第5話 同じ部屋の夜
町の門のところで通行手続きをしていました。
黒の鎧に身をつつんだ二人の兵士が厳めしい顔つきで睨みつけます。怪しんでかかるような鋭い双眸。体格が良く、太い両腕。だけどちょっとお腹が出ています。
「身分証を見せてもらおう」
「分かった」
わたくしを守るようにマコトが前に出ました。革袋から身分証を取り出して兵士に見せます。
そんな間にも、町の方からは人々の噂をする声が響いてきました。掲示板を見て、高い声を上げます。
「嫌ねえ、こんな可愛らしい子が指名手配なの?」
「一体何をしたんでしょう? だけど気の毒だわ」
――ぎくっ。
「ほら、ノクティア。君の番だよ」
通行許可の下りたマコトがこちらを振り返ります。わたくしは顔を伏せて、革袋から取り出した身分証を兵士に差し出しました。
「ん~?」
黒の鎧の兵士が鼻を鳴らして、うろんげな視線をくれます。や、やっぱり、バレるのかしら。そりゃあそうよね。だって、わたくしの髪色は特徴的な青ですもの。
荒事になるのかしら。
ど、どうしよう。
「ふむ!」
わたくしの顔と身分証を見比べていた兵士が力強く頷きました。身分証を返却すると同時に目配せします。
「通って良い」
「あ、ありがとうございますわ」
……ほっ。
大丈夫だったみたいです。
「お前たち、旅の者だろ? リディオル亭が安くて美味いからな。良かったら泊まってみるこった」
「「どうも」」
わたくしたちは頭を下げて、門を通過します。
町には衛兵の数が多いように感じますね。魔物対策……だけではなさそうですわ。
遠くから子供の笑い声が響いてきました。もう夜になるというのに、道路を駆け回っています。それをいさめようと母親が追いかけていました。
いくつもの露店が出ていて、灯りが点いています。夕食時ということで、パンやスープの匂いが運ばれてきました。大人の女性たちが集まって井戸端会議をしています。こちらに顔をちらりと向けて、
「あら、旅の者かしら」
「本当だわ」
「ずいぶんと立派な格好ね。どこぞのお嬢様かしら」
わたくしは見られないよう顔を伏せます。
マコトが不安をまぎらわそうとするかのように声をかけました。
「ずいぶんと賑やかな町だね」
「追放された身には眩しすぎますわ」
「もしかして、落ち込んでる?」
「落ち込んでなどいませんわ。ただ、精神的に参っているだけです」
「きっと、時間が解決するよ」
「だと良いですが」
それから二人で話し合い、宿屋をリディオル亭に決めました。その宿を探して歩いて行きます。
木造のこぢんまりとした三階建て。古めかしい宿屋でした。庭には草木が生い茂っています。ちょっと安っぽい外観ですが、贅沢を言っていられません。
わたくしを先頭に扉を開けてくぐっていきます。玄関からすぐのところにカウンターがあり、主人が受け付けをしてくれていました。
白いワイシャツを着た宿屋の主人。彼がすっきりとした笑顔を浮かべます。
「良かったなあ、あんたら。今日はラスト一部屋しか空いてないんだ。泊まっていくか?」
……。
「構いません。お願いいたしますわ」
マコトが少し戸惑ったように身じろぎしました。ですがすぐに微笑みを浮かべます。
ワイシャツの主人が頷きました。
「分かった。食事はこの一階に食堂があるから、そこで摂ってくれ」
わたくしは革袋を取り出して尋ねます。
「お代は?」
「一人につき、大銅貨5枚だ」
「分かりました」
二人で会計を済ませると、207号室の鍵をもらいました。一度部屋に行って、リュックサックやカバンなどの道具を置きます。部屋に鍵をかけて、二人で一階の食堂へ行きました。
柔らかなパンと湯気の上がるコーンスープ。この地で採れたのであろう、イノシシ肉のステーキに付け合わせの野菜。シーザーサラダ。
口に入れると、ほっとした気分にさせられました。
ああ、今日は疲れましたわ。
食後、マコトに少し遅れて来るように告げて、わたくしは玄関のカウンターに行きました。宿屋の主人に水入りのバケツとタオルを二つずつもらって部屋へと戻ります。
室内の窓からは月明かりが入ってきていました。今日は月夜のようです。
燭台の蝋燭にマッチで火をつけました。二つある木のベッド、その奥の方に腰掛けます。
左手で鞘に手を当てました。
革のベルトに装着されている、わたくしを守護してくれるもの。
ベルトの留め具をはずして、丁寧に腰から取りました。布団の上に置きます。
その鞘が愛おしくって撫でてあげます。ありがとう、お前のおかげで今日も生きることができました。
……ここまで来れば、もう安心ですわ。
それから。
服と下着を脱いで畳み、脇へ置きました。
タオルを水にひたして、体を拭きます。旅の汗と砂埃がはがれていき、肩の力が抜けました。
――今日は、ようやく人間らしい夜ですわね。
拭き終えると着替えをしました。
トントンと扉をノックする音。
「入っていいわ」
カチャと音がして、マコトが入って来ました。気品のあるハンサムな顔立ちに微笑をたたえつつ、尋ねます。左目の下の泣きぼくろが揺れました。
「みそぎは終わった?」
「終わりました」
「そっか。じゃあ、後は寝るだけだね」
「貴方も体を拭いた方がいいわ」
マコト用のバケツを指さします。マコトは「ありがとう」と言って手前のベッドに座りました。
いま、マコトが体を拭いています。わたくしは背中を向けてベッドに座っていました。自分の身分証を両手に、じっと見つめます。
マコトが安心させるようにつぶやきました。
「もう、追っ手は来ないよ」
「……そうだと良いのですが」
少しだけ目を閉じます。
「もし来たら、僕が守ってあげる」
「ご心配無用ですわ」
「はは、やっぱり君は逞しいんだね」
「強い女は苦手?」
「そうでもないよ」
やがて、夜が更けていきます。
今夜は早く就寝することにして、蝋燭の灯りを消しました。それぞれのベッドで横になる二人。マコトの寝息がかすかに聞こえてきます。
窓の外、遠くで馬のいななきが聞こえました。
どこかで衛兵が怒号を上げる声があり。
誰かが階段を上って、その音が途中で途切れました。
気にしなくて大丈夫でしょう。
――今日はよく眠れそうですわ。




