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第10話 また今度

 カーテンの隙間から差し込む日ざし。



 すっきりとした朝でした。



 すぐそばに置いてある軍剣のベルトとカバン。それと隣でまだまどろみの中にいるカイルの寝顔を見比べます。



 ……わたくしは、ここにいて良い存在なのでしょうか?



 布団を畳み、パンパンと叩きます。



 イレーヌに呼ばれて、カイルも起き出しました。ダイニングへと顔を出します。



 すでに朝食を摂っているマコト。パンにジャムを塗って、口に運んでいます。



 わたくしに気づくと、



「おはよう、ノクティア」


「ごきげんよう、マコト」



 勇者の対面に腰掛けました。



 昨日の黒のローブの男の背中が脳裏をよぎります。



 後れて来たカイルが隣の椅子に飛び乗りました。



「お姉ちゃん、兄ちゃん、おはよー!」


「おはよう!」


「おはようございますわ」



 イレーヌも来て、テーブルを四人で囲みました。主人は早出らしく、もう仕事に行ってしまったんだとか。



 パンにハムエッグ、サラダとコーンスープ。



 温かな食事に感謝しつつ、いただいていきます。



 カイルがハムエッグをナイフで切って口に運びました。咀嚼(そしゃく)した後でわたくしを誘います。



「お姉ちゃん、今日は俺が町を案内してやるよ」


「良いのですか?」


「良いも何も、良いって! な、母ちゃん、良いだろ?」


「まあ、お嬢さんとお兄さんがついていれば、危険なことにはならないだろうしね。いいさ、行っておいで」



 カイルがびっくりしたように目を丸くして唇をすぼめました。



「え? 兄ちゃんも着いてくるの? 俺はお姉ちゃんとデートがしたいんだけれど」


「デートってお前な」



 マコトが珍しく低い声です。



「何だよ兄ちゃん、もしかして、お姉ちゃんの彼氏なのか?」


「同じ墓に入る約束をしているんだ」


「えー! マジかよー!」


「マコト、そんな約束いつしたの?」



 クスッと笑って、わたくしはパンを千切ります。



 イレーヌが助け船を出すように息子を睨みつけました。



「カイル、三人で行っておいで」


「わ、分かったよ、母ちゃん。言われなくてもそのつもりだったんだ」


「さっきの言葉と違うな」


「マコト」



 わたくしは彼をなだめつつ、千切ったパンをスープにひたしました。



 観光に行くことへ、迷う気持ちもあります。



 ……だけど、今だけは普通にいたい。



 朝食が終わると、三人で外へ出ました。



「ノクティアお姉ちゃん、こっちだよ、こっち!」



 カイルがわたくしの左手を引いて先導します。だけどマコトは、不機嫌そうな顔つきで、わたくしとカイルのつなぐ手を睨んでいました。ちょっと貴方、どうしたの?



 深く考える必要は無いでしょう。



 町の繁華街に到着すると、カイルが魔法力車(まほうりょくしゃ)のところへ案内してくれました。屋根のある小さな四人がけの黒塗りの座席。故障中と札が出ています。



 カイルが残念そうに肩を落としました。



「ちぇー、故障中かよ」


「カイル、大丈夫ですよ。また今度、乗りましょう」


「う、うん! 絶対にまた今度乗ろうな!」



 約束して良かったのでしょうか?



 約束は、未来を前提にする言葉です。



 カイルはわたくしの手をまた引いて、今度は公共施設が集まっている区画へと向かいます。



 彼が指さしました。



「ここが、偉い人が集まるところ!」



 高い白い塔がありました。ここは魔導図書塔であり、黒のローブを着た男たちが出入りをしていました。



 中へと入り、本棚を眺めます。わたくしはロマンス小説が大好きです。カバンに持ってきているものは紙がボロボロになっていました。新しい面白い小説を見つけ、借りてみたいものですわ。



 ふと、通路の奥で声がしました。



 黒のローブがこちらに視線を向けています。



 わたくしと目が合いました。



 ……。



「あの女、危険なのか?」


「魔力を斬るらしい。我々の町にとって、天敵のような存在だ」


「ラスティン様の判断は?」


「それが、まだ泳がせておけ、と……」



 嫌な気分になりました。



 マコトが鋭い視線を送ります。黒のローブの二人は散るようにその場を離れました。



 ……わたくしを測るつもりかしら?



 カイルの右手を取って、わたくしは歩き出します。



「ノクティアお姉ちゃん、本を借りないの?」


「ええ、また今度にしますわ」


「そっか! じゃあ次は最後、凄いところに連れて行ってやるからな」



 三人で魔導図書塔を出ます。



 最後に連れてきてもらったのは、町の中心地にある魔法灯広場でした。親子連れの子供たちがたくさんいて、駆けっこをしています。



 木の柱にロープが引かれており、風鈴のような多くの魔法灯がぶら下がっていました。赤、ピンク、オレンジ、青。明かりを灯しており、とても綺麗です。



 屋台が出ており、お菓子の甘い香りが運ばれてきました。



 わたくしとマコトで買って、その棒状の焼き菓子をベンチで食べます。カイルがむしゃむしゃと口に運びました。



「どうだい、お姉ちゃん、今日は楽しかったかい?」


「ええ、とても素敵な一日でしたわ」


「へへへ、それなら良かった」



 少年が人差し指で鼻の下をこすります。



 ふと、集まっている母親たちが噂をしていました。こちらにちらりちらりと視線を向けます。



「魔法を斬ったらしいわよ」


「そんなことできるの?」


「関わり合いにならない方がいいんじゃない?」



 カイルとお喋りをしていたせいで、あまり良く聞こえませんでした。ただ、マコトは凜々しい顔を険しくして、聞き耳を立てていたようです。



 その後。



 わたくしがお願いして、雑貨屋に寄りました。



 いま、家路への道を歩いています。



 カイルが元気にはしゃいでいました。彼の掴んでいるわたくしの左手がぶんぶんと揺れます。



 青い空を見上げながら、わたくしは口を閉ざしました。



 家の前に行くと、イレーヌが玄関の掃き掃除をしています。



 この家に黒い影が差す光景が、ふと胸をよぎりました。



「母ちゃん、今、帰ったよ!」



 カイルが母親に駆け寄ります。



「ああ、カイル、楽しかったかい?」


「すっげー、楽しかった!」


「それは良かったさ」



 二人が笑い声を上げています。



 わたくしがいなくとも、



 この灯りは続きます。



 ……ええ。



 夜にはここを出ましょう。



 また家に上がらせてもらい、四人でテーブルを囲みます。



 カイルの明るい声が胸に痛いです。



 ……変わらないはずです。



 言いません。



 誰にも。



 ――この灯りから離れなくては。


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