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第22話 剣を置いた場所

 背の高い書架には、本がぎっしりと並んでいました。



 高い天井。古い本の良い香りがする図書館。魔法灯の柔らかな光が照らしています。紙をめくる静かな音がして。司書たちがゆったりと仕事をしていました.



 朝早くからお客さんの町民がいて、ソファに座って本を読んでいます。



 魔導図書塔でわたくしは司書をしていました。職員の制服を着ています。ちなみにマコトは研究員であり、上の階で働いています。



 もちろん、剣を帯びていません。その事に少しだけ頼りなさを覚えます。けれど、ここは危険とは無縁の空間。相棒の使い道は無いのです。



 カウンターの椅子に座っていました。いま、本を借りにきた女性がいて、挨拶をくれます。本をカウンターに置きました。



「おはようございます。あの、この本を借りたいのですが」


「おはようございます。では、こちらの紙に記入をお願いしますわ」



 わたくしは図書貸し出し記入書を渡します。



 カウンターの上にあった羽ペンをとり、インク壺につけて、女性が記入をしました。本を見ると、お魚さん大百科です。心に笑いが浮かんで、それが表情に出ないように注意しました。



 女性は書き終えたようで、わたくしに確認します。



「これで、良いですか?」


「はい、大丈夫ですわ。貸出期限は一週間となっておりますので、お気をつけください」


「分かりました。ありがとうございます」


「はい」



 本を持って、図書館を出て行く女性。



 わたくしはまた、本棚が並ぶ室内を眺めます。



 貸出の波も落ち着き、手が空きました。



 ……静か過ぎますわね。



 たぶん、わたくしはまだ、この静寂に慣れていないのでしょう。



 けれどそのうち慣れます。



 わたくしは椅子を横にして振り返り、書籍の整理を始めます。純文学、歴史書、啓発書、料理の本、ゲームの本、様々。整理が終わると、それらを書架へ並べに行きます。



 帰ってきて、今度は魔法の本の分類を始めました。火、地、水、風属性の本。魔法灯の仕組み、これも種類が様々。



 禁書申請を本がありました。わたくしはその本だけは別にしておきます。そしてまた本棚へ、魔法の本を棚に並べ終えると、通路を歩いて二階へと階段を上がりました。



 そこでは二人の研究員が議論をしている声があり、床に本を開いています。



「おい、この術式は矛盾しているんじゃないか?」


「いえ、矛盾はしていません。そこに書いてある通りに呪文を読めば、ちゃんと発動することを確認しています」


「そうなのか? だけど見ろ、この文章には火魔法の一般的な呪文が書かれてあるのに、発動するのは水魔法だ」


「それは分かりません。だけど、唱えればちゃんと水魔法が発動します」



 わたくしは通過していきます。ふと立ち止まって振り返り、開かれてある本のページに視線を落としました。



 一声かけます。



「それ、記述が古いだけですわ。一見、一般的な火魔法の文章に読めますが、それは今現在一般的となっているだけで。昔は水魔法にもそのような呪文が使われましたのよ」



 場が止まりました。



 研究員が困惑したような顔つきで、



「君、どうして分かるんだ?」


「あら、わたくしは本を読むのが好きなので」


「どこかで勉強したのか?」


「独学ですわ」


「ふむ、なるほど。少し、昔の文献と照らし合わせてみる必要があるな」


「ええ、そうなされば、理解が早いかと思われます」


「しかし、君は凄いな! 新人なのに」


「ただの町娘ですわ。ではこれで、ごきげんよう」



 ふと、階段の方から視線を感じました。



 ……ん?



 あれは、ラスティン様ですわ。



 魔導図書塔の一番偉い方です。



 くせっ毛の銀髪。背が高く、黒いインナーに、やはり黒いローブを着ています。目尻には笑いじわが浮き出ており、優しそうな印象でした。



 彼は歩いてきて、わたくしに声かけます



「ノクティア君、仕事の調子はどうですか?」


「ごきげんよう、ラスティン様」



 わたくしは元貴族としての癖で、ついついスカートをつまんで膝を曲げます。



 ラスティンは気を良くしたようで、



「もう、ここには慣れたましたか?」


「はい。みなさん良くしてくださって、ずいぶんと居心地が良いですの」


「それは良かった。君は有能なようで噂です。ぜひ、これからも図書塔に尽力していただきたい」


「ありがとうございます」



 図書塔のボスはそれだけ言うと、振り返りました。階段へと歩き、上って行きます。



 ……良い方みたい。



 わたくしはまた歩き出しました。禁書指定の棚へ本を戻しました。索引順に並べます。また一階へと戻りました。



 図書塔の仕事は、思っていたより手が空きます。仕事の無い時は椅子に座り、本を読んでいるしかありません。わたくしが右手を口元に掲げてふわとあくびをしている時のことでした。



 玄関から軽い足取りがやってきました。わたくしの前で立ち止まり、元気いっぱいに挨拶をくれます。



「こんにちは! ノクティアお姉ちゃん、仕事頑張ってるね!」



 茶髪の少年、カイルでした。



「ごきげんよう、カイル。今日は何をしに来たの?」


「何って、ノクティアお姉ちゃんに会いに来たんだよ。ここでどんな仕事をしているの?」



 カイルは興味津々で矢継ぎ早に質問をします。



「友達はできた?」


「マコト兄ちゃんは元気?」


「お給料はいくらなの?」


「上司は誰なの?」


「何時頃家に帰るの?」



 わたくしはその一つ一つに、丁寧に笑顔で答えていきます。暇つぶしには丁度良いですわ。ああ、酸素が回って、頭が冴えてきます。優しく説明してあげました。



「仕事、楽しい?」


「悪くありませんわ」


「ふーん、それなら良かった」


「ええ、お気遣いありがとう」



 ふと、遠くからまた視線がありました。階段の方からラスティンがこちらを見ています。



 またあの人?



 ……まあ、通りかかっただけなのでしょうけれど。



 だけどわたくしを見て、どこか感心したような表情。



 気のせいですわね。



 午前の仕事を終えると休憩に入りました。ちなみにカイルは、怪獣と魔法使いという本を借りて、帰宅しています。



 休憩室に入り、同僚と一緒にご飯です。背の低いテーブルの置かれた木の床。わたくしは持ってきていた水筒のスープと一緒にパンをいただきました。



 同僚の人懐っこい女性が隣に腰を下ろします。



「ねえねえ、ノクティアさん、ここ一緒しても良い?」


「かまいませんわ。貴方、お名前は?」


「私はねえ、ナリナって言うの。ノクティアさん、パンだけで足りる? しっかりオカズも食べないと」


「十分ですわ。ええ、だけど、マコトは物足りないのかしら?」


「あ! マコトさんって、あの人だよね。ノクティアさんと一緒に入って来た研究員のイケメン! もしかして、恋人同士ぃ?」


「今のところ違います」


「違うの?」


「はい、でも、同居していますわ」


「それって、同棲生活?」


「え、ええ。でも、恋人ではありませんの」


「う、うわー! なんかミステリアスな感じ。ちょっとエッチッチな雰囲気もするね!」



 わたくしは思わず吹き出しました。



「そんなんじゃありませんわ」


「ふーん!」



 ナリナがお弁当箱の焼き肉サラダを頬張りつつ、笑顔を向けました。



「ねえ、ノクティアさん、私とつるもうよ!」


「つるむ、とは?」


「仲良くしようってこと!」



 やけに馴れ馴れしいです。だけどその馴れ馴れしさが、今のわたくしにとってはどこか心地よくて、



「はい。仲良くしましょう」


「へっへー。ノクティアさんのえっちっちーなミステリアスを暴いてやるんだから」


「だから、そんなのではありません」


「照れてるところ、怪しー」


「あのねえ」



 かしましい声が響き渡る休憩室。ナリナがリズム良く声をかけてきます。



 パンを千切って、口に入れました。



 剣もありません、



 警戒もありません。



 命令もありません。



 ……ここは。



 少しだけ居心地が良い場所なのかもしれません。

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