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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

ファタール

作者: 出口
掲載日:2026/02/19

 なんの仕事してるか聞いたことねーけど、割と仕立ての良いスーツを着てるのには気付いてた。


 とはいえ、流行とかに左右されない堅実な型やデザインで。まァ、割とお堅いところで働いてるのかも知れない。ネクタイもワイシャツもベルトも靴もメガネも、清潔感はあるけど遊び心は全く無い。良く言や誠実そうで、悪く言やつまらねーヤツ。季節ごとに数着を数年間着回しているのだろうから、それなりに掛けた金は商売道具の初期投資って感じなのだろう。


 それでも今日のネクタイは、入江サンに似合ってた。こないだ俺が、自分で選んでプレゼントしてやったやつだから当たり前だ。


 そういうのはきちんと身に着けて会いに来る辺り、一応そういう気の回し方は出来るらしい。俺がお前のことどう思ってるか、本当に分かってンのか? コイツ……ってのは別にしても。


「もう食べないんですか?」


 声に、思わずニヤける。いままでこっちの事なんて気にもせず、ただひたすら目の前の鍋の中で浮いてる肉に夢中になってたくせに。そんなしゃぶしゃぶ珍しいかよ、もっと食え、オラ。


「これから出勤だってのに、そんながっついて食えるかよ」


 時刻は夕方、そろそろこの店を出てシャワーを浴びて、俺も戦闘服に着替えなくちゃならないけど、いつまでもグズグスしていたくなるのはコイツと居るからだ。


 なんでこんなのにハマっちまッたンだろ? と、自分でも時々首を捻りたくなるけれど、どうにも抜け出せないくらいハマってしまった後で、そんなこといくら考えても冷静な答えなんて出ない。


 ――それは入江サンも同じだろう。さっきまでラブホで散々ッぱら俺に鳴かされてたくせに、受け取った金掴んで惚れた女に会いに行くッて言うんだから、どーしよーもねェのはコイツも一緒。


 歓楽街の女に惚れて、リップサービスを本気にして、結構良い給料貰ってンだろーにギリギリまで搾り取られて。途方に暮れたような目をしてるかと思ったら、やけにキラキラした目で呆れるくらいにポジティブ。年下の俺に犯ラレてて、アラサーなのに童貞で、ポジティブになれる要素など全く見当たらねーッての!


「推しに貢ぐのは俺の幸せですから!」


 とか言うけれど、それならそれでアイドルにでもハマってた方が健全だろ? ――なんて、俺が言えた義理でもねーが。



 最初会った時はコイツもやっぱ途方に暮れてた。コイツの惚れた女は、トップとは言わないがそれなりの高級キャバの嬢で、だけど看板になるほど売れてる女でもない。こいつが散々月給やらボーナス注ぎ込んでも、とてもナンバーワンになどなれない女。何せその上がとんでもない数字稼いでるからなァ。


 だけどそれがなおさらコイツを燃え上がらせるのか、益々加速させられる浪費。女に払った金は、また夜の街へと吸い込まれてくだけなのに。



 今月はその女の誕生月だから、尚更金に糸目はつけなくなってて、そろそろ街金にでも手を出すんじゃねーか? ってのヤバいんだけど、言ったって聞かないからしょうがなく仕事世話してやってる感じだ。仕事って言ったって、俺のチンコの世話させてるだけ。いわゆるサポしてるってやつ。


 キャッシュで渡してるから副業バレみたいな心配はないし、そもそもバレたら服務規程だとか就業規則だとかより私娼って仕事内容のがヤバいだろ。コイツがしょぼくれてたとき俺がナンパして、唆して、金を払って抱いたのが最初。処女だったの好き放題犯されて泣いてたのに、金をやったらホッとしたような顔してた。


 そういうヤツはこの街で幾らでも見てきたから、それだけでコイツの『悩み事』には気づいたんだけど、その時には既に惚れてたから幾ら後悔したって先に立たずだ。


 それまで、女もヤるけど男ともそれなりにヤッてた俺は、それでも男にガチで惚れたこととかなくて。そもそも女にだって、ハマるほどのぼせ上がったことなんて一度もなかった。


 コイツは女に会いに行くための金を引き出すために俺とセックスして、身体の相性はそれなりに良かったのか悦んで見せてはいるが俺に惚れてる訳じゃない。


 馴染みくらいの気持ちはあるだろうけれど、本気で惚れてるってこと、態度はともかく口になんてしたら絶対に疎まれ切られるだろう。


 ンー……女のために切らない可能性もあるけれど、ヤッた後にこうしてメシ食ってくれることなんか無くなるかも知れない。


 それも普段の食費から切り詰めてまともなもの食ってねェみたいだから、高くて美味いもの食わせてやるって言えばついてくるかも知れねーけど。



 完全にカネ目的だし、こっちの惚れた弱味に乗っかられてるのは分かってる。分かってるって言うか、それが俺の強みでもあるから与え過ぎずケチらずにギリギリのラインを続けてた。


 せめてもの慰めは、ひもじくなったり懐が寂しくなるとコイツから自主的に連絡くれるッてところ。自分でもいじましくて嫌ンなるが、例え目的がなんであれ乞われて会いに行くってのはたまんない。ヤる前は、俺のこと好きになったンじゃねーの? って錯覚するくらい媚びても甘えてもくれる。だけどコイツの性分から、それが計算づくじゃないってのも分かるからそそられる。


 俺に抱かれてる間は、そこらの女より可愛いメスになり切る。自分から欲しがったりはしないけれど、快楽に溺れてるのは伝わってる。


 コイツのそれはただの弱さだ、そしてそれは金を手にするたび満たされたような安堵に変わる。



 この後一旦街を出て、女に渡すプレゼント買いに行くンだろ?


「俺が女が好きそうなヤツ見繕っておいてやるよ」


 って言ったら、


「大好きな人の誕生日プレゼントですよ! 自分で選ばなきゃ」


 って誠実の塊みたいなこと言ってたけど、誠実ってなんだろうな? 入江サン。


 どうせそのプレゼントもすぐに換金されて、目減りしたその金を掴んで、今度は女が別の店でボトルを入れるって気付いてねーの?


 その店で毎回指名されてるのが「俺」だとか……言わないっていうか、今さら言えねーけど、まさかオマエがアイツの言う「ガチ恋客のゆいくん」だなんて思わなかったからさァ……。


 気づいた時はさすがにア然としたけど。オマエがアイツに大枚はたいて、アイツがその金で俺に会いに来る。そうして俺に回って来た金に色つけて、オマエに渡してンだから世の中循環してるよな。



 もうグルグル何周してる? そろそろその札に、アイツの香水のニオイ移ってねェか? いつになったら目ェ覚めるんだろ、コイツ。


 ヤラせてもくれねェ女の尻追いかけてンの見てたら腹立って来たから、一回アイツともヤッてみたけど大したことないよ? フェラはむしろ入江サンのが上手かったくらい。入江サンのが締まりもいいし、声も可愛い。つか、何もかもオマエのが可愛い。


 ハ~~店出たくねェ、シゴトしたくねェ……。


「仕事終わったらウチで待っててよ」


 ダメ元で言ってみたら、


「明日も仕事なので……」


 なんて困った顔で言うけれど、休みだったら来てくれンのかよ? って、気分は単純に浮上する。


「明後日なら大丈夫ですよ?」


 更にそう続いたから、思わず前のめりになった。


「明後日の朝?」


「明後日の夜からです」


 夜から……って答えにだらしなくニヤけた。


 夜から朝まで一緒にいられるとか、滅多にないから死ぬほど嬉しい。


「男前が台無しですよ」


 呆れたように笑われるけど、今はこの場に入江サンしか居ないんだから仕事の顔作っててもしょーがねェし。


 こんなアゲてくれンなら、また稼いで注ぎ込もうッて気分になるんだから、俺だってどーしようもなくバカな男だ。


 出会った頃は賭け事で稼いでるって嘘ついてたけど、狭い街に通ってる者同士あっという間に鉢合わせてバレた。仕事中だったからスーツも髪型もアクセから何から営業モードだったし、カッコからひと目でバレバレだった。更に女客とウチの店から出てきたとこだったから秒で察せられたし、店前看板に顔出ししてるから源氏名まで知れた。


 女に金貢がせてンのバレたら振られるかと思ったのに、入江サンは俺を振らなかった。


「たくさんの女の人たちから好かれているのに、君はどうして俺みたいなのとエッチして、お金までくれるんですか?」


 本当に不思議そうに聞かれ、


「アレは仕事で、コレはプライベート」


 って答えるのが精一杯だったけど。


 今日の入江サンは時計をしてなかったな。最初にしてたのは、社会人3年目のボーナスで初めて買ったっていう『ちゃんとした腕時計』だったけど、結局売っちまったみたいで気づけば消えてた。こないだまで着けてたのは、俺が贈ってやった3本目の時計。


 こっちだって、


『大好きな人へのプレゼント』


 はそれなりに選んで贈っているものだから、


「アレも売ったか……」


 と腐る気持ちが無いでもない。

 けれど箱も保証書も店の紙袋までしっかり付けて、傷ひとつない時計を、


「お下がり」


 ってテイで渡してるんだから、俺も大概の間抜けだ。

 しかも短期間で3回も『それなりにちゃんとした時計』を買い替えてるもんだから、目敏い女からすれば、


「まだ引っ張れる金はある」


 って思わせてるんだろう。



 俺がそんだけ惚れてンの態度に出してるの今日もスルーして、入江サンは夜の街に消えて行く。目的地はいつも一緒だから見失ったりはしねェけど、フラフラと危なげな足取りが俺を不安にさせる。


 あの金で、今夜はカミュのバカラボトルあたり入れるだろう。誕生日当日はシャンパンタワーだって言ってた。やっぱ派手な方がいいもんな。


 これで女の誕生日直前に、またアイツを抱ける。この際だから、諭吉バラ撒いてでもめちゃくちゃオプションつけてやる。お前の数少ない本指で「ガチ恋客のゆいくん」は、俺に抱かれて稼いだ金で会いに来てるッて、あのバカ女に教えてやりたくなるよな、ホント。


 そんなでなけなしの優越感に縋ってる俺も、相当バカみたいだけど。



 いつになったら夢から醒めるのか――。俺と女と入江サン、誰が最初に醒めるのか。


 この街で夢見させる方法は幾らでも思いつくけれど、穏やかに覚ます方法とか俺は知らない。


.


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