堀崎羽海《ほりさきうみ》
オレには3人の婚約保留の女の子達がいる。
3人目は中学1年生の時、2つ上の堀崎羽海先輩。
中学生になってオレは剣道部に入った。彼女は女子部の先輩だった。
その頃の父さんは仕事が忙しく出張なんかもあり、何日か家に帰って来ないこともあった。
オレは一人で家にいるのが嫌で、よく朝早く学校に来ては素振りをしていた。
そんなある日「毎日よく続くね?」と声をかけてくれたのが羽海先輩だ。
短めなショートヘアであるが女の子らしい柔らかな表情、そして、キレイな声の、思春期始めのオレにとっては少しドキッとするような女子の先輩だった。
「少し座って休憩しようよ」と彼女に水筒の温かいお茶を勧められたのを覚えている。
「そんなに剣道好きなの?」
「いえ、家で1人でいるのが嫌で……。」と軽く家の事情を話すと彼女はふーんと少しニヤけた顔でオレを見た。
「私ね、不思議なお話とかを考えたりするのが好きなの、だから啓太くんが行ったことのある所のお話とか聞けば色んなアイデアが浮かぶ気がするの」
「だからお願い」と彼女は両の手を合わせた。
「私とここでお話相手になってよ?朝ってさあ、静かで自然の声も聞きやすいから特別なアイデアが浮かんできたりしやすいの……。」
「お願い!」っと目をつぶり深々と頭を下げた。
いやぁ、そこまでしなくても別に良いんだが。
「良いですよ。オレは只の暇潰しですので。」
しっかしどうしようか……、子供の頃の話しは真仁ちゃんに色々つれ回された話だし、一回引っ越した時は莉紬ちゃんと色々遊んでた話だ。両方とも女の子と遊んだ話ばかりで少し恥ずかしいかも……。
そして、その日から彼女との朝の雑談が始まった。
女の子との思いでは、最初は少し恥ずかしかったけど、ウンウンとなんでも興味津々な彼女に話すのがドンドンと楽しくなっていった。
そのうち彼女も思い付いたストーリーや空想の生き物の話をしてくれるようになった。
朝一に聞ける彼女の美しい声、可愛らしい柔らかな笑顔、引っ越しばかりで1人寂しかったオレにとって現実からかけ離れた大切な時間となっていった。
やがて、夏が訪れ彼女は三年生だから部活は引退した。それでも受験の息抜きと言って毎日オレと雑談しに朝早く来てくれた。
受験が始まると少し愚痴や弱音なんかが、たまに出たりして彼女の事を更に知れたようでなんだか嬉しくなった。
今まで考えた事もなかった進路や将来の事とかも増えていって、やっぱりお姉さんなんだなと思う様にもなった。
そして、卒業すれば離れて行ってしまうんだと言うどうすることも出来ない寂しさも……。
たぶん、好きな気持ちが芽生えて来ていた。
そして、彼女の受験のテストが全部終わった頃。合格発表を待たずに、父さんの出世が決まり転勤が決まった。
もう三年生は授業もなく来る予定もないのに彼女は朝早く僕の所へやって来た。
僕は嬉しくて、そして悲しくて、その日は学校をサボって彼女をデートに誘い出した。
「啓太くんも結構なワルだったんだね」とオレとバスに揺られながらクスクスと彼女は笑っていた。彼女のあどけない笑顔に、引っ越しの事を話さないといけないと思うと、とても胸が苦しくなった。
行き先は市のちょっとした古い遊園地。のんびりと過ごすには良いところだ。一通り乗り物を楽しんで、キッチンカーの食べ物を食べたりデザートを食べたりして彼女との1日を楽しんだ。
そして、夕日で空がオレンジ色に染まる頃、誰もいない2人だけのベンチ、彼女が「帰ろうか」とオレの手をとった時、オレはその手を引き留めた「大事な話があるんだ」と。
「オレ、また父さんの転勤で引っ越しが決まったんだ……今度は埼玉県だって。」
「そっか」と彼女はニッコリと笑った気がしたが、それと同時に一筋の涙も溢れた。
「なんでかな?私だって卒業しちゃって離れ離れになっちゃうから泣かない準備は出来ていたのに……なんで涙が出ちゃうかな?」
彼女の笑顔は一瞬で崩れタガが外れたように泣きじゃくった。
「ねえ」と彼女はオレの腕にしがみつくように体を寄せた。
「私も、もし再会出来た時は啓太のお嫁さん候補にして欲しい。」
そうこれは夢に見なくても今でも鮮明に覚えている、中学一年生の頃の思い出だ。
* * * * *
そして、今日、高校2年生となり1人暮らしを始めた初日。
学校から帰って来て玄関を開けようと鍵を探していると……。
「ゴキブリが!!」と隣の部屋から女性の悲鳴が聞こえて来た。
バタンと勢い良く扉が開き内側が露となる隣の玄関。
大きな胸を揺らし上はキャミソール下は紫のレースの可愛いショーツ。
パッと見ただけでスタイルの良い女性が慌てて駆け出してきた。
「来ないで!」と、バタンと閉じられた隣の玄関。
なんて格好で出てしまったんだこの人は……。と思った時、目があった。
ゴキブリのせいで潤んではいたが、大きく可愛らしい目元、ふんわりとしたショートの髪、羽海先輩だと一目でわかった。
「え、啓太くん?」と言い切るよりも早く、オレはカバンからジャージをバッと筆箱やら鍵やら、そこら辺に散らばるのもお構いなしに引き抜き彼女の下半身に投げつけた。
「隠して!!」
「あ、ありがとう。」と彼女は顔を赤らめ上着をそっと肩掛けた……。
「いやいや、パンツを隠して!エッチ過ぎ!」
「え、あ、ごめんなさい。」と更に顔を赤らめ腰に巻き付けた。
しかし、僕もミスを犯した。
「あ、あ、しまった……尻は隠れたけど、僕からは丸見えなままだ……エッチ過ぎ……。」
オレがうなだれていると彼女が突然にガッとオレの両肩を掴んだ。
「そんなことより!ゴキブリ倒して!!」……と言うことになった。
まったく彼女、ちゃんとゴキじゃット家に買ってあったのに飛び出すんだから。
取りあえず今、片手にゴキじゃット、片腕にしがみつく彼女と言う状態で奴を探している。
彼女ったら外で待ってて良い?とかその格好で言うもんだから、腕にしがみついてて良いから!と無理やり中に引き込んだ。
……とファインプレーかとその時は思ったのがだ……彼女の豊満な胸腕にむぎゅっと……いや、決して狙ったわけではない!今は奴を倒すことに集中だ!
とその時だった。目の前に堂々と床に奴が現れた。
ガタガタと震えだす彼女、少しオレは腕を後ろに引かれた、とその時なにかつるんとしたものを踏み2人して尻もちをついた。オレ慌ててゴキじゃットを構える。
と、奴がいない……!?音もしない……!?
感じるのは腕に感じる温かな柔らかさ。しかし彼女はカタカタと震え、守ってあげたいとオレの男心をいっそうに震わせた。
集中だ!集中するんだ。外から微かに聞こえる車の音……窓からの隙間風、何かの電気設備の微かな待機音……。
刹那!上空に発生したブーと言う羽音!集中だ!奴との間合いを測れ!
オレは少し寝そべり奴に前蹴りを繰り出す。見事命中!打ち上がる奴!
すかさずにトドメのゴキじゃットをお見舞いする。
そして、奴は静かに絶命した。
「先輩?終わりましたよ。」と振り向くと凄い光景が広がった。
肩には柔らかな胸が、手は彼女の股間に太ももにしっかりとホールドされて彼女の全てを片腕で触っていた。
「先輩!エッチ過ぎな事になってます!」
顔を赤らめジト目な彼女。
「啓太くんならむしろ嬉しい。」
「いや、服来ましょう?」オレは彼女に急いで服を着せた。
* * * * *
「先輩、こっちの大学に受かったんですか?」
「そうなの!それで1人暮らしを始めたんだけど……まさかあんなに早くゴキブリが出るなんてね。驚いたゃった。」
いや、驚いたのは僕ですよ。でも「また頼むねー」って両手を合わせてお願いしている姿は昔と全然変わっていない。なんだかほっとした。
「まだお話書いたりしてるんですか?」
「うん、書いてるよ。大学では文芸部に入ったんだー。」とパソコンを取り出した。
「今はパソコンでお話書いてるんだよ。」って楽しそうに話してくれる彼女。
大学ではねー、このお話はねー、とか懐かしさを感じるキレイな声。聞いているだけで嬉しくなってしまう。
気がつけばだいぶ時間が経ってしまった。「じゃあオレはそろそろ帰りますね。」と立ち上がった。
「ねえ」と彼はオレの腕を掴んだ。
「再会できたから、約束通りお嫁さん候補にしてね?」と言う彼女、可愛くて可愛くて、今にも抱き締めてしまいたい。
「もちろん。」と答えたオレだったが……今日、1日で3人の婚約保留の女の子が揃ってしまった事に気がつく。
ど、どうしよう……ゆっくり考えよう、と大人しく自分の部屋に帰った。




