第8話 きれい、と言われた日
たどり着いたのは、隣国の魔法商店の町。
魔法町。
……皮肉なものですわ。
石畳みの通りでした。
暖かな風が吹いていて、わたくしたちの肌を撫でてくれます。見上げると、清々しく晴れ渡る空がありました。入道雲が出ています。
通行人たちは男女共にローブに身を包んでおり、魔法使い然とした格好をしていました。
(この町の人たちはみんな魔法使いなのかしら?)
通りは魔導具商店が軒並みを連ねており、他にも食堂や理髪店もありました。店の軒下には風鈴のように揺れる魔法灯。ピンク、水色、緑色、あら、綺麗だわ。
路傍の地面には絨毯やゴザが敷かれ、露店を出している商人がいます。わたくしとマコトは、それら眺めながら歩きました。
魔導具ばかり。
わたくしには使えないものばかりですが――少しだけ、気になります。
子供たちの姿もありました。随伴する親と共に露店を眺めています。
「お母さん、俺、このステッキが欲しい!」
「貴方はまだ魔法を上手く使えないでしょ」
「でも、すっげえ格好良いよ、これ」
「ダメよ。魔法を使えるようになってからにしなさい」
子供をいさめる母親。何だか和やかな雰囲気です。
マコトが明るい声でつぶやきました。
「賑やかでいいな」
「ええ」
「とりあえず、宿を探さないとな」
「そうね。ここまでずっと野宿だったもの」
せめて今日は柔らかいお布団のベッドで寝たいものです。ずっと大きなカバンを肩にかけているせいで、肩が痛いですわ。
ふと、商店のショーウインドウを食い入るように見つめている少年がいました。茶髪であり、少年らしいあどけない顔つき。身長は140セルメルほど。
彼の目線の先には小さな人形があります。あれは、魔導人形ですわ。
わたくしは気になって立ち止まり、少年のそばに寄ります。左手を鞘に置きました。怖がらせたら嫌だなと思いつつ、声をかけます。右手を膝に当てて、
「その人形が気になるのですか?」
茶髪の少年がびっくりしたように振り返ります。わたくしを女性と認識して安心したのか、目を輝かせました。
「凄いでしょ!」
「この人形のこと?」
「うん! この人形、ひとりでに動くんだよ。マジ凄いって」
「そうなのですか。本当、凄いですわね」
わたくしは微笑みます。そこで気づきました。ここまで徒歩の旅だったせいで、最近はほとんど笑うことが無かったのです。
疲れがひどいです。ああ、早く休みたいですね。
少年が無邪気な笑顔で宣言します。
「いつか俺も魔導技能士になるんだ」
「それは良い夢ですわ」
茶髪の彼はまたショーウインドウを向き直ります。そしてガラスに両手を当てて、人形を見つめました。どうやら夢中のようです。
ガラス越しの距離。
それが崩れるとは、この時は思いもしませんでした。
突然、商店の中から悲鳴のような声が響きました。
「やばい! 制御装置が!」
魔導人形の目が赤く光ります。どうしたのでしょう? わたくしがそう思ったのもつかの間。人形は激しくジャンプし、ガラスに体当たりしました。
破砕音。
暴走した魔導人形が外に出て来ました。わたくしは少年に覆い被さっていました。背中にガラスの破片がかかります。
「え、ええ!?」
茶髪の少年が素っ頓狂な声をあげます。
わたくしは立ち上がり、抜剣しました。人形の元へと歩きます。
魔導人形はこちらを敵と認識したようです。右手を水平に上げました。再び赤く光る両目、右手から魔法の矢を飛ばしました。
バシュッ。
「危ない!」
一閃。
わたくしは魔法の矢を切り裂きます。黄色い矢が音も無く砕け散りました。
人々が遠巻きにこちらを眺めています。そして、どうしてか両腕を胸に組んで見つめているマコト。……助ける気は無いのね。
分かっています。マコトはわたくし一人で解決できると踏んでいるのです。
――ずるい男ですわ。
「う、うわぁぁああ!」
茶髪の少年が逃げるように走り出しました。だけど躓いて転びます。
「痛ってえぇえ!」
「カイルちゃん! 大丈夫!?」
母親らしき人物が少年に駆け寄りました。
わたくしは少年を守るように一歩前に出ます。さて、魔導人形を無力化しなければいけません。
魔導人形が今度は左手も上げて、魔法の矢を二連射しました。
バシュバシュッ。
駆け抜けるわたくし。
一呼吸で二連撃。
魔法の矢を切り裂きました。
人形に肉薄します。商店にある制御装置から結ばれている術式線、その黒い魔力を断ち切りました。
魔導人形が音も無く両手を下げて、動かなくなります。
まだ危険ですわ。
わたくしは人形の腹部を一突きにします。中枢回路が破壊されて、人形が石畳に転がりました。これでもう動くことはありません。
破壊してしまいましたが、商店の主人に怒られる筋合いはありませんよね。
マコトが軽く息を吐いていました。
「さすがだな」
わたくしは歩いて、母親の腕に抱きしめられている少年の元へと戻ります。
「お怪我はありませんか?」
「きれい、だった」
震えている少年の声。
その目に映る、わたくしの剣。
わずかに、視線を逸らしました。
母親が少年から両手を離して立ち上がり、それから頭を下げました。
「ありがとうございます。何とお礼を言ったら良いか」
わたくしは短く頷きました。
わたくしは――
お礼を言われる側の人間でしたかしら?
商店の入り口では、主人と黒いローブの男が何か小声で会話を交わしています。
「何だ今のは?」
「上に報告が必要ですね」
一瞬、空気が冷えました。
わたくしが眉をひそめて視線を向けると、黒いローブの男は顔を硬くして去って行きます。その背中をマコトが注意深く見つめていました。
わたくしはまた少年の母と向き直ります。
「それでは、わたくしはこれで」
「待ってください!」
浅葱色のローブを着た母親がはっとしたような顔をします。
「せめてお礼をさせてください」
「お礼? 要りませんわ」
「いえ、どうかさせてください」
「そんなこと、言われても」
いつの間にか後ろに来ていたマコトが、わたくしの背中に手を置きます。
「甘えていい」
「え?」
わたくしが顔を上げると、マコトは小刻みに頷きました。
……良いのかしら?
わたくしたちは、少年の母親に連れられて、彼らの家に行くことになりました。どうやら、食事をご馳走してくれるようです。




