第6話 奪うと決めた夜
真夜中。
誰かの足音がしました。その後でガチャリという音がして、わたくしは目を覚まします。
……え?
寝ぼけ頭が一気に冷えていきました。
いま、誰かがこの部屋に入室して出て行ったようです。だけどそれは変でした。鍵のかかっている室内に入れるのは、マスターキーを持っている宿屋の主人ぐらいのはずです。
まさか!?
耳を澄ますと、ここは宿屋だというのに物音が一つもしませんでした。風の音も虫の音もやんでいます。この張りつめた空気はなんでしょうか。異質な静けさであり、わたくしの脳裏に警鐘が鳴りました。
――何かが、おかしい。
上半身を上げて、隣で寝ているマコトに視線を向けます。眠っていました。だけど呼吸は浅く、どこか苦しげです。
ベッドから出て、肩を揺すりました。
「マコト、起きなさい」
彼が目を開きました。だけど虚空を見つめたような瞳。なんでしょうか、すごく反応が鈍いです。どうして?
「マコト、マコト!」
「……毒、だ」
「毒!?」
わたくしは夕食を思い出しました。特に変な味はしなかったけれど、食事のどれかに毒が盛られていたようです。ただの麻痺毒であれば良いのですが。
……油断でした。
この宿屋はすでに、王国の傘下にあるようです。
わたくしたちを殺そうとしている。
となると、この宿屋を紹介してくれた門兵もグルなのでしょうね。
悔しくって唇を噛みます。
――そこまでしてわたくしを殺したいの?
ラインハルト!
眉間にしわを寄せて、部屋の扉に視線を向けました。
うっすらとしたピンク色の光がこぼれています。舌打ちをしました。これは魔封じ結界ですわ。おそらく、この部屋全体を囲んでいるのでしょう。
扉の向こうには襲撃者がいるんだわ。
ベッドの上の剣の鞘に手を置きます。……あれ、無い。
剣が無いわ!
闇の中、わたくしは布団をまさぐりますが、どこを探しても剣がありません。ベルトと鞘ごと、盗まれてしまったようです。
……。
なるほど、先ほどの足音の主が、わたくしの剣を盗んでいったようです。
卑怯な。
……だけど、剣が無くても戦えるわ。
冷静さを保ちつつ、また扉に顔を向けました。扉越しに声が響きます。
「お嬢」
よく知った声がこぼれてきます。
(エルン!?)
扉が開き、わたくしたちをここまで運んでくれた御者と、黒い外套に身を包んだ兵士たちが顔を見せます。剣を持っている者、杖を持っている者。エルンと合わせて全部で5人。
エルンは、わたくしの大好きな召使いでした。老木のようなしわがれたお顔、ぎょろりと少し気味の悪い瞳。長年の仕事でボロボロになった両手。くすんだ緑色の服。そして、右手にはナイフが握られています。左手にはわたくしのベルトと剣。
彼がそのベルトを揺らしました。
「お嬢、これをお探しでしたかな?」
わたくしは唖然としてつぶやきました。
「どうしてなの?」
エルンが号令をかけました。
「全員、突入!」
「「おおっ!」」
兵士たちが武器を構えて、部屋になだれ込んできました。わたくしは後ろにステップを踏み、両手の拳を握りしめます。
男の剣士二人がわたくしにかかってきました。相手が力まかせに剣を薙ぎます。
ヒュンヒュンッ。
わたくしはすれすれで回避し、また後ろに下がりました。
何か武器になりそうな物は無いでしょうか?
何か!
だけど見つからず、男の剣が私の肩をかすめました。
大丈夫。
ツキウサギの毛で編み込まれた衣服は丈夫です。
攻防の最中、残り二人の魔法使いがマコトに駆け寄りました。肩を押して、両腕を背中に拘束します。あの拘束具は、魔封じの魔導具ですわ。
……なんて卑怯な!
こうなったら、わたくし一人で切り抜けるしかありません。剣士が剣を振りかぶる瞬間、タックルで突っ込みました。と同時に、相手の手首を思いきりひねります。
「あぐあぁぁああ!」
落下する剣。それを拾い、またバックステップを踏みました。
これで戦える!
だけどエルンが大きく声を張ります。
「お嬢、どうしてって思っているでしょう? 教えてあげましょうか。旦那様は私を道具としてしか見ていなかった。だけどねぇ、そんな私に王家は地位も金もくれた。私を人として扱ってくれる。だからなんですよ」
……そんな。
「お嬢は私を見下していましたねぇ、昔から。私のことを召使いと呼び、一度も名前を呼んでくださらなかったですよねぇ」
……それは。
一瞬、胸が痛んだ。
けれど次の瞬間、心を閉じます。
その間にも魔法使いの二人がマコトの体を無理やり立たせて、扉の向こうへと連れて行きます。
響くエルンの怒声。
「馬鹿にするのもいい加減にしてくださいよ!」
「……」
「可哀想なお嬢。両親からは愛されず、メイドたちには煙たがられる始末。私はお嬢が不憫でなりませんでしたよ。だから、ちょっと優しくしてあげたんです。そしたらあんなに懐いてきて。全く、気の毒な人間ですよ。お嬢は」
……そんなことを思ってたんだ。
わたくしに唯一、愛情をくれた人。
感謝してもしきれないのでしょうね。
「王家はなぁ、私を必要だと言った。あんたたちとは違ってな」
「エルン?」
わたくしがつぶやいた言葉に、召使いが眉をひそめました。ですがそれも一瞬のこと。彼が兵士たちに指示を飛ばします。
「さあみなさん、もう公爵令嬢でもないこの出来損ないの娘を、殺しちまってください! 奪った金品宝石は山分けです!」
「はっ!」
剣士の片方、まだ剣を持っている方が返事をして、再びこちらに剣を振るいます。
わたくしは反撃するのだけど、本領を発揮できません。刃と刃が重なり合い、火花が散りました。銀の刃が全て弾かれて、状況は劣勢でした。
兵士が体を横に回転するように剣をふるい、その勢いのまま蹴りを放ちます。みぞおちを吹き飛ばし、わたくしは後ろの壁に叩きつけられました。
ドタンッ!
「ああぁっ!」
「いいですぞぉ! さあさあ剣士さん、お嬢の生首を取って来てください」
わたくしは床に体を沈め、口の中を噛んでしまったために溢れる血を飲み込みました。
――このままでは、殺されてしまう。
瞬間でした。
扉の外に運び出され、魔法使いに支えられて立っているマコトから、黒い魔力が流れ出ます。瞳を大きく見開き、鬼気迫る表情でした。
「な、なんだ?」
「どうしたんだこいつは!?」
魔法兵士の二人が戸惑いに声を震わせます。
エルンが振り返りました。
「おい、どうした?」
「こいつから、魔力が溢れ出て!」
「どうしてだ? 魔封じの手錠をかけているのに!」
勇者の体から流れ出る魔力は、どんどん大きくなっていきます。まるで、暴走しているかのよう。いえ、実際これは暴走でした。
彼がうわごとのようにつぶやきます。
「ノクティアを傷つける者は、許さない」
「エルンさん、どうすれば?」
「エルンさん!」
「生け捕りは無理か。仕方が無い、そいつも殺せ!」
エルンが焦った声で指示を出します。
だけど……。
「許さない。許さない! うああぁぁぁあああっ!」
マコトが吠えました。
黒い魔力が彼の体を包み込み、ぐるぐると渦を巻きます。両足でしっかりと立ち、そして呪文を唱え始めました。
「やめろ!」
エルンの右手に持つナイフが、マコトの首を狙います。しかし一歩遅い。
「炎風」
瞬間、マコトの周囲の空間が爆発しました。猛る炎が魔法使いとエルンを吹き飛ばします。
「な、なにいぃぃいい!」
しわがれた声の悲鳴が上がりました。
――好機!
わたくしは前にダッシュし、動揺する剣を失った剣士の心臓を一突きにします。
「ぐああぁあああっ!」
「く、くそっ!」
もう片方の剣士がかかってきます。
私は弓矢のように体をしならせました。
銀の一閃。
次の瞬間、剣士の首から頭が転げ落ちていました。
床に落下します。
ゴトンッ。
「終わりです」
わたくしは、マコトに駆け寄ります。
「勇者様、逃げましょう」
「ああ。早いところずらかろう。だけどその前に、手錠を切ってくれ」
「分かったわ」
マコトが背中を向けます。その手錠を、わたくしは一刀両断しました。
宿屋の建物には火が回り、火事が始まっています。
わたくしたちはベッドの脇から荷物を持ち出して、室内を後にしました。エルンが盗んでいたベルト付きの剣も回収します。
最後、体の半身を炎でえぐられたエルンがつぶやきました。
「くそ、こ、この、化け物どもめ」
「さようなら、エルン。わたくしは一生、貴方を嫌いになれませんわ」
マコトと共に通路を走って階段を降りて行きます。
泊まり客たちはパニックになって、外へと逃げ出していました。わたくしたちは人々の合間を縫うように走って、宿屋から遠ざかります。
振り返ると、建物は大火事でした。
火の粉が夜空に舞い、隣家の屋根に落ちます。
悲鳴が連鎖していました。
宿屋の主人はまだ生きているでしょう。だとしたら、わたくしだけでなく、マコトまで指名手配されてしまいます。
「ごめんね、マコト」
「何がだい?」
「貴方を巻き込んでしまって……」
彼は首を振りました。
「違う。
これは僕が選んだ道だ」
彼がそっと、わたくしの肩に手を置きました。
ありがとう。
――自由など、最初からありませんでしたのね。
それでも構いませんわ。
わたくしは、奪うと決めました。
今度こそ、自分の意思で。




