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第1話 悪役令嬢、断罪の舞踏会

「ノクティア、お前との婚約を破棄する!」



 王太子ラインハルトが宣告するように言い放ちました。勝ち誇った目で、わたくしを見下ろします。



 蝋燭(ろうそく)に照らされたシャンデリアの下、華やかな音楽が流れる舞踏会場。王国中の貴族たちが招かれているパーティーの最中のことでした。



 別段、取り乱しませんわ。腰まで流れる青髪を揺らしながら、わたくしは微笑みます。ラインハルト、ルックスだけは王太子にふさわしい。それだけなら、ね。



 だから、わたくしは憎まれる役を選んだ。



「やっと、ですのね」


「やっと、とはどういうことだ?」


「いいえ、何でも」



 わたくしはフッと笑って、それから丸テーブルの上の上質なワインのグラスを手に持ちました。一気に飲み干します。あら、甘くて美味しい。



 ラインハルトは右手を掲げて、一人の女を呼び寄せました。



「エミリッタ、来てくれ」


「ラインハルト様!」



 ピンクの衣装を着たブロンドの女が彼に近づいていきます。よく知っている女でした。



 王太子はエミリッタの肩を抱き、わたくしを睨み付けました。



「俺はエミリッタと結婚する!」


「なさればよろしいのでは?」


「ずいぶんあきらめが良いんだな、ノクティア」


「あきらめるも何も」



 始めから最後まで貴方のことを好きじゃなかったですから、とは言いません。



 ラインハルトはわたくしをまるで非難するように言葉を紡ぎます。



「ノクティア、お前はこの魔法至上主義国家、リンドブルムにおいて、魔法を使うことのできない存在だ。だから、お前とは結婚できないんだ!」


「結婚できない理由なんて聞いておりませんが?」



 魔法を使えないことを公の場でバラされてしまいました。野次馬となっていた貴族たちが嘲笑をこぼします。ゲラゲラとした笑い声。交わされる侮蔑(ぶべつ)の言葉。



「まあ、ノクティア様とあろうお方が、魔法を使えないの?」


「それで王太子妃になろうとしていたのか、馬鹿じゃないのか?」


「あの公爵令嬢、女を売るしか取り柄が無かったんでしょうね。ああ、嘆かわしい」



 ……黙りなさい。



 この国のために、誰よりも血を吐くほど考えてきたのは――わたくしですわ。



 貴方たちに、



 分かるはずがない。



 ラインハルトとエミリッタは、まるで英雄気取りでした。勝ち誇ったような顔つきで、背の低いわたくしを見下ろしています。



 だけど。



 わたくしは両手のひらを太ももに組み合わせて言い返しました。目力を込めます。



「エミリッタ、貴方をもっとイジメてやれば良かったですわ。貴方との学園生徒会での日々は最高に楽しかったです」


「……イジメ? 私、イジメられていないよ。ノクティア様は、ずっと私に優しくて、貴族としての大切な作法を教えくれたじゃないですか?」



 エミリッタの声が驚きに震えました。



 彼女だけは、打算を知らなかった。



 わたくしはかまわず言い続けます。



「それとラインハルト様、貴方様はもっと勉強すべきですわ。それこそ、国のために本気で取りかかってくださいまし。わたくしという助言者は、もういないのですから」


「当たり前だ! 俺はこの国の王になるのだからな」



 エミリッタが意地っ張りな笑顔を浮かべました。



「ノクティア様、私たち、これからもお友達よね?」


「ええ、これからもお友達よ、エミリッタ。私にとって、人生で、初めての友達。さて、悪役令嬢はこれで消えます。お二人とも、どうか末永くお幸せに。それと、例の政策の件ですが、後は自分らでお考えなさってくださいまし。わたくしはもう口出ししませんので、あしからず」



 ラインハルトが決然と突きつけました。



「ノクティア、お前はエミリッタをいじめ、(おとし)めた数々の行い、万死に値する。お前には、国外追放処分を言い渡す!」



 ……貶めてなどいない。



 だけど牽制(けんせい)はしていました。



 王太子の隣に立つために。



 国を誤らせないために。



 ええ、そこまで言うと思っておりましたわ。



 魔法を持たぬ女が、



 この国で王妃になれるはずがない。



(けれど――これでいい)



「かしこまりました」



 ――それでも、わたくしは後悔しない。



 二人に背中を向けて、舞踏会の扉へと向かいます。ヒールが床を叩き、コツコツと足音が鳴りました。扉、そこには王宮の騎士が二人いました。厚い扉を開けてくれます。



 その軽装鎧を着た騎士が恭しく一声かけてくださいました。



「ご武運を……」



 ギイ……。



 これで、わたくしの王都での人生は終わりですわ。今夜が、家族と過ごす最後の夜になるのかしら。でも、良いのです。両親の愛など、とうに期待しておりませんもの。



 さようならリンドブルム。さようなら、愛の無いみなさま方。さようなら、ラインハルト。それとエミリッタ、ただ一人の友達。



 貴方は――わたくしが初めて“守りたい”と思った人でしたのよ。



(いずれ――この国はわたくしを必要とする)



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