第2話 勇者は彼女を選んだ
ガタンガタンと馬車が揺れています。
王家の紋様ははずされていました。
さようなら、リンドブルム。
――後悔はありません。
手元にある軍剣の収まった鞘を握りしめました。これからは、お前とだけ共に生きることになります。
空の真上に太陽が昇るには、まだ少しありました。いま間引きされた森の中を馬車が入って行きます。木の葉に日ざしがチラチラと揺れて、わたくしの顔を撫でてくれていました。夜には町へ着くと良いのだけれど。
馬車の前に、途端に立ちはだかった不穏な影。
馬が暴れて金切り声を上げました。
「な、なんだ!?」
御者のおじいさんが慌てて馬を操ります。ドタンドタンと馬車が揺れて、急停止しました。
何が起こったの!?
車内で揺れに耐えていたわたくしは、窓から外を眺めました。
――包囲されています。相手の数は5人以上いらっしゃるのではないでしょうか?
囲んでいるのは、黒の外套を着た杖を持っている魔法使い。
(なるほど、そういうことですか)
追放処分とは名ばかりだったようです。
わたくしは鞘から剣を抜いて、馬車の扉を開けました。地面に足をつけます。そして言い放ちました。
「みなさん、この度はわたくしにどういったご用件でしょうか?」
「全員、杖を構えろ!」
「御者と馬に罪はない、馬車には結界を張れ!」
「ノクティア・クアトゥーハ、その首、頂戴する!」
わたくしは敵を数えていました。10人ちょうどいますわ。たった一人の女を殺すのに、ひどいおもてなしの仕方です。
魔法使いたちが詠唱し、魔法を行使します。
「炎烈」
「水弾」
「風刃」
火、水、風の攻撃魔法が飛来しました。
「ご丁寧にどうも!」
剣を振るいます。
空間に走った銀の線。
次の瞬間、火が、水が、風が――音もなく裂けました。
「斬った……だと?」
「本当に魔法を斬れるのか……」
「殺せ! こいつは危険だ!」
死ぬつもりはありません。
地面を駆けます。敵がまた魔法を唱えようと詠唱していました。
遅いですわ。
一歩踏み込みます。
次の瞬間、三人が声も無く倒れていました。
「炎烈」
「水弾」
真後ろから放たれる攻撃魔法。わたくしは横に跳んで避けました。
弾丸となって前へと突っ込みます。両手に持つ剣で魔法使いたちの命を散らしました。
「だ、ダメだ!」
「ひ、ひいぃぃ!」
「ま、魔法が効かないだなんて!」
ブシュンブシュンッと血しぶきが上がり、地面に倒れて行く黒い外套の男たち。さあ、残り三人です。わたくしは残存兵にゆっくりと近づき、問いかけました。
「襲撃を命令した人と、その理由を教えてくれませんか?」
「い、言えない!」
「おい、連携魔法だ!」
「分かった!」
魔法使いの二人が呪文を重ねて詠唱します。
詠唱を成功させてなるものか。わたくしは鈍色の刃をきらめかせ、片方の首をはね飛ばしました。
バシュンッ。
「教えてくれませんか?」
「ま、待て」
「て、撤退だ」
逃げようと背中を向けた男にわたくしは飛びかかります。
「ひ、ひいぃぃいいっ」
「終わりですわ!」
そのまま後ろから心臓を一突きにしました。
グサッ。
「ああぁぁあああっ!」
振り返ると、最後の一人は杖を手放して尻餅をついていました。男の魔力が暴走し、その体から黒色の魔力が溢れ出ています。あまりの恐怖に失禁していました。わたくしはゆったりとした足取りで歩み寄り、その男の顔に剣の切っ先を向けます。
「教えなさい、誰に何を言われたのですか?」
「い、い、言えねえ。言える訳がねえ」
「言わないと殺します」
「こ、こ、この、化け物!」
黒い外套が地面の土を掴んで、投げつけました。わたくしの足にかかります。
剣を真っ直ぐ上に掲げました。それを袈裟斬りに振り下ろします。
「まあ、大体のことは見当がつきますけど」
「な、何だと!」
「安心なさい。苦しませませんわ」
そして一閃。
「あぐあぁぁあああっ!」
……はぁ。
わたくしは馬車に近づき声をかけました。
「御者は怪我していないかしら?」
「あ、だ、大丈夫です」
おじいさんの緊張したような口調が響きます。どうやら平気みたい。
その後、わたくしが死んだ男の服で剣の血のりを拭いていた時でした。
空間が裂けた。
光が弾ける。
そこから現れたのは――勇者。
黒の短髪に清潔感のある白い肌。190セルメルはありそうな高い身長に、貴公子のようなハンサムな顔立ち。
安堵した自分に気づいて。
だけどそれを認めたくない自分がいて。
「マコト、さま?」
「やあ、助けに来たよ」
「……遅いわよ」
「遅刻したんだ」
「知っていたのでしょう?」
「……ああ」
……。
わたくしはまた口を開きます。
「どうして教えてくれなかったの?」
「君が死ぬとは思っていない」
「あら、わたくしはか弱い乙女ですわ」
「ジャンヌダルクも今の君には真っ青だよ」
「ジャンヌダルクとは?」
「いや、元いた世界の言葉なんだ。それより、僕も君と一緒に行く」
「それは、どういう事ですか?」
「そういう意味だよ」
「……よく分かりません」
「とりあえずここを出発しよう。誰かが通りかかったら、騒動になるからね」
「勇者様、良いのですか? 私に着いて来たりして」
「いいんだ」
「……そうですか」
わたくしたちは馬車に乗り込みます。御者台のおじいさんに声をかけ、そしてまた出発しました。
対面に座る勇者さまが、凜々しい瞳でわたくしを見つめます。その頼もしい顔立ちが安心をくれました。だけどどうして着いてきてくれるんでしょうか?
「結局、僕らは学園を卒業できなかったね」
「あら、昨日付で卒業しましたわ」
「中退って言うんだよ、それ」
「状況的にやむを得ない卒業ですわ」
「まあ、それでもいいけれどさ」
「それで、どうしてなの?」
「僕は君を選んだ。
国じゃない。勇者の使命でもない。
君だ」
「……なるほど」
「僕は君を離すつもりはないよ」
マコトの真摯の言葉に、カーッと顔が熱くなりました。耳まで真っ赤だったと思います。それと同時に胸に感謝が溢れました。ああ、わたくしにはまだ頼れる人がいます。
――どれほど心が救われるだろうか。
ガタンガタンと馬車が揺れます。
国を捨てたその日、わたくしは自由になりました。
少なくともこの時はまだ、そう思っていたのです。




