第19話 選ぶ
人々の雑踏の靴音がしていました。
露店から商人の客寄せの声が響いています。荷馬車の車輪が石畳とこすれて、軋んだ音を立てていました。町には親子連れが多いようで、子供の甲高い声が響いています。
いま、町の中心地を歩いていました。マコトが右手を口元に掲げてふわぁっとあくびをします。寝不足で無ければ良いのですが。
太陽はすっかり真上に昇っており、もうすぐお昼時です。レストランから食事の良い香りが運ばれてきて、鼻をかすめました。
二人で歩き続けていました。
帰る場所もなく、行く当てもなく、あったとしても用事もなく、革袋の中のお金だけがすり減っていくだけの日々。このままでは路銀が底をついてしまいますわ。
やがて、町の中心地を離れます。
人々の音が遠のき、二人の足音だけになりました。風が吹いて、わたくしのスカートがヒラリと揺れます。そのまま町の外れの方へと向かって行きました。
簡素な平屋が並ぶ住宅街。
物干し竿や、平屋の窓に洗濯物が干されています。道路のすみでは三毛猫と黒猫が顔をつき合わせて吠え合っていました。喧嘩でしょうか? 猫には気の毒ですが、わたくしはほっとした気持ちにさせられました。
猫たちを通り過ぎて、歩き続けます。
わたくしはつぶやきました。
「静かね」
「ああ」
ふと、町外れの片隅に、ポツンと立っている一軒家がありました。庭は雑草が伸び放題になっており、手入れがされていません。木の柵があり、ところどころが朽ちて欠けていました。家の外壁は赤茶色のレンガ張り。三角屋根は灰色。大きなガラス窓がありました。焦げ茶色の扉は重量の軽い金属で出来ているようです。
古めかしい家、というのが一目で見た感想でした。でも、大きな破損はありません。
わたくしは立ち止まって地面にしゃがみ、群生する庭の雑草花に触れました。万が一、ここで戦闘が起こったとしても、誰にも迷惑をかけなくて済みそうですわ。
胸がワクワクと躍りました。
ここなら生活できるかもしれない。
防衛もできそう。
お庭が広いから、訓練もできそう。
ルームは一つしか無さそうだけど、問題無いわ。
だけど、マコトは少し困るのかしら?
実務的に家の評価を下して、わたくしは立ち上がりました。
マコトが声をかけます。
「この家が気になる?」
わたくしは両手を太ももに組んで、じっと家を見据えます。少し考えました。考えた末、コクンと頷きます。
「悪くないわ」
一軒家の前には、売り家という看板が立っています。
「ノクティア、この家を買うのかい?」
わたくしは返事もせずに、カバンから革袋を取り出します。開けて、袋をじゃらりと揺らしました。度重なる旅のせいで、少なくなってしまった路銀。だけど、価値の高い宝石は残っています。わたくしはその赤く光る粒に手を触れました。家紋つきのブローチもあります。
胸に光りが灯りました。宝石と一軒家を見比べて、わたくしは顎をかすかに動かします。ここまで来たら、後は勢いが大事です。
家の周囲を見回しました。住宅街からは少し離れています。
――ここなら。
「マコト」
「どうした?」
「宝石商の店へ行きましょう」
「おい、宝石を売るのか?」
「ええ」
それから、わたくしたちは道を引き返しました。町の中心地へと戻り、人づてに聞いて、宝石商の店を見つけます。中に入りました。カランカランとベルが鳴ります。
ピンク色の絨毯の敷き詰められた床。質の良さそうな黒いカウンターの奥に、腹のでっぷりとした宝石商のおじさんがいて、両手を胸に組んでいました。頭には白いターバンを巻いています。
わたくしは前に立ち、話しかけます。
「こんにちは」
「はい、いらっしゃい。ここは宝石店でさ」
「あの、宝石を売りたいのだけど」
「かしこまりやした。では、お売りになる宝石を……」
白いターバンのおじさんはカウンター上に白い厚手の布を敷きます。
「この上に置いてください」
「分かりましたわ」
また革袋を開けて、宝石を五つ、白い布の上に置きます。
「それでは鑑定いたしやすので、そこの長椅子に座ってお待ちください」
「はい」
わたくしとマコトは座ります。彼が眉をひそめて、けれどどこか期待に満ちた瞳で聞きました。
「あの宝石は高いのかい?」
「ミラモールドですわ」
「僕は詳しくないけれど、それって結構な値段するの?」
「あら、一粒、金貨10枚はくだらなくってよ」
「マジか! 五粒あるから……何か一気に金持ちだな」
「はい、家を買うのに、足りれば良いのですが」
それから三十分ほどして、宝石商のおじさんが呼びました。わたくしは立ち上がり、またカウンターの前に寄ります。
「お客さん! 質の良い宝石を持って来やしたねえ。状態も良い。これなら、一粒金貨9枚で買わせていただきやす」
……。
「それで結構よ」
「ありがとうございやす。それでは、精算になります。少々お待ちを」
白いターバンのおじさんが合計金貨45枚を支払いました。わたくしはしっかり硬貨を確かめて、数えてから革袋に入れます。
「ありがとう」
「またの起こしをお待ちしておりやす」
マコトと一緒に店を出ました。
ああ、太陽の光が眩しいですわ。
思いきった決断でしたが、足取りは軽いものでした。
今度は二人で、食堂を探して歩き出します。昼食時でした。今日はお魚が食べたい気分ですわ。
マコトがすまなそうな顔で聞きます。
「後悔してないか?」
「あら、必要なことをしたまでですわ」
「すまない。ありがとう」
「勇者さま」
「なんだい?」
「……これからも、わたくしを選んでくださいまし」
「もちろんだ」
マコトが力強く頷きます。
わたくしはほんのりと顔を染めて、前だけを見つめていました。




