第21話 言えなかった言葉
今日こそ、絶対に言わせますわ。
マコトに、
――あの言葉を。
窓から差し込む静かな朝日。部屋の奥のベッドでわたくしは目を覚ましました。もう見慣れてしまった白い壁と天井。窓辺にある花瓶。昨日マコトが買ってきてくれたリリンの花が挿してあります。上半身を起こして、隣に顔を向けました。
すぐそばのベッドでは、勇者の規則正しい寝息が聞こえてきます。雪のように白い肌、左目の下には泣きぼくろ。黒のショートカットに高い身長。そのハンサムな顔立ちを見て、わたくしは思わず口元がつり上がりました。
「んんー……君を離さない」
寝言でしょうか?
わたくしはマコトが寝ている間にパジャマから着替えて、布団を畳みます。そしてマコトを試しました。その肩にそっと手を置きます。
「マコト、誰を離さないの?」
「んんー、ノクティア」
「貴方はノクティアをどう想っているの?」
「ぐぐー、離さない」
「ちゃんと分かりやすい言葉で言いなさい」
「むにゃむにゃ、お尻が大きい」
……。
このっ!
わたくしはマコトの布団を一気にはがします。バサリと音を立てて、勇者のパジャマ姿が露わになりました。右手で目をこすり、彼が瞳を開きます。わたくしを見つめました。
「んん?」
「おはよう、マコト。良い朝ね」
「ノクティア、おはよう」
「朝ご飯を作りますから、早く着替えておいでくださいまし」
「分かったよ」
わたくしは部屋を出て、キッチンへと向かいます。コーヒーを用意してテーブルに出しました。
手を洗って料理をします。パンに切れ込みを入れて、燻製肉とレタスを挟みました。マヨネーズを塗っていきます。お鍋に水を入れて、コーンスープを作りました。
あくびをかみ殺しつつ、部屋に入ってくるマコト。
「お、ありがとう」
彼がテーブルの椅子に座り、コーヒーをすすります。
わたくしは出来上がった料理を食器に盛って、テーブルに並べました。勇者の隣に腰掛けて、
「ねえ、マコト。わたくしは聞きたいことがあるの」
「いただきます」
「マコト。食べながらで良いから聞いて答えなさい」
「うん?」
マコトがパンをかじりつつ、こちらへ顔を向けました。のんきな顔つきです。
わたくしは少し顔を赤らめて、
「一般的に男女が同居する理由をご存じ?」
「んー、家賃節約かな?」
「あのねえ、マコト。わたくしはそういう答えが欲しいんじゃないの」
「じゃあどういう?」
「例えば、とても大切な相手と暮らす場合、それは家賃節約以外にも意味がありますわよね?」
「信頼してるんだろうね」
「もっと直接的な理由がありますわよね?」
「生活効率か?」
(この男)
わたくしは歯をかみ合わせて、パンを頬張る勇者の顔を睨みつけます。
「確かにわたくしの容姿は褒められたものではありませんが、それでも一輪の乙女のつもりですわ」
「え? 可愛いけど」
「じゃあ、そんな乙女と暮らしているのですから、貴方は男として、甲斐性を見せる必要があると思います」
「僕にどうしろと?」
「教えてさしあげましょうか?」
「ああ、頼む」
「まず、貴方はわたくしに対する胸の想いを、ありのままに告げるのです」
「よく分からないな」
わたくしはマコトの靴を踏みつけます。
「痛っ」
「胸の想いをありのままに告げるのです」
「……君を、離さない」
わたくしはマコトの足を蹴ります。
「痛って」
「い、い、で、す、か? マコト、ありのままに白状するのです。それも、とても分かりやすい言葉で」
「それは一体、何のために?」
「あら? もちろん良いことがありますのよ」
「良いことって?」
「残念ですが、気づいていますわ。言えば、貴方はもう夜の散歩に出かけなくても済むようになるでしょう。なので、言ってくださいまし」
「う……、何て魅力的な提案だ」
「早く言いなさい」
「だけど、良いのか君は?」
「あら、女にも欲がありましてよ」
「そ、そうなのか」
「早くっ」
「だから」
「はい」
「えっと」
「ええ」
「つまり……」
「うん!」
「それはどういう言葉なんだ」
「えっと、だから、好きとか、そういう……」
「君はどう思う?」
「えっ!?」
マコトが真摯な眼差しで見つめます。
わたくしは困ってしまいました。マコトに言わせようとしていたのに、こちらから言ってしまっては、それは敗北です。
「わたくしは……」
「君は?」
「だから、わたくしは、もごもご、ですのよ?」
「聞こえないな」
「貴方から言ってくださいまし!」
「僕はもう何度も言っているじゃないか。君を離さないって」
「だから、もぉぉおおっ!」
「僕は君の言葉が聞きたいな」
「勇者様、古来より、こういう言葉は殿方から言うものですのよ」
「そんなこと言われてもな」
「早く言ってくださいまし」
「えっと、だから、僕は君のことが」
「はぁい」
「す」
「……」
「すっ、すすすっ」
ドキドキ。
ニャーニャー!
ふと、ダイニングの大きなガラス窓を、二匹の猫が背伸びをして叩きました。わたくしは目を丸くしてそちらに顔を向けました。三毛猫と黒猫がいます。喧嘩するほど仲の良い二人組がエサを求めています。
マコトが乾いた笑い声を響かせました。
「ノクティア、ほら、エサの時間だよ」
「もうっ! こんな時に」
わたくしは立ち上がり、すでにキッチンに用意してあった皿を持って、窓ガラスに近寄ります。開けて、床に燻製肉のお皿を置きました。
「にゃんにゃんっ」
「ごろごろー」
二匹が床に飛び乗って、肉にかじりつきます。むしゃむしゃと咀嚼しています。可愛らしい、だけどこのタイミングは非常に嫌でした。
わたくしは椅子に戻ります。そして勇者に顔を向けて言葉の続きを促しました。
「す、何ですの?」
「はははっ、ノクティア、もう良いじゃないか」
「言ってくださいまし」
「スイカかな」
「このっ!」
わたくしはマコトからコーンスープの深皿を奪います。
「おい、僕のスープを返せ」
「知りません」
わたくしはプンプンと怒って、食事を始めます。
今日も言わせることができませんでしたわ。
やけになってスープを一気飲みします。
「良い飲みっぷりだね」
「勇者様の馬鹿!」
「はははっ」
「もう知りません!」
仕方ありません、バトルは今夜に持ち越しです。
だけど、満たされています。
朝食が終わると、食器を洗いました。仕事に行く準備をして、二人で外に出ます。鍵を閉める音が響きました。
雑草が綺麗に抜かれた庭には、花壇が置かれていました。季節の花が植えられています。赤、白、ピンク。ジョウロで水をくれて、それから出発でした。
並んで歩き出します。
……この時間が、ずっと続けば良いのに。




