと眠っています。



 わたくしも横になっていました。太陽の匂いのする布団。だけど、中々寝付けません。



 部屋の扉がノックされます。



「あ、はい」



 ガチャリと扉が開き、顔を見せるパジャマ姿のイレーヌ。



「明かりを消すよ」


「いえ、そのままでかまいません」


「そうかい? それじゃあ、ゆっくりとおやすみなさい」


「ありがとうございます」


「ああ、それじゃあね」



 イレーヌが静かに扉を閉めました。去って行く足音がかすかに響きます。



 ふと、カイルの寝言が聞こえました。



「また来てくれるー?」


「ええ」



 わたくしは静かに答えます。



 布団から彼の手が伸びて、止まりました。



 わたくしは触れずに、天井を見つめます。



 これからのことを考えていました。



 何も思い浮かびません。



 未来は、真っ白でした。



 それでも――灯りだけは、確かでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ