表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/30

第20話 ここにいる

 食事の後、



 オルセナル不動産に来ていました。



 その管理人の小さな事務所。



 わたくしたちはソファに座り、木机に置かれた売買契約書に目を通します。マコトの目力が凄いです。文面一つ一つに目を通し、ページを最後までめくり終えました。



「ノクティア、大丈夫だよ」


「ありがとう、勇者様」



 木机を挟んで対面に座っている不動産屋の女社長。パリっとしたスーツに身を包んだそのおばさんが尋ねました。



「お買いになられますか?」


「はい」



 小さく頷きます。



 彼女が書面の最初の方のページを開いて、指で示しました。そして顔を上げます。



「ご夫婦の共同名義にいたしますか?」



 わたくしは隣にいる男に顔を向けます。



 コクンと頷く彼。



 わたくしはまたスーツの女社長に顔を向けました。



「はい」


「では、二人のサインを頂戴いたします」



 羽ペンが渡されました。



 木机に置いてあるインク壺に先っぽを浸します。自分の名前を書くとき、少しだけ迷って。



 ノクティア、と書きます。



 性を捨てて、名前だけ書くことにしました。



 マコトの眉がわずかに跳ねて、視線を向けます。



 ですが、何も言いません。



 わたくしは気にせずに、いくつかの書類にサインをしていきます。



 マコトにもペンを渡します。彼も自分の名前をはっきりと書きました。



 女社長は満面の笑顔で頷きました。その顔は商売人というよりも、わたくしたちを祝福してくれている顔つきであり。



「それでは、お支払いなります」


「はい」


「金貨25枚を」


「分かりました」



 革袋を取り出して、その中から一つ一つ、金貨を木机に並べていきます。社長のおばさんが黙ったまま数えて、新品の革袋に入れました。



「丁度あります」



 木机に載っている二つの書類をこちらへとずらします。その上に鍵を二つ置きました。



「では、こちらは土地の権利書になります。これは家の鍵になります。どうか無くさないでください。では、これで契約は完了になります。契約書は、木箱にお入れしますか?」


「お願いします」


「はい」



 女社長が木箱を取り出しました。重要書類を丁寧に木箱に入れてくれます。



「「ありがとうございました」」


「いえいえ、何かお困りのことがあれば、すぐに知らせに来てくださいね!」



 わたくしは木箱をカバンに大切にしまいます。



 マコトと二人で、鍵を一つずつ持ちました。オルセナル不動産を後にします。



 外に出ると、もう夕方。



 食材屋と雑貨屋に寄りました。ひとまず必要そうな食料と物品を購入します。荷物持ちをマコトが買って出ました。ありがとう、わたくしは非力な乙女ですわ、うふふふ。



 それから、二人で、新たな住居に向かって歩いていました。



 町外れの住宅街。先ほど見た三毛猫が歩いて来ました。背中に長い傷が出来ています。どうやら、喧嘩に負けちゃったようです。わたくしたちに気づくと、早足で通りすがりました。



 ここは静かな場所。



 歓迎する者もおらず、拒絶するも者もいません。そのぐらいが、胸に心地よい。



 新居にたどり着くと、やはり伸び放題になっている庭の雑草に目が行きました。明日は腕まくりをして雑草むしりをしなければいけませんわね。



 扉に鍵を差し込みます。



 カチャ。



 レンガの家に、外履きのまま入りました。やはり埃っぽい空気。これは今日中に掃き拭き掃除が必要ですわ。



 二人で一階建ての家を見て回ります。小さなルームが一つ、ダイニングとリビング、そしてキッチンが一緒になった広い部屋が一つありました。水道が通っており、キッチンの蛇口からは水が出ます。赤茶けた流水をしばらく出しっぱなしにしました。



 テーブルと四脚の椅子が置いてあり、以前この家を使っていた人が置いて行ったのでしょう。



 大きなガラス窓をいっぱいに開けます。ああ、気持ちの良い空気。



 マコトがつぶやきます。



「悪くないな」


「十分でございます」


「とりあえず、仕事を探さないといけないな」


「その前に掃除ですわ。マコト、ホウキを出して」


「分かった」



 買ってきた紙袋の中から彼がホウキを取り出して、わたくしに渡しました。他にも雑巾を持って、二人で家の掃除を始めます。



 汚れていた家が蘇っていきます。



 コン……コン。



 家の扉が控えめにノックされました。



 誰?



 もしかして、さっきの社長さんかしら?



「はーい!」



 わたくしは返事をして玄関に歩きます。扉を開いて、そこにいた顔にびっくりしました。この間お世話になった家の茶髪の少年、カイルがいます。



「こ、こんにちは!」


「こんにちは。カイル、どうして?」


「あ、あの、母ちゃんが、オルセナル不動産屋さんに家賃を払いに行った時に、聞いて来たんだ。ノクティアお姉ちゃんたちが、ここに家を買ったって」


「そうなの? カイル、とりあえず上がって! 紅茶を入れるわ」


「う、うん!」



 カイルを招き入れて、扉を閉めます。



 キッチンの焜炉(こんろ)に木炭を組んで火を起こし、ヤカンにお湯を沸かしました。



 マグカップに紅茶を入れて、カイルに出します。三人でテーブルの椅子に座りました。



 カイルがふーふーと息を吹きかけて、紅茶をすすります。



 わたくしは申し訳なさそうな顔で、



「ごめんなさいね。この間は勝手に出て行ったりして」


「いいよ! お姉ちゃんたちにも理由があるんだろ?」


「うん」


「でもさ、俺、時々遊びに来てもいいかな? まだ、魔法力車にも一緒に乗ってないしさ」


「ありがとう。是非、お願いしますわ」


「俺がお姉ちゃんをエスコートしてやる!」


「それは許さん」



 マコトが低い声で口を挟みます。



 大人げないです。



「マコト」


「何だよ兄ちゃん。お姉ちゃんを狙ってんのか? じゃあ、俺たちはライバルだな!」


「ライバルだと?」


「そうだよ。先にキスした方が勝ち!」


「ノクティアの唇は僕のものだ!」


「あのねマコト」



 わたくしは困った顔をしてため息をつきます。



 鼻息の荒い勇者。



 格好悪いです。



 それから、カイルが家族の気持ちを報告してくれました。イレーヌおばさんも、その主人もわたくし達を心配しているようです。今度、家を訪ねて謝罪しないといけませんわね。



 カイルが帰った後、わたくしが料理を作りました。だし巻き卵に魚のソテー。サラダとパンと一緒にいただきます。



 ランプだけの灯り。



 静かな室内。



 窓の外には虫の声。



 遠くで喧嘩をしている猫たちの鳴き声。



 部屋を見渡して、二度頷きます。



 マコトが紅茶をおかわりして、わたくしの隣に腰掛けました。



 その左手がわたくしの右手を握ります。



「マコト?」


「君を、離さない」



 真剣な顔を向ける勇者。だけど、唇は迫ってきません。分かっています。彼は、自分の思いを無理やりに押しつけたりしないのです。



 ――だから、



 わたくしは安心して。



「うふふ、大丈夫よ」


「そうかい?」


「ここにいるわ」



 わたくしはランプに目を向けました。



「この灯りの中に、わたくしはいたいのです」


「僕もだ」



 手をつないだまま、灯りが揺れていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ