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第16話 【ご武運を】再び

 エミリッタが去って数秒後のこと。



 彼らは静かに扉を開きました。



「失礼する!」



 入れ替わるように室内に入ってきたのは、三人の兵士です。



 ……思ったより少ないわね。



 漆黒の鎧に身を包み、静かな殺意をまとっています。兜をかぶっているため、顔は見えません。ですが、三人のうちの一人、【彼】だけは別格の体躯を誇っていました。



 悠然(ゆうぜん)とした佇まい。無駄のない動き。抜き身の刃のような男。



 ――嘘!



 いつか、わたくしが舞踏会場を去る時に、「……ご武運を」と声をかけてくれた兵士です。



 ……その異名を、人は静刃(せいじん)と呼ぶ。



 出入り口を塞ぐように、杖を持った兵士と隊長が扉の前に立ちました。油断無く武器を構えています。



 静刃が前に出ました。首をゆっくりと回して、ストレッチをしています。まるでわたくしたちを威嚇するかのよう。



「久方ぶりです。ノクティア様」


「貴方が来たのね。静刃」


「おとなしく捕まってください。悪いようにはしません」


「……これも運命かしら」



 隊長が宣告しました。



「勇者マコト、そして元公爵令嬢ノクティア、ご同行願う」



 その声は淡々とした響きであり。



 哀れみも侮蔑も込められていません。



 わたくしは一歩前に出ました。すでに抜いてある軍剣をゆったりと揺らしながら。



 その時、マコトがわたくしの前に出ました。



「断る」



 杖を両手に持ち、彼が構えます。



 一瞬、沈黙が流れました。



 隊長が指示します。



静刃(せいじん)、やれ!」


「はっ!」



 走りだして、狼のように突っ込んで来る漆黒の鎧。



 マコトが木の杖を剣のように振るいます。



「やらせるか!」



 刃と杖が交差し、けたたましい音が鳴ります。



 緑神木(りょくしんぼく)の杖は丈夫でした。鋭い剣をものともしません。



 静刃が肘打ちでタックルし、流れるような動作で剣を振り下ろします。



 マコトは呪文を唱えました。



「炎烈」



 放たれる火の玉。



「おおうっ」



 漆黒の鎧は、大きな図体からは想像もできないわずかな動作で火の玉を回避しました。一歩後ろに下がり、だけど間髪入れずに、攻撃を続けます。



 マコトが軽口を叩きました。



「体格のわりには素早いな」



 彼は両手で杖の中心を掴み、頭上で素早く回転させます。



 ヒュンヒュンッ。



 静刃が身を低くして杖を躱し、そのままの姿勢で突っ込んで来ます。



 その顎を、マコトが蹴り上げました。



「おらあっ!」


「ぐおぅっ!」



 漆黒の口から飛び散る鮮血。上がる悲鳴は、まるで怪獣の鳴き声のような響きです。



 マコトがまた呪文を唱えます。



 漆黒の鎧は立ち止まり、剣から左手を離しました。



 その左手を掲げて、挑発するように手のひらをちょいちょいと引きます。



「来い!」


「馬鹿にしやがって!」



 マコトが呪文を完成させます。



「炎爆」



 爆風。



 静刃の立っていた地面が爆発し、大きな火柱が立ちました。



 黒い煙がひどいです。わたくしは左手で鼻を覆いました。



「へへっ」



 マコトが余裕の笑みを浮かべて、わたくしを振り返ろうとした瞬間、



「おおう!」



 煙の中から現われる大きな影。



 鎧が若干焦げついていました。



 そのまま、マコトの肩を切り裂きます



「うああっ!」



 悲鳴を上げる勇者。



 一瞬の油断を突かれました。



 床に血が落ちます。



 ぴちゃっ。



 それを見たわたくしの呼吸が荒くなり、



 頭の血が引いていきます。



 胸の奥が静まりました。



 心にあるのは静かな冷徹。



 四肢に宿る躍動する力。



 床に倒れていく勇者、その喉に漆黒の剣が振り下ろされます。



 ガツンッ。



 わたくしの軍剣が、静刃の刃を受け止めていました。



 彼が驚いたように後ろへとステップを踏みます。



 わたくしはマコトの体を乗り越えて、前に出ました。



 言い放ちます。



「退きなさい」


「任務だ」



 低い声でした。



「それでは貴方を殺してしまいます」


「できるか? お前に」



 ふと、後ろで扉をふさいでいる内の一人、魔法使いが呪文詠唱を始めました。



 させません。



 わたくしは一粒の弾丸となって、静刃に走ります。



 肉薄し、剣を振るいました。



 弓矢のように体をしならせます。



 下腹部、喉、眼球!



 三段突きを放ちます。



「ぐううっ」



 回避しきれず、静刃の兜が割れました。



 隙間から覗く、古傷のある右の瞳。



 わたくしは体を捻り、間合いを奪います。



 相手の意表をついた大振りの二連撃が彼の剣を弾き、大きく後退させました。



 ――今ですっ。



 狙うは首元。



 銀の一閃。



 けれど、



「加速!」



 奥にいる魔法使いが補助魔法を唱えました。



 静刃(せいじん)は緑色の光に包まれて、動きが加速します。



 わたくしの一閃はぎりぎりのところで防がれました。



 ガツンッ。



 ――ちっ、はずしましたか。



 バックステップを踏みます。



 荒くなった息をそのままに彼がつぶやきました。



「ノクティア様、拘束されてください」


「嫌よ」


「貴方様は王国の財産だ」


「だから、何だって言うの?」


「王国に戻れ」


「お断りします」


「話しても分かりませんか?」


「貴方もね」



 漆黒の鎧が前にステップを踏みます。



 その動きが、前よりも格段に速い。



 振り下ろされる剣の一撃。……違う! だけどそんな、四連撃なの?



 わたくしは一撃をいなして、何とか回避しようとしました。だけど、腹に一発もらってしまいます。



「げほっ」


「残念です」



 襲い来る黒い影。



 わたくしは……。



 それでも守りたいのです。



 たった一人の男を。



 どうしてここまで着いて来てくれるのかは全く分からない。



 それでも、そばにいると言ってくれました。



 何度も。



 何度も。



 たった一つの、わたくしの財産です。



 可愛い。



 失う訳にはいきません。



 ――だから。



 静刃が剣を薙ぎます。



 わたくしはそれを弾いて、剣を投げつけました。



「何と!」



 相手が防御し、剣が弾かれます。



 わたくしはタックルで突っ込み、動揺する相手の右手のひらを思いきりひねり上げました。



「ぬっ、ぬうあぁぁああ!」



 彼が剣を落とします。床とぶつかって音が鳴りました。



「このおおぉぉおおおおおおっ!」



 わたくしは力の限り、腕をひねり上げます。



 骨の軋む鈍い音が響きました。



 彼の手首が折れました。



「あぁぁああああああ!」



 右手を左手で押さえて、床に崩れる漆黒の男。



 わたくしは彼の剣を拾い、その喉元に切っ先を突きつけました。



「お仕舞いです」



 ふと、後ろで戦いを見守っていた隊長が前に出ました。



「公爵令嬢ノクティア! その男は国家の宝です。どうか殺さないで欲しい」



 わたくしは顔を上げて、睨みつけます。



「分かりました。ですがその代わり、王国にご帰還くださいますか?」


「……分かった。公爵令嬢の確認は済んだ。我らは敗走、後のことは、王太子殿下に判断を委ねることになる」


「勝手になさってくださいまし」



 隊長が静刃に歩み寄り、その肩に手を置きます。



「おい、立てるか?」


「大丈夫です」



 右手を押さえたまま立ち上がる強者。



 最後に、わたくしをじっと見つめました。



 振り返り、背中を向けます。



 歩き出し、



「ノクティア様、長らくのご武運を……」



 そのまま、隊長と一緒に歩いて行きました。漆黒の三人が室内を出ます。扉の閉まる音。足音が遠ざかっていきます。



 室内に静寂が落ちました。



 わたくしはマコトのそばにしゃがみます。



「マコト、大丈夫?」



 掃除したばかりの床にしたたる血液。



 陥没した箇所もあります。



 すすけた壁。



 焦げ臭い空気。



「大丈夫だ」



 彼が身を起こして、その場に座り込みます。



 わたくしはカバンから治療道具を取り出して、マコトの手当をしました。



 上着を脱がします。



 回復魔法があれば良いのですが、この世界にそんな便利なものはありません。



 せめて回復アイテム(ポーション)を持っていれば良かった。



 止血し、肩に布を巻いてあげます。



 彼はまた服を着て、それから微笑みました。



「ははっ、ノクティアは強いな」


「あら、か弱い乙女ですわ」


「ヴァルキュリアみたいだよ」


「何ですか? その例え言葉は」


「僕の元いた世界で、戦乙女のことだ」



 マコトが目尻をふにゃっと緩めて笑います。



 つられて、わたくしも笑顔になりました。



 だけど、心は笑っていません。



 やっぱり、



 わたくしには、どこにも居場所がありませんのね。



 だから。



 だからせめてマコトだけは、



 逃がしてあげたい。



 帰らせてあげたい。



 もしかしたらわたくしは――



 わたくしは勇者様のことを……。

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